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プロフィール
コメント数 3877
性別 男性
年齢 53歳

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41.  霊的ボリシェヴィキ 《ネタバレ》 まず、「霊的ボリシェヴィキ」なる意味のよくわからない(というより、おそらくマトモな意味なんて無い)言葉が先にあって、それをタイトルに映画作ったとしたらどんな映画になるんだろう、ってな感じの映画。で、結局、こうなっちゃいました。 数名の者が、工場跡みたいなガランとした部屋に集まり、百物語風の降霊会っぽいことをやっている。その降霊会が、左翼系セクトの集会になぞらえられているように描かれていて。 革命思想ってものがそもそも宗教じみている、というか、心霊主義者ってのがそもそもイデオロギーじみている、というか。 集まったメンバーが自分の過去ばかりを語っている時点で、革命的でも未来的でも無いような気がするけれど、なんかよくわからんながらも、そこには奇妙な相似形があるような気もまたしてきたり。 要らんことを言うと暴力を振るわれ、しかし結局は逆らえない。聞こえたはずの、どこからともなく響いてきた笑い声は、テープに録音されておらず、トランプカードの奇妙な一致も、トリックがあるんだか無いんだか。というモヤモヤ感の中、怪しさは徐々につのっていく。トリックであることがすでに広く知れ渡っている「妖精写真」、なのに呪縛から逃れられない。 何らか怪異が迫りくる雰囲気の中、その怪異の正体は、実は自分の過去、そのものであり、まるで自分の内部に吞み込まれていくような、ラスト。 うーむ。わたしゃ学生運動とかの左翼活動が昔っから大キライで、蛇蝎のごとく憎んでいるのですが、結局はこの「嫌う」という事自体が、何らかの形で、それに縛られている、ということ、すなわち一種のオブセッションとも言えるんでしょう。「ノンポリ世代」が持つ後ろめたさと、「ノンポリで何が悪い」という開き直り。そこに生じるかすかな、しかし根強い苛立ちは、上の世代との単純な比較から生じるものではなく、自分の内部から来るものであることを、認めざるを得ない。。。 とか何とかツマラン理屈をこねくり回して見る映画ではなく、あくまでホラーです。怖さ、というか、その怖さが明確な像を結ぶ前の「ヤな感じ」を楽しめば、それで良し。70分少々の短い映画、シチュエーションが限られていて(登場人物の語りが少なからぬウェイトを占める)、その分、舞台となっている部屋、その空間が、しっかり描かれている。これが実にいい感じに「ヤな感じ」。古びた工場、廃工場のようでもあり、しかしそこに備えられている金属製の設備・什器は、冷たい光を反射している。 こういう雰囲気がしっかり出ていれば、タイトルなり設定なりがよくワカランものであっても、楽しめるもんです。[インターネット(邦画)] 7点(2024-01-13 17:11:41)(良:1票) 《改行有》

42.  アナーキー(2014) シェイクスピアの戯曲を、現代を舞台に蘇らせる。ってのは良いとしても、よりによって「シンベリン」を選ぶというのが、実に冒険的、いや、実に無謀。実にアナーキー。原作はシェイクスピア晩年の「ロマンス劇」期の一作。荒唐無稽。特にこの「シンベリン」は近年まで失敗作とみなされていたらしい。 こういう作品を、そのまんま、ギャング映画に仕立てちゃってます。ちくま文庫のシェイクスピア全集で読めますけどね(ヒロインの名前が版によって2つの説があり、ちくま版はイモジェンではなくイノジェンを採用)。いやホント、そのまんま。って言うか、この内容でオリジナル脚本だったら、ビックリしまっせ。 という訳で、あくまでコレ、シェイクスピアをやってるんですよ、というのがわかるように、いかにも演劇調のセリフ回し。元のストーリーが不自然な上に、セリフ回しも不自然で、もはやヤケを起こしているような映画ですが、ある意味、バランスが取れてると言えば、取れてます。 セリフが多くなってしまっているとは言え、映像はしっかり陰影に富んでいて、雰囲気、悪くありません。ヒロインが森を歩く場面なんかも鮮やかで、いいですね。 劇冒頭の紳士の会話は、映画ではテロップ表示に置き換えられ、断片的な映像が示された後、舞台は一週間前へ。夜の雰囲気。ここで流れる音楽が、おや、これは、ジョン・ケージ作曲の「ある風景の中で」、じゃなかった、これは「夢」の方ですね。どうもこの2曲、ごっちゃになる。ここでジョン・ケージの曲が使われているということは、もしかして、我々が気づいていないだけで他にもケージ作品が劇伴に使われてたりして。例えば、劇伴が流れていないと思しき場面でも、実はケージの「4分33秒」が流れている、ってことなんだろうか、んなアホな。 それはともかく、この作品。どうしてこんな作品を作ろうと思ったのかが最後までナゾなんですが、それでも何でもちゃんと見応えがあるもんだから、狐につままれた気分になる。悪い気分ではありません。[インターネット(字幕)] 7点(2024-01-08 07:26:41)《改行有》

