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性別 女性
ホームページ http://ameblo.jp/cluttered-talk/
自己紹介 After shutting down my former blog, I'm writing some boring stories at new site. Anyone who's interested in, come along if you'd like to.

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181.  バンテージ・ポイント 《ネタバレ》 本当にTV映画ではないのかなあ、と怪しむほど最近のFOX製ドラマのそのまんま、な感じがしました。よりによって、アラブ系のテロリストに狙われるアメリカ、というどうしようもない「24」なテーマを「LOST」の主人公とかフォレスト・ウィテカーとかTVでよく見かけるアラブ系俳優を出して撮っていることだし…。 けれどけれども、映画であるならばお金のかけかたがまるで違うであろう。のはずである。 きっとロケでの交通規制とか爆破シーンとか群集のエキストラとか車のスタントとかでいっぱいお金を使ったのであろう。映画なのだからー。 だのに、どうにもこうにも私の脳内はFOXドラマを見ているときと同じ波長になってしまう。 シーンを切り替えるときのリワインド映像は、「トゥルー・コーリング」と同じだしなあ。LOSTの人は相変わらず濃い顔だしなあ。 違いといえばデニス・クエイドが出ていることくらいだ(ウィリアム・ハートはすでによくTVに出ている)。私はカレの顔がだんだんハリソン・フォードに見えてきたのだった。そう、「不利な状況にめげず、最後には必ず真実に辿り着く不器用で愛想のないヒーロー」というハリソン・フォードが長らくモノにしてきたこのポジションは、次はデニス・クエイドが座るところだったのだ。「そんならクリント・イーストウッドと同じじゃないの」と思われるかもしれないが、そこは微妙に違うので、同じようにあこがれの対象でも大衆はハリソン・フォードにならがんばればどうにか成れるかもしれないが、イーストウッドに成るのは絶対にムリなのであって、両者のポジションはやっぱり別である。 顔も似ているうえ、セックス・アピールに欠けるという点で共通しているクエイドがハリソン・フォードの後釜を狙ったのは自然なことかもしれぬ。だがなあ…狙うほどのポジションとは私には思えないのだが。 さて私はLOSTの人が1人で犯人を探しに行ったところでわかってしまいましたけど、こんなユルいオチで驚かそうとはよもや思っていないはず。そんなTV以下の脚本なんて書かないはず。 結局残るオチは替え玉編だけですが、これはヒントが無いも同然だから驚いて当然ですよね。アラブのテロリストが任務遂行中なら躊躇なく少女を跳ね飛ばすに決まっているし、「市井のアメリカ人」が間一髪で救うなんてのも単なる「願望」で強引な終わり方です。[DVD(字幕)] 6点(2009-03-16 18:27:31)(良:1票) 《改行有》

182.  リトル・チルドレン 《ネタバレ》 すごく疑問に思いますが、ボイスオーバーで丁寧に登場人物の気持ちを説明する必要があったのでしょうか。どうなんだろうこれ。なにか観客をバカにしているような気もする。 ボイスオーバーを全部やめてみたら、もっとミステリアスな感じになって質が上がったのではないかしら。 なかなか良く出来ていますし、俳優陣も女優は有名どころが2名出ています。が、男優はほぼ全員無名。 私は思うのですが、ケイト・ウィンスレットが出ると彼女の迫力にノックアウトされて逆効果になりやすいのではないでしょうか。あんまりにも存在感がありすぎるのです。 ジェニファー・コネリーだってじゅうぶん印象的な女優なのに、ウィンスレットと一緒に出てしまうとすっかり霞んでしまうというこのていたらく。バランス的には、ウィンスレットを出すのなら「アイリス」のように回想場面とかに短時間程度にしておかないと、こういうふうに全部食われてしまって「ウィンスレット以外何も残らない」という悲惨な状況に。 内容は…不倫を実行するまでの物語配分が短いので「非日常」というふうに捉えにくいかなと思います。それになんたってウィンスレットですから…何をやっても不思議ではない気がしてしまう。 不平不満を解消するために違う生き方を求めても、結局は新しい人生でまた不平不満にまみれた生活をすることになるのだよ、という話だと思います。サラだって、あの大きな家に越してくる時は、ブラッドと駆け落ちを決めた時のように幸せいっぱいだったはずですから、駆け落ちしたらしたでまた不平不満に満ちるのです。現状を変える努力をしないで新しい人生に乗り換えるのは単なる無駄といいたいのでしょうたぶん。 サラが求めるような絶対的な幸せなんてものはないのかもしれません。そこで思い出すのは変態ロニーのママのことです。息子は変態で治りません。彼女はそのことをわかっていますが、変態有りのまま息子が今より幸せになれる方法はないものかと、あきらめないで探します。絶望はしないのです。 息子の変態をどうにかしようとじたばたしたり、泣きわめいたりすることよりも、「それ込み」でより良い状況にならないものか、と行動にうつすのです。とてもとてもすごいことかもしれません。 さて変態夫を持つサラは今後、このママの生き方を学ぶのが良いでしょう。不平不満が他人を動かすことは決してないということなのですね。[CS・衛星(字幕)] 7点(2009-03-15 18:00:37)《改行有》

