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プロフィール
コメント数 1252
性別 男性
自己紹介 【名前】「くるきまき」(Kurkimäki)を10年近く使いましたが変な名前だったので捨てました。
【文章】感想文を書いています。できる限り作り手の意図をくみ取ろうとしています。また、わざわざ見るからにはなるべく面白がろうとしています。
【点数】基本的に個人的な好き嫌いで付けています。
5点が標準点で、悪くないが特にいいとも思わない、または可も不可もあって相殺しているもの、素人目にも出来がよくないがいいところのある映画の最高点、嫌悪する映画の最高点と、感情問題としては0だが外見的に角が立たないよう標準点にしたものです。6点以上は好意的、4点以下は否定的です。
また0点は、特に事情があって採点放棄したもの、あるいは憎しみや怒りなどで効用が0以下になっているものです。

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【製作年 : 2020年代 抽出】 >> 製作年レビュー統計
評価順1
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1.  事故物件 恐い間取り 《ネタバレ》 原作を読んでいないので比較できないが、実話とされているものをベースに映像化した感じは出ていて、全体的な印象としては悪くない。芸人の業界らしいドラマもあり、ホラーにしては特色ある劇中世界ができている。 映画的な趣向としては、物件を渡り歩くうちに悪しきものがついて来て、4軒目に至ってヤバさが頂点に達する形になる。クライマックスの対決は盛り上げ過ぎのようだったが、もとの怪談本をそのまま再現したのでなくホラー映画として作ったわけなので仕方ない。最後は一応ハッピーエンドかと思わせておいて、ホラーらしく後味の悪さを加味した終幕になっている。 好んで事故物件に住むなどろくなことにならない気はするわけだが、原作者本人は特に支障なく今に至っているようなので、必ず何かヤバいことになるわけでもない。この映画でもラストの展開からすると、仮に周囲で何かヤバいことが起きたとしても、結果的にこの二人は何とかなるのではと思ったりした。ついて来ていた銀河帝国皇帝のようなのは二人の生命を縮めるものかも知れないが、場合によっては守護する側に回ることもあるかも知れず(「恐怖新聞」の配達人のように)、また笑いで二人の生命が延びれば相殺して余りが出る可能性もある。 その他現実問題として、外国人は事故物件でも気にしないことがあるそうなので、住む人の心持ち次第という面は確かにある。映画では一般の不動産屋に担当者がいたようだが、現実世界では事故物件を専門的に取り扱う事業者もいるようで(高齢者と外国人向けなど)、そのような動きを通じて物件の適正な流通が促されるのはよいことだ。実在の事故物件公示サイトの運営者もそのようなことを言っていた。 ほか出演者では江口のりこさんが魅力的な登場人物になっている。メイクアシスタント役の奈緒という人もいい感じを出していた。[インターネット(邦画)] 6点(2024-04-13 15:44:59)《改行有》

2.  シン・仮面ライダー 《ネタバレ》 今回はオープニングで東映のロゴが出る。仮面ライダーは対象年齢が自分より少し低かったので、リアルタイムではあまり熱心に見ておらず思い入れもそれほどない。 アクション場面では、序盤で崖の上から飛び降りるとか唐突な場面転換などは元の雰囲気が出ているが、その後は映像効果を多用した独自のダイナミックな映像を作っている。最後は単なる取っ組み合いの喧嘩になっていたが意図があってのことと思われる。 敵組織の目的が「人類の幸福探し」であるからには、「幸せって何?」を問う映画かと思ったら「最大幸福」は放棄したとのことだった。昔あった「最小不幸社会」の再現かと思ったが、しかしそれより進んだ現代的感覚として、不幸な人々の救済のためにはその他大勢にどれだけ負担や犠牲を強いても構わないという価値観のようでもある。