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六本木ソルジャーさんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

プロフィール
コメント数 823
性別 男性

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521.  チャーリー・ウィルソンズ・ウォー 《ネタバレ》 
それほど悪くはないストーリーだとは思うが、悪い意味で裏切られる映画だ。 予告編や全体的な雰囲気から、トム・ハンクスが演じるトンでもない議員がトンでもない手法でトンでもない活躍するというコメディ的な要素を期待していたが、思っていた以上に真面目な社会派的な映画という仕上がりとなっている。 確かに、実在の議員を扱い、実際のソ連によるアフガン侵攻を描いているので、それほど不真面目に作るわけにはいかない。 ただ、真面目な映画ではあるが、中東の事情に全く疎い自分にも分かるようにかなりレベルを落として描いてくれている。たとえ知識がなくても、それなりに興味と常識のある人には楽しむことはできる仕上がりとなっているのは助かる。 「冷戦」「共産主義」「宗教」「政治」「議員」「金」という複雑で難しいテーマを平易に描き上げた点は評価できそうだ。 ただ、レベルを下げたことによる功罪も浮き彫りになっている。 分かりやすく描こうとしたため、“深み”や“重み”を完全に失ってしまっている。 チャーリーはかなり難しいことをやっているはずなのだが、その“困難さ”が見えてこない。大きな壁にぶち当たることなく、低いハードルを何度も超えているようなイメージであり、「グッジョブ」と彼の偉業を称えたいとは思えないのが残念だ。 様々なコネや恩義や人材を利用して、現地に飛び、人に会い、委員長を説得して、予算を増額するだけだ。 何もかも簡単に上手く行き過ぎており、それぞれの思惑もみえてこない。 本来の政治とは利害に絡み合っており、実に複雑なものだ。 国内の政治でさえ難しいのに、国同士が絡み合い、更に事態は複雑なはずだ。 近隣諸国のうち一部の人間にはソ連を支持するところもあるだろう。 そもそもチャーリーの内面もそれほど描かれているように思えない。 彼の内面や動機は「アフガニスタンでの悲惨なニュースをみました」「予算を500万ドルから倍増してみました」「難民キャンプを見て子ども達が爆弾で悲惨なことを知りました」というような単純なものではないとは思う。 アメリカ人が、「ソ連との冷戦」を振り返り、「アフガンでアメリカが行ったこと」を知り、「タリバンやアルカイダの誕生」の側面を知る映画としては悪くないが、日本人にはこの問題に対して、それほど興味がないと思われるので、トンでもない議員が活躍する映画だと思ってみると拍子抜けするだろう。
[映画館(字幕)] 6点(2008-05-21 22:54:16)
522.  大いなる陰謀 《ネタバレ》 
大いなる陰謀とは、本作をゴールデンウィーク中に「大いなる陰謀」と思わせぶりのタイトルを銘打って拡大公開することではないか。 本作は見るのに適した“対象者”が限られており、一般的な日本人が楽しめる内容の代物ではない。 「アメリカ人が何を考えなくてはいけないか」という問題提起をした作品であり、日本人向けの映画ではない。 92分という短い映画ながら、流れに付いていけない観客が多数発生し、周囲のイライラ感が伝わってきた。 また、セリフによる情報があまりにも多く、字幕を読む作業に終始しなくてはならないのも問題だ。字幕の必要がないアメリカ人ならば付いていけるが、日本人にはこの点でも不利になる。 映画自体はそれほど難解でもなく、単純なプロパガンダ映画というわけでもなかった。 「何かを考えさせられる」面白みを感じられる作品だ。 テーマは「理想と現実」だろうか。 国会議員、ジャーナリスト、大学教授の三者の理想と現実のギャップが見え隠れする。 国会議員は、「アメリカのために団結すべき」と理想を主張し、戦争を正当化しているが、大統領への階段を昇りたいという現実が裏にある。 新たな作戦の失敗も成功したことにせざるを得ない事情があり、まさにプロパガンダが必要なのが政府及び国会だ。 ジャーナリストには、真実を伝えるべきという使命と理想があるが、結局のところは政府の言いなりにならざるを得ないという現実もある。 イラク戦争を国民に支持させたのもマスコミのチカラであり、国民の支持を失ったのもマスコミのチカラによるものだ。 政府の言いなりになるのか、それとも真実を伝えるべきなのかというジャーナリストの本当の姿を問うている。 大学教授にも優れた論文で世界を変えたい、優れた学生を発掘し、優れた国民に教育したいという理想があるが、論文は何も役に立たず、優れた学生も戦場に行ってしまったり、無駄なことと学業そのものから逃げ出してしまうという現実や無力感がある。 学業から逃げ出した学生を現在のアメリカ国民に見立てて、今のアメリカの「表と裏」を見せながら、アメリカが抱える難題を問う姿勢は好感的である。 「答え」は明確には出していはいないが、レッドフォードとしては逃げずに「戦う」ということの重要性を二人の兵士の姿を通して描いた。現実から逃げてばかりの国民(羊)に連れられるアメリカ(ライオン)に対する嘆きは伝わってきた。
[映画館(字幕)] 6点(2008-04-20 22:58:10)(良:2票)
523.  アメリカを売った男 《ネタバレ》 