183.  ぼくのバラ色の人生 《ネタバレ》 画面がカラフルでとてもかわいいです。幸せな気分になりそうな配色です。 でもそれは目くらまし。これはすごく巧みな脚本です。唸らされる。 この予定調和の無さ加減といったら、爽快です。期待を裏切り続ける展開は見事。 始めは息子可愛さに大目に見ていた母親のほうが、退学後は手のひらを返したように冷たくなるとか、会社をクビになった父親のほうが妙におおらかになったりだとか。 ここに描かれているのは「子供だから許される」ということのないむき出しの世間です。日本やアメリカでは有りえないでしょう。 そして親たちの態度がとても奇妙だと思いました。ここの親は、ちょっと見にはフランス人らしく子供も一人前扱いして主義主張を尊重しているのかのように見えますが、実は全然まともに子供を相手にしていません。子供のすることはひたすら受け流しているみたい。カウンセラーもそうです。 リュドの奇異な言動に対して、「ああもう」とかいう「個人的な反応」をするだけで、フォローというものが全然ないですね。やりっぱなし、という感じ。 フランスではこれが普通なんでしょうかね。それとも意図的なものでしょうか。 ラストはグズグズになってしまい、残念です。大人になったリュドの近況で終わればよかったのではないでしょうか。完全なニューハーフとして生きる「彼女」の。 ともあれなかなか面白く見られます。リュド役の子のふてぶてしさには苦笑しますが、だから「虐待」というふうに見えないのかもしれません。隠れた良作です。[CS・衛星(字幕)] 8点(2009-03-15 17:15:24)《改行有》

184.  モーテル 《ネタバレ》 すごく低予算なのではないでしょうか。2大スターも、あんまりギャラをもらっているとは思えません。そしてそのわりには、意気込みが感じられる、まじめな一作です。 夫婦の不仲も、迫り来る危機のためにわざと用意されたようではなく、うまく撮られています。この状態でスリラーにならずに延々と進んでも面白そうなくらいです。 妻の最後の戦いの驚異的さはともかく、途中はあくまで地味に、というかルーク・ウィルソンがスーパーマン並みの働きを決してすることなく進むのが良いです。 ただ残念なのは…やっぱり復縁してしまうのね、です。 危機が迫れば協力しあうのは当然ですからいいんです。でも、離婚届を出そうとまでしていたのに、愛してるわブチュって、それじゃー、ありがちなパターンだし男に都合が良すぎる…。 この危機を乗り越えても、夫婦の関係がうまく行かない、という根本的な問題が解決されたわけでは全然なくて、夫の性格が劇的に変わるということは無いのです。 できれば妻に「それはそれ。これはこれ。」と言って欲しかった。まじめな作品ですがツメが甘いような気がします。[DVD(字幕)] 7点(2009-03-14 22:25:14)(良:1票) 《改行有》

185.  AVP2 エイリアンズVS. プレデター 《ネタバレ》 まずもう暗すぎて見えない。 韓国ドラマみたいに明るくしろと言っているのではなくて、映画として認識できない状態ではしょうがないでしょうと。私は本当は暗いほうが好きなんだ。 まてよ、暗いことにはメリットがあって…。ボロかくしにはなる。金が無くてちゃんとできてないとことか、ウソっぽいとことか。 とにかく「暗くする」と「見えなくする」のは違います。下手すぎる。 それから、人間のドラマパートが全然要らないうえに陳腐。最初のほうで見る気が激しく下がります やー、本当にひどい作品ですが、ひとつ気になったのは「お約束」をあえて破ろうとしているところです。「子供」も「妊婦」も、アメリカではタブーだったはずですよね。殺すのは。 なにか「テロリスト」の匂いがする。そう「やつらは子供も妊婦も関係なく襲ってくるぞ」と言いたいのではないでしょうか?「とんでもねーひでーやつらだ」と強調したいみたいですね。 そらーそうでしょうね。子供だって妊婦だって殺されることはあるでしょうね。それは逆なので、今までタブーにしてきたということのほうが特殊なだけなんじゃないでしょうか。あなたの国が。 エイリアンとプレデターが戦ってくれる話のはずなのに、どうも私の脳には「アラブのテロリストこえーよ!前よりこえー!」というむやみな叫びが聞こえてならない。私はもっとプレデターを見たかったのにさ。[DVD(字幕)] 3点(2009-03-14 22:08:26)《改行有》