43.  ホーンティング もともと『スピード』の時から、ヤン・デ・ボンという人は監督業には向いてないんだろう、と思ってたんですが、実際、ああいうネタ自体の企画の良さというアシストが無いとたちまち馬脚を表し(いや、『スピード』も充分ポンコツだけど)、監督業からはフェイドアウトしてしまいました。『スピード』以上に、スピード感のあるキャリア。 で、監督としてのキャリアの最底辺に位置するのがもしかしたらこの『ホーンティング』ということになるのかな? 『スピード2』とどっちが下か? とか、まあ、そんな事はどうでもよくて、個人的には(極めて個人的には)『ホーンティング』は割とイイと思っちゃうんですけどねえ。そんなこと思っちゃって、すみません。 正直、物語と言えそうなものは殆どなくって、古い屋敷における怪異が、いかにも地味~なテイストで描かれます。ホラー映画ではよく、思わぬタイミングで突然誰かと出くわして一瞬ビックリ、なんていうカマシのシーンがありますが、そういうのもこの作品では、皆無とは言わぬまでも相当に控えめ。登場人物の数もごく少なく、殺され要員みたいな若者いないため、スプラッタ方面に走る余地もなく。何というか、ゴシック調のダークファンタジー。 で、ストーリーテリングという重荷が外れたせいなのかどうなのか、これだったらヤン・デ・ボンにだって撮れちゃう!ってな感じで、思いつくまま気の向くまま、何となく怪異らしきものがダラダラと、じゃなかった、点描的に描かれていきます。ガランとした広大な屋敷の雰囲気、飾られた肖像画のあやしさ、等とも相俟って、なんかいい感じ、ついつい引き込まれ、これだったら何時間でも見てられるなあ、と。いやホントにこのペースで3時間も4時間もやられるとツラいとは思いますが、それでもこの雰囲気は、なかなか。ピーター・ハイアムズのように撮影監督を自分で兼ねよう、という訳ではなく、別の人に撮影を任せてはおりますが、ヤン・デ・ボンの撮影監督としての出自が、この雰囲気作りに活かされているのでは(・・・と、信じたい)。 一応、まったくストーリーが無い訳ではなく、映画としてそれなりにオチをつけるけど、正直、そこはどうでもよくって(ああ、言ってしまった・・・)。怪異を並べるための、方便。それを描くCGのクオリティも、当時としては上々の部類と言ってよいのでは。技術の高さというより、見せ方のうまさ。 話はかわりますが、ヤン・デ・ボンという名前を聞くと未だになぜかゴジラを連想し、「アメリカ版ゴジラ」という言葉を聞くとなぜかヤン・デ・ボンの名前を連想してしまいます。実在しない映画、実現しなかった企画。いや正直言うと、「ヤン・デ・ボンがゴジラ映画なんて勘弁してくれ」と思った記憶もあるのだけど、それでも今となっては(アメリカでも普通にゴジラ映画が作られるようになってからは特に)、エメゴジも嫌いじゃないけどデボゴジってのも見てみたかったなあ、と思うのでした。ストーリーなんて、要らないから。 余談だけど、この『ホーンティング』の撮影監督であるカール・ウォルター・リンデンローブって人、実はエメリッヒ組だったのね???[インターネット(字幕)] 7点(2024-01-08 07:25:15)《改行有》

