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プロフィール
コメント数 215
性別 女性
ホームページ http://plaza.rakuten.co.jp/maika888/
自己紹介 正直、生まれは平成じゃないです。かなり、昭和なムード。昔みた映画を思い出しながらレビューしますので、記憶がずいぶんあやふやかも。なにか変なところがあったら、http://plaza.rakuten.co.jp/maika888/のほうにツッコんでおいてください。

好きな女優
 「或る夜の殿様」の山田五十鈴、「近松物語」の香川京子
好きな男優
 「お茶漬けの味」の佐分利信
好きなキャラクター
 グレムリンちゃんとマシュマロマン

☆評価基準
10点:超絶。ほとんど奇跡。
9点:傑作。かつ大好きなんだもーんッ!
8点:傑作だし、好きデス。
7点:素晴らしいです。好みの映画です。
6点:まあ、悪くないと思います。
5点:なにか気になるものはあります(~~;

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【製作国 : 日本 抽出】 >> 製作国別レビュー統計
評価順123456
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61.  鬼滅の刃 那田蜘蛛山編<TVM> 《ネタバレ》 スゴい内容でした。完全にハマってしまった感じです。 この物語には、2つの重要なメッセージがあります。しかし、その2つのメッセージは、互いに矛盾します。この矛盾こそが最大の魅力なのだと思います。 ひとつめのメッセージは「全力を尽くして戦え」ということです。主人公はどんどん強くなるのですが、つねにそれを上回るような強い敵が現れます。味方の側にも、自分よりはるかに強い先輩たちが現れます。つまり、敵であれ、味方であれ、自分よりも強い者たちがたくさん存在している現実が分かってくる。しかし、それでも逃げることができません。主人公のテーマ曲には「我に課す一択の運命と覚悟する」とあります。どんなに強い鬼が現れても、「一択の」(ほかに選択肢がない)運命に対して、最大限の力で立ち向かって、その鬼を倒していくしかありません。そこでふりしぼる最大限の力とは、そのつどそのつどのギリギリの限界値であることが繰り返し描かれます。 ふたつめのメッセージは「鬼は悪ではない」ということです。どんなに残虐で罪深い鬼であっても、それは本来的な悪ではなく、むしろ不幸な人間であることが示されます。那田蜘蛛山の累は、鬼になる以外に生きる道がなかった不幸な子供であり、鬼になったことで親と殺しあうほかなかった子供です。その境遇を描くことによって、彼がたんなる悪ではないという事実が明かされます。 物語の構造は非常に明解。次から次に前回を上回るような強い敵が現れる。その繰り返しです。人物造形もきわめて明快。怖いもの知らずの伊之助に対して、軟弱で臆病な善逸。ルール破りの炭治郎や冨岡義勇に対して、ルールに忠実な胡蝶しのぶや栗花落カナヲ。男性隊士が情に厚いのに対して、女性隊士はドライで血も涙もない、という面白い対比になっています。 物語の構造が非常に明解なぶんだけ、生きることの矛盾と葛藤がクリアに浮かび上がってきます。この物語から何を学ぶべきなのかと子供に問われても、大人たちは容易に答えを出すことができないはずです。強いていえば「人生は複雑で矛盾に満ちている」と答えるしかありません。[地上波(邦画)] 7点(2020-10-24 14:23:40)(良:1票) 《改行有》

62.  鬼滅の刃 兄妹の絆 《ネタバレ》 世にいう「キメツノヤイバ」なるものにまったく無知でしたが、やっとその魅力の一端が分かった気がします。 物語の冒頭は、目を背けたくなるほど絶望的な場面から始まります。しかし、そこから先は、ほぼ無双状態でサバイバルしていく展開になっており、いわば不遇な子供の自己実現の物語のように見えます。 きっと現実の社会にも、絶望的な状況から人生を始めなければならない子供は存在すると思うので、そのような子供たちにとって、こうしたサバイバルなストーリーは夢があるのかもしれません。 ただ、絶望からスタートする人生というのは、たいていの場合、自分自身が「鬼」になって社会への復讐を目指すような生き方になるケースが多いと思うのですが、この物語の場合は、復讐すべき相手のほうがそもそも「鬼」なので、自分自身はけっして鬼にはなれないのですね。そこがユニークなところだと思います。 主人公は、文字通り「心を鬼にして」鬼を殺していくのですが、じつは鬼と同じ悲しみを共有しており、つねに敵が鬼になった境遇や背景を意識せざるをえません。ある意味では自分の境遇も鬼と同じなのであり、さらにいえば、唯一残されている肉親の妹もまた鬼だからです。 主人公は、情け容赦なく鬼を殺していくけれど、心の底から鬼を憎むことができません。したがって、これは「復讐の物語」ではあるけれど、けっして「憎しみの物語」にはなりえない。それが、この物語の秀でた点であり、同時に倫理的な希望にもなっていると思います。 これは「鬼とは何なのか」という社会学的な問いであり、日本古来の桃太郎伝承=勧善懲悪神話に対する痛烈な批判でもあるはずです。[地上波(邦画)] 7点(2020-10-11 14:11:49)《改行有》