186.  インベージョン 《ネタバレ》 脚本もあんまり良くないですが、それに輪をかけて演出が下手なのではないでしょうか。 いっぺんに現れる異変ではなくて、少しずつランダムに起こる変化によって「この世の中が自明のものではなくなるかもしれないという恐怖」を感じさせなくてはならない映画ですが、そこの描き方がうまくない。もう、感染者は怪物みたいに撮っちゃってるしすぐわかる。それダメ。雰囲気だけなら「アンビリーバブル」のほうがまだマシだった。 母性愛偏重路線にちゃんと乗っかっているうえ、「免疫少年」を連れてヘリで脱出という「28週後」で見たシーンも入ってるし、まったく独創性のない脚本で、こんなんが金になるのなら私だってできそうだ。 しかしまあ、主役がキッドマンという時点でもう、コケているし…彼女の役者生命はもう終わったのではないでしょうか。あまりに出すぎたため、もはや何をやっても「ニコール・キッドマンが何かしている」としか脳が認識しません。大幅に老けて美貌を失いでもしない限り、もう使えない女優です。 豪華なキャストを集めて凡作を作るのはハリウッドの常になってしまいました。悲しいです。ジェレミー・ノーザムは前髪を下ろしてはいけないし、金欲しさにこんなものにまで出て名前を落としてほしくないですね。[DVD(字幕)] 6点(2009-03-14 21:50:37)《改行有》

187.  フィクサー(2007) 《ネタバレ》 出来の良い作品だと思います。 脚本はラストが気に入らないがなかなかのものだし、そこそこリアリティにもこだわって、説明を省いてどんどん進むクールなかっこよさが満載です。好きではないが、スばらしい、と言わざるを得ない。 …好きな映画と出来の良い映画は違うみたい。今さらこんなこと言ってなんですが。 スばらしいとは思いながら、さてなぜ好きだと思えないのでしょうか。 「クールなかっこよさ」どうやらここらへんに原因がありそうだ。主人公のクレイトンは、自分でもみっともないと思って生きているはずですね。色々な面で。それが、やっているのはその尻で全米女性を魅了したジョージ・クルーニーなのですね。それはやっぱりイカんです。 どんなに汚なづくりをしたって、彼はピーター・フォークのようにはなれないでしょう。 男ばっかの製作陣が集まって、かっこよいクルーニーを中心にクールを目指していたらいつのまにか映画はカレのかっこよさに合わせてかっこよくなっていってしまった。 なんだかクレイトンがかわいそうだと思えないのです。バカだけどがんばって欲しい、と応援する気持ちが湧いてこないのです。男の子が集まって相談しているうちに、どんどん趣味が特化してしまった映画だと思います。 ラストが気に入らないというのは、まあ単にハッピーエンドが嫌いだからかもしれませんけど、クレイトンの策略がうまく行き過ぎてカレンが簡単に引っ掛かりすぎる、ここまで一応リアリティを維持してきたのに最後でぶっこわしてくれた、とがっかりするので。ここまできて「んなわけないじゃん」と私に言わせないでくれ頼むから。 それから気がついたのですが、クルーニーは年のワリに目がデカすぎて、「息子顔」なんです。お父さん役が似合わないんですね~。いつも父親を見上げているような顔、なんです。こういう顔は役の幅が狭いと思う。 さて本人がいくら「掃除屋」と嘆いていたって、物事は上には上があるわけで、2人の殺し屋の事務的な手際の良さを見てますと「クレイトンなんてまだまだ甘い」ということになります。そのへんの対比はうまく描けていますが、だからこそあの腰の抜けたハッピーエンドは納得いかないですね。うーん、できることならハリウッドからハッピーエンドを一掃したいなあ。[DVD(字幕)] 8点(2009-03-14 21:18:13)(良:2票) 《改行有》