その上さらにこの映画では、絶望した個人を敵組織が適当に選抜して強大な力を与え、当該個人の趣味嗜好で勝手に幸福を追求させることにより、その他大勢どころか社会全体に破滅的被害が及ぶ恐れが生じていたらしい。いわば不幸最強社会ということで、善なる意図を標榜しながらも、まるで社会の破壊自体が目的になっているかのようなのは嘆かわしい。 出て来た連中はほとんどテロリストだが、うち0号の男だけは本当に人類の幸福を目指していたらしい。しかし政府の男が言ったように「絶望の乗り越え方」は個人により違うのであって、全部まとめて処置すれば問題解決というのは間違っていることになる。最後の戦いで本郷は、社会の破滅を阻止すると同時に個人の救済にも手を貸していて、それが常に可能とも限らないがそういうことを彼は目指したのだと思われる。幸も不幸も人によって処方箋は違うはずだということだが、ちなみに「幸せって何?」に関してはルリルリの話がけっこう本質をついていた。追伸が泣かせる。 もう一つ、この世界で信じられるものがあるとすれば組織でも主義主張でもなく個人の単位でしかないのであって、そのためには誰をどこまで信じるかの見極めが大事と言っていたようでもある。ルリルリと一文字は本郷を信じ、また政府の男らをも個人としては信じようとしていたらしかった。ほか本郷が「自分の心を信じる」と言ったのは、自分がもともと持っていた良心の根底部分をどういう状況下でも失わないと決意したのかと思った。信ずべきもののわからない人類社会で、個人の心の持ち方を提言しようとした映画と取れる。 最終的には本郷の誠実さと一文字の反骨精神をもって戦うヒーロー像が実現し、とりあえず当分このまま戦いが続くらしいが、仮にこれが1年間のTVシリーズだったとすれば、最終回で人工知能が何をするかが問題になるのではないか。ロボット刑事がずっと見ていて人間の行動に関心を持ったりしていたので、その観察結果をもとに人工知能が本郷と同じく自分を変える結末だったらハッピーエンドになるかも知れない。それまでは見るのもつらい戦いになりそうだが、一文字が陽性で打たれ強そうな男なのは救われる。 以下その他雑記: ・全体的にシリアスで笑わせる場面は基本的にないが、大阪でいうとされる「知らんけど」のような台詞を浜辺美波さんが言っていたのは、制作側と若い世代の断絶を自虐的に表現したようで微妙に面白い。古い世代の常識?とされた赤いマフラーはけっこう感動的な使い方をされていた。 ・SHOCKERのSがSUSTAINABLEなのは今っぽいので笑った(偽善的)。浜辺美波さんもここは憶えにくかったのではないか。 ・キカイダーとロボット刑事は、日本語文中の英語を機械的に英語の発音に置き換えればいいと思っていたようで、各国事情に配慮する気のないグローバルな雰囲気を出している。 ・個々の改造人間についてはコウモリ→ウイルス→科学者、パリピ+薬物?といった現代的事象もあるがハチ→女王様はわかりやすい。それぞれの絶望の理由は必ずしも明瞭でなかったが見る側で察してやれということか。三種混合は単なるバカ(哀れな奴)。 ・一文字はかつて仲間を失う経験をして絶望し、自分は孤独が向いていると思い込もうとしていたが、今回の件でまた仲間を求める方向に転換したようで、この男の救済にも本郷が手を貸したことになる。政府の男らは機器類のメンテナンスその他に欠かせない連携先であり(なんと米軍まで動かしていた)、どこまで信じて協力できるか見極める力を一文字は持っている。 ・「シン・ゴジラ」「シン・ウルトラマン」に続いて体臭の話題が出ていたが今回は男だった。ニオイフェチとかは関係なく彼が人間であることの証拠と思われる。[インターネット(字幕)] 9点(2023-11-11 15:10:57)(良:1票) 《改行有》

3.  シン・感染恐竜 《ネタバレ》 本編の前後両方に長々とクレジットが出るので人名を見せるための映画なのかと思う。また主要キャストの名前がスタッフの名前にも出ていたりして同好会レベルを思わせる。 監督は毎年こういうクズ映画を量産しているようで、映画間でキャラクターが共通していることもあるらしい。台詞にあった「5Gゾンビ」や「殺人スズメバチ」、また本編の前・中・後に出た魔女風の案内役も同監督の別映画に出ていたものらしいが、今回特に説明もなかったのは観客も常連化しているからと思われる。この映画からは「Ebola Rex Versus Murder Hornets」(2021)に続いたと思われるが、そういうのにどこまでもついていく連中がいるということか。 実感として見れば見るほど損失が累積する映画だったので、こういうのは0点でいいのではと思った。アメリカ映画の最底辺を見た気がする。[インターネット(字幕)] 0点(2023-11-11 15:10:55)《改行有》