63.  君の膵臓をたべたい(2017) 《ネタバレ》 こんな俗受け狙いの陳腐な物語を、わざわざ高く評価するのもどうかとは思うのですが、脚本や演出の技術面では意外なほどしっかりしているし、主演2人の魅力も存分に引き出せているし、映画的にみれば大きな欠点はありません。 強いて欠点をいえば、あまりにも丁寧に作られすぎていて、上映時間がやや長いことでしょうか。正直、長すぎてちょっと疲れました。たかだか少年少女向けの娯楽映画なのだから、サラッと100分以内にまとめてもよかったんじゃないかと思う。とくに「元カレ」のエピソードは省いてもよかった気がします。 この物語の裏テーマは『星の王子さま』なのですが、せっかく主人公がその本を読んでいるのなら、王子さまと薔薇のエピソードなどを2人の会話のなかに取り入れてもよかったかなと思いますし(薔薇とサクラじゃヤヤコシイけれど)、冒頭に出てくる「肝心なものは目に見えない」の一節も、もっと物語全体に活かして響かせていれば、陳腐な物語なりにもテーマ性が深まったかもしれません。 ちなみに、少年の名前が志賀直哉と村上春樹を足したっぽいのは、ちょっとダサい気がしました。どうせなら『星の王子さま』にちなんで「航士くん」とかのほうが可愛いと思うのですが。 いずれにせよ、これが美波にとっての代表作にもなったし、『セカチュー』以来の青春ヒット作にもなったし、それなりの技術的な水準にも仕上がっていますから、大衆映画としては十分に成功といえるでしょう。ためしに木下惠介や澤井信一郎あたりの作品に比較しても悪くないかと思います。[地上波(邦画)] 7点(2020-09-05 07:39:20)(良:1票) 《改行有》

64.  ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q 《ネタバレ》 予想をはるかに超えた内容で、まったく理解できませんでした。使徒が「神の側」で人間が「悪魔の側」だとかいう話はネットで仕入れたニワカ知識だったのですが、その解釈がほんとうに正しいのかどうかすら自信がなくなりました(笑)。あらためて調べてみると、どうやら人間の始祖たるリリスも使徒であることに変わりなく、いわば使徒どうしの闘いなのだという背景が分かってきましたが、それにしても謎だらけです。 14年のあいだに、かつての仲間たちが何故ネルフと敵対したのか。シンジくんの肉体と精神はどう変容したのか。なぜアスカが生きてて綾波レイが死んでるっぽいのか。鈴原トウジくんはどうなったのか。シンジくんの母と綾波レイの関係とは何なのか。ゼーレとは何者で「人類補完計画」とは何なのか。渚カヲルくんとは誰なのか。2本の槍の意味は何なのか。シンジくんがずっと聴いていたカセットテープは何なのか。なぜ「急」ではなくて「Q」なのか。等々。 もともと「福音」というのはイエスの死と復活による救いのことだと思いますが、この物語におけるイエスの位置づけはまったく不明で、至るところに登場する十字架のモチーフも、イエス以上に根源的な意味がありそうなのですが、それも分かりません。 いろいろ分からないことだらけだったので、今回はレビューというより疑問点をメモしただけです(これから勉強します)。ちなみに、この作品が「理解不能なのに最後まで観れてしまう」のは、上記のような疑問の数々をシンジくんと観客が共有しているからですね。実際、置いてけぼりのシンジくんの姿は、わたしたち観客そのものです。「きっとシンジくんの目を通して謎が解けていくはずだ」と期待して、ついつい最後まで観てしまう…。これは端的にストーリーテリングの手法として優れていると思います。そのことと映像的な面を加味して評価しますが、『破』と同様に点数は暫定値です。 追記:あくまで個人的な推測ですが、使徒の個体性(自我境界=結界?)を守っているのが「A.T.フィールド」だとすると、それを破壊的に破るのが「槍」のような兵器であり、融和的に破るのが「シンクロ」のような現象じゃないかと思います。乗員とエヴァの「シンクロ」は双方を変容させるようだし、何らかの形で使徒との「シンクロ」も起こってる気がします。エヴァの変容のことを「擬似シン化」と呼ぶ場合があるようですが、この「シン」とは(シンゴジラのそれと同じように)「神」の意味を含むのでしょう。ただし、こうした自我境界の消失は、いわば核融合みたいに「インパクト」のトリガーにもなるのかもしれません。 この物語は、突きつめると、人間や使徒が「自我を守るために戦うこと」と「自我を超えて融和/融合すること」との両面によって展開してるように見えます。[地上波(邦画)] 7点(2020-08-29 10:37:20)《改行有》