188.  アイリス(米英合作映画) 《ネタバレ》 地味だけれど、しんみりとしたいい作品です。 ジョン役の俳優さんが、ヤングと現在で同じ人かと思うほど雰囲気が似ていました。クレジットをしげしげと見るとやはり別人ですよね。大したものです。 アイリスは…残念ですが小柄で釣り目(白人にしては)のデンチとケイト・ウィンスレットの顔には隔たりがありすぎる。これは別人です。デンチにこだわらなくてもよかったのではないか(どうせあんまりセリフないし)…ていうとウィンスレット優先思考みたいですが。 2つくらい言いたいことがありますが、認知症について。この作品を見ていると、認知症にかかるとは、まるでやりたい放題にふるまった若い時代に復讐されているかのようです。人生は必ず収支が合うようになっているのだと。 なんの根拠もありませんが、それはそうかもしれない、と思う。アイリスの奔放ぶりを見せつけられますと。いっぽう地道な性格のジョンはボケていない。地道に生きてもボケる時はボケるのでしょうが。 人が老いると、体にガタが来るか頭がボケるかどちらかのタイプだとよく聞きます。「徘徊老人」は体が比較的元気だから発生してしまう。もしも老化のタイプに選択の余地があったならどうしようかと迷う。認知と見当識を失うことはひょっとして快適なのだろうか。 もうひとつは男性の選び方について。アイリスは尻軽でしたが男性の好みは良かったのです。 男性を選ぶ基準はなんでしょう。スポーツや旅行やセックスはどうせ老いればできなくなります。見た目もいずれ衰えます。それなら当然お金です。 お金で選ぶのが嫌だとか、お金で選ぼうにも相手に選んでもらえないとかいう場合、アイリスのように選ぶのが正解ですたぶん。死ぬまでにどれくらい笑わせてくれるか、です。 アイリスが「笑い」基準で選んだということは、ラストのジョンの言葉に象徴的です。明日、妻が死ぬかもしれなくても、前の日にはすかさずジョークを用意するのです。…。ちょっと泣けますね。 日本のすべての女の子たちよ、お金はもちろん大事だが、アイリス基準で選ぶのもアリだぞ。その効果は数十年後にきっと出るぞ…。[CS・衛星(字幕)] 7点(2009-03-11 21:02:24)(笑:1票) 《改行有》

189.  ブコウスキー:オールドパンク 《ネタバレ》 この人のことは全く知りませんでしたハイ。なにぶん無学無教養なもので。 私はただのドキュメンタリー好きで、特定の人物にスポットを当てたものが好きです。 自分の目と耳で、実在の人物の中に何かを見出したい、多くの他人があまり気付いていないなにかを見つけたい、そういう思い上がりから、ドキュメンタリーを見ます。 そういううぬぼれたオーディエンスなのですが、〝汚ヤジ〟ブコウスキー伝に何を見出したかというと、可愛げのあるおっさんです。 「酔いどれ」のところでも書いたけど、話し方や話の内容(オチがついていることが多い)やしぐさなどはルー・リードにそっくりです。これはルー・リードが真似したと見るべきでしょうが、そうでないならもしかすると「ある種の」アメリカ人に共通する振る舞いかたなのかもしれません。 ブコウスキーが74歳まで生きのびたのは驚愕すべきことですが…ひょっとすると、彼の奇行はかなりの部分が他人を喜ばせるためのサービスで、ほんとうは結構計算のできる人だったのではないでしょうか。なんたって74歳まで命を繋いだのです。 彼は少年時代に「理不尽な暴力」に耐えたサバイバーなので、最後のほうはムチ打たれても悲鳴をあげないで我慢できたというくらいですから、「自制」することに長けていたはずなのです。なので、酒にしろ競馬にしろあえてやっていたのではと思う。そして、「書くために」は「自分を生かさなければならない」ということに30代中盤の出血性胃潰瘍で気がついたため、その後は定収入のために郵便局のバイトをチマチマと続けることとか、死なない程度に酒を飲むというコントロールをちゃんとやったのだと思います。郵便局にしがみついたのは年金まで計算に入れてのことですから。 が、74歳まで生きたといっても、そのうちの50年以上は常に貧乏で無名だったのです。成功して不自由ない暮らしを手に入れたのは彼の人生のうち多くて20年くらいでしょう。彼の計画では、郵便局の年金で細々と書いて暮らしていける老後のはずだったのです。やっぱり彼の人生は自己イメージどおりに「売れない汚ヤジ作家」と言ってあげるべきでしょう。 他にも女性の好みのこととか書けなくて残念です。腰が抜けるほど驚いたのは、娘を産んだフランシーのあごヒゲぼうぼうのバーサンぶり。 〝孤独は最悪のものではない。それに気がつくのに数十年かかるけど。〟OH,YESより。 [CS・衛星(字幕)] 8点(2009-03-11 16:03:44)《改行有》