44.  西部無法伝 《ネタバレ》 これは意外な拾い物、実に楽しい映画。 「奴隷制」、というか、さらにひろげれば「人種差別」というものを、気持ちよく笑い飛ばしてて、イヤミを感じさせません。もちろん今の目で見れば、踏み込みが足りないとかいう批判もありうるかも知れないけれど、後からだったら何でも言える訳で。白人・黒人のコンビによるバディ・ムービーとして、しっかり楽しめる娯楽作品になっています。 80年代になってエディ・マーフィーが登場し、白人と対等、あるいはさらに主導権を握るくらいになってくるけれど、エディ・マーフィーはあくまでエディ・マーフィー本人でしかなく、一種の特殊解でしかなかったような印象も。一方、この『西部無法伝』のコンビの片割れを演じる黒人俳優も、黒人を代表する存在とまでは言えないけれど、軽口を叩きつついわば白人と黒人との間のつなぎ役となり、しかもやっぱり両者の間には埋めきれない溝があることもラストで示して見せる。いや、埋められない溝を埋めるためには、まず溝の存在を認識しなきゃいけない、ということか。この役をサラリとイヤミなく演じたこの俳優、誰なんだろう、冒頭のクレジットには「Lou Gossett」と出ていたけど、ルイス・ゴセット・ジュニアと関係があるのかないのか・・・『愛と青春の旅だち』の時のイメージが強く、とても本人とは思えないけれど、と思いながら見てたんですが、どうも本人らしい。ちょっとビックリ。 で、主人公2人組にさらに絡んでくる女性(スーザン・クラーク)。これがまた、見るからにズルそうな顔をしていて、ホラやっぱり、という展開。人種差別反対だけでなくウーマンリブ的な要素も入れてやろう、と欲張った訳ではないのでしょうが(でもその影響は多少はあるのかもしれない)、作品にさらにコミカルな要素が加わります。 物語はスピーディに展開し、あくまで軽いノリですが、見せ方が上手いこともあって語り口が一本調子にならず、楽しい作品に仕上がっています。[CS・衛星(字幕)] 8点(2024-01-02 07:46:04)《改行有》

45.  キックボクサー いや、ヒドい作品だ、ってのは、わかってるんですよ。というか、こないだ見た際には、あれ、ここまでヒドかったっけ、とちょっと驚きました。 そういや、TVジョッキーのガンバルマンのコーナーで、この映画もシーンに倣ってたけし軍団の面々がロープで股割きやらされてたよなあ。とか、どうでもいい記憶が、蘇りつつ。 いかにも80年代低予算映画のノリ。音楽もチープで、わざとやってるんじゃないか、と思えてくるぐらい。いや、当時はこれがフツーだったのであって、今見ると改めて、いやあ、ヒドい。 達人に弟子入りしたらあっという間に強くなる、というストーリー展開がこれまた安直、なのでは無くって、そういう安直な『ベスト・キッド』をパクろうというのが、実に安直。まさに安直の二乗。 若き日のジャン=クロード・ヴァン・ダムが初々しい、というより完全にイモ演技。驚いた際の演技なんて、完全にコメディ映画のソレ。この人もしかして、バックトゥザフューチャーのマイケルJフォックスを見て演技の勉強をしたんじゃなかろうか、と思えてくるぐらい。まあ、それでもいいんですけど。 しかししかし。 チープな作品ながらも、ちゃんと(本当にタイなのかどうかは知らんが)タイっぽい場所でロケ撮影してる。これは、素晴らしい。もっとも、最初の方、公園でキックボクシングの練習をする場面なんぞ、いやさすがにもうちょっとちゃんとした撮影場所なかったものかと思えてきます。まあ、主人公兄弟がまだ気を抜いている、ということを表現したかったのかも知れませんけれども、しかし何だか、「ではこの辺りでお弁当にしましょうか」というノリで「ではこの辺りで撮っときますか」と手っ取り早く撮影したかのような。でも多くのシーンは、ロケの効果がしっかり出てます。特にあの、寺院跡みたいな場所。なーんか、エキゾチシズムを感じさせるだけではなく、ああ、この国では遠い過去から戦士たちが戦ってきた歴史があって、その無数の戦いの上に今、この主人公が居るんだな、と。 でもって、クライマックスの試合における、ヴァン・ダムの肉体美。実に実にお見事。スローが多用されている分、スピード感は損なわれがちだけど、それを補って余りあります。スロー映像に耐える、この筋肉。スロー映像の中で、松明の炎も幻想的に揺らめいて。 まさかまさか、こんなチープな映画に、神が舞い降りた瞬間かと。 ところでヴァン・ダム、ダンスが上手いですね。いえ、お世辞ではありません。イヤミです。[インターネット(字幕)] 8点(2023-12-24 19:01:56)《改行有》