4.  呪餐 悪魔の奴隷 《ネタバレ》 「悪魔の奴隷」(2017)の正統な続編である。「夜霧のジョギジョギ」(1987)はともかく前作を見ていないと厳しいかも知れない。 大まかにいうと主人公の家族は悪魔に狙われていて、前回は戸建ての自宅で恐ろしい事件が起きたが、そこから逃げて住んだ高層アパートが実は悪魔教団の拠点のような場所だったということらしい。この家族を助けようとした男は前回も出ていたが、実はこれがオカルト雑誌「MAYA」の創刊者であって、都市伝説の形で世間に悪魔の脅威を警告していたことになっていた。またラストで出ていた男女は、前回は悪魔側のエージェントのようなものかと思ったが今回も正体不明のままで終わった。 劇中年代としては冒頭で1955年の場面を見せた後、本体部分は前回の事件から3年後の1984年ということにしている。映像が茶色いので前回よりかえって古く見えるが最初だけである。 前回はけっこう考えさせられるミステリー調の展開だったが、今回は趣向を変えて単純に面白がらせる映画にしたようで、主人公の家族や周辺住民をさまざまな手で怖がらせたり悲惨な目に遭わせたりするお化け屋敷ホラーになっている。舞台の高層アパートは、外観はシンプルだが内部は結構複雑な構造でお化け屋敷にふさわしい変化を出している。 登場人物中に中学生くらいのガキ連中がいるので「学校の怪談」のようでもあるが女子にも容赦ないので安心できない。かなり悲惨な場面もあるがグロくは見せず、叫んで騒いで笑わせる場面もあってドタバタコメディのようでもある。 ストーリーとしては、何か破滅的な大事件が起きそうでいて結局何だかわからないまま終わってしまったが、これはオカルトライターやラストの男女の言葉からすると要は次回作を待てということらしい。そのほかバンドン会議(1955)との関係や、その他前作を見ていても意味不明な点は多々あるが、次もあるなら考えなくてもまあいいかと思わせる雰囲気もあり、制作側の意図のとおり(多分)単純に面白がらされる映画だった。 出演者も前回と全員同じで、主人公(姉)には次第に愛着がわいて来たので次回作での登場を待ちたい。弟らは少し年齢が上がって(+5程度)クソガキ的な雰囲気が濃くなって来ている。またラストで正体不明の女性がちゃんと顔見せしていたのは嬉しくなったが、今回は最後に観客の方を見てくれなかったのが残念だった。[インターネット(字幕)] 6点(2023-08-19 09:54:22)《改行有》

5.  親愛なる同志たちへ 《ネタバレ》 ソビエト連邦時代の1962年に、工場労働者と市民の抗議活動が弾圧されて死者が出た「ノヴォチェルカッスク虐殺」を扱った映画である。劇中の出来事がどこまで厳密に事実なのかは不明だが、KGBが写真を撮っていた件など現在までに知られたことをもとにして、おおむねこんな感じだったかと思わせる話を作ってある。ただ本当の悪はKGBであって、軍は悪くなかったというのはこの映画独自の考え方なのか、そういう説が本当にあるのかは確認できなかった。 キャストとしては、主演の人が実際にこの場所の出身、その娘の役も近隣の別の町(北約100km)の出身だったらしい。 もともと主人公は、作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの「戦争は女の顔をしていない」で描写されたような、第二次世界大戦時に自ら望んで戦地に出向いた従軍女性だったらしい。戦後もその延長で共産党員としての地位を築いてきたのだろうが、しかし若い頃とは時代が変わり、自分の信じたものが否定されつつあることに苛立ちを感じていたと思われる。