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プロフィール |
コメント数 |
216 |
性別 |
女性 |
ホームページ |
http://plaza.rakuten.co.jp/maika888/ |
自己紹介 |
正直、生まれは平成じゃないです。かなり、昭和なムード。昔みた映画を思い出しながらレビューしますので、記憶がずいぶんあやふやかも。なにか変なところがあったら、http://plaza.rakuten.co.jp/maika888/のほうにツッコんでおいてください。
好きな女優 「或る夜の殿様」の山田五十鈴、「近松物語」の香川京子 好きな男優 「お茶漬けの味」の佐分利信 好きなキャラクター グレムリンちゃんとマシュマロマン
☆評価基準 10点:超絶。ほとんど奇跡。 9点:傑作。かつ大好きなんだもーんッ! 8点:傑作だし、好きデス。 7点:素晴らしいです。好みの映画です。 6点:まあ、悪くないと思います。 5点:なにか気になるものはあります(~~; |
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1. エディット・ピアフ~愛の讃歌~
《ネタバレ》 GYAOの無料動画で視聴。
わたしはとくにピアフの歌が好きなわけでもなく、映画に対する期待値も低かったのですが、予想をはるかに上回る素晴らしい出来だったので驚きました。あとで調べてみたら、思った以上に若い監督だったのも驚きです。
すくなくとも中盤までは文句のない内容だったし、余計な解釈を加えず断片的な事実だけを切り取っていく手法も説得力がありました。前半部のフランスの描写と後半部のアメリカの描写の切り替えも映像表現として素晴らしかった。
ただ、残念なのは、肝心の恋人の死の場面で幻影が現れる演出がさほど効果的ではなかったこと(その前のボクシングの試合もやや冗長でした)。そして、その後の複雑な時系列の入れ替えが分かりにくかったことです。たぶんラストシーンで「Non, je ne regrette rien」を聴かせるために、そこから逆算して時系列を操作したのだろうけど、かえって感情移入の妨げになったのは否めない。恋人の「マルセル」と娘の「マルセル」を重ね合わせるような演出もかえって混乱を助長しています。これらの終盤部分さえ上手く編集しなおせば大傑作にもなりうる内容と思えるだけに惜しい。伝記映画をミラクルな物語に仕立てるのは難しいことなのだろうけど、かなりいい線までは行ってた気がします…。
物語の始まりは第一次大戦中(冒頭のテロップは「1918」となってますが、実際は「1916」ぐらいのはず)。ベルエポック期の表社会の華やかさとは裏腹に、とんでもなく汚くて貧しいフランスの裏社会が描かれています。ユゴーが描いた100年前の「レミゼ」の悲惨さと大差ないほど劣悪な境遇。実際、母に捨てられる少女の描写は「レミゼ」を意識して作ってる感じもある。大道芸人の世界など当時のフランスの社会風俗が見れるのも興味深い。
ビリー・ホリデイとの共通性は以前から感じていたことだけど、両者が同い年で、ピアフ自身がホリデイのことを強く意識していたとは初めて知りました。ピアフの歌もある種のブルースなのですよね。ジャン・コクトーやマレーネ・ディートリヒとの交流について知ることが出来たのも収穫。
ピアフの母親はイタリア系で父親はアルジェリア系だそうですが、これほどピアフが愛されたのは、フランス社会が抱えるそのような「実存」の部分を余すことなく体現していたからなのだろうと思います。ちなみにこの映画を観ると「Non, je ne regrette rien」の邦題は《悔いはない》とすべきであって、《水に流して》という従来の邦題があまり適切ではないように思えてきます。また「愛の讃歌」について、日本では岩谷時子の訳詞に対する賛否両論がありますが、恋人の生前にピアフが書いたものだと考えると、岩谷時子による曲の解釈もけっして間違っていないと感じます。[インターネット(字幕)] 8点(2022-10-26 04:12:51)《改行有》
2. ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破
《ネタバレ》 ワケわからないけど、なんか凄まじかったです。第1作よりは絵の印象もクリアで分かりやすく、駆け足の短縮版のような印象もさほど感じませんでした(慣れただけかもしれませんが)。一昔前の日本の歌謡曲や唱歌がいくつも出てきましたが、まったく違う意味を帯びていくのが凄くて、怖くもあった。