46.  アイス・ロード 映画でCGが使われること自体に文句を言う気もないし、そんな事言ってたらもはや映画が成立しなくなっちゃうんだけど、それにしてもこの映画の最初の方の爆発事故の場面、あのダンプトラックが転落するところ。何とかならなかったんですかねえ。もうこの時点でゲンナリしてしまう。 そりゃ、何が起きたかわからんような画面を見せられるくらいなら、はい、トラックが落ちましたよ、と見せてくれる方が良心的ではありますが、しかし。どうも画面が弱い。CGじゃなくホンモノのトラック(ミニチュアでもいいかもしれない)を落として撮影するとなれば、どうやって「見せる」か、もっと本気で考えるんじゃなかろうか? この作品、この場面に限らず、どうも「オハナシ」の方に意識が行き過ぎている気がします。割れそうな氷の上をトレーラーで突っ走る。残された時間はわずか。という設定があって、そこに色々と事件を盛り込む。逆に言うと、色々と事件を盛り込んだから、もうこれだけで充分に面白い映画ができるはずだ、と思ってませんか? テンポよく見せよう、ということなんでしょうが、引っかかりが無さすぎるのもどうかと。トラブルがあれば、そこからの復旧もある訳で。横転したトレーラーを、あんな少人数で、あんな手際よく起こせるもんなんでしょうか。どうせスタッフ総がかりでやったんでしょ、とツッコミたくなってしまう。手間取る作業を描くのだって一つの見せ場、それに手間取れば手間取るほど、残された時間は少なくなっていく。 全体的に押し並べて、描写を端折り過ぎてて、色々盛り込んだ割には単調。もったいない、と思うんですけどねえ。 二手に分かれた一行を、並行して描く、というのも、上手くハマればスリリングですが、この作品ではいかにも図式的で、盛り上がりに寄与しません。 とか何とか、文句ばかり言ってるのですが、それでも何でも、トレーラー、カッコいいなあ、と。トレーラーでカーチェイス。いやスピード感は無いですけど、でもカッコいい。満足(それなりに)。[インターネット(字幕)] 6点(2023-12-24 17:17:35)《改行有》

47.  アクアマン この映画を楽しもうと思ったらやっぱり、「んなアホな」とか思っちゃったら、負けですよねえ。ましてや「見てるこちら側の方が恥ずかしくなる」なんて思うのはもう、論外です。 という訳で、すみません、どうやら私は負けました。。。 こういう荒唐無稽の極みみたいな映画を、作り手がアホらしいと思わずに(思ってるのかもしれないけれど)ノリノリで作ってるんだから、見る側も置いて行かれないようにノリノリでついていくべき、なんでしょうが、内容がここまでトリップしてしまっていると、もしかしてシラフで見るべきではなかったのかな、とか。 そんな感じの、まあ、楽しい映画です。 陸上でイチャイチャしている普通のシーンの方に、なんとなくホッとしてしまうのですが、それでも何でも、地球の表面の7割は海ですから、やっぱり戦いの舞台は海底へ。 ヴェルヌが「海底二万里」で描いた海底世界のイメージに一番近いのは、実はコレなんじゃないか、という気もします。[インターネット(字幕)] 6点(2023-12-17 17:00:48)《改行有》

48.  ルチオ・フルチの新デモンズ いったいコレのどこがデモンズなんだ、などと今さら怒る人もいないでしょう、という、「邦題デモンズ」な一本。むしろ、ルチオ・フルチなら一つくらいデモンズ映画撮ってるでしょ、と、何となく納得してしまう。どこがどう「新」なのかは謎ですが。 ちなみに、そこそこ重要な役で登場するヒゲ面の刑事が、ルチオ・フルチに似てるなあ、と思ったら、やはり本人らしい。 何やらアヤシげな儀式でハリツケにされている女性、その眉間には謎のマークが描かれているのですが、それがクエスチョンマークに見えるもんで、つい「同感!」と思ってしまう。奇遇にも私の脳裏にも「?」が浮かび、皆さんの頭にも「?」が浮かんだはず。 で、現代の発掘調査へと時代は飛んで。そこから、次々に謎の死を遂げる登場人物たち。さっきから「謎の」という言葉ばかりを繰り返している私、これではサッパリ要領を得ないのですが、実際、見てても要領を得ないんだから仕方がない。だけど、風光明媚な風景に、因縁めいたオハナシ。なかなか悪くない雰囲気です。 次々に死を遂げる、とは言っても、のべつ幕なしに殺戮が繰り返される訳では無く、割と出し惜しみ、じゃなかった、抑制も効いてます。でもさすがはフルチ、やるときは派手に、残酷に、キワモノぶりを発揮してくれます。基調はオカルトテイストで、ときどき、スプラッター。 だけどやっぱりフルチ作品って、どんなに下品なコトやってても、どこか、品があるんですよね。言ってる事、矛盾してますけど。この作品など、だいぶ意味不明なオカルト路線になってる分、「なんちゃってアート系」な感じすら、してきませんか? え、股割きのどこがアートなんだって? またまた脳裏にクエスチョンマークが。[インターネット(字幕)] 7点(2023-12-10 06:11:18)《改行有》