さらに今回の事件は主人公に破壊的な作用をもたらしたようで、これまで形成してきた党員としての人格がはぎ取られ、いわば剥き身の人間像が露出していたようだった。 主人公にとって社会が自分の望んだ姿でなかったとしても、生きるためには社会に合わせた外向けの人格を作り、その内部で本当に大事なものを守ろうとする意思を固める必要がある。ギャップの大きい多層構造の人格形成を迫られるのは不幸な社会だが、それでも心の奥底で大事なものを共有できる、いわば志を同じくする者と信じあう関係を作れるかどうかが重要だ、と言いたい映画なのかと思った。仮にKGBの男が信用できる人物だったとすれば、車を止めた軍隊の男も隠れた同志だったということかも知れない。 結果としては全体主義社会に生きる人間の苦難と、それでも失われない(失ってはならない)希望を描写した映画なのかと思った。また人間ドラマとしては主人公が脱皮を迫られた物語ということで、最後には労働者が酔っぱらう理由もわかったと思われる。ほか劇中では父親と主人公、その娘の三世代がそれぞれ違う世界観のもとにいたようだが、今回は主人公が父親の体験を別の形で再現したようで、いわば世代の順送りのようなことも表現された映画だったらしい。当然だろうが世代間ギャップはソビエト連邦にもあったのだと認識させられた。また個人的には「じきに死ぬ俺は幸せだ」という台詞は同感だと思った(まだ死なないが)。 音楽に関しては、美容院に流れ弾が飛んできた時に、背景に流れていた陽気でモダンな曲との対比が印象的だった。 また主人公が覚えていたTovarishch, tovarishch! という歌は、KGBの男が言っていたように映画の劇中曲(「恋は魔術師」1947年ソ連、原題「春」Весна / Spring、コメディ・ミュージカル・ロマンス)であって、現地では今も「春の行進曲」(Весенний марш)の名前で演奏されることがあるらしい。この明るい曲がエンディングに流れたのがまた皮肉のようでもあるが、これは戦争が終わって主人公が実際に感じた解放感の表現であって、これからの世界にも持ち続けていかなければならない希望の象徴だったと自分としては思っておく。 [2023/5/20追記] KGBの男が信用できるかどうかは、墓地での出来事をどう解釈するかで左右される気がする。自分の考えが間違っていないという前提で点数を1点上げておく。[DVD(字幕)] 8点(2023-05-20 10:57:11)《改行有》

6.  シン・ウルトラマン 《ネタバレ》 ゴメスで始まりゼットンで終わる。映像面が旧作と段違いなのは当然として、そもそも荒唐無稽な怪獣モノに各種突っ込みを入れておいて「理に適ってる」とか言いながら言い訳していたのが微妙に可笑しい。巨大生物が繁殖もせず単体で生息しているかに見えるのは、もともと生物兵器だからということらしい。 また宇宙人(外星人)が組織的な動きでなく、単独行動で侵略しに来たようで小スケールに見えるのは、宇宙では個体で活動するのが普通だからということのようで、それで××星人という名前でないのかと思った。ちなみに個体で活動する宇宙人から見た地球人は、例えていえば人間から見たアリの群れのようなものかと思った(旧作のメフィラス星人がアリと言っていた)。 この映画では人類の特性として「群れ」を作ることを挙げていたが、別にそれが悪いのではなく弱いからこその事情であって、その群れの内部で支え合い、時には他人のために自分を犠牲にすることもある、ということだと思われる。また人間はウルトラマンに頼っていればいいのかという問いは旧作でも出ていたが、さらにこの映画では無力感が依存/服従につながることへの懸念を示し、求められるのが自律/自立であることを明瞭にしていた。 最終的に人類の未来は人類自ら担うことになったようで大変結構だが、それにしても劇中政治家が心許ないのはまことに困ったことで、ザラブというのが日本に来たのも世界で最もちょろい国だからでないのかと思った。どうもこの映画では最初から「国」という群れの単位を当てにしておらず、代わりに地球という「星」の人々に期待をかけていたようで、これは元の子ども番組に由来する考え方かも知れない。「シン・ゴジラ」が「この国はまだまだやれる」なら、今回は地球が”やればできる子”くらいの扱いではあった。 