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【製作年 : 1980年代 抽出】 >> 製作年レビュー統計
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1.  エレファント・マン 《ネタバレ》 “The Elephant Man”『象男』。本作が日本でヒットした要因の一つとして、今と比べて、人権意識がまだまだ未熟だった当時の時代背景があると思います。 私が子供の頃、夏祭りのお化け屋敷の隣に見世物小屋がありました。小屋の入口の隣に、上半身裸のお姉さんが背中を向けて座っていて、マイクを持った興行主が、彼女が生きたニワトリを食べるとか何とかって、啖呵を流してました。小屋の中には牛と人のアイノコ『牛女』や、蛇を食べる『蛇女』なんかもいるそうです。興味はあったけど、正直怖いのと親と一緒なのとで、見せてはもらえませんでしたが… まだそんな時代に公開された本作。当時はホラー(恐怖)映画にジャンル分けされていたと思います。珍しいモノクロ映画。ポスターの不気味な布を被った人物。テレビでは倒されて悲鳴を上げる少女と迫りくるエレファントマンの映像(CM?)が流れ、頭巾の下にはどんな恐ろしい素顔が隠れているのか?って方向で宣伝されていたと思います。 また後年『マイケル・ジャクソンがエレファント・マンの骨を買おうとして断られた』なんてゴシップも独り歩きして、子供にも関心の高い映画でした。 初見はテレビのロードショー。思っていたのと違う内容に、下衆な好奇心は消え去り、彼の容姿の不気味さより、今まで置かれていた環境の悲惨さ、彼の豊かな感性と世間の残酷さから、「ジョン・メリック可哀そう」に変わっていきます。 彼の心の美しさと、トリーヴス先生や婦長さん、ケンドールさんの献身的な行いに暖かさを感じ、バイツや夜警の男に怒りを感じました。 当時、本作をホラーに分類するのは、メディアの悪ノリにも思えますが、ホラーだと思って観たからこそ、内容から受けるショックと感動が大きかったように思います。それは見世物小屋でトリーヴス先生が初めて彼を見て、一筋の涙を流すのに似た感覚を、私も味わえたのです。今振り返るとメディアのファインプレーじゃないでしょうか? 彼を取り返そうとするバイツにトリーヴスが言う「他の人間の不幸を利用して儲けてくれ」という台詞に、見世物小屋の小人が言う「俺たちみたいな人間には運も必要だ」という台詞が答えになっていて、とても現実的に感じました。 トリーヴスたちの行いは偽善なのか?見世物小屋に来る大衆と、病院に彼に面会に来る著名人、夜警に金を払って見に来る連中、劇場で彼に拍手を送る観客は同類なのか?世間という見えない存在が、彼をどう思うかでなく、彼自身がどう思うかが大事かも。 同じ見られる存在にしても、見世物小屋と舞台女優は違います。ジョン本人が会うこと・見られることを望むか望まないかが大きな違いです。 難しいテーマですが、彼はトリーヴスに助けられ、人間らしく生きる権利、自分で選ぶ権利を得たことが重要に思います。 でも彼は、夜警が自分を見世物にしても助けを求めない。彼が選ぶのは自分をどうするか?だけで、他人にどうしてほしいなどは望みませんでした。 そんな謙虚な彼が唯一他の人に望んだこと、駅で追い詰められた時「僕は人間だ」と叫ぶ姿が心に突き刺さります。 彼が最後に選んだのが横になって寝ることでした。聖書を愛読した彼が自死を選んだとは考えにくいですが、もし目を覚ますことがなくても後悔はない、そんな決意での就寝は、悲しくも幸せな結末でした。[地上波(吹替)] 8点(2024-02-26 14:12:13)(良:1票) 《改行有》

2.  エイリアン2/完全版 《ネタバレ》 ~『エイリアン2 』の続き~ 10代の頃アホほど観たエイリアン2ですが、この完全版をきちんと観たのは、最近DVDを買ってからです。まだ視聴3回目。もしかしたらエイリアン2自体さえ、20年以上観てなかったかも? 2000年頃は私の中の第二次映画鑑賞ブームが来ていて、そこそこ新しい作品を色々観てたけど、この完全版は観てなかったなぁ。当時はCGメインの時代。スター・ウォーズもお色直ししている時代なのに、エイリアン2は特撮が古いまま。大好きな作品が古臭く観えてガッカリするのが怖かったのかもしれない。 今になって観たDVDの映像は、思いのほか綺麗だった。解像度調整したりしているんだろうか?あと今ではアナログな近未来メカニックについては、私は全然OKだった。未来世界なのにブラウン管モニターなんて古臭く感じるかもしれないけど、ラピュタの飛行船の技術や進撃の巨人の立体機動装置みたく、過去のどこかで枝分かれした架空の未来だと思って楽しめた。 さて完全版。単に長いだけでなく、テーマが変わっているのが凄い。エイリアン2がリプレー(女)自身の過去との戦いなのに対し、完全版は子を思う母同士の戦いになっている。 数ヶ月の航海のハズが57年もの月日が経過し、小さかった娘が自分より年上になって、しかも既に死んでいた事実を押し付けられる悲しみ。ニュートを娘とダブらせ、死物狂いで救い出すことだけに全てを掛ける母の姿。劇場公開版で娘について一切触れなかったのも、思い切った切り捨てだったと思う。 もう一人の母親がエイリアン・クイーン。前作の考察から、エイリアンは宿主の思考を学べるんだろう。だから人間が攻撃できないハズの、安全な熱交換機の下に巣を作って子供を産んでいたんだろう。 リプレーに「ドウェインだ」とファーストネームを名乗るヒックス。ヒックスとリプレーが、身寄りのないニュートと3人で、家族として暮らすことを暗示していたのかな。そう言えばニュートの両親って、外観が少しヒックスとリプレーに似ていたっけ。 ファーストネームといえば『フェッロC、ドレイクM、アポーンA…ヒックスD以外の海兵隊員は、生体モニターにリアリティを持たせるため、ファーストネームのイニシャルを付けるんだけど、俳優さんの本名そのまま』ってのを偶然発見した時は、誰かに言いたくて仕方なかったわ。けど今じゃwikiにも書いている常識になってしまった、残念。ハドソンがWなのは、ビル・パクストンの本名がウィリアムなのね。 フロストをフロスティって呼んでたり、ウィズバスキーをスキーって呼んでたり、キャラクターの作り込みがハンパない。そうそう、今回の見直しでウィズバスキーとスパンクマイヤーの顔を見分けることが出来るようになりました。 マメついでに、脱出艇ナルキッソスのD-7ドアの下に、リプレーがエイリアンを宇宙に放り出したワイヤー銃が転がってるの。こんなのを再現するところが、キャメロン監督のこだわり、マニアックな性格の現れに思う。だけど恐らく、この銃にエイリアンが引っ掛かったから、僅かに軌道が変わって、57年も漂流したんだろうって思うと、重要なアイテムかも。 このマニアックな監督だから創れた続編。前作エイリアンを愛し、自分の作品を愛する監督の渾身の一作。 今後何回この映画を観るか解らないけど、これほどハマった映画は、今後出てこないかもしれない。[DVD(字幕)] 10点(2023-01-31 22:53:08)《改行有》