実話ベースということもあり、サスペンスに比重を置かれた作品ではなく、ヒューマンドラマに重きをおかれている作品だ。 「アメリカを売った男」を“極悪人”というスタンスで一方的に切り付けるのではなく、珍しく犯人側の内面にスポットを当てているのが特徴だ。 明確な動機などが語られないのも、逆に好印象となっている。 人間の内面はそれほど単純なものではなく、簡単に割り切れるものではない。 一方では金銭や恨みのため、他方では愛国心ゆえに“組織を試す”という目的や、彼自身が何事でも“試してみたい”という性格もあったのだろう。 そういう人間の二面性について、本作ではきちんと描きこまれている。 一方では家族や孫を愛し、宗教を崇拝する敬虔の念が深い人間として描かれており、他方では家族、国を裏切る人間として描かれている。 また、一方ではパンツスーツの美しい女性に眼を奪われる同僚を諌めておきながら、他方ではジョーンズのDVDを愛好し、ストリップを好み、妻との関係もビデオに撮るような男だ。 彼には、人間の“闇”のようなものが垣間見られる。 若き捜査官もそういう人間の“闇”を覗き込むことで、“闇”に飲み込まれそうになったのではないか。 妻を愛しておきながら、妻を裏切るような行為をせざるを得なくなる。 様々な面で宗教や母を利用して、仲間であるはずの上司を監視せざるを得なくなる。 そして、監視している自分までも含めて、裏で監視されていることを知る。 FBIという職場にいる限りは、本当の自分ではなくて、偽りの自分を演じざるを得なくなると彼は気づいたように思われる。 自分も“闇”に落ちて、クーパー演じる男のように二面性をもつ男になってしまうのではないかと気づいたのではないか。 彼がFBIを退職するのも納得がいった。 クーパー演じる男は最後に「Pray for me」と呟いたが、彼は自ら落ちていったのではなくて、落ちざるを得なかったのかもしれないというラストで締めくくっている。 ある意味で、彼は真面目すぎたのかもしれない。 描きたいものは描かれており、内容もしっかりしていると思うが、どこか中途半端な印象も受ける。 面白い面にスポットを当てており、これが完璧に描かれていれば、最高の傑作となったのだが、深く掘り下げるわけではなく、残念ながら浅い部分を掘ったところで満足してしまったように思われる。
[映画館(字幕)] 6点(2008-03-31 23:34:27)
524.  潜水服は蝶の夢を見る 《ネタバレ》 
本作がアカデミー賞監督賞にノミネートされ、作品賞にノミネートされなかったのは何となく分かった気がする。 単純な感動作でもなければ、単純な伝記映画でもない、本作を観てストレートに感動する人はそれほど多くないのではないか。 しかし、魅力のある作品とも感じられるのも間違いない。 この題材を扱って、こういったアプローチや映像的なテクニックを駆使できる監督は少ないと思う。 本作が「普通の感動作」ではないという点は、逆に評価ができるポイントだ。 また、ジャン=ドミニク・ボビーという人物がどのような人物かも余すところなく描かれているのも評価できる。 彼の視線、彼の想像、彼の記憶、瞬きで綴られていく彼の文章を通して、彼が何を考え、何を感じ、何を想ったかが伝わってくる。 単純な伝記映画とは異なる手法だが、彼の人生を深く感じられたと思う。 多少の物足りなさは覚えるが、押さえるべき点はきちんと押さえられている。 「父親との関係」「妻との関係」「子どもたちとの関係」「愛人との関係」「支えてくれた医療関係者等の関係」「黒人親友との関係」が深くはないが、浅くもない程度に描かれている。 そして、「妻と愛人とジャンとの関係」も見事としか言いようがない。 妻の言葉を借りて、愛人への愛を語るというシーンが特に印象的だ。 妻がどのように感じるかをジャンは分かったとしても、あのセリフを愛人にどうしても伝えたかったのだろう。 愛のために生き、自分に正直だったのが彼らしいところではないか。 「妻ではない。子どもたちの母親だ」というセリフがあり、妻への愛は失っているものの、妻以上に痛みを伴っての発言だと思いたいものだ。 シュナーベル監督は「バスキア」「夜になるまえに」に引き続き、実在の人間を扱った映画を撮った。 思い通りにいかないもどかしさを抱える主人公が困難に立ち向かいながら、才能を開花させていくという構成やアプローチ自体はどれも似ている。 どの作品も素晴らしい作品であるが、どの作品も視覚的な描写が重視され過ぎている気がする。 文章や詩のように脳で楽しむ映画というよりも、眼で楽しむ映画になっている。 画家である彼らしさを感じられるようにはなっているものの、他の映画とは異なる作風なので、多少の違和感を覚えるのではないか。
[映画館(字幕)] 6点(2008-03-16 02:19:13)
525.  バスキア 《ネタバレ》 
つまらはないが、面白くもない映画。 面白くない理由は、バスキアの「人生」や「苦悩」があまり見えてこないからだろう。 彼の「人生」の苦悩は確かにきちんと描かれてはいる。 貧乏時代の友人を失い、愛してくれた恋人を失い、支えてくれた画商を失い、「成功」を手に入れたはずの男がどんどんと「大切なもの」を失っていく。 「成功」したことによって、豊かになるのではなく、どんどんと貧しくなっていく様がきちんと感じられる。 また、自分の生い立ちにコンプレックスをもち、成功しても黒人ゆえに“下”にみられてしまうことが彼の人生に悲劇を生んでいるようにも思える。 偽札かどうか調べられるというキャビアの購買エピソードは面白いものだった。 レストランでの食事の際にも、白人の金持ち連中に自分がバカにされているのではないかと疑心暗鬼になり、彼らの分まで彼らに知らせずに払うという方法でしか、自分を満足させることができなくなっているエピソードは彼の人生を描き出していると思う。 そのように精神的に貧しくては、アーティストとして優れた作品を残すことはできないのだろう。 ヘロインによって身を滅ぼすのが分かる仕組みになっているが、肝心の彼の姿がどこか薄く感じてしまう。 大きな理由としては、他のキャラクターがあまりにも強烈なインパクトを発揮しているので、主人公の姿が見えてこないのではないか。 シュナーベル監督は画家だけあって、作家ではないというのが分かる。 主人公の内面を深く深く掘り下げて描くことはできていない。 一方、面白く感じられる理由は、まさに画家というビジュアル面の面白さだろう。 ウォーホルの死を聞き、取り残される「アヒル」がまさに画家的な描き方ではないか。 「夜になるまえに」ほどではないが、映像の面白さはやはり天性の才能を感じられる。 だが、肝心のバスキアのアートがあまり美しく描かれていない気がする。 本作を見ても、バスキアのアートがまったく印象に残っていない。 印象に残っているのは、冒頭のピカソのゲルニカ、中盤のウォーホルの小便アート、終盤のオールドマンが演じた画家がキャンバスに大量の陶器のようなものを貼り付けたアート(シュナーベルの得意分野)である。 バスキアの芸術の凄さではなく、他の芸術家の凄さしか感じられないのでは、「バスキア」という画家を描いた作品としては評価することはできないのではないか。