65.  借りぐらしのアリエッティ 《ネタバレ》 あの小人さんたちは、けっして人間に幸福をもたらしてくれる甘ったるい妖精さんではなく、現実的な生存競争のなかを生きている自然界の動物なのですね。かたや人間のほうは、この珍しい動物を利用して、何やらよからぬことを企もうとしている。したがって、人間と彼らの関係は、予定調和のファンタジーにはならず、むしろ『ジュラシックパーク』みたいな過酷なリアリズムになっています。 人間の心が豊かだった時代には、ああいう小さな生き物たちにも気前よく間借り(というより寄生)させていたのでしょうけど、社会が世知辛くなって樹木希林みたいな人間ばかりになったから、そのようなゆとりがなくなったのでしょうか。 大人の視点から見ると、この物語の着地点は、小人の一家がただ気の毒なだけで腑に落ちないし、樹木希林の言動がリアルすぎてドン引きでしたが、子供に見せるぶんには、ああいう小さな世界への感受性や想像力が養われて良い映画だろうと思います。たぶん大人よりもお子さんにお勧めの映画。[地上波(邦画)] 7点(2020-08-29 09:13:48)(良:1票) 《改行有》

66.  ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 《ネタバレ》 テレビ版も含めて、これまでちゃんと見たことはありませんでした。非常に独特の世界観で面白かったです。話が駆け足に進んでいくので、きっとテレビ版の短縮なんだろうとは感じましたが、それでも、ほとんどまともな説明もないまま、この独特の世界を物語っていく手腕には感心させられました。 主人公の碇シンジくんを見ていたら、それが将棋の藤井聡太くんの姿に重なりました。一般の人々は、彼がどんな戦いをしているのかを理解できず、せいぜい「お昼に何を食べたか」を話題にすることしかできません。まさに、そんな感じ。はたして藤井くんは、自分だけの戦いに孤独を感じないのでしょうか? 同じことは、たとえば10代のオリンピック選手にもいえるし、思えば、15才でデビューした宇多田ヒカルも、当初から「ボク」と「君」だけでかろうじて繋がり合える世界を歌っていましたね。 ロボットが、従来のように「道具」であるのならば、それを操縦するには大人の訓練や熟練が必要だけど、もはやサイバネティクスは「身体の拡張」ですから、むしろ身体能力や適応性に優れた少年少女のほうが向いている。そういう設定は、かつてのガンダムよりも説得性が高いと感じました。たしかに大人になればなるほど適応力が劣るし、理性や習慣が邪魔をしてしまう。無垢で過敏な少年や、巫女的な資質の少女のほうが、きっと適応性が高いのだと思います。ただし、理性の制御が十分に利かない分、非常にキレやすいし、パワーの矛先が自傷行為に向かいやすい。そのあたりにもリアリティが感じられました。 「使徒」と「福音」の意味は、さすがに映画を見ただけでは理解できなかったので、あとでネットで調べましたが、要するに、敵のほうが本来の「神の使徒」で、人間は「悪魔の子孫」という理解で良いのでしょうか?「死海文書」の話が出てきたのは、この物語が新約聖書ではなく旧約聖書に基づいているからですね。そうだとすると、人間側で戦うロボットのことを「エヴァンゲリオン=福音」と呼ぶのは、ある意味で居直りというか、いわば皮肉だと考えてよいのでしょうか? 最後の使徒が幾何学的な形状をしていたのも、きっと何か理由があるのだろうけど、それについては分からなかった。なぜ日本人だけが使徒と戦っていて、なぜオペレーション機材の多くが漢字表記なのかも分からなかった。 もともとテレビ版を見ている観客を想定して作られたのかもしれませんが、わたしのような初めての観客にしてみると、あまりに駆け足の短縮版のように感じられたので、そこを減点して7点にします。ほんとうなら8点以上つけるべき内容かもしれません。[地上波(邦画)] 7点(2020-08-27 08:00:37)《改行有》