結末はよくわからなかったが最低限、ウルトラマンが仲間や相棒を大事に思ったというのは共感ポイントかも知れない。あまり楽観的に語ってしまうと現実味が薄れるが、あえていえば地球の人間と他星の人間が、史上初めて同じ群れの仲間になった物語ということか。あるいは遠い未来において、「光の星」にとっての地球という星が、挑戦者でも脅威でもなく対等な「バディ」になる日を夢見る映画だったとも取れる。 そのようなことで、古きよき怪獣特撮のリメイクということだけでなく、旧作のメッセージを踏まえて現下の内外情勢も反映し、現代なりの希望を語る映画に見えなくはない。またけっこう可笑しい場面が多いので娯楽性も高い。特に期待していなかったが悪くなかった。 以下その他雑記: ・劇中日本の対米関係は笑えない。/「鼓腹撃壌」という言葉に特定のニュアンスを込めていた可能性がある(不明)。/zero-sumが領土切取りのイメージとすれば、それとは違うwin-winの関係を目指すべきという考え方でもあったのか(不明、断片的)。 ・職場に趣味関係の雑多なものを持ち込んでいる奴がいて、サンダーバード・スタートレック・マイティジャックとSRIのトータス号は見えたがウルトラシリーズは存在しない世界になっていた。 ・山中に怪獣が出現する風景はウルトラマンらしい。「虫が多くてやだ」という台詞があったが、都市部にもいるハエ程度を嫌がるようでは甘い。山間の農地が破壊されていたのは痛々しいが、上手の水田は既に耕作放棄地だったようでもある。 ・子どもを保護すると言い出して山道を走る後姿は、何でお前が行くのかという突っ込みを誘うが、これはこれでお約束というか開き直りのおとぼけと見える。 ・特にザラブ編では、もとの番組の場面や展開がまともに生かされている。 ・「河岸を変えよう」というのが古風で粋だ。ここだけは「ウルトラセブン」第8話を思わせる場面で、オチも含めて圧巻の印象だった。これほど複雑に表情を作る宇宙人など怪獣モノにかつてあったか。 ・ウルトラマンの超能力として、1キロ先(だったか?)の針が落ちたのを聞き取るとは言われていたが嗅覚も犬並み?犬以上?だったのか。意識の高い宇宙人に悪態のネタを提供してしまっていた。 ・公安調査官役の人が好きになって来た。生物学者役の人もいい感じを出している。[インターネット(邦画)] 7点(2022-12-31 10:12:24)(良:3票) 《改行有》

7.  真・鮫島事件 《ネタバレ》 今どき鮫島事件かとは思ったが、永江監督の映画では「2ちゃんねるの呪い 劇場版」(2011)でも同じ題材を扱っていたので本人的には馴染みがあるものらしい。 今回は新型コロナウイルス感染症流行の時節柄ということでリモート飲み会の場を設定し、また呪いの拡散が「被害者が加害者に」なる点でウイルスと同様だという理屈を語っている。しかしそれをいえば吸血鬼とかゾンビも同じであって、実際に感染症映画兼ゾンビ映画というのもある(「デッド・シティ」(2019)など)ので独創的な発想ともいえないが、まあ今の世相を反映した映画ではある。 鮫島事件の話自体は昔からある「牛の首」のようなもので、この映画も“そんな怖い話は誰も聞いたことがない”系のオチかと思ったが、さすがにそれでは映画にならないということか、実体のある話を作っていたのは前作と同様である。空虚な言説が恐怖を拡散するというなら「コンテイジョン」(2011)のようになるかと思ったが、それよりはホラー映画としての娯楽性を優先した形かも知れない。 ホラーとしては、この監督らしく低予算ながら一定水準を確保した映画ができている。終始webカメラだったかのようなこだわりはなく、普通に変化のある映像を作っているが、邦画ホラー恒例の現場突撃を別人にやらせておいて、主人公はリモートで見ているという形で特徴は出していた。最初に違うところから入っても、結局同じところに行きついたというのは絶望感の表現になっている。 ちなみに「誰か来たようだ」は笑った(ギャグか)。またどうでもいいことだが現場の窓に「傲慢」と書かれていたのは、よくそんな字が手で書けるものだと感心した。よほど漢字の得意な奴だったか、あるいは片手にスマホを持って見ながら書いたと思われる。 