49.  マーベリックの黄金 ユル・ブリンナー、50歳過ぎてこの爽やかな、少年のような笑顔。真似したいのは山々だが、できん。 この笑顔があればこそ、たまに彼がまじめな表情見せると、映画の空気もちょっぴり引き締まります。あくまでちょっぴり、基本は軽いノリ。 彼の役名「Catlow」がタイトルとなっているけれど、「ドラえもん」の主人公があくまでのび太であるように、この作品もどちらかと言うと、トラウトマン大佐でお馴染み(というか、他にはこれといって馴染みが無い)リチャード・クレンナ演じる保安官が、物語の進行役。彼がいきなり襲撃を受ける映画冒頭から、細かいショットを積み重ねたアクションシーンが、作品の活きの良さを感じさせます。 あまりカットを細切れにするのも、それが機械的に感じられたりすると、味気なかったりするもんですが、そしてこの作品でも「ちょっとやり過ぎか」と思わなくもなかったりするのですが、ギャグとしてやっている部分もあるので、楽しくこそあれ、イヤ味な感じはしません。カットを割り過ぎると、例えばR・クレンナが机の上のボトルに手をかけているのにアングルが変わると手が離れていたりするんですが、それもご愛敬。 黄金の争奪戦のオハナシ、ではあるのですが、あまりガツガツしていなくって、「黄金の奪い合い」という印象が薄く、登場人物たちの織りなす、どこに行きつくのかわからないやり取りに、主眼が置かれています。Y・ブリンナーとR・クレンナの凸凹コンビに、ミスタースポックでお馴染み(こちらも他にはこれと言って・・・)レナード・ニモイがちょっかいを出し、さらには先住民の襲撃もあって、物語を散らかし放題。 というコミカルな作品ながら、硝煙渦巻く銃撃戦は、なかなかの迫力。 ヘンな作品ですけど、でもやっぱり、楽しいのが一番、ですね。[CS・衛星(字幕)] 7点(2023-12-03 16:00:24)《改行有》

50.  潮風とベーコンサンドとヘミングウェイ 《ネタバレ》 「潮風や ベーコンサンドと ヘミングウェイ」 この作品の邦題、俳句のつもりだったら、切れ字が必要ですね。添削しておきました。ところで「潮風」は季語なのでしょうか? それはともかく。 なーんか、良かったですよ、この映画。 「喜び」を誰かと分かち合い、共有して、初めて「悦び」となる、ってな感じでしょうか。 リチャード・ハリスが何とも面倒くさいジジイなんですけど、どこか憎めない。でもやっぱりそばには居て欲しくないタイプ。 その彼が、ロバート・デュヴァル演じる寡黙なジイサンと出会って意気投合。いや、意気はそんなに合ってなくって、傍から見てるとそれが、コミカルでもあり、危うくもあり。 二人は一度は大喧嘩してしまう。草野球で活躍する少年の姿に、本来なら大喜びするであろうロバート・デュヴァルの姿はそこには無く、喜びを分かち合えなかったリチャード・ハリスの姿が金網ごしに寂しく撮される。 二人のジイサンが、二人乗りの自転車に乗ってる姿が印象的で。漕ぐのは、共同作業、だけど、どちらかが前。もう一方は後ろに乗らなきゃならない。それにしても、何でこんな自転車持ってたんだろう? 偏屈ジジイ役のリチャード・ハリスは何かと奇行に及ぶのですが、やたら脱ぎたがる、ってのもその一つ。惜しげもなくフルヌードを披露しています。そりゃ惜しくも無いだろうけど。ただ、彼の表情に刻まれた皺だとか、がっしりしつつも衰えを隠せない肉体とか、そういったものは、本人のキャラがどんなにハチャメチャであろうが、見ている我々に対し確実に重みを持って迫ってきます。 これが、老いるということなんだ、という、これ以上ない表現。 リチャード・ハリスの晩年というとダンブルドア校長役が有名ですが、本作の偏屈ジジイ役こそ真骨頂、と思えてきます。[インターネット(字幕)] 9点(2023-12-03 13:42:18)(良:1票) 《改行有》

