みんなのシネマレビュー
せんべいさんのレビューページ[この方をお気に入り登録する

◆検索ウィンドウ◆

◆ログイン◆
メールアドレス
パスワード

◆ログイン登録関連◆
●ログインID登録画面
●パスワード変更画面

◆ヘルプ◆
●ヘルプ(FAQ)

◆通常ランキング◆
●平均点ベストランキング
●平均点ワーストランキング
●投稿数ランキング
●マニアックランキング

◆各種ページ◆
●TOPページ
●映画大辞典メニュー
●アカデミー賞メニュー
●新作レビュー一覧
●公開予定作品一覧
●新規 作品要望一覧照会
●変更 作品要望一覧照会
●人物要望一覧照会
●同一人物要望一覧照会
●関連作品要望一覧照会
●カスタマイズ画面
●レビュワー名簿
●お気に入り画面
Google

Web www.jtnews.jp

プロフィール
コメント数 116
性別 男性
自己紹介  2014年12月に投稿を始めてから9年が過ぎました。

 「映画評論家になれるのでは?!」と思える素晴らしい言葉を綴られる先輩レビュアーさん達に憧れつつも、私には、あのような文章を書けそうもありません。私の場合、少年時代に気に入り、DVDなどで観直しても好きであり続けている映画を中心に、まだピュアだった(?)少年時代の気持ちや、当時の状況を思い出しながら書きたいと思います。大人になってから観た映画も少しずつ追加しています。

 レビューの文面は長くなりがちですが…最後まで私の拙文を読んで下さる皆様に感謝申し上げます。

投稿関連 表示切替メニュー
レビュー表示レビュー表示(評価分)
その他レビュー表示作品用コメント関連表示人物用コメント関連表示あらすじ関連表示
コメントなし】/【コメント有り】
統計メニュー
製作国別レビュー統計年代別レビュー統計
要望関連 表示切替メニュー
作品新規登録 / 変更 要望表示人物新規登録 / 変更 要望表示
要望済関連 表示切替メニュー
作品新規登録 要望済表示人物新規登録 要望済表示
予約関連 表示切替メニュー
予約データ 表示