67.  この世界の片隅に(2016) 《ネタバレ》 去年の放送のときも見たのですが、今回の放送の機会にレビューしておきます。2度目ということもあったので、淡々と進んでいく細やかな描写が、いっそうすんなり入ってきました。 戦争がけっして「非日常の世界」ではなく、むしろ「日常の世界」の地続きであることを、アニメの映像で表現した作品です。きっと一昔前ならば、そうした「日常」は実写で描くところでしょうが、むしろ近年ではアニメの(二次元世界の)ほうが「日常性」を帯びているし、そういう時代だからこそ評価された作品だと思います。 いちばん重要なことは、この物語の主人公が、とてつもなく無力だということです。いつのまにか見知らぬ土地の見知らぬ男性のもとへ嫁いできて、その運命のすべてを受け入れながら生きている。彼女が、自分の意志で何も決められないのは、性格の問題だけでなく、そういう時代であり、そういう国家であり、そういう社会であり、当時の女性がそういう立場だったからです。その結果、彼女は、なすすべもなく時代の運命と国家の運命に翻弄されるしかありません。 こうした生き方は、しかしながら、現代のわたしたちにも通じる普遍性をもっています。現代社会がたとえどんなに自由になったとしても、わたしたちはあらゆる物事を自己決定して生きているわけではないし、むしろ理由の分からないことに翻弄されることのほうが多い。そのことは何も変わっていません。この主人公のような女性は、今もなお身近に存在しているし、もっといえば、わたしたち自身だといえます。 はるか昔に起こった戦争や原爆という出来事も、じつはとても身近にあるのだし、同じことが起こったとしてもおかしくはない。「悲しくてやりきれない」という言葉は、その真実を物語っています。わたしがもっとも心を動かされたのは、コトリンゴがこのフォークルの曲を歌ったことですが、それについては初見のときに自分のブログに書いたので、ここでは繰り返さないことにします。[地上波(邦画)] 7点(2020-08-09 21:24:07)(良:1票) 《改行有》

68.  映画 聲の形 《ネタバレ》 ずいぶん難しいことをやろうとしてる感じはするし、その試み自体は評価しますけど、作品として成功してるのかどうかは正直よく分からない。原作は読んでいませんが、そもそもヒロインが聾唖である必然性がよく分からないし、彼女が自殺を図ったり、最後に少年少女たちが和解したり、主人公が社会との関係を回復したりする展開に、どんな脈絡があったのかもよく分からない。雰囲気でごまかされた感じもあります。評価しにくいのですが、とりあえず表現の繊細さにちょっと甘めの7点つけときます。 まあ、作品としての出来不出来はともかくとして、生と死のギリギリの狭間で生きているような子供たち(…というより現実に死を選んでいる子供たち)に対して、何らかの表現の形を与えていくことは大事なことだと思いますし、表現だけでなく、そのような弱い子供たちに「生」の可能性を用意していくことも必要なことだと思います。アニメの主人公は命拾いをしていますが、ほんとうなら高いところから落ちて死んでいるのだし、現実の子供の世界でもそういうことが起こっている。そういう社会の状況に一石を投じる意味でなら、この映画の価値はあるだろうと思います。 ちなみに、この物語の受け止め方として、「自分の気持ちを伝えることって大切だよね」とか「他人の気持ちを理解することって大切だよね」とか「自分の存在を肯定することって大切だよね」という理解もありえると思うけど、それはかならずしも作品のメッセージにとって理想的な着地点だとは思えません。そもそも世の中には、自分の気持ちをちゃんと伝えられず、他人の気持ちもちゃんと理解できず、自分自身のこともろくに肯定できない人間が(たとえ大人であっても)たくさんいます。むしろ、そのほうが普通だといってもいい。問題なのは、それだけのことで(子供までが)自殺に追い込まれてしまうような社会のありようです。 異質な人間をいじめようとする排他的な連中も後を絶たないわけですが、彼らをどんなに啓蒙してみたところで、問題は何百年たっても解決しない。 この種の問題を、自分や他人の、つまり個々人の(まして子供の)「倫理感」の問題に還元してしまうのは、議論の方向性として間違っています。それは、どちらかといえば法学的・社会学的な問題です。その視点を逆転させるべきではない。すくなくとも子供の自殺という問題を、ひとりひとりの子供の「倫理感」のレベルに帰着させるような主張は、それがどんなにもっともらしく聞こえるとしても、つねに怪しい(あるいは都合のよい偽善だ)と考えるべきです。子供たちの生きづらさの問題は、結局のところルールやシステムの改善によってしか解決できません。ほんとうの意味で「悪い奴」がいるとすれば、それは個々の子供ではなく、既存のルールやシステムを変えることのできない(おもに大人の)連中のほうです。[地上波(邦画)] 7点(2020-08-01 08:22:27)(良:2票) 《改行有》