51.  座頭市海を渡る 《ネタバレ》 座頭市、ついに海を渡る。って言っても、お四国に行くだけですけどね。国内旅行です。 おっ、邦衛さんが出てるぞ! とか、あばれはっちゃくの親父さんが出てるぞ! とか、色々と驚きがあるのですが、しかし何と言っても、脚本が新藤兼人。だから、と言ってよいのかどうか、とにかく何だか、変です。これこそが新藤兼人ワールド、なのでしょうか。 これまで大勢を斬ってきたけど、斬りたくて斬ったんじゃありません、どうかもうこのような事が繰り返されないように、と願掛けする座頭市。だけどそれをお願いする先が「金毘羅さん」。何となく、この神様の守備範囲を超えているような気も。 さらにこの後、八十八ヶ所を回る、とか言ってる座頭市ですが、本当に回っているような気配は感じられず、結局、金毘羅さん以外には四国を舞台にした理由も特に見当たらないのですが、それはともかく。 やはり自分の殺生を金毘羅さんに相談したのが筋違いだったのかどうか、座頭市が旅すれば、やはりそこには死人が出てしまう。残されたのは彼の馬と、座頭市。登場人物はなかなか増えず、物語が動き出す気配もまだない。一向にエンジンがかからない本作。いつもとはだいぶ雰囲気が違うなあ。 馬について旅する座頭市がたどり着いたのが、彼を襲った男の家。そこには妹がいて、紆余曲折の後、何となく二人はイイ感じに。うれし恥ずかし水浴シーンとか(別にエロい描写は何もないけど)、座頭市がめっきり「青春」してしまってるではないですか。こんなヒトだったのか、座頭市。 ついでに、シリーズ恒例の(今の観点では問題の多い)盲目ネタも、本作では、まるで初めて思いついたかのごとく、しつこく繰り返されて。新藤兼人は、これがシリーズものだということをわかってるんだろうか。わかってるからこその独自色、なのかも知れませんけれども。 悪役の親分格が、山形勲。ガサツで粗暴だということはわかるけど、そんなに極悪なんだかどうなんだかが、よくわからない。単なるガキ大将、ってのが正直な印象。 クライマックスでは当然のごとく、山形一味と座頭市が対決するのですが(オープンセットなのかロケなのか? 雰囲気よく出てます)、ここでまた妙なヒネリが加えられていて、「村人はみんな隠れてしまい、座頭市がひとりで戦うことになる」という展開。真昼の決闘の見過ぎ、ではないでしょうか。どうせ座頭市だから、ひとりで充分、敵が何人いようと勝つに決まってる。と我々は思うけれど、新藤兼人は思わなかったのか。 ま、脚本がそうなっている以上、座頭市も今回は若干、危機に陥ったようにも見えるのですが、ヒロイン、そこで大暴走。座頭市を見捨てるのかと村人を焚き付けまわった挙句、何を勘違いしたか、はっちゃく親父こと東野英心(クレジットは東野孝彦)が飛び出してしまい、案の定、一撃で殺されてしまう(オイオイ!)。 見てはいけないモノを見ちゃったような、後味の悪さ。座頭市は「よくやった」的なコト言ってるけど、いやいやいや。そういう問題では。 という、実に実にツイストの効きまくった、ちょっと困っちゃう作品でした。[CS・衛星(邦画)] 5点(2023-12-03 13:36:47)《改行有》

52.  ザ・マミー/呪われた砂漠の王女 貴重な古代遺物である石棺を、きちんと梱包もせず裸のままヘリに吊るして搬送するシーンがあって、「おいおい」とは思うのですが、まず、別のヘリに乗るトム・クルーズの背景にこの吊るされた石棺をカメラに収めることができるし(梱包してたんではシーンとしてサマにならない)、軍のガサツさもここに表現されるし、何より、この石棺の中身が、大事に搬送して差し上げるようなヤワな存在ではないことの予告になっている。という意味で、やはりこのシーンはこうあるべきなんだなあ、と。 それはともかく、この作品、「トム・クルーズ主演のアクション映画」として見れば、かなりイイ線いってると思うんですけど。しかし、そこが問題、なんでしょうかね。ミイラ指数は確かに高いとは言えないかも。 例によって登場する「トム・クルーズ走り」はここでもカッコいいし、格闘シーンもお手の物、ガラスの破片がトム様の顔面に落ちてきてヒヤリとさせられたり(現金なもので、これがスタントマンの顔面だったら、特に何も感じなかったりするのですが)。飛行機がキリモミ式に墜落する一連の機内シーンなんて、出色のアクションと言ってよいでしょう。 しかし、トム・クルーズがやたらと目立ちまくるが故に、脅威として存在するはずのミイラの女王様が、「トム・クルーズというチャランポラン男にダマされている可哀そうな女性」にしか見えないのが、結果的に作品の印象を弱めてしまっているような。 どんな状況でも、トム・クルーズはトム・クルーズなんだなあ、ということが確認できる一本です。うーむ。80年代の彼はもう少し役の幅を広げようとしていたんだけど。どんどん収束方向に向かってますね。[インターネット(字幕)] 7点(2023-11-26 19:13:38)《改行有》