[DVD(字幕)] 6点(2008-03-16 02:15:42)(良:1票)
526.  バンテージ・ポイント 《ネタバレ》 
このシナリオを普通に映画化した場合、巷に溢れるただのテロリスト映画になってしまうので、このスタイルを取ることで他の映画と差別化を図ることができたことは評価できる。また“オチ”を最後まで引っ張ることができ、観客にいい緊張感やヒントを与えることができるので、映画における“仕掛け”としては面白いものとなっている。 ただ、バカ正直過ぎるというか、ご丁寧過ぎるというか、あまりにもクド過ぎるのが難点だ。大統領暗殺事件を多角的な面から捉えるのは結構だが、あそこまで繰り返し描かれると「いい加減にしろ!」と思う人もいるだろう。 そもそも「羅生門スタイル」とは、同じ事件の受け取り方がそれぞれの主観等によって婉曲されるという点に面白さがある。同一事件が受け取り側によって同一ではなくなるので、事件の真相を炙り出すために繰り返し描く必要がある。いつまでも事実が変わらない同じ事件をここまで繰り返し描く必要があっただろうか。 また、豪華キャストを用いているが、キャラクター造型に関しては、ほとんど工夫がなく、個性が全く感じられないのも問題だ。 激しいアクションでも髪型や服装もあまり乱れていないデニス・クエイドが超人的なタフガイ過ぎることも問題だが、彼の内面が全く描かれていない方が問題だ。 過去に大統領暗殺を食い止めたもののシークレットサービスの仕事に“恐怖感”を覚えているという設定があまり活かされていない。 さらに、彼の存在を敵側が利用するという設定がややボンヤリとしている。 その他にも、何がしたかったのか分からないマシュー・フォックスや「弟!」を連呼する登場人物など、単純化されすぎたキャラクターばかりが登場する。 そして、自分の記憶が確かならば、最後の救急車を運転していたのは男性だったはずだが、最後にああいうオチを持ってくるのならば、運転手は女性という設定にした方がよかったのではないか。 あの女性はハビエルの弟を殺すのを躊躇していたので、あれがいい前フリにもなっただろう。「誇りに思う」と自爆テロを行う連中が一人の少女のために重大なミッションを諦めるとは思えない。 ラストはツメの甘さが目立ち、やや拍子抜けの幕切れとなった印象を受ける。 仕掛けやカーアクションなど、なんとなく面白かったと感じさせるが、あまり印象には残らない映画になってしまったのではないだろうか。 どこかもったいない映画となっている。
[映画館(字幕)] 6点(2008-03-13 00:33:10)(良:4票)
527.  ブラック・レイン 《ネタバレ》 
雰囲気はとても好きな映画である。 昭和の影が残る大阪の街(「ブレードランナー」風にだいぶアレンジされているが)が貴重であり、高倉健が英語を喋ったり、彼が歌うのも新鮮だ。松田優作や若山富三郎の迫力ある演技にも驚かされる。 しかし、本質的な部分は同意できないところがある。 「ラストサムライ」には日本の“根”を感じることができるため同意できるが、「ブラック・レイン」の本質はやはりハリウッド風な誤解が溶け込まれている。 アメリカ人が異国の日本の文化に戸惑いながら、“日本流”に慣れていく構図はとても似ている。マイケル・ダグラスと高倉健の関係は、トム・クルーズと渡辺謙の関係に置き換えることもできそうだ。 しかし、変わってしまったのは、マイケル・ダグラスではなくて、高倉健の方だというのは、いかにもアメリカ的である。 “個人”を重んじるアメリカと、“組織”を重んじる日本の差が上手く活かされておらず、“個人”を重んじるアメリカ流の暴走に高倉健が付き合うというオチは必ずしも好ましいものではない。 そもそも「ブラック・レイン」とは、第二次世界大戦時の日本への爆撃の影響によって、雨が黒くなることだというセリフがあった。 敗戦によって、日本的な仁義が失われて、佐藤のような仁義も忠義もないマネー第一のアメリカ的な男が生まれてしまったことを嘆く代名詞が「ブラック・レイン」ではないか。アメリカ的なものを否定しておきながら、アメリカ的なオチの付け方では本末転倒だ。 もちろん、マイケル・ダグラスが何も変わらなかったわけではない。 殺された相棒チャーリーの復讐のために佐藤を殺すこともできたはずだ。 100ドルの原版をアメリカに持ち帰り、大金持ちになることもできたはずだ。 それを放棄したのは、もちろん“日本流”や“恥”や“自己や仲間を汚す”という概念をマイケル・ダグラスが感じ取ることができたからだろう。 このマイケル・ダグラスの変化がいいオチとして活きてはおらず、むしろ後付け的な感覚を覚える。ダグラスが高倉健に空港で原版を返すというのは、そもそも持ち帰る気満々だったということではないか。 “日本流”に相容れないアメリカ人が相棒を失い、本当の意味で孤独となり、“日本流”に迎合していく。異種の文化と交わることで“日本流”の悪しき部分も少々影響を受けるという流れが理想的といえる流れだ。
[DVD(字幕)] 6点(2008-02-11 02:04:44)
528.  ペルセポリス 《ネタバレ》 