190.  酔いどれ詩人になるまえに 《ネタバレ》 運よくブコウスキーのドキュメンタリーと続けて見ることができたために、作り手の意図もよくわかったし、ディロンが良く勉強して役作りしたこともわかった。 ブコウスキーオールドパンクとセットで見て初めて良さを感じる作品ですたぶん。 とにかく似ている!ディロンが似ています。肩をすくめたような姿勢といい、穏やかで人を食った物言いといい。 この映画だけを見ると、「ここに至るまでのブコウスキー」と「この先長い人生を生きたブコウスキー」が無いために、社会不適応者でアル中の30男の日常、というだけなのであんまり面白くはない。 が、「6歳から11歳まで父親にムチで殴られた少年」が、「天才詩人としてカルト的人気を集めて74歳で白血病で死ぬことになる」までの「中間」の風景をそのまま切り取ったものであるとして見てみて初めて価値を持つのだと思う。被虐待児の成長後の姿ともいえるし、また天才の不遇時代の姿でもある。その意味では映画としては未完成、ブコウスキーファンにしか消費されない…ともいえる。 「まだ何者にもなっていない時代のある男性」として見ることで、ブコウスキー本人が言っていたように「種火を消さないことこそが重要」という人生訓として見ることができなくもないが(本人は成功訓とか人生訓とか垂れるわけはないが)。実際、滅茶苦茶な生活をしていてもチナスキーが作品を出版社に送り続ける(ポストに入れる)場面は一貫して挿入されている。 さて現実のブコウスキーのしゃべり方は「ブルー・イン・ザ・フェイス」で見たルー・リードにそっくりであった。これは逆で、ルー・リードが真似たというのが正しいのだろうたぶん。出身地も生息地も全然違うのに、話の内容も似ているし、目をつぶっていたら間違えそうなほど似ていた。ルー・リードが故意に真似ていないとしたらとても不思議だけど、共通しているのは「諦観」のようなものだ。 ミッキー・ローク主演作のあまりの不出来ぶりに腹を立てていたブコウスキーに見せたかったディロンのそっくりさんぶり。おっさん喜びすぎてあの世で心臓発作でも起こしかねないな。[CS・衛星(字幕)] 7点(2009-03-09 14:44:15)(良:1票) 《改行有》

191.  リービング・ラスベガス 《ネタバレ》 原作者のオブライエン氏は非情にマジメな性格だったのだと思う。 彼の遺書ともいうべき「リービング・ラスベガス」のベンがそうであり、映画化決定後に「ちゃんと」自殺しているところからそう思う。 この「マジメさ」というのはとても「アメリカ的」なマジメさで、ヨーロッパにもアジアにも存在しない感じがします。「バカなマジメさ」「ウブなマジメさ」とでもいうのだろうか。 どうあっても酒がやめられないことがわかっているので、どうせなら積極的にこの肉体を酒に呉れてやろう、酒のせいで社会的に葬られたのなら、肉体的にも酒に滅ぼされてやろう…というようなマジメさです。約束どおり最後の瞬間までボトルをあおります。マジメです。 そして、この「アメリカ的なマジメさ」はベンのみならず、オブライエンの創造物であるセラもそうなっていて、彼女はとても「マジメに」売春をやっています。客の財布から札を抜いたりしませんし、まっとうな男性を間違えて誘ってしまったときは、直ちに謝ります。 この二人に足りないのは「ずるさ」とでもいいましょうか。とてもマジメに生きているけど、結果的に「社会のゴミ」的存在になるのです。ゴミ同様に、どこに行っても掃き出されるのです。 作者は、「ゴミの気持ち」「ゴミの主張」「ゴミの死に様」を書いてみたのではないでしょうか。そういう表現もありだと思います。でも、彼がずるいと思うのは1人で死ねないところですね。 可愛くて心優しい娼婦に最後を看取られて死にたかった…ベタな男の願望がまんま出てしまったところがNGです。傷ついた娼婦と心を通わせでもしなければ死ねない、というのがオブライエン氏の本音なのでしょうが、女はそういう都合に合わせて存在しているわけではありませんから、現実の世界では。 なので、私はこれはベンの妄想の世界と解釈しています。セラという名の売春婦と出会ったかもしれない、でも、彼女が情をかけてくれて、面倒を見てくれて、最後を看取ってくれたというのは願望で妄想です。自分が死んだあとも、愛していたと言って泣いてくれたらいいな、です。 リービング・ラスベガスは中野翠が絶賛していたために長いこと見る気がしませんでしたが、べつに見なくてもよかったような気がしますやっぱり。[CS・衛星(字幕)] 7点(2009-03-08 16:07:25)(良:1票) 《改行有》

192.  マーサの幸せレシピ 《ネタバレ》 他人に料理を食わせるけれど自分は食べているところを見られたくない、というのは、「食わせる方」が「食わせられる方」より〝優位〟だと感じているからですね。「食べる」という行為を「弱味を見せる」「無防備になる」というふうに考えているのです。 確かにそれはそうかもしれず、太古の昔は「食っている間に油断して食われる」という事情があったでしょうから、「食う」イコール「油断」という本能的な危機感は誰にもあるのかもしれません。 そしてマーサは、他人に食わせている時に自分の優位性を感じてほっとするので料理人になったのかもしれませんし、そうならば彼女は危機感の強すぎる人なのです。 なんかそんなことを考えてしまいましたがそんなにはずれていないでしょう。 強情な姪っ子(私にも1人います)とのぶつかりあいはシビアでしたが、もうひとつ突っ込みが浅くて残念なのは職場における女性リーダーの難しさ、職業的なプロ意識がほとんど描けていなかったことかなあ。 あーゆー状態の女性が職場を率いていくのは到底ムリですし、職業人としてのマーサを未熟に描きすぎている。 ラストがあまりにもハッピーすぎて安易です。しょせん作り物だからそれでいいのだとがっかりさせないでほしかった。人生はそんなに全部うまくはいかない。働く女性の物語だからリアリティを大事にしてほしいですね。電話とビデオでしか出演できなかったお姉さんの扱いひどいかも。[CS・衛星(字幕)] 6点(2009-03-07 19:10:44)《改行有》