53.  ジーパーズ・クリーパーズ 《ネタバレ》 まあ確かに売り込み方としては、「コッポラ総指揮」としか言いようが無かったんでしょう、と、心中お察しする次第ではあるのですが、いや何、そこまで気を遣わなくても(というかむしろ、無駄にハードル上げてしまっているのでは)。 薄汚い謎のトラックにつけ狙われる、「激突!」チックな前半。舞台は何もない一本道で、周囲はどこまで行っても変わりばえのしない光景が続き、単にロケ撮影の手抜きではないのかとの疑いが心に兆しつつも、この孤立感は映画を引っ張るに充分。 やがて物語は「激突!」路線から離れ、道端の教会に停められた例のトラックと、そこで行われている謎の作業、その教会を探ってみると・・・という、シリアルキラー的な路線に移り、さらにはその正体たるモンスターとの戦いへ。もはや、前半のトラックでの襲撃に何の意味があったのやらさっぱりわからないのですが、一応、「相手を怖がらせることに意味があった」という苦し紛れの説明がなされていて、もう、どうでもよくなってくる。 とにかくこの三段構えが、いいではないですか。 通りすがりに見える、停められたトラックと、その脇で何かをする謎の人物の姿に、「おや?」と思わせられる一つ目の転調。謎の人物と対決し、クルマで轢き殺そうと必死になっていると、その人物の背中にピョコリと羽が生えて、また「おや?」と思わせられる二つ目の転調。その前から、コイツはきっと人間じゃないよな、とは思っているのですが、さすがにハネが生えてくりゃ、これはもう決定的。見ちゃいかんものを見てしまった、という感覚。 登場人物は皆、多かれ少なかれ妙な連中ばかりで、あのネコ屋敷の婆さんなんかも相当なもんですが、それより何より、主人公の姉弟のポンコツぶりが、実に充実しております。そんなこと絶対やめとけよ、ということを平気でする、というより、それをすることに異常に固執する。そう、映画の登場人物ってのは、我々が「普通に」期待するようには動いてくれないもんです。 だからこそ、物語が、動くのです。 ちょっと、やり過ぎ、かもしれないけれど。[インターネット(字幕)] 7点(2023-11-26 17:28:33)《改行有》

54.  バリー・シール/アメリカをはめた男 実在の人物に取材した映画、ってことなんですが、まあどうにも、胡散臭い、ウソ臭い。当時の社会情勢などが作中にそのまま取り入れられ、何ならもっとリアリティを感じても良さそうなところが、かえってそれが胡散臭かったりして。しかしこうやって見ると、当時の情勢そのものが、いかにも胡散臭い時代だったんだな、と。 この作品、なんとなく、お伽噺のテイストですね。一種のホラ吹き男爵譚。これを、演じてる本人も、見ている我々も、違和感なく演じられるのは、やっぱりこの人しかいないでしょう。と言う訳で、「トム・クルーズ/アメリカがハマってしまった男」。これはバリー・シールなる人物を描いた作品なのか、それともバリー・シールを楽しそうに演じるトム・クルーズを描いた映画なのか。見てると、パイロット役が演じられるだけでもうどんな役でもOK、楽しくて仕方なかったのでは?と思えてきます。 という軽いノリ。 そういう、ウソかホントかよくわからんエピソードが次々に並べられて(大筋ではホントなんだろうけど・・・もはやどっちでもいい)、まとまったストーリーらしいものもなく、それが短いショットの連続で紙芝居のように描かれます。テンポがいい、のは確かですが、味気無くもあったりして、「今のシーンはあともう少しだけ、カメラを長く回してもらえたら」などとも思っちゃう。だけど、満足する前に敢えて止める、というのも、一つの節度、とは言えるのかも。 とか言うようなことを、これといって考えていなさそうに「見える」ところが、この作品の特徴でしょうか。 クルマが爆発するシーンとか、あるいは爆発しないシーンとか。いいですよね。[インターネット(字幕)] 6点(2023-11-25 06:09:42)《改行有》