【製作年 : 2010年代 抽出】 >> 製作年レビュー統計
評価順1
投稿日付順1
変更日付順1

1.  ジュラシック・ワールド 《ネタバレ》  ジュラシックパーク(1993年)のリブート版とも言うべき当作品。CGが当たり前になった現在において、目の肥えた若いレビュアーさん達にとっては「他作品よりはお金をかけた映画」という程度かな…と思ったりしています。私にとっても正直、娯楽映画としては【普通】です(作り手の皆さん、ゴメンナサイ…)。このレビューでは、当作品に登場したモササウルスとプテラノドンに関する感想を述べたいと思います。    まず、モササウルスについては、当作品でクローズアップしてくれたことを嬉しく思います。  ご存知の方々もいらっしゃると思いますが、1970年代に、北海道で「日本で初めて、肉食恐竜の化石が発見された」という報道がありました。この化石はエ○ミ○サリュウと名付けられ、当時の地域おこしにも一役買いました。  しかし1980年代になり、モササウルス科の化石と判明。私は「古代の海の生態系の頂点に君臨したモササウルスの仲間ということか!。恐竜とは進化系統が異なる種とはいえ、中生代に繁栄した大型の肉食脊椎動物であることに変わりはない。これはこれで素晴らしい」と思ったのですが…現実は、俗称の【海トカゲ類】という言葉が独り歩きし、当時のマスコミでは「恐竜ではなくトカゲだった」という見出しで報道されました。某テレビ局では、現地の男の子に「恐竜なら格好いいけど、トカゲじゃ格好悪い」と言わしめる街頭インタビューを流して放送しました。「恐竜でなくてガッカリだね、残念でした」という否定的な価値観のフィルターにかけた情報であることは明白であり【中立的な情報伝達の難しさ】を痛感したものです。  もし、当作品の公開後だったら「あのジュラシックワールドのモササウルスが日本にも生息していた!」と肯定的な価値観の報道になっていたのでは…と思われます。  一方、プテラノドンをはじめとする翼竜の描写は感心しませんでした。少なくともプテラノドンは、現在の研究では「崖や木の上から上昇気流を活かして飛び立ち、クチバシで海面から魚をすくい取るように捉えて生活していた」と言われているようです。【現在の鳥類】と重ねるなら、ワシやタカなどの猛禽類ではなく、アホウドリ(この名称は、人間の驕りに満ちた視線を反映しているようで私は好きではありません)や、オオミズナギドリのような生態だったのではないでしょうか。もちろん、今後の研究で、さらに新しい説が現れるのでしょうけれど…  しかし、どうも映画では、キングコング(1933年)の昔から【後ろ足で人間を鷲掴みにし、空中高く持ち上げて食べようとする空飛ぶモンスター】として描きたいようです。私が10点を献上した恐竜グワンジ(1969年)の頃ならまだしも、2015年でも旧態依然としたままとは…。  当作品内の台詞を引用する(これが、一応、ネタバレになる?)なら「より恐ろしく、誰もがアッと驚くものを/リアリティーよりも見てくれを求める」という観客のニーズに応えた描写と言えるのかもしれませんが…。もっとも、そんなこと言ったら、ティラノサウルスをはじめとする他の生物群も、程度の差こそあれ、大仰な演出・描写がなされているのでしょうが…。  さて、採点ですが…冒頭の通り、私にとっては【普通=可もなく、不可もなく】であり、かつ、【モササウルスに関するプラスイメージ】と【プテラノドンの描写へのマイナスイメージ】を半々に、5点とさせていただきます。結局、個人的な恐竜論になっているだけで全然レビューになっていませんが、悪しからず… *令和2(2020)年7月28日(火)追記  投稿後、一番最後のほうにある【個人的な恐竜論になっている】という文面は、表現が間違っていると気づきました。モササウルスもプテラノドンも【恐竜とは進化系統が異なる種】なので【恐竜論】ではなく【古代生物論】という表現のほうがいいかな…と思われます。  因みに、私が子供の頃、恐竜とは【中生代の陸・海・空に繁栄し、怪獣のモデルにもなった大型爬虫類の総称】という意味合いのイメージが一般的でした。ただし、現在でもこのイメージは十分払拭されていないようです。「翼竜は恐竜ではない」といった解説が散見するのは、その現れでは…と思われます。もっとも、個人的には、“ではない”という否定的な表現は好きではありません。例えば、上記のように【進化系統が異なる種】や、或いは【恐竜とは別に、独自に進化して繁栄した種】というように、肯定的なニュアンスの表現が幾らでもあると思うんですけどね…。  結局、この追記も、レビューになりませんでした…。[地上波(吹替)] 5点(2020-07-26 17:49:00)《改行有》