69.  コンフィデンスマンJP 《ネタバレ》 テレビ版では脚本に不満を感じることもありましたが、この映画版は驚くほどよく出来ていた。映像もゴージャスだったし、脚本にも目立った欠点は感じないし、邦画のエンタテインメント作品としては申し分ないと思います。 はじめから騙されることは分かってるにもかかわらず、ぎりぎりまでシリアスな展開が続くので、その点でいえば、本当に騙されました。放送当日に三浦春馬のこともあったので、なおさらシリアスなロマンスだと思い込んでしまって、かなり真面目に見てしまったせいもある。定番のどんでん返しと、三浦春馬がヘラヘラしながら逃げていくラストには、完全に「ヤラレた~」って感じです。 見終わったあとは、なんだか映画以外のことまで騙されてるような、ちょっと変な気分でした。[地上波(邦画)] 7点(2020-07-19 00:53:16)《改行有》

70.  キングダム(2019) 《ネタバレ》 物語の題材にも、出演陣にも、何ひとつ期待ぜずに見たのですが、けっこう面白かった!(笑) まず脚本がシンプルなところがいいですね。非常に明快で、欠点の少ない脚本だと思いました。古代中国の戦争物語ではありますが、日本人が中国人を演じることの違和感もそれほど障害にならなかった。石橋蓮司や六平直政などは、むしろ中国人にしか見えなかったくらいです。大沢たかおのウッフンキャラも魅力的でした。 とりたてて大掛かりなセットが組まれているわけでもないし、CGが多用されているわけでもないし、王宮のシーンなんかはわりとミニマムなセットで撮影されていたように見える。でも、けっして物足りないとは感じませんでした。金をかけりゃあいいってもんじゃないのですよね。しっかりした物語と想像力があれば、限られた予算内でも十分に出来るのだなと思います。エンターテインメントだと割り切って見れば、やたらとスケールだけが大きい陳凱歌の中国映画なんかより、ずっと出来がいいかもしれません。 最後になって気づいたけど、これって始皇帝のお話なんですね。このシリーズが海外でも成功するようなら、日本の実写映画の可能性はかなり広がる気がします。[地上波(邦画)] 7点(2020-06-01 07:24:08)《改行有》

71.  あ、春 《ネタバレ》 ここでの相米慎二は、思春期の少年少女が走り回る活劇ではなく、松竹ならではのホームドラマを撮っています。多くのシーンはカットが細かく割られています。しかし、相米らしい長回しも依然として健在です。そして、少女が川に入るような通過儀礼はありませんが、川に散骨するラストシーンはあきらかに死と再生の儀式になっています。そういう点では、十分に相米らしい映画だと感じられます。 斉藤由貴が演じる嫁は抑圧されており、情緒が不安定で、発作を起こしては薬を服用し、セックスレスに苦しんでいるようにも見えます。実父を亡くし、夫にも距離を感じており、その心の隙間を埋めるように義父と心を通わせていく。 義父の山崎努は、鶏を絞めて食べたり、生まれたばかりの雛を溺死させたりするのですが、ついには死の床でヒヨコを孵化させます。じつはヒヨコが孵化しないバージョンも撮影されていたらしいのですが、いずれにせよ死に際の山崎努が卵を温めていたことは重要です。かりに孵化しなくても、そのあとの散骨のシーンを見れば、登場人物の全員が再生して若返り、本来の関係を取り戻したことが分かるからです。斉藤由貴は強くなっているし、鳥小屋もどんどん立派に進化している。もはや鶏が黒猫に襲われる心配もないはずです。 これを「義父と嫁の物語」だととらえれば、かなり小津安二郎的にも思えます。一方、「父と息子の物語」だとすれば、そこには佐藤浩市と三國連太郎の関係が暗示されているようにも思えます。三國は、幼い佐藤浩市を置いて去っていった父親でもあり、かつて松竹を去っていった俳優でもあります。88年から松竹の「釣りバカ日誌」に主演しはじめ、91年には山田洋二の「息子」などにも主演しています。そして94年に(これは松竹ではありませんが)相米慎二の「夏の庭」に主演して、かつて妻のもとを去った老人の役を演じています。 映画のなかで山崎努は、佐藤浩市だけが唯一の血縁者であるかのように語ります。同じ漁師歌を覚えていたことから考えれば、(かりに血縁関係がなかったにせよ)山崎努が「紘」と名づけた息子と5年間を過ごしたことは間違いありません。しかし、不思議なことに、佐藤浩市には実兄(三浦友和)が存在します。富司純子は、山崎努が最初の夫だと語っていますから、彼は連れ子でもなさそうです。そのあたりの設定が、わたしにはいまだに理解ができません。ちなみに原作の場合、実姉と義兄が登場していますが、とくに矛盾はありません。 相米慎二の佳作だとは思いますが、キネマ旬報が1位に選ぶほどの名作と評価されたことが、わたしにはちょっと意外です。あまり自信をもって評価できませんが、とりあえず7点つけておきます。[DVD(邦画)] 7点(2020-01-18 14:17:53)《改行有》