193.  いつまでも二人で 《ネタバレ》 面白くはないですね。ゆる~いです。 人が死なないからユルいとかいうことではなくて、それぞれのキャラの悩み苦しみが生きていない。「ここで不妊に苦しんでください」「ここで嫉妬に燃えてください」という感じが強くしてしまうのです。 ロージー役に黒髪ショートの女を当てるという安易さがこの作品のユルさをよくあらわしています。 洋モノに黒髪ショートの女が出てきたら、そいつの一人勝ちでモテまくるということです。その場合、恋敵はごくフツーの西洋人女のことが多い。私はこのパターンが大嫌い。 お盛んな男女がいろいろな組み合わせで励んでいる映画ということしか思い浮かばないですね。 それにしても、あの管理職氏は当然の職務を果たしているだけなのにあんな目に遭うなんて理不尽極まりないと思います。公私の区別がつかずに仕事中に抜け出すのが当然の権利だと思っているヤツは嫌いです。マジメに仕事をしている人にたいして、融通の利かないヤツとひとくくりにしてみんなでバカにする作り手はもっと嫌いです。お互い浮気をしたくせに、妊娠が発覚したら何事もなかったように元に戻るというお粗末な筋書きで、全体的にバカしか出てこない映画ですね。[CS・衛星(字幕)] 4点(2009-03-05 15:38:20)《改行有》

194.  スタンリー・キューブリック ライフ・イン・ピクチャーズ 《ネタバレ》 管理人さま、キャスト等完璧に編集していただいて恐縮です。 トム・クルーズがナレーションを務めるうえ、2時間半にもおよぶという贅沢なドキュメンタリーです。初期の小作品から、遺作となった「アイズ ワイド シャット」まで、もれなく触れているうえ、大作には時間が割かれており、所詮はキューブリック礼賛フィルムとはいえ、誠実なつくりといえましょう。 出演者の言葉のうち、印象に残ったものをランダムに上げます。 「彼は自分以外の誰からも影響を受けない」アレックス・コックス。 「彼は人間に多くを期待しない」ニコール・キッドマン。 「現実的映画ではなく、映画的現実を求められた」ジャック・ニコルソン。 「彼の作品1本は、他の監督の10本分の価値がある」ウッディ・アレン。 「友達になったつもりでいたのに捨てられた」マルコム・マクダウェル。 笑えるのが、「ビル(アイズ ワイド シャットの役柄)は自分と全然違う」と言い切ったトム・クルーズで、「なぜならビルとは、感情を表さず閉鎖的で、日常性と安定を望み夫婦関係を無視し感謝の気持ちが無い」からだと語れば語るほど「それはまさしくあなたのまんまですね~」とほくそ笑みたい気分だ。そこんとこを当然ふまえていたと思うとなおキューブリックの意地悪さに感心する。 優しい両親がそろった裕福な生い立ちから、なぜキューブリックのように他人に期待せず、徹底的に神を排除するという突然変異的人格が発生したのか興味深いです。動物と病人にだけは優しかったというのも…彼にとって「非戦闘員」という意味なんでしょうね。 あたためていたが不発に終わった企画の件も、興味深い。「ナポレオン」と「ゲッペルスとホロコースト」だそうだ。ホロコーストのほうは、スピのシンドラーとかぶってしまったためボツになったというが、とんでもない話でスピのシンドラーなぞより何倍も価値があって〝残る〟作品が見られただろうに…見たかった、惜しい。「AI」だって、技術の進歩を待つために延期したことが悔やまれるなあ。「君のほうが向いている」と名指しされたと豪語するスピだが私は話半分だと思う。 なにしろ誰もがキューブリックを礼賛するが、俳優陣は口をそろえて「でも二度と一緒に仕事をしたくない」と言うのです。そうやって天才は傑作を編んだ、「だから天才」なのですね。合掌。[CS・衛星(字幕)] 7点(2009-03-04 16:32:23)《改行有》