出演者に関しては、リモートという設定もあって女優(女性俳優)の顔をでっかく映す映画である。今回主演の武田玲奈さんは、序盤は大映しすぎて粗が見えるようだったが、後半の怖い場面ではちゃんと可愛い顔を見せている(全身像も当然ある)。ちなみに妹の言うなりに使われるお兄ちゃんはひたすら気の毒だった。妹が可愛いと兄も優しいらしい。 ほか「カメラを止めるな!」(2017)で知られた しゅはまはるみという人も出ていたが、ラストの場面でこの人の肌を舐めるように映していたのはどういう趣味か。[インターネット(邦画)] 5点(2021-07-17 09:10:43)(良:1票) 《改行有》

8.  樹海村 《ネタバレ》 樹海とコトリバコを題材にした映画だそうだが、後者に関しては前作もそうかと思っていたら今回が本番だったらしい。ちなみに他の映画としては「fuji_jukai.mov」(2016)や「ことりばこ」<OV>(2011)を見たことがある。 樹海とコトリバコの相性がいいとは思えないが、そこはいろいろ小理屈をつけて無理やりつないでいる。その上で、昔から今まで社会に排除されてきた人々の怨みと、「神の森」の怒りが一体になって復讐する話にしたようでもあるが、変に込み入ってしまってわかりにくい。 またコトリバコは本来、特定の家系を断つため女性と子どもに害を及ぼすものとされているが、この映画では何で主人公宅の物置に置かれていたのか不明なのは困る。しかし最終的には依然として危険ながらも、呪うのではなく女性と子どもを守護するため女系に伝えられる形にしたとすれば、一応のハッピーエンドと取れなくはない。なお琴音~鳴・響~音々という、音にちなんだ名前自体に意味があるかはわからなかった。 ホラーとしては特に怖くないがそれほどふざけた場面もなく、主に前半はいわばスタンダードな邦画ホラーを真面目に作ったようで悪くない。主人公姉が喪服のまま茶の間で寝てしまった場面は往年の「呪怨2」(2003)を思わせる。そのうちに、どこかで見たような場面(「自殺サークル」(2002)など)が出て来るとか、終盤は諸星大二郎風の異世界ファンタジーのようになったりして統一感がない気もしたが、現地に多数ある苔玉のようなものを死者に見立てたらしいのや、保護室の場面などは印象に残った。 また面白かったのは、現代ではいわゆる霊感を精神病と決めつけたがる風潮があるのを、要は自分が怖いと思うものを否定したいだけではないのか、と皮肉ったように見える場面だった。また修学旅行を嫌がるという話も、数日前にネット上で見たばかりだったので今風に感じた。 出演者としては山田杏奈さんが主演と思ったら、姉役の山口まゆという人もW主演として同等以上の存在感を出している。また大谷凜香という人が前作と同じ役名で出ており、これは時空間に遍在する突撃ユーチューバーなのかと思ったが、次回作もあるのなら活躍を期待したい。山田杏奈さんとは「ミスミソウ」(2017)以来の夢の共演かと思ったが一緒に映る場面はないのだった。 ほか黒沢あすかという人はホラー映画でも時々見るので、正直またこの人かとも思ったが、すりガラスの向こうの顔はこの役者向きの趣向だった。[ブルーレイ(邦画)] 5点(2021-07-03 09:46:41)(良:1票) 《改行有》

9.  人狼ゲーム デスゲームの運営人 《ネタバレ》 今回は運営組織が代わったらしい。撮影場所も、以前は小山町フィルムコミッションの関連施設(静岡県小山町)だったが今回は自動車労組のセミナーハウス(静岡県御殿場市)を借りている。 背景設定としては、運営側の主人公がやっていた個人事業が買収されて本式の殺人ゲームをするようになったとのことで、出資者も顧客も外国の富裕層ではないのかと思った。運営の粗雑さが低コスト化や社会の劣化を思わせるものもあり、荒唐無稽なはずの殺人ゲームが妙に現実感を増してきているようなのは気分が悪い。 今作では運営側を前面に出して、ゲーム自体というより全体的なサスペンス展開で見せている。それほど悲惨な場面はなく、緊迫感に欠けるところもあるが意外な結末ではあった。しかしいくら観客側が配役を知っているからとはいえ、人狼があまりに饒舌なのは怪しすぎる。