72.  山椒大夫 《ネタバレ》 世界的な評価の確立した名作に対して「7点」というのは、自分としてはやや低めの評価です。観る前のハードルが高すぎたのですが、駄作と言うほど悪いとは言えないものの、傑作と呼ぶ気にはなれません。宮川一夫のカメラと香川京子が申し分もなく美しいことに変わりないし、花柳喜章だって悪いとは思いません。じゃあ、いったい何が不満だったのか。おそらく、わたしは、鴎外の文章がもっていた非常に簡潔な叙事性と、前々作の「雨月物語」が強烈に放っていた神秘性とを、両方とも併せもったような世界に期待していたのだと思います。わたしが勝手に設定したそのハードルから見ると、この作品はごくフツーでした。いくつかの点で、鴎外の短編と違っている部分(安寿が妹である、巫女に騙される、姥竹が自殺ではない、厨子王に変節がある、山椒大夫に仕打ちが与えられる、最後に官位を捨ててしまう、地蔵の奇跡が描かれていない、等)がありますが、そうした変更を一概に悪いと言うつもりはありません。鴎外の小説じたい、もともとあった複数の伝説の翻案なのだし、たしかに小説どおりの展開にしていたら、かえってリアリティに欠けていたようにも思います。しかし、結果として現代的な意味での説得性が増しているぶん、おなじ中世の物語である「雨月物語」に感じられた理解を超越するような神秘性が薄まり、ややマンガじみた分かり易さに帰着した気がします。ヨーロッパの人たちにそのあたりがどう見えたのかは知りませんけど…。けっきょく総合的な意味でやっぱり最高傑作だって思うのは「近松物語」かなぁ。といいつつ、いまだに他の作品をレビューできていませんが。[DVD(邦画)] 7点(2012-10-07 01:13:48)(良:1票)

73.  おくりびと 《ネタバレ》 遺体に丁寧な装いをして旅立ちの演出をする職人の技を、楽器を慈しんで音楽を奏でる人間の技に重ね合わせるというアイディアはなかなか洒落てるし、「白鳥」「鮭」「小石」といった最上川流域の素材をたんなる「風景」に終わらせず、テーマに結びつけて有機的に繋いでいく手腕といい、随分と器用な脚本だと思う。「遡上して産卵する鮭」「力尽きて死にゆく鮭」「塩焼きの白子(フグ)」といったメタファー、あるいは「飛来する白鳥」「旅立つ白鳥」「クリスマスのフライドチキン」といったメタファーを、産まれること、死ぬこと、食べて生きることに重ね合わせながら物語に厚みを与えていますね。石文のメッセージがお腹の赤ん坊に伝えられるラストシーンにまで、こうしたアイテムが抜かりなく行き届いていて、悪く言えば、ちょっと「小慣れた脚本」だとすらいえる。 ◇「汚らわしい!」と叫んだ妻の拒絶反応に対して賛否両論あるようですが、私には十分に理解できました。拒絶の理由のひとつは、音楽家から死体処理という職業への落差。その落差の大きさを主人公も感じていたがゆえに妻に真実を話せなかったわけですし、妻にとってもこの落差を知った衝撃は大きい。二つめは、真実を取繕った夫によって、夫婦の信頼が裏切られたこと、それ自体への拒絶です。そして三つめが、腐乱死体や自殺死体に触れることに対して一般的に抱く文字通りの「穢れ」の感覚であり、これも私は無理からぬことだと思う。それらが混然となった感情の中で「汚らわしい!」の叫びになったのだけれど、その中でももっとも重要なのは、あくまで「夫婦の信頼」の問題なのであって、それさえクリアできれば、職業の問題は夫婦間で十分に乗り越えられると考えたからこそ、妊娠した彼女は無条件で山形に戻ってきたのだと思います。 ◇もうひとつ重要なシーン。父のところへ行けと説得する同僚(余貴美子)や妻を振り切って、主人公がその場を走り去ろうとするシーン。あのまま走り続けても、彼に行く場所はありません。その彼をカメラは正面からとらえている。走れば走るほど、後方で妻の姿が遠ざかっていく。それを見れば、彼が引き返さざるを得ないことは理解できると思います。脚本の器用さが目立ってしまう本作品の中で、演出的にもっとも優れたシーンだと思いました。[DVD(邦画)] 7点(2011-07-14 02:11:09)(良:1票)

