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【製作年 : 1980年代 抽出】 >> 製作年レビュー統計
1. 機動戦士ガンダム 逆襲のシャア 世界観としてのガンダムの評価と、作品としての評価は異なります。私の場合は、世界観としてはファーストから逆襲のシャアまでとターンAが許容範囲ですが、作品として評価できるのは、「ファーストTV版」「ファースト映画3作」「ポケットの中の戦争」だけです。(Zは次点)作品としての「逆襲のシャア」にはもはやついていけません。3点(2003-12-12 10:55:28) 2. 機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編 《ネタバレ》 ファンの間ではこの映画を含めたファーストガンダムは不可侵ともいえる絶対的な存在です。そしてファーストガンダムを基準にして他のシリーズを「許せる」「許せない」で判断する風潮があります。例えば、Zは許せるけどZZは許せないと言った場合、「ファーストガンダムを基準して」という暗黙の了解あります。物語のほうは静かで厳かな幕開けから、サイド6、テキサスコロニー、ソロモンを経てア・バオア・クーで完結しますが、無駄がなく且つ緩急や静と動のバランスがとれており、とてもテレビ版を継ぎはぎしたとは思えません。さらに言えば、本来はア・バオア・クーではなくジオンの本拠地であるサイド3で完結する構想だったのを、テレビの低視聴率の影響で短縮した妥協の産物であるのに、この完成度は奇跡です。前2編の伏線は、アムロはじめホワイトベースクルーの成長にその効果が確認できます。特に、アムロの未熟さや軍紀を乱す子供っぽい行動を執拗に描いた効果はてきめんです。また、荒廃した地球の戦線を延々と、少々冗長に描いたことで、宇宙の開放感が強く感じられます。様々な角度からこの映画を論じることができますが、私は「アムロとシャアの果てしない喪失の物語」として論じようと思います。シャアは、生い立ちからして失うものが何もない場所からスタートしていますが、今編ではララアと自身のプライドを失って涙を流します。ララアに関しては失って初めて彼女への愛に気付いたのではないでしょうか。この喪失感からシャアは本来の宿願であるザビ家打倒とニュータイプによる世界の変革という目標軸を一旦見失いかけます。一方、アムロの喪失はシャア以上です。母との心の繋がりを失い、マチルダさんを失い、父は自分の行動が遠因となって正気を失い、運命の出会いだったララアを失い、あれほどアムロに想いを寄せていたフラウ・ボウはハヤトの元に走ります。喪失感が深まるのと対照的に、彼のニュータイプとしての能力は開花し、鬼神のようなその強さは前人未踏の領域に彼を引き上げ、そのことが孤独感をさらに深めます。ララアの「あなたには守るべきものがない」という趣旨の台詞は、深く深くアムロに突き刺さったはずです。エンディングでは、そんなシャアとアムロにせめてもの慈悲が提示されました。シャアは自分の手でキシリアを誅殺することで目的の一つを達成しました。そしてアムロは、喪失の果てに何を得たのでしょうか。 9点(2003-12-12 10:31:25)(良:3票) 3. 機動戦士ガンダムII 哀・戦士編 ガンダムは普通の映画のように1本だけ観て評価するものではないという前提で話を進めます。ガンダムの世界観は人類の宇宙への憧憬と人口問題や環境問題への答えとしての宇宙政策がベースにあるとすれば、物語を進める動力となるのが魅力的なキャラクターとモビルスーツです。実際「哀・戦士編」には様々なモビルスーツが登場しますが、これを突き詰めると奥が深いです。一口にザクといってもザクI(MS05)とザクII(MS06)では違う系統ですし、ザクIIはザクIIで、初期型、F型、J型などかなりのバリエーションがあります。ですので、サイド7でアムロが倒したザクとランバ・ラルのグフと共に登場したザクは、実は違う種類なのです。ジオン軍は、戦線の拡大に合わせて各種の戦場に適応したモビルスーツの開発をしており、ザクも地球用に地上での移動力を向上させたJ型を投入してしています。量産モビルスーツの系統で見ればザク、グフ、ドム、ゲルググと進化しますが、グフの量産はドムの開発の遅れを招き、ジオン敗戦の一因となったという説もあります。ドム系はホバー走行を実現し、しかも宇宙での機動力もあるので優れた機体ですが、ランバ・ラルが乗っていたグフはザクとそれほど変わりません。したがって、ランバ・ラルの名台詞「ザクとは違うのだよ、ザクとは」には「そんなに変わんねーよ」とツッコミを入れるのが正しいです。さらに、ジオンはジャブロー攻略やその他の臨海地域侵攻のために水陸両用のモビルスーツも開発しています。「哀・戦士編」に出てくるゴックとズゴックです。注目して欲しいのは、水陸両用機体はちゃんと流線型になっていることです。ちなみに抵抗のない宇宙用や空を飛ばない地上用のモビルスーツは形状がバラバラです。ガンダムの設定の細かさに感心してしまいます。ところで物語のほうですが、ジャブロー降下作戦以外はちょっと間延びした展開になっています。シャアも出番が少ないですし。しかし、これは「めぐりあい宇宙編」を活気づけるために必要な停滞かもしれません。緩急が大事ですから。 5点(2003-12-11 09:02:47) 4. 機動戦士ガンダム これが映画か?と問われれば答えるのは難しいし、この1本だけ評価しろと言われても不可能です。しかし楽しみ方は幾つかあります。月並みなところでは、この映画は全編に渡って続編への伏線が敷かれているのでそれを楽しむことがありますが、やはりガンヲタになることが究極の楽しみ方だと思います。実際、ルウム戦役や地球降下作戦でのザクの悪魔的な強さを知れば、ガンダムがいとも簡単にザクを破壊するのは驚愕の事実になります。また、ミノフスキー粒子の発見によりモビルスーツによる有視界戦争が主流になったという事実を知れば何故連邦がモビルスーツの開発に心血を注ぐかが理解できるし、シャー専用ザクのスラスター出力は通常のザクの30%増しでしかないのを知れば通常の3倍の速度で移動するが脅威に思えますし、ルウム戦役において戦艦5隻を撃沈したシャーの脅威の戦果を知ればパオロが「逃げろ」と喚くのも納得できるというものです。ガンダムの歴史は、シャアの部隊がサイド7に潜入した時から始まったわけではなく、1957年のスプートニク打ち上げから始まっているのです。人類の遥かなる宇宙への憧憬と人口問題や環境問題という現実的に直面する諸問題の解決策としての宇宙政策が、一緒くたにされてベースになっています。それを踏まえて、歴史(1999年に連邦政府樹立とか、2045年の最初のスペースコロニーとか)や背景(ジオン・ズム・ダイクンのコントリズム/ジオニズム、1年戦争の開戦経緯、開戦後の戦局推移)を研究することでガンダムが違う見え方をしてくると思います。これらのベースの上に、アムロやシャアなどのキャラクターが活躍していることを知れば、この作品に対する理解と愛着は格段に高まることは間違いありません。 6点(2003-12-11 06:19:43)(良:2票)
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