2.  シン・ゴジラ 《ネタバレ》  ゴジラ (1984年)に続き「原点回帰を目指し、現在にゴジラが現れたらどうなるか」というコンセプトのもと、ゴジラが単体で登場する作品としては32年ぶりとなった第3段。なお、GODZILLA(1998年)も単体での登場作品ですが、製作側が「原子怪獣現わる(1953年)のリメイクを作りたかったが、資金集めのため、ゴジラのネームバリューを借りました」と言っているので除外します。  私は1984年版を「コンセプトは良いのに表現力が伴わず、非常に残念」と思っているので、以下、主に【1984年版との比較】という観点でお伝えします。  まず一つ目。1984年版に比べ、危機的状況の臨場感がはるかに上回っていると思いました。他の皆さんがおっしゃる通り、東日本大震災-2011年-の記憶がまだ遠いものでないからでしょう。ゴジラ1作目(1954年)も、太平洋戦争終結時-1945年-から9年しか(人によっては“9年も”のようですが…)経っていませんでした。その点、1984年版は、こうした生々しい記憶・体験の空白期での製作だったので、どうしても【頭の中でのシミュレーション】に留まっていたように思います。ある意味、当時は、幸せな時代だったのかもしれません。  次に二つ目。1984年版に比べ、シミュレーションとしての情報処理が洗練されていると思いました。1984年版は、膨大な情報量を消化しきれず、説明で一杯一杯で平板な展開になっていました。一方、シン・ゴジラは、前半に【会議や手続きなど諸々の理屈っぽい情報】を集約して【もたつき・まどろっこしさ】として表現し、後半になるに従い【対策実行のシミュレーション】に絞って【シャープ・スピーディー】な展開になっていたと思います。  三つ目として【本筋に影響しない恋愛ドラマ】を挿入しなかったことも気持ち良かったです。1984年版で一生懸命に演じていた田中健さんと沢口靖子さんには申し訳ないですが、登場シーンのたびに映画の流れがもたつきました。一方、シン・ゴジラの、長谷川博己さんと石原さとみさんとのやりとりは【対立から協働へ】とまとまり、恋愛感情も芽生えず、清々しさを感じました。  四つ目として、1984年版の【スーパーX】のような架空のメカを使わなかったことも嬉しく思いました。あれから32年経ちますが、スーパーXと思しきものは未だ自衛隊に存在していません。シン・ゴジラの【血液凝固剤】も架空ですが、スーパーXほど突飛な印象は受けず“あり得る”と思えました。  さらに五つ目。音楽も、1984年版はドキュメンタリータッチにしたかったのか?一部を除いて使い方が控えめで、音楽と共にその都度、映画の流れが途切れてしまう印象を受ける箇所が多々ありました。その点、シン・ゴジラの音楽は【普通】に劇的効果を上げていると思いました。この【普通】が1984年版では【普通】ではなく「音楽を下手に使うと却って展開を邪魔する悪い手本」のように感じていただけに、シン・ゴジラでは安堵しました。  最後に六つ目。これは比較ではなく私の推測ですが…1984年版は製作発表時こそ「現在にゴジラが現れたら…」というコンセプトで出発したものの、途中から「華が無いから、東宝シンデレラ(1984年に発足したオーディション。第1回グランプリが沢口靖子さん)が出演する場面を入れよ」「火山に誘導する対策だけでは地味だから、スーパーメカを出せ」といった会社からの営業上の注文が出てコンセプトがぼやけ、現場は混乱し、映像と音楽を十分にリンクさせる時間もなく…といった事情で、上記のような残念な仕上がりになってしまったのでは…と思ったりしています。そして樋口真嗣氏は当時19歳で、特殊造形助手として1984年版の製作に携わっていました。そうした製作現場の実情(あくまで私の推測ですが…)を痛感した樋口氏は「いつか、会社からの注文に振り回されない、本来めざした現代版ゴジラを作ってやる」と思ったかもしれません。だとしたら、今回、庵野秀明氏という最強のパートナーを得てその宿願を果たした…きっと、今は亡き橋本幸治監督をはじめ1984年版の作り手さん達も「樋口よくやったぞ!」と褒め称えているのではないか…そんな【32年越しのインサイドストーリー】を想像するぐらい、シン・ゴジラには感激しました。  さて、採点ですが…物心ついたときからCG特撮が当たり前の若い人達にはショボいと感じる部分があるにせよ、1984年版をタイムリーに知っている私としては、↓の【どっぐすさん】と同様に「これがずっと望んでいたゴジラだ!1984年版だってこのように作れば傑作になり得たはずなんだ!」と庵野・樋口両監督への感謝の思いで一杯です。私が勝手に想像するインサイドストーリーも加味し10点を献上させていただきます。[映画館(邦画)] 10点(2016-08-17 21:20:19)(良:3票) 《改行有》

全部

Copyright(C) 1997-2024 JTNEWS