こんなのの言辞に惑わされず直感的に投票していれば、可哀想な予言者が死ぬこともなかったはずだ。 初めのうちは殺人ゲームの運営/参加を平然とやる連中ばかりのようで暗澹とさせられるが、それだけではないところも見せている。人間にとって、実は他人の人命などそれほど重大事でもないのが本音であり、“いのちは何より大切!”的な主張などは偽善に思えることもあるだろうが、しかし何としても守りたい特定個人がいるというのも人間である。誰しも本当に大事に思う人間がいて、そこに共感する他者もいて、そのような関係が広がれば人命尊重という共通認識の基盤もできていくはずと解されなくもない話だった。 なお今回はかなり特例的なエピソードのため、このままシリーズがまた続いていくような気は全くしない。次はどうするつもりなのか。 登場人物に関しては、「可愛い子」が多い理由を運営側が一応説明していたが、実際に今回はそういう印象が強い。参加者側の主人公役は「ビブリア古書堂の事件手帖」(2018)で栞子さんの妹役だった桃果という人で、今回は賢明で芯の強いちゃんとした人物らしい顔を見せている(守りたくなる)。今後の活躍を期待したい。 また人狼役の朝倉ふゆなという人は「くちびるに歌を」(2014)にも出ていたようで、今回はイヤ~な人物像を芸達者な感じで演じている。ほか個人的には運営側チーフのお気に入り(演・山之内すず)もわからなくはないが、何より可哀想な予言者(演・森山晃帆)が早々に退場してしまったのが残念だった。[DVD(邦画)] 5点(2021-05-15 09:13:04)(良:2票) 《改行有》

10.  シライサン 《ネタバレ》 小説版は読んでいない。 まず目に関して、失明してもその場では死なず、例えばバケモノだけが見える状態でずっと生きていかねばならなくなって絶望する、という話だったら怖いと思うが、今回はそういう趣向ではなかったらしい。また「〇〇」という言葉を20歳まで憶えていると死ぬ、という都市伝説のように、記憶が自分の意思で制御できないことは恐ろしさにつながるが、この映画ではその点は強調されず、呪いの開始時点を示すにとどまっている。 主人公が考案した対抗手段は独創的なようでもあるが、自分としては既に2011年の別の邦画ホラーで見たことがあり、正直またこれかと思わされただけだった。ただしその映画が、あからさまに観客を巻き込もうとする作りで悪意まで感じられたのに対し、この映画は遠慮気味でかえって意図が不明瞭になっている。エンドクレジットの「脚本…」には気づかない観客がほとんどではないか。 どうもホラーとして徹底せず、あえて怖さを削いでいるような微妙な感覚の映画だったが、ドラマの面では最後まで主人公男女が他人行儀だったのは悪くないと思った。特に男が善良そうで嫌味がないので、せっかく一度はつながったのに切れてしまった、という切ない心情を素直に受け取れなくもなかった。 その他雑記: ○真面目なホラーなら、わざとらしく声を作った小噺など披露しなくていい(怪談師志望か)。何でみんな話し方を真似するのか。 ○黒目がちなバケモノの顔は古代メソポタミアの男女像を思わせる。じっと見ることにどれだけの意味を込めてあるのかわからなかったが、とりあえず観客側も「映画一本分くらい」は気を散らさずにちゃんと見ていろ(エンドロールも)とは言われていたらしい。ちなみに複数のうち1人でも見ていればいいのなら便所には行ける。 ○主人公が読んでいた「民間伝承における死生観」という本のページをよく見ると、「死者の出た家で猫を飼っていた場合…」という同じ文章がなぜか二か所に書いてあるのは不気味だ。気づいてしまうと呪われる。 ○劇中時期が3/11の前後だったことに意味はあるか。あったとしても失敗している。 ○キャストに関して、主演女優は地味に見えるが印象は悪くない。江野沢愛美という人はモデルが本業だろうが今回は全体像でなく顔で見せている。また「地獄少女」(2019)にも出ていた仁村紗和という女優が個性的美女で目を引かれた。谷村美月さんは最後まで生き残る役だった。[インターネット(邦画)] 5点(2020-10-17 08:22:29)《改行有》

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