イラン革命、イラン・イラク戦争など時代の波に翻弄される監督マルジャン・サトラピの波瀾万丈の半生が綴られている。確かに凄い人生だとは思うが、心に訴えてくるものがあまりない。展開やテンポが早すぎて、単なるシークエンスの羅列でしかなくなっている気がする。そのためか、本作を見ても「自分も頑張ろう」「公明正大に生きよう」「○○人であることに誇りを持とう」といった感情面において上手く感じ取ることができなかった。自分が男性だからか、それとも日本人だからなのか、又はイランのことを何も分かっていないからなのか、何が原因なのかは分からないが、「本作のよさが分からない」というのが正直な感想だ。彼女の生き方に共感を覚えることができる人も多数いると思われるので、少数派の意見として述べておく。 逆に、共感を覚えることができなかった点が評価できるのかもしれない。赤裸々に語られており、自分の半生を美化しようとはしていないからだ。よくありがちな無理やり感動ストーリーに仕立てようとはしていない。自分を美化したくないという想いはよく分かるので、美化する対象を自分ではなく、父母や祖母にもっと上手くシフトさせればよかった。自分の娘が自国イランで収まり切らないことを知り、可愛い娘をヨーロッパに留学させた父母の決意は並大抵のものではない。一度目の留学で傷ついた際、結婚に失敗した際、自分が助かるために無実の者をハメた際など、祖母が時には優しく、時には厳しく接してくれたシークエンスなどは処理の仕方でもっと感動を呼び込めたはずだ。 また、一番のコア(核)は“イラン人であることをマルジャンがどう思っているのか”という点ではないかと思う。 ウィーンでの留学中に「自分をフランス人だと偽った」シークエンスが紹介され、ホームレス時代に気管支炎で倒れた際に「自分の住所をイランだ」と訳が分からず回答し、最後のタクシーで「どこから来たのか」と問われた際に「イランだ」と答えている。 こういった彼女の変化がどこか上手く処理し切れていない気がする。自己の出自、自己のルーツに誇りがもてるのかという点をもっと訴えてもよかったのではないか。 ただ、アニメのセンスはなかなかだ。 随所でアニメであることの利点を上手く引き出していたと思われる。 特に、王子様のような恋人が一転してダサいオトコに様変わりするところはなかなか素晴らしいセンスだ。
[映画館(字幕)] 6点(2008-01-07 23:26:12)(良:1票)
529.  アイ・アム・レジェンド 《ネタバレ》 
息が詰まりそうな緊張感ある展開、地球最後の男の細かい日常的な生活描写、ウィル・スミスの熱演、犬との友情など、見所は多数あるが、ストーリーはそれほど面白いとは思わない。 というのは、本作の根幹にあるのは、“神”の存在・不存在にあるからではないか。この要素が入ると、日本人にはちょっと苦しい気がする。 人類が滅亡し、自分の妻子も失い、神を信じられなくなった主人公が、ラストで“神の声”らしきものを聞いて、自分の使命を確信し、使命を遂げた後に亡くなった妻子の下に帰るというのが本作のテーマである。 なぜ、ラストで手榴弾を放って、自分も助かろうとしなかったのかというと、自分の使命さえ果たせば、自分の命などどうでもいいのである。生き永らえることが彼の目的ではなく、家族の下に向かうのが彼の願いだと考えられる。 家族の下に向かうのが彼の願いだとすると、“自殺”すればいいのではないかと思われるが、そうさせなかったのも“神の意思”だったと解釈するしかない(彼が免疫者だったのも“神の意思”ということになる)。 しかし、本作では、彼は一度“自殺”を企てている。犬(サム)という大切な仲間を失った際、自暴自棄になったウィル・スミスはダークシーカー達を道連れにして死のうとしている。 仲間という唯一の絆を失って、一人では生きていけないと考えたのだろう。あのとき死ぬつもりだったのは間違いない。だからこそ、助けられた朝、彼の様子がおかしかったのである。別に、取っておきのベーコンを食べられたから、様子がおかしかったわけではない。あのとき、女性に偶然助けられたのも、女性が語ったように“神の意思”ということになる。“神の意思”というテーマがある以上、人類が滅亡するわけはないのである。難なく最後に村に到着し、血清を手にした人類はきちんと生き永らえることができるのだ。 逃げずに自分の身を研究に捧げて、自分の使命を全うし、人類を救った彼は“(神の勅命を受けた)伝説の男”となったわけである。 単純なゾンビ系アクションではなく、“神”というテーマを根幹に添えたため、やや面白みを欠いている。 ヘリコプターでの妻との別れの際にも、祈りを捧げており、深い宗教性があるのは間違いないだろう。 前半はその色が薄いので日本人でも楽しめるが、後半はその色が濃くなってくる。単純な映画を楽しみたい日本人には、どう考えても向いていないだろう。
[映画館(字幕)] 6点(2008-01-07 01:39:56)(良:2票)
530.  椿三十郎(2007) 《ネタバレ》 
オリジナルは未見。“黒澤映画を知らない世代”である自分がオリジナルを観ずにリメイクを観ることで、他の人とは違う感じ方や、他の人とは異なったレビューができるのではないかと考えたため、鑑賞することとした。一言でいえば、“普通に面白い”というところか。角川映画の変なところにチカラが入った気合が、逆に新鮮に感じられる。  織田も相当気合が入りまくっており、彼のキャラクターには魅力を感じられた。 しかし、「ものわかりが良すぎる」のが欠点だろうか。 「鞘に収まらない刀」という設定の割には、彼は「いい人」過ぎる。 外見は粗暴であるが、中身はそれほど悪い人ではないというところまでは同意できる。 しかし、本質であるコアな部分は「鞘に収まらない刀」であるということをきちんと描いて欲しかった。 切りたくなくても人を切らざるを得ない性分、争いごとに巻き込まれて困惑するのではなく、争いごとにクビを突っ込まざるを得ない性分を描いてこそ、「鞘に収まらない刀」なのではないか。 残り9人に慕われるのではなく、最後の最後には残り9人から嫌悪されるようになってこそ、本作の深みが増すような気がする。 エンドクレジット中に背を向けて一人歩く彼の姿に、彼の孤独がみえない。 “狼”はいくら頑張っても“羊”や“兎”にはなれないという孤独があってもよかったのではないか。 単なるヒーローモノとしては“普通に面白い”が、“傑作”にはなり得ない作品だ。  気になったのは「織田と豊川の対決時の風の音」だ。 二人の対決時の効果音として、「風の音」「草木が揺らめく音」などが盛り込まれていた。 この演出自体は緊張感を高める効果としては悪くないと思うが、肝心の“風”がほとんど吹いていないのが問題だ。 なぜ“風の音”の演出が必要かというと、最大のクライマックス時に“まったく音がしない”という演出をしたいがためである。“まったく音がしない”という状況を効果的に描くためには、何かの“音”を立てる必要があった。そのため、何かの“音”を立てるという演出自体は、理にかなっていると思うが、プロとしてとことんこだわるのならば、きちんと“風を待つ”という姿勢が大事なのではないか。 人をいくら切っても血が出ないことにはまったく違和感を覚えないのだが、こういう部分には違和感を覚えてしまう。
[映画館(邦画)] 6点(2008-01-05 17:38:57)(良:2票)
531.  未知との遭遇/特別編 《ネタバレ》 
スピが描いたこの夢のあるファーストコンタクトは、「こうであって欲しい」という強い願望が込められており、とても共感できるものとなっている。 偽の毒ガス騒動や催涙弾での追撃なども描かれているが、基本的な視点はとても優しい感じがする。 そして、優しさとともに純粋さもポイントになっていると思う。ロイのような無垢で一途な子どもっぽい純粋さは確かに現代人が忘れてしまった感情なのかもしれない。「あなたがうらやましい」という言葉も胸に突き刺さる。 なんとなく、このロイという人物とスピが重なってもみえる。ロイが追い求めた真実に対する情熱と、この映画に掛けるスピの情熱は同じのようにも思えた。 ただ、時折みせる「おもちゃ箱をひっくり返した」ような稚拙な演出によって、せっかくの良作もちょっと台無しになってしまっている気がした。
[DVD(字幕)] 6点(2006-12-31 00:23:40)
532.  未来世紀ブラジル 《ネタバレ》 
やはりテリーギリアム監督は苦手な監督だと再認識させられる一本。 独特の世界観を体現できる監督という点では評価できるかもしれないが、シリアスでもなければ、コメディというわけでもない世界。この捉えどころのなさ、生ぬるさが肌に合わない。 しかし、将来の官僚主義を、実にシニカルでアイロニカルな眼で鋭くみつめている点はさすがだとは思う。ギリアム監督は、公務員でもやっていたのかと思うほど実に的確に描かれている。徹底的な書類第一主義、「役所はミスしない」という傲慢さ、ミスをしたとしても責任の所在の不明瞭さ、これらによって引き起こされる「責任感」「人間性」「感情」の喪失が感じられる。優しい家庭人のジョンが、誤認逮捕したバトルを拷問死させてしまっても、少しも悪びれもなく「書類に書いてあったから」と言い放っているところが、実に上手いと思うところだ。 また、テロリスト撲滅という名目のために、国民を情報管理、情報操作している姿は、9.11以後のアメリカの姿そのものではないだろうか。本作においては、爆発はするもののテロリストの姿が全くみえないことも、映画内の爆発は政府による自作自演であることをギリアムは暗に示しているようにもみえる。タトルはただのモグリの配管工だし、ジルは政府のミスを告発しようとしているに過ぎない。彼らはテロリストではなく、政府にとってたんに都合の悪い者である。「罪」をでっち上げて彼らを逮捕しようとする姿は、戦前の思想統制までも思い起こさせる。 また、巨大な官僚主義に対して、「夢」を信じて一人むやみに立ち向かってしまうサムラウリーの姿には、ギリアム監督の「夢」である「ドンキホーテ」的な要素も感じられる。 そして、その戦いが決して報われることがないのも実にギリアムらしくアイロニカルなところだ。巨大な官僚主義には結局は勝つことができない。勝てるとすれば、それは「夢」の世界でしかないという皮肉が実に上手い。 誉める点は実に多いのだけれども、どうしても好きになれないのが本作の欠点だ。安っぽさ、不真面目感がそう感じさせるのだろうか。また、どのキャラクターも感情移入しにくい点にも多少問題があるのかもしれない。
[DVD(字幕)] 6点(2006-12-31 00:09:06)
533.  007/トゥモロー・ネバー・ダイ 《ネタバレ》 
往年の作品に似た雰囲気になっており、素直に楽しむことができた。 マニーペニーとボンドの会話がつまらなくなった分、Mとマニーペニーの会話は面白くなったのは良かった。Mについては慎重派、理論派ということは描かれていたが、前作でスパイに懐疑的だったMがすっかりスパイを信用し切ってしまうのはいかがなものか。 カーアクションはなかなか工夫がされている。無人のクルマが右往左往するというのは面白いアイディアであるし、整備されたアイテムも多彩で効果的に使用されている。手錠に繋がれた二人によるオートバイアクションもより緊張感を増す展開となっている。 しかし、銃撃戦に関してははっきりいって面白くない。何百発、何千発とボンドに撃ち込まれようと、銃弾がかすることも、傷つくこともないのは、逆に緊張感をそぐものだ。なんらかの改善が必要だろう。 また、本作は、なかなか面白い視点が描かれている。ボンドと同等程度に戦うウェイリンの存在である。「私を愛したスパイ」でもロシアのアニヤもいたが、彼女は対等とはいえない存在であった。敵として戦う相手としては、「美しき獲物たち」のメイディなどはいたが、共同して戦うボンドガールは彼女が始めてではないか(消されたランセンスのパムは単なる協力者)。 面白いのは、同等に戦うだけでなく、スパイとしての質についてボンドとリンは互いに比較されていることがよく分かる。カーヴァーの新聞社に潜入した際は、ボンドは屋上から用心深く侵入したものの、不用意に侵入し、警報を鳴らしたのはリンである。 ラストのステルス艦においても、ボンドは監視カメラをかいくぐりながら、爆弾を設置していたが、リンは監視カメラに注意せずに爆弾を設置していたため、囚われてしまう。リンのミスのせいで、自分の立場が危うくなった際でさえ、相手の兵士を使って、自分の死を偽装するというスパイとしての腕の違いを思う存分見せつけている。しかし、そうはいっても常にボンドが優位であるばかりではない。手錠バイクの危機を脱して、二人で仲良くシャワーを浴びている際には、リンはボンドに一杯食わせている。スパイとしての腕ならばボンドは負けることはないが、女の魅力には負けるという洒落が利いたことをしているのはなかなか良い。 メディア王カーヴァーは悪くないが、彼の陰謀は言葉として理解できるが、過去の悪役と比べ、イマイチピンと来ない部分はある。