195.  ハニーVS.ダーリン 2年目の駆け引き 《ネタバレ》 邦題のセンスは最低。ふつうに「ブレイクアップ~破局~」とでもすれば済むことじゃあないですか。 実に中途半端な出来の作品です。そんなに笑わせてくれるわけではないし、かといって一般人の恋愛としてのリアリティもそんなにないし、ストーリーが練れているわけでもない。同棲するまでの経過が省かれているので、破局後の喪失感もそんなに盛り上がらない。「アニー・ホール」の下手くそな真似なんだろうかと思う。 見どころがないのです、ドノフリオが出ていなければ。 コレを見てよかったな~と思ったのは変な兄貴のドノフリオの一挙一動がスリルであること。 次のアクションが読めないドノフリオ流の演技は見る価値あり。でも出番少ない。 今は心理捜査官としてFOXドラマで主役を張っています。昔付き合っていたおじさんに似ているので、親しみを感じるこのごろです(不倫ではありません)。 [CS・衛星(字幕)] 5点(2009-03-04 16:23:25)(良:1票) 《改行有》

196.  娼婦たち 《ネタバレ》 ほとんどがサクラだと思います。インタビューといってるが、これ脚本のセリフしゃべっているとしか思えませんね。だいたい人身売買されたロシア人女性が自由に映画に出られるわけないでしょうが。それでなくても、ほんもののインタビューなどとはとても思えぬ脚本演出つきの語りです。 年配の女性の一部は本物かもしれません。よくわかりませんが。 むやみに凝った演出と編集が無茶苦茶でうざったいです。その演出の意味わかりませんし。 ダリル・ハンナとデニース・リチャーズはほとんど騙されて出たようなことでしょうねえ…。ご愁傷さまです。 売春の真実なんて全然どこにもないです。だってほとんど役者さんだし。 たんなる目立ちたがりの売名商品だと思います。本当に売春している人や、させられている人は迷惑だろうなあ。 [CS・衛星(字幕)] 0点(2009-03-02 15:04:37)《改行有》

197.  ミス・ポター 《ネタバレ》 ブリジット・ジョーンズでイギリス英語を習得したゼルヴィガーが、それを生かしてまたしてもイギリス女性を演じ、製作にも参加して、「女性の自立」を高らかに追及した作品です。「ゲットした技術は持ち腐れにすることなし」という、彼女のしぶとさが感じられる。 私は実はとてもアンビバレントな気持ちになってしまう。 絵の中で動くキャラクターという傑作アイディアで、とてもとても可愛らしい作品に仕上がっているのだが。「きれい事」で終わったような気がしてならない。 これは「尺が足りない」という絶対的な事情により、ポターの「影」を表現する時間がなかった、ということでしょうか。 なので、金持ちの娘が親のツケで画材を買って、家事は使用人がするので暇があるからチンタラと絵を描く余裕があるのでそうしていたら運よく成功し、そうすると経済力ができたから親の言うことを聞く必要がなくなって自立した、という話になってしまっているのです。この身の上話にどのようにひっかかりが作れるというのでしょうか。 婚約者の死ですって?そんなん一時的なものです所詮男なんか消耗品ですし。いったいいつミスポターが危機に陥りましたかね。 絵に描いたような紳士然とした男性から求婚されて舞い上がるなんて面白くもなんともない。 私だったら、ノーマンにユアン・マクレガーなんて使わず、チビで顔色の悪い貧相な俳優を使います。ポターは、彼女にしかわからない魅力を貧相男に発見したのですたぶん。そうでもしなければ面白くなりませんし、実際そうだったのではないでしょうか。ノーマンはいい年こいて仕事もせず、母親の話相手をしていたようなオタク男性なんですから。 「幸い私は誰の許可も必要としない身分ですから」と勝利宣言をするまでのポターには、光に対する影がないといけないのです。深刻なイボ痔に悩んでいたとか、実はレズビアンだったとか、左右の足の長さが違うとか。光には影。宇多田ヒカルにも親の不倫。 ああ私も金持ちの家に生まれて使用人に家事をやらせて親のツケで買い物してアートでもやっていたらば、ポターになれたかもしれないのかなあ。 そういう感想を抱かせないようにするのが必須の作品であったと思うので、やはり失敗だと思います。これでは、ポターは「運よく全てを手に入れた女性」にしかなっていません。すべての他の女性に対してひろく訴えるものに欠けるのです。[CS・衛星(字幕)] 5点(2009-03-01 14:06:17)《改行有》