3.  エイリアン2 《ネタバレ》 “Aliens”『異星人たち』洋画の原題に興味を持ったキッカケがこの映画なんです。 まだパソコンやプリンタの普及していない平成初期、ダビングしたビデオテープに、インレタって方法で綺麗に背表紙ラベルを作るの、たぶんここのレビュワーの多くの人も、やってたと思います。「えぇと、ALI…EN……ん?2じゃなくてS??」気がついた時に本当にショックを受けました。前作で1匹だったエイリアンが、今回はたくさん出てくるから、シンプルに複数形の“S”一個を持ってくるこのセンス。しかも“S”を裏返したら“2”なんですね。当時の続編作品といえば、大味、マンネリ、悪ノリが当たり前だった時代、ハリウッドのSFアクション映画に、こんなにも繊細なタイトルを付けるなんて! さて、初見は中2の頃かな、友達で集まってのビデオ鑑賞会でした。エイリアンと言えば有名なSFホラー映画(当時は未見)、この2も当然怖いんだろう、でも、ビビリの自覚はあるけど、友達にビビリの烙印は押されたくないぞ!と、平気なふりをして耐えることにしましたが…怖さより興奮のほうが遥かに勝ったわ。 ドロップシップ墜落に落胆し、いっしょに籠城準備している気になり、天井裏から迫るエイリアンに驚愕し、最後のドロップシップの脱出に手に汗握り、ホッとしたのもつかの間、クイーンの再登場に驚き…エンドロールから最後のカサカサまで、完全に映画の中に入ってたわ。 数日後改めてレンタルしました。観たばっかりの映画をレンタルするなんて…パッケージをマジマジ見て『今度は戦争だ!』の文字に妙に納得。そうだ、これはSFホラーというより、上質のSF戦争アクション映画だ。 '80年代は現実世界の延長線上のリアルな近未来、サイバーパンク映画真っ盛りだった時代。バークの渡す電話カードに未来を感じ、リプレーがよじ登るドロップシップのタラップの、画面左にあるクルクルコードにリアリティを感じた時代だったわな。 アームが伸びて腰に固定するスマートガン、バスケスとドレイクの阿吽の呼吸に痺れた人は多いだろう。 APCにズラッと並んだ生体監視モニター。エイリアンと初接触した際の、ザラザラのモニター越しに、リアルタイムに仲間が殺されていく絶望感。ショットガンを撃つヒックスを客観的に観せる画は、まるでドキュメンタリー映像のよう。 APCに踏み潰されるエイリアン。クシャッと潰れる頭部。バスケスとゴーマンの最後。あの役立たずの中尉が最後に見せた勇気。キャメロン監督のテーマとも言える戦う女と自己犠牲。 登場人物全員が兵隊ならともかく、映画の主役リプレー(記憶違いかもだけど、最初期の字幕ではこうだった記憶が…)は民間人。こういう場合、映画の中の兵隊って、ワラワラと数だけ多い、いわゆる雑魚キャラなのが通例だったと思う。きちんと個性と見せ場を創るのは珍しかった。 「みんなが守ってくれるわ、兵隊さんなのよ」彼ら宇宙海兵隊はきちんと仕事を果たし、守るべき民間人と生き残った生存者を宇宙戦艦まで連れ帰った。そして最後はリプレー自身の戦い。戦争映画のゴタゴタで有耶無耶にするのではなく、毎晩悩まされる悪夢を振り払う戦いで決着を付ける。ヒューマノイドとの確執も払拭しているのも地味に素晴らしい、続編ものとしてこれ以上無いくらい完璧な終わり方。 兄「またエイリアン2観てるのか?お前、どれだけ好きなんだ…」10代の頃、それこそ月に2回は観てたと思う。ダビングしてたのを日曜の昼間、茶の間で観て、洋画劇場でやればリアルタイムに観て、その後LDを買って自分の部屋のテレビでも観てたわ。たぶん私の人生で一番観た映画が、このエイリアン2です。 ~『エイリアン2/完全版 』に続く~[ビデオ(字幕)] 10点(2023-01-31 22:47:46)(良:1票) 《改行有》

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