[DVD(字幕)] 6点(2006-11-30 23:49:00)(良:1票)
534.  007/ユア・アイズ・オンリー 《ネタバレ》 
80年代に入りジョングレン監督時代の幕開けとなった。 冒頭のトレーシーの墓参り(女王陛下の007)とブロフェルドの最期を描いたということは、過去の遺物を捨て去り新しいシリーズに向けた決意と、本作を本格アクションの「女王陛下」ラインにすることを意味していると感じた。 「ムーンレイカー」で極めたともいえる荒唐無稽なファンタジー路線を捨てて、特殊アイテムが登場しない正統派アクション・サスペンスを目指したようにみえる。 ロジャームーアが真剣に走り、一人の悪役に正面きってワルサーを向けるというのはなかなか珍しいような気がする。 前作では乱発されたラブシーンもすっかりと影を潜め、上映1時間経過後にようやくコロンボの愛人リスルと一夜を共にして、ラストでメリナと一緒にいるときもあえてベッドシーンを描かず、二人で海に潜るという幻想的なシーンで締めくくっている。確かに、父母を殺され、復讐に燃える一人の女性が、復讐を果たす前に男と寝るようなことになれば、ストーリーとしてはリアリティを欠く。 スケート選手のビビに迫られたときに拒むのもボンドらしくないところだ。これも新しいボンドを創り上げようとしたことの表れだろう。 また、いつもの公式に沿っていないのが「メリナの復讐劇」ではないだろうか。普通はボンドのボンドによるボンドのための映画なのに、一人の女性の復讐劇をストーリーの中心に仕立てている点は珍しい。メリナの復讐劇とATACを巡る攻防をメインにして、コロンボやクリスタトスの確執をサブにするという面白い構成をしている。さらにその背後にはソ連のゴゴール将軍がいる(私を愛したスパイでは共に戦った仲)という仕組みだ。 ストーリーやアクション(小さな車、スキー、ボブスレー、ロッククライミング)に見応えはあったが、本作には大きな問題を抱えている。それは、本作には「笑いやコメディのセンス」が大きく欠如している点だ。三人のアイスホッケー選手をゴールに叩き込んだり、自動車が木に引っかかったり、サッチャー首相をもじったラストのやり取りなど、笑うに笑えないものばかりで、普段のシリーズよりもかなり劣るレベルである。 本格的なアクションを目指しているのに関わらず、質の低いギャグはマイナス材料にしかならない。5点か6点か悩む作品だが、シーナイーストンの伸びやかで美しい歌声と、ヒロインの個性的な美しさを加味して6点とした。
[映画館(字幕)] 6点(2006-11-25 01:13:57)
535.  ネバーセイ・ネバーアゲイン 《ネタバレ》 
本作の公開時にはコネリーはすでに53歳。もう孫がいてもおかしくない歳ではないだろうか。あんな政治家風のおじさんが、女性にモテモテだったり、屈強の男性と激しいバトルを繰り広げるのをみると、ちょっと痛々しいというか、やはり無理を感じさせる。 医療施設で到底敵わないような男と戦わせたのは、歳を取っていても、昔と変わっていない、いや昔以上にパワーアップしているということを描きたかったかもしれないがやはり無理がありすぎた。 映画の質としては「サンダーボール作戦」よりは良かったと思う。「サンダーボール」のときには脚本に相当無理があると感じたが、比較的分かりやすくあまり無理がない仕上がりとなっている(ドミノに与えた宝石にアジトの地図が記してあったり、ラストにドミノがあんなところに居るわけないなどの無理は当然あるが、これくらいはギリギリ許容範囲だろう)。 特に、ドミノを寝返らせるためのタンゴはひとつの見所になっており、このシーンのおかげで(時代の影響もあったのか)くだらないゲームにもやや意味を生じている。しかし、いい歳をしてあの二人のおっさんはいったい何をしてるのかね。 配役も「サンダーボール」よりも魅力的だ。ファティマ(フィオナ)は、蛇を用いたりと妖しい殺人鬼として描かれており強い存在感を感じる。サンダーボールのルチアナパルッツィも同様に大量殺人鬼であるが、存在感をあまり感じなかった。バイクでのカーチェイスは評価できるし、ボンドとファティマの直接対決も見所十分となっている。 ラルゴも、表向きは慈善事業家という雰囲気は出ているし、嫉妬心が強い内面も十分感じられる演技をしている。オリジナルのラルゴよりも全然よい。 舞台としても、海底(沈没船とサメ)、城跡や遺跡といった面白い工夫もされており、万年筆爆弾や時計のレーザーなどの特殊兵器に関しても、控えめかつ効果的に用いられているのも好印象だ。 以上のように、製作陣のなかなか熱心な姿勢が窺われ、それなりに楽しめる作品にはなっていると思う。 ラストのコネリーの捨て台詞の「ネバーアゲイン」にも歴史的な重みが感じられて良い締め括りとなっている。
[DVD(字幕)] 6点(2006-11-20 00:34:06)
536.  007/私を愛したスパイ 《ネタバレ》 