198.  ボルベール/帰郷 《ネタバレ》 娘の股間にエロい視線を送る義父…というところで、なんというか、あんまりまじめに見る気が失せてしまいました。 といっても、これが作品の最初のほうですから、そのあとはあんまり「見た」とはいえないかもしれません。画面から顔をそむけたり、早送りしたりしていましたから。 ペネロペ・クルスという苦手女優(個人的に)が出ずっぱりというだけでツラい映画ですが、アルモドバルですからいちおう見ておかねば。という不純な動機がいけないのだろうか。 もし、主演女優が別の人だったとしたら、もう少しまともに見たとは思います。 が、「娘の股間にエロい視線を送る義父」…もうこういうのはいいと思うんですけど。 親子2代にわたって父親に虐待されるという、陳腐な、ああ陳腐なネタというのはいったいどっから出てくるわけですか。女性は性的に傷つけられやすいとか、無防備だとか、そういうことが原因で人生が大きく変わってしまうということを強調したいんでしょうか。 だからもうそういうのはいいです。もういいと私は思います。 そういうマターを出してきて、「それでもたくましく生きる女性ってすごい」と思わせようなどとは三文芝居。男性はどうだか知らないが、もはやそんなものにだまされません。 もっとフツーの、フツーに近いネタで勝負してほしいと思いますアルモさんは。 だいたい「女性の生命力」なんてものは、半分以上は男の幻想(というか願望または畏怖)にすぎないかもしれないと思いませんか。女性はみんな生活力に長けてたくましくなければいけないのでしょうか。 「実父に犯されても」「夫の死体を隠しても」それでも産んで生きるわとにかく~というのが彼の思う「女性」のようです。でもそんな女ばっかだと思わないでもらいたいですね。[CS・衛星(字幕)] 3点(2009-02-28 19:36:29)《改行有》

199.  透明人間(1992) 《ネタバレ》 えっこんなのがあったんですか、どうして見逃していたんだろう…と首を傾げつつCSを見る。 カーペンター映画なら、たとえ実際に見ていなくても、知識くらいあるはずなのに? 彼の透明人間ものなら、さぞ面白かろう…どうして知らなかったんだろう。 あ、そうか。そういうことね。このころは、きっと困っていたのでしょう。 「監督」だけ、ですから。雇われ監督を引き受けるくらいだから、相当困っていたんでしょう。 確かにナミの監督が撮ったB級SFよりはマシかなあと思う。…思いたい。彼らしいユーモアも挿入されている…ような気もする。気がしないでもない。 でもまあしょうがないっかあ。「雇われ」は辛いものですね。見ても見なくてもいい作品です(でもどんな子供が生まれたのかだけは気になる)。[CS・衛星(字幕)] 5点(2009-02-28 16:11:19)《改行有》

200.  ティム・バートンのコープスブライド 《ネタバレ》 バートンの実写映画にうんざりしていたので意外な気がした。 この人は実写はやめたほうがいいのではないでしょうか。 映像は文句なしで完璧だと思います。死者を扱ううえでの様々なアイディアも、なかなか面白いです。 しかしいつものように、私にとっては主題が面白くはないです。 これは結婚を扱った話で、結婚に始まって結婚に終わる結婚のことを言っている話だと思う。 それはいいのだが、つまるところは「結婚はふさわしい相手でないと成立しない」というのが結論なので、そうするとこれは「人魚姫」の変形バージョンでしかなく、ようするに「結婚」は「身分」だと言っているということだ。 身分が違うと結婚できないのです。 人魚姫の別バージョンなんですから、相手は死体でなくて地底人でもマウンテンゴリラのメスでも(清原なつののマンガにそんなのがあるけど)いいので、そこで示されているのは「身分違いだからムリ」ということで、どういう形をとってもつまりは人間社会の身分のことを遠まわしに言っているのです。 だからこそそれを見たり読んだりした人は身に詰まされる。 そしてこの話は定石どおりに終わる。エミリーが魔法の力で蘇ってヴィクターと結婚したりはしない。 最初から、生きているものどうしはヴィクターとヴィクトリアなどという同じような名前になっていて、「同種」「身分」を露骨にあらわしている。 この作品は、何にも増して「お子様の視聴に支障がないこと」をファーストプライオリティーにつくられているし、実際そうなっているのだが、作り手には「徹底的に結婚の価値を貶め嗤うこと」という隠れた目的があったように思えてならない。ここでは、結婚という装置は限りなく意味がなく哀れなものとして扱われていて、それは旧世代の夫婦たちだけでなく、ヴィクターにしろヴィクトリアにしろエミリーにしろ、大した理由もなく結婚に向かっていくのである。 そういう意図は確かに感じられるけれど、そもそもが「お子様」に合わせて作られているところが私は気に入らないし、そのくせスケベ心を出して小細工を仕込むというのは…潔くないと思います。これからは、堂々と「大人むけ」と表明したうえで、ちゃんとしたものを(実写をやめて)つくってもらいたいです。とにかく実写よりはマシでした。[CS・衛星(字幕)] 5点(2009-02-28 15:52:52)(良:2票) 《改行有》

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