前作を見ていて、使徒の形状が個体ごとに違うのが不思議だったけど、けっこう虫とかに似てますから、あれはあれで自然進化の結果なのでしょうね。幾何学的な形状も、きっとハチの巣が正六角形になったりするのと同じ必然的なものなのだろうし、相手の側に浸潤したり寄生したりするのも、ウィルスとか癌細胞みたいな能力なのかなと思いました。
一方のエヴァは、たんにサイバネティクスとして身体を拡張させるだけでなく、互いにシンクロすることで人間のほうに影響がフィードバックして、人間の側を変容させてしまうのですね。これも、ガンダムのニュータイプより説得性のある理屈だと思いました。この結果、ガンダムのアムロと同じく、「少年の成長」という次元を超えて「人類の進化」の物語になってきている。悪魔の子孫であったはずの人間が「人間を超える」というところまで話が進んだ感じでしょうか。しかも、それはあらかじめ計画されてたっぽいですね…。
使徒との闘いは、けっして日本だけの問題ではなく、むしろ欧米社会が負うべき課題だという背景も見えてきました。ガンダムの場合も「ジオン」と「シオニズム」のアナロジーを思わせるところがあったけど、この物語も、実質的にはバチカンを中心とするキリスト教世界の問題なのでしょうか。バチカンが旧約聖書や死海文書の真実を隠ぺいして「福音」という嘘をついてきた話だとすれば、かなり『ダヴィンチコード』に近いと思えます(『ダヴィンチコード』のほうが後の作品ですが)。やはり、とても面白い物語ですけど、ここまできたら最終話を見なければ評価しにくいので、とりあえず点数は暫定値とします。[地上波(邦画)] 8点(2020-08-28 07:53:28)(良:1票) 《改行有》
3. ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序
《ネタバレ》 テレビ版も含めて、これまでちゃんと見たことはありませんでした。非常に独特の世界観で面白かったです。話が駆け足に進んでいくので、きっとテレビ版の短縮なんだろうとは感じましたが、それでも、ほとんどまともな説明もないまま、この独特の世界を物語っていく手腕には感心させられました。
主人公の碇シンジくんを見ていたら、それが将棋の藤井聡太くんの姿に重なりました。一般の人々は、彼がどんな戦いをしているのかを理解できず、せいぜい「お昼に何を食べたか」を話題にすることしかできません。まさに、そんな感じ。はたして藤井くんは、自分だけの戦いに孤独を感じないのでしょうか? 同じことは、たとえば10代のオリンピック選手にもいえるし、思えば、15才でデビューした宇多田ヒカルも、当初から「ボク」と「君」だけでかろうじて繋がり合える世界を歌っていましたね。
ロボットが、従来のように「道具」であるのならば、それを操縦するには大人の訓練や熟練が必要だけど、もはやサイバネティクスは「身体の拡張」ですから、むしろ身体能力や適応性に優れた少年少女のほうが向いている。そういう設定は、かつてのガンダムよりも説得性が高いと感じました。たしかに大人になればなるほど適応力が劣るし、理性や習慣が邪魔をしてしまう。無垢で過敏な少年や、巫女的な資質の少女のほうが、きっと適応性が高いのだと思います。ただし、理性の制御が十分に利かない分、非常にキレやすいし、パワーの矛先が自傷行為に向かいやすい。そのあたりにもリアリティが感じられました。
「使徒」と「福音」の意味は、さすがに映画を見ただけでは理解できなかったので、あとでネットで調べましたが、要するに、敵のほうが本来の「神の使徒」で、人間は「悪魔の子孫」という理解で良いのでしょうか?「死海文書」の話が出てきたのは、この物語が新約聖書ではなく旧約聖書に基づいているからですね。そうだとすると、人間側で戦うロボットのことを「エヴァンゲリオン=福音」と呼ぶのは、ある意味で居直りというか、いわば皮肉だと考えてよいのでしょうか?
最後の使徒が幾何学的な形状をしていたのも、きっと何か理由があるのだろうけど、それについては分からなかった。なぜ日本人だけが使徒と戦っていて、なぜオペレーション機材の多くが漢字表記なのかも分からなかった。
もともとテレビ版を見ている観客を想定して作られたのかもしれませんが、わたしのような初めての観客にしてみると、あまりに駆け足の短縮版のように感じられたので、そこを減点して7点にします。ほんとうなら8点以上つけるべき内容かもしれません。[地上波(邦画)] 7点(2020-08-27 08:00:37)《改行有》
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