74.  怪談昇り竜 《ネタバレ》 お、面白い…(笑)。エロ、グロ、やくざ、拷問、化け猫、見世物小屋からアヘン窟まで、何から何までテンコ盛りのエンタテインメント。テンコ盛りといっても、そこに娯楽以上の意味は皆無だし、中身もまったくマンガじみた無内容な話ですが、しょーもないギャグを交えながら、それらを面白おかしく、テンポよく見せてくれる。60年代のどこか陰気な石井作品に比べると、ある意味、陽気で分かりやすいともいえる。内容の無さといい、無駄にグロい仕掛けといい、土方巽の安い小芝居といい、端的に言えばただの「アホ映画」なんだけど、梶芽衣子のきりりとした美しさ、その歌声による泣かせの怨歌、そしてオープニングとエンディングをつなぐ女どうしの粋な戦いの格好よさと耽美性とが、全体のアホっぽさをぴしっと引締めていて上手い。そのクールさに惚れて8点つけようかと思いましたが、はやる心をおさえて7点。[CS・衛星(邦画)] 7点(2011-07-12 06:06:02)

75.  トウキョウソナタ 《ネタバレ》 家族全員に襲いかかる(かなりお笑いじみた)それぞれの破滅。戦場、留置所、ひき逃げ、強盗による連れ去り。そんな「プチ破滅」をくぐり抜けて、辛うじて帰還した家族たち。もともとあった問題は何も解決していない。夫はたいした仕事に就けないし、妻が生き甲斐を得たわけでもないし、長男が家に帰ってきたわけでもない。けれど、何となく、戻ってきた家族たちは生きる力を獲得したようにも見える。あるいは、家族の安らぎを再発見したようにも見える。あまりに「家」のシーンが美しすぎるので、中流の設定のわりに上等な家に見えてしまうほどなのですが、それは、この映画が「家」というものに対して肯定的であるがゆえなのでしょう。したがって、「プチ破滅」から帰還した親子がふたたび食卓を共にするシーンこそ、実質的な結末と考えてよいのだろうと思います。とはいえ、綺麗なピアノの演奏を終え、家族3人が衆目の中を歩き去ってゆくラストもまた(これも笑えるんだけど)、なかなか気の利いた演出になっていました。あえて言えば、作品のメッセージがやや「内向き」だというふうに見えなくもない。戦争、心中、自殺といった死があふれる世界から、辛うじて自分たちだけが家へ逃げもどり生き延びる、という物語ですからね・・。[DVD(邦画)] 7点(2009-08-16 23:43:01)

76.  花とアリス〈劇場版〉 岩井俊二という人は、「映像作家ではあっても映画作家じゃない」という理由から、事実上、映画ジャーナリズムの本流からは黙殺され続け、評価の対象にすらなりにくい作家です。実際この作品でも、“映像世界”を作ることには長けてるのに、“映画”として語るべきものを何ももってない。でも、そのことは承知の上で、その「うまさ」に最上級の点数をつけたくなってしまいます。8ないし9点つけてもいい。そのくらい、うまいです。映像、音楽、シークエンスの作り方、セリフ・・・、それらのイミテーションを巧みに重ねて、限りなく映画に近い表現を実現できてしまう。ヘタな映画なんかよりずっと巧い。だから、観ている最中はすごく満足できる。だけど、それにもかかわらず、この映像世界と現実世界との間にはまったく回路が開かれておらず、見終わったあとは、不気味なくらいに何も残らない。徹頭徹尾、円環的なメルヘン世界に自閉して終わる。いわば2時間強の、上質のコマーシャル・フィルムを見てるようです。[DVD(邦画)] 7点(2008-01-14 20:24:06)(良:1票)

77.  メゾン・ド・ヒミコ 《ネタバレ》 「愛はあるのに欲望がない」と「愛はないけど欲望だけがある」という2つの関係の狭間で泣いてしまう柴咲コウちゃんは、なんだか滑稽で笑えるんですけど、最後は《メゾン・ド・ヒミコ》の優しくピュアな愛情に包まれて幕を閉じる、ささやかで微笑ましいメルヘンに仕上がってます。男が美しくて女がブス・・、これもまさにメルヘンですね(笑)。ゲイを扱った映画ですが、シリアスで閉塞的な結末になるのを避け、むしろ無垢な愛情を信じられるようなナイーヴな物語になってます。男は男でなく、父も父ではなかったけれど、そこにはたしかに愛情があったという、これって、やや浮世離れはしてるものの、ひとつの理想なんですね。ただし、「父の死」と「母の真実」の部分は、もっと強いインパクトで描かないと、ラストに結びつけるためのエピソードとしては弱い気がしました。技術的な面では、昨今の日本映画としては上出来です。コウちゃんのキャラがややテレビ的というかマンガチックな印象があるけど、海辺に建てられた《メゾン・ド・ヒミコ》の美しさが魅力的だったので全体として満足できました。「編集にミスがある」という指摘もあるようですが、わたしが見るかぎり初歩的なミスは無いように思います。[DVD(邦画)] 7点(2007-12-29 23:41:17)