記念すべき第十作品目ということで、本作は過去の作品の集大成となっている。 過去の作品のよい部分をとりあえず詰め込めるだけ詰め込んだという印象だ。ボンドとロシアのスパイと敵という三つ巴は新しいパターンではあるが、ボンドと同等のライバルの登場という構造は「黄金銃」と基本的に似ている。 冒頭のスキーシーンは「女王陛下」でさんざん描いたもの。二国の潜水艦が行方不明となり二国に緊張が走るというのは「二度死ぬ」と似たパターン(今回は互いに協力する)であり、潜水艦をそのまま大きな船が飲み込むというものは「二度死ぬ」の宇宙船と全く同じアイディアだ。二基の核兵器を盗まれて悪用されるというのは「サンダーボール」と同様だろう。 特殊機能が付属されたクルマ(ゴールドフィンガー)でのカーチェイスには、オートバイ、クルマ、ヘリコプターと怒涛の攻撃をみせるもののいつものパターンを連続して行ったものにすぎない。潜水艇に変形するクルマは「黄金銃」で変形して飛行機になるクルマのアイディアを海版に変更したものである。海中戦は「サンダーボール」のアイディアの借用だろう。 悪役ジョーズは歴代の悪役でも人気がありそうな「ロシア」のグラントと「ゴールドフィンガー」のオッドジョブを足して割ったような存在だ。「黄金銃」のニックナックが小男ならば、今度は大男と考えたかもしれない。グラントや「死ぬのは」のティーヒーと同様に定番の列車内での戦いも盛り込まれている。サメは「サンダーボール」にも登場する(ピラニアは「二度死ぬ」で登場)。 リバラス号での敵味方ごちゃごちゃになった死闘は「二度死ぬ」の火山での死闘を思い起こされる。ストロンバーグの風貌は、ブロフェルドを思い起こさせるし、彼の海洋基地は「ダイヤモンド」の油田基地にも似ている。あまり工夫もなく堂々と単身で乗り込むところも「ダイヤモンド」をなぞったものだろう。 過去の作品のいいとこどりをするのは悪くないアイディアだと思う。おかげで本作はかなりスリリングな展開となっているが、肝心のボンドとアマソワの愛憎をもっとじっくりと描いてほしかったところだ。アマソワは恋人が英国の諜報部員に殺されたと聞かされているのであるから、ボンドを含めた英国に恨みを抱いているはずである。ラストも緊迫した場面だが、笑いで逃げてしまった感は残念だ。ムーアに愛の深みを求めるのは無理の話かもしれないが。
[DVD(字幕)] 6点(2006-11-20 00:13:42)
537.  007は二度死ぬ 《ネタバレ》 
現代の日本人が観れば、逆に結構楽しめるのではないかと思われる謎に満ちた「怪作」。メチャクチャなストーリーだが、ナンセンスさ故に意外とハマれる人はハマれそう。でもどうしようもない謎も残る。 【ボンドの結婚】島に怪しまれずに入るために、日本人に成り済まして島の海女さんと結婚しなくてはいけないという理由からだ。変装後の彼はどう考えても日本人に見えないというツッコミはさておき、最大の謎は変装したにも関わらず忍者養成所の姫路城にて次から次へと刺客に襲われるところだろう。一人目の刺客(糸から毒を這わせる)からはただのラッキーで難を逃れる(浜を登場させるためアキを退場させる)。果たして二人目(竹ざおに鏃)は必要だったのか。あれでは変装も忍者学校も敵にはバレバレということだけど、島への上陸時には、敵側は見事にスルー。外人だから特に目立つのかもしれないが、タイガーや忍者部隊は難なく上陸しているわけで、いったい何をしたかったのか分からない。恐らく、外人から見れば奇異に映る日本の結婚式(お見合い)や文金高島田のようなものを紹介したかったのだろう。ストーリーと関係なく相撲を紹介するのと同じ流れ。あとは腹切りでも描けば完璧か。 【ボンドの死】怪しまれず楽に行動できるからという理由らしいが、この時点でもうスパイとしては相当ヤバイ気がする。途中まで正体こそバレないが、銃を持っているという理由だけで東京で殺されそうになる。神戸の埠頭で大虐殺(俯瞰撮影は意外と好き)を繰り広げている時点で只者ではないと分かるだろう(スパイはボンド一人ではない)。飛行機事故に見せかけるためか、手の込んだ殺され方をされそうになるメリットはあったが、日本通をアピールしたヘンダーソンがあっさりと殺されることからも、やはり効果が分からん。 【プロフェルドの行動】ボンドを見抜けなかったブラントをピラニアの餌にして、混乱を招いた大里も銃殺する。しかし、肝心の自分はボンドを殺すタイミングを誤り、タイガーの手裏剣によってしくじる。しくじるのはストーリー上やむを得ないが、なぜあんな敵味方入り混じった場所でボンドを殺そうとするのか理解に苦しむ。プロフェルドはミスに対して厳格な姿勢を貫く男として常に描かれており、この描き方ではいままでの彼の存在自体を否定するものだ。ボンドを盾にするとか、脱出用の人質にするといった演出が必要だろう。
[DVD(字幕)] 6点(2006-11-03 00:48:53)
538.  炎の人ゴッホ 《ネタバレ》 
伝道師時代から自殺までのゴッホの生涯をコンパクトに過不足なく、ある程度の深みも持たせながら、2時間に収めた監督の手腕は見事である。ゴッホが乗り移ったかのようなカークダグラスの演技も見事としかいいようがない。 個人的にはゴッホはあまり好きではない画家であった。特に日本では過剰に人気のある画家であり、ちょっと過大評価されすぎなようにも感じていた。しかし、本作での彼を観ると、やや見方を変えなくはいけないのかもしれない。 絵画だけではなく、伝道や恋愛までも周囲の人々が引くほどにのめりこみ、周りを気にせず、何事にもとりつかれたように、自らの魂を削って入れ込むゴッホの気質が見事に捉えられていた。孤独や自己不信に怯えながらも、人々を感動させたいという熱い想いだけが煮えたぎっている。臭いや、温度までをも感じさせたいという願いから、あれほどの凹凸から出るほど厚く絵の具を塗りこめた筆触となっていったのだろうか。 父にも見放され、従兄弟への愛も実らず、同じような孤独の闇を抱えていたシーンとも結局貧しさという壁にぶち当たり上手くいかず、同じ画家で、同じように売れずに、同じように孤独と絶望とかすかな希望という共通点を抱えたゴーギャンとの共同生活も、性格上や芸術上の不一致から破綻する。