78.  恋文日和 「イカルスの恋人たち」を演出した永田琴恵という監督は、ほかに成人向け作品なども撮っている人らしいのですが、映像のつくりがとても官能的。4作品の中でこれだけが突出した印象を残しました。死者が恋人にビデオレターを残すという話は使い古されたものだし、“手紙”をモチーフにしたストーリーとしても、収録4話の中で一番ひねりのないものなんだけど、それだけに演出と映像で見せる官能がストレートに出ていました。とくに中国人役で登場する當山奈央というミュージシャンの美しさが際立っていて、この配役はちょっと驚きでした。大衆食堂のシーンなど印象に残る美しい絵がいくつかあったし、画面の上下を逆さにするなどの工夫した映像も、きちんとした意図を感じるものでした。映画的な話法としても、この作品がいちばん安定してたように思える。 「イカルスの恋人たち」が7点、他は4~5点ぐらいです。[DVD(邦画)] 7点(2007-09-04 02:19:29)(良:1票)

79.  オペレッタ狸御殿 《ネタバレ》 いろんな意味で予想と違いました。まさに“狸にばかされた”って感じです。 かつての大正から昭和初期(戦前)を舞台にした清順作品と同様、美と享楽のためには暴力を愛することも厭わない「安土桃山」という時代設定は、やっぱりファシズムの臭いをそこはかとなく漂わせてたし、オダギリジョーの美しさを引き出すためにも、この耽美的な時代設定は正解だろうと思った。けれど、実際には、オダギリジョーは期待したほど美しくない。色気にも乏しい。それどころか、終盤になって美空ひばりが登場するやいなや、物語は、戦後=昭和的なヒューマニズムによって救済されて、前半部のファシズムの臭いなんてキレイさっぱり洗い流されてしまう。そして人の良い「狸ばかり」が巣食う戦後日本の、平和かつ人情にあふれた価値観が、高らかに肯定されつつ謳いあげられて、すっかりハッピーエンドなんですから、もう鈴木清順のことを「大正時代の人」なんて呼ぶことはできません。チャン・ツィイーの美しさがこんなにも「狸っぽい」なんて驚きです。まあ、キツネにばかされる陰鬱さに比べたら、狸にばかされるバカっぽさのほうが人情味もあって楽しいし、キライじゃありません。狸のおかげで、まるで日中戦争なんて無かったかのように思えました。それから、唐突過ぎるカットの割り方、羞恥心のないズームアップなどをあらためて見てたら、清順の映像感覚って、もともとポルトガルっぽいところがあるんだな、なんてことも思った。[DVD(邦画)] 7点(2007-08-29 04:21:26)《改行有》

80.  パッチギ! この映画が「政治的な作品」じゃないと言えばウソになる。でも、それ以前に、何より「映画的」な力を爆発させてることによってこそ、まずもって、この映画は確実に評価できます。 ・・・とはいえ、この映画がこんなふうに「映画的な力」に満ちてるのは、やっぱり、その根底に「政治的」であることをも恐れないような姿勢があったからじゃないかと思う。いまの日本映画って、現実を逃避するためのフィクションに徹したものばかり。あるいは、現代人の閉塞した内面性をウジウジと描写したような作品(つまり私小説みたいな映画)とかもあふれてる。でも、ウジウジした内面性にこだわることが「映画の力」に結びつくとも思えない。 本来は、そんなふうに虚構とか内面とかに逃避した作品じゃなく、日本の社会が直面している、もっとも困難で扱いづらいテーマについて、なりふりかまわず「パカッ」と開くような、そういう力強い作品こそが、映画に力をもたらすんじゃないでしょうか。べつにプロパガンダ的なメッセージとか、政治的な主張が提示できなくても、とりあえずは、全部ぶちまけてしまうこと。さまざまな断面を見せてしまうこと。良いんだか悪いんだかも分からないまま、とりあえず、そこに映画的なエモーションをぶち込んでしまう事。そこからしか、現代の日本映画に「力」なんて生まれてこないんだってことを、この映画はみごとに証明してると思う。 実際、この映画のクライマックスは、映画的なエモーションを見事に体現しています。「映画」を、ちゃんと見せてくれている。だから観客は、まずはとりあえずそれを“観れば”いい。 したがって、観ないよりは、断然観たほうがいい作品になってます。その点で、井筒和幸という人は、映画監督として非常に正しいことをやってると思いました。[DVD(字幕)] 7点(2005-09-26 21:54:51)(良:5票) 《改行有》

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