想像で絵画を描けるゴーギャンと、実際に目で見て、自分が感じたものでないと画を描くことができないゴッホの違いもきちんと描かれていた(ゴーギャンは自分の死の間際に「ひまわり」を描いたそうで、それなりにゴッホに対して敬愛の念を抱いていたのだろう)。 また、ゴッホを語る上で外すことのできない弟テオの無償の愛も美しい(テオはゴッホの死後、精神的に参って半年あまりで亡くなっている)。他者に迎合できず、自分のやり方・生き方を貫くという生き方しかない。そんな不器用で一途で孤独の男を支えられるのは、自分しかいないとテオも感じていたのだろう。テオ自身の苦悩も随所に感じられた。「こんな妻がいるのに、痩せすぎではないか」というゴッホの無神経な一言も重すぎる。 個人的には、ゴッホの人生のターニングポイントである肝心の耳きり事件にもうワンパンチ欲しかったように感じた。「絶望だ。出口が見えない。」という自殺の引き金となるような言葉や、絶望や孤独に押しつぶされていく様などを欲しかった(映画で描かれた流れは恐らく事実に即しているのだが)。
[DVD(字幕)] 6点(2006-10-30 00:58:45)(良:2票)
539.  007/ロシアより愛をこめて 《ネタバレ》 
ボンドシリーズで最高傑作という評判の本作。確かに、「イギリスVSロシア・ブルガリアVSスペクター」という三つ巴の構図が映画を面白くしており、さらにスペクターの謎に充ちた悪役陣にも魅力を感じる。 また、味方に成り済ましたグラントによる最大の危機をQから受け取ったアイテムを使って脱し、激しい肉弾戦を繰り広げて、潜り抜けるオリエント急行でのやり取りや、「北北西」並みのヘリコプターの襲撃、大爆薬を用いたボートでの逃走劇など、どれも見応えはあるが、「傑作」と感じるほどの深みはなかった気がする。ヒッチコックのような高尚なサスペンス作品にはなれなかったと思う。点数は同じ6点の評価だけれども、第一作の「ドクターノウ」の方が若干良かったような気がした。 しかし、前作同様に国際色豊かな作品に仕上がっている。トルコのイスタンブールを舞台に、モスクで撮影したり、オリエント急行を使ったりとアイディアは素晴らしかった。イスタンブールからザグレブに行き、最後はヴェニスで、擬似の新婚旅行を締めるという流れはよかった。 ちょっと気になったのは、ボートシーンでボンドのボートの燃料にマシンガンを撃ち込まれたら、その時点で燃料は爆発しないのか?その他にも、完成度の点でも多少問題がある気がした。女性同士が決闘した村で襲撃された際にカリムが右手に銃弾を浴びたが、その直後にカリムは負傷したはずの右手を伸ばして、普通に落とした銃を拾っているのには少し違和感を覚えた。彼の病気のため、あまり撮り直しができなかったのだろうか。 また、グラントのマッサージシーンに始まり、村で執拗にダンサーの体を撮り続け、さらには女性同士の激しい肉弾戦、タチアナとボンドのファーストコンタクトでさらっと裸(ボディダブルの模様)を映すといった露骨なまでにエロに走りすぎた感がある。多少のエロは必要かもしれないが、本作に必要なのは、ユーモアやウィットではないだろうか。 映画の内容とは関係ないが、この映画で知ったことわざが「口は禍の門」。ブルガリアのボス級の殺し屋をケリムが殺した際に、ボンドが言う台詞。「口は災いのもと」だったら有名だけど、どうやらこっちが元祖というか、正しいことわざのようだ。
[DVD(字幕)] 6点(2006-10-17 23:05:24)
540.  007/ドクター・ノオ 《ネタバレ》 
40年以上前の作品だから、古くさくて鑑賞に堪え得るものではないだろうと高をくくっていたら、意外や意外。結構しっかりとした作品で、カーアクション以外は言われているほどの「古さ」は感じられなかった。アジトに潜入して捕まって、逃亡して、ボスと対決するという展開もほとんどマンネリ化しているはずなのに、本作では先が読めそうであまり読み切れない手に汗握る展開となっている。40年前にこれを観せられれば、確かに人々は熱狂するのも分かる気がした。 驚かされるのは、40年も前にすでにボンドの人間像は完全に固まっていることだ。近年の作品と比べても、ボンドの人間像には変化は感じられない。 女にもてて、敵・味方構わず抱きまくる。ギャンブルは連戦連勝、タイマンでの喧嘩や格闘ならまず負けない。射撃もドライビングテクニックはトッププロ級で、高級スーツを着こなし、料理や酒にも精通している。クールで冷酷でありながら、情熱的な部分もあり、ウィットにも富んでいる男である。男性からみると、まさに理想的な男性像がジェームズボンドなのだろう。ボンドが人々から愛される理由としては、夢のような完璧な男性像であるボンドに自分自身を投影して、一時の間、自分が憧れの存在になりきれるからではないか。 また、本作から近年の作品まで、脈脈と受け継がれるもう一つの魅力は、多国籍感だろう。 イギリスの諜報部員が主人公ではあるものの、舞台はジャマイカで、敵のボスはドイツと中国人のハーフ、アメリカのCIAも絡んでくる。冷静にみれば、一つの島で繰り広げられる、こじんまりとしたスケールの話でも、登場人物や舞台や設定だけで、かなりスケールの大きな話になってくる。世界規模で活躍するボンドの姿も、先ほど述べた彼の魅力に磨きがかけられるのだろう。 適役のドクターノウは鋼鉄の義手でボンドをぶん殴り、ちょっとはボンドを追い詰めていたようにも見えたが、確かにハラハラとさせる演出としてはイマイチだったようにも感じる。彼の重要性としては、スペクターの存在を語らせることに意味があったのかもしれない。 一応ストーリーの重要な核である「ロケットの打ち上げ」がほとんど無視されてしまったのも、勿体無いかもしれない。上手くリンクさせればさらにハラハラ感を増せただろう。 冒頭の三人組、途中でも一回出てきたけど、その後出てきたかな?中ボスとして出せばよかったかもしれない。
[DVD(字幕)] 6点(2006-10-14 23:25:08)(良:2票)
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