55.  ミスト 《ネタバレ》 町を包む謎の霧、その霧の中に潜む、何か。 と言ってもジョン・カーペンター親父の何とかいう映画のことではなく(どういう訳か、この『ミスト』という映画の原作をキングが発表したのは、『ザ・フォッグ』公開と同じ1980年らしい)、こちらはやや、動物系パニック映画のテイスト。霧の中に潜むのは得体の知れないモンスターどもで、スーパーマーケットに閉じ込められた人々の籠城戦。しかし、パニック映画の常道は徐々に奇怪な事件、前兆が発生し、やがてパニックが広がって一軒家に立てこもり、ってなところでしょうが、この作品では割と最初の方から、人々がスーパーに閉じ込められます。そこは普通のパニック映画とちょっと違う点。 それはまあ、いいのですが、どうも映画の作り手は、閉じ込められた人々の対立、社会の縮図みたいなものをここに描きたかったらしい。しかし、脅威は建物の外にあるはず。普通は「外敵」がいれば、それなりに結束するもの。よって、内部の対立を描くためには、外部からの脅威を描くことがおろそかにならざるを得ない、という、企画上の致命的な欠点が。 ましてや、中盤では、外との境界が「脆弱なガラス」に過ぎないことが印象づけられております。外にいるモンスターは多種多彩、次はどんなヤツが現れるか知れたものではなく、この薄氷のごとき結界がいつ破られてもおかしくない状態。なのに登場人物たちは、外のモンスターそっちのけで、内部でやりあってばかり。 いくら何でも、映画で描こうとしていることと、そのために選んだ映画の設定との乖離が、ヒドすぎるんではなかろうか。ここまで違和感しかない映画ってのも珍しい。少なくとも、この違和感の中でこの作品からコワさを感じるのは、すみません私にゃ無理だ。 内部の対立は、やがて殺人という「悲劇」を生み出すが、いやこれ、悲劇だと感じる人、いますか? むしろ、イヤなヤツがいなくなってせいせいした、ってなところでは。 さらには衝撃の(?)ラスト。衝撃というよりは唐突。これ見よがしに絶望感を描くのが良いとは言わないけれど、これじゃ、大して絶望感を感じさせないまま、木に竹を接いだようなバッドエンド。この点も含め、申し訳ないけど、この映画からは理屈っぽさしか感じられません。 悪夢でもいいから、夢を見させておくれ。[インターネット(字幕)] 1点(2023-11-23 06:48:19)《改行有》

56.  るろうに剣心 最終章 The Beginning ひたすら派手なアクションを突き詰めた『The Final』と比較すると、アクションは抑え気味で、そりゃ基本的に、地味よりは派手な方が私も好きではあるのですが、どっちかというと『The Beginning』の方が、良かったかな、と。 やっぱり、しっとりしたシーンがあってこそ、アクションも映える訳で。このシリーズ、どっちかというと細かいカットを積み重ねたアクションシーンが多用されガチャガチャした印象がある中で、主人公と沖田総司が対決するシーンなどでは比較的長回しで見せたり。メリハリがあります。 映画の中に何度も現れる「炎」が、物語を締めくくる。 しかし、有村架純は確かに美人ではあるのですが、そのまんま過ぎるというか。無色透明で、どうも印象が弱いんです。[地上波(邦画)] 6点(2023-11-18 06:48:23)《改行有》

57.  るろうに剣心 最終章 The Final チャンバラ映画の一つの到達点。とは思うのですが・・・。 冒頭からテンポもよく、いやこれはいいんじゃないか、と思ったんですけどね、最初は。 しかしその後がやたら、モタつく。主人公の過去が、どうやら現在の彼に大きな影を落としている、らしいのだけど、思わせぶりにチラ見させるだけで、詳しくは「The Beginning」の方を見てね、という趣向。予告編じゃあるまいし。この中途半端さが大きなマイナスになっているように感じました。 「過去」を物語に組み込むには、セリフで示すだけのやり方もあるだろうし、映画の中でガッチリと並行して描くやり方もあるかも知れない(ゴッドファーザーPART IIみたいに)。いずれにせよ、映画を見ている中でそれが我々の心に食い込んでこなければ、それは単なる知識に過ぎない訳で。 この作品、いったんはモタついたとは言え、やがてアクションのつるべ打ち、アクロバットシーンのオンパレードになっていくのですが、画面の派手さと裏腹に、モタつき感がもう一つ払拭されない。要は、心に入ってこない。不思議なほど。 せめて、これだけ動き回った主人公が、やがて疲労困憊する悲壮感、絶望感でもあれば。パフォーマンスとしてのストーリー性。例えば昔、『大殺陣 雄呂血』なんていう映画があって、市川雷蔵も殺陣が上手い人ではないし、チャンバラのキレも悪く、派手なアクションという観点ではこのシリーズの100分の1以下じゃないかと思える。のですが、それでもなにせ、あの悲壮感。そこにしびれる。 そう思うと、この作品。せっかくここまでアクションを仕上げて、やっぱり、勿体ないなあ。と思っちゃうのです。 ただ、(これはThe Begginingにも共通しているのですが)映画の中に、「炎」というものが、大小合わせて再三登場し、これが作品を印象づけている点は、いいなあ、と思いました。[地上波(邦画)] 5点(2023-11-18 06:29:51)《改行有》

58.  ダウト・ゲーム これ、なかなか面白かったです。 裁判の行方なども描く映画にしては、かなりセリフの量を絞ってきているのがまず、いいですね。もちろんセリフが少なけりゃ何でもいい、という訳ではないし、セリフが多いと全部ダメという訳でもないけれど(説明ゼリフが多いのはそれなりにウンザリするにしても、見どころもちゃんと準備されていれば、楽しめるのであって)、とりあえず、意識的にセリフを絞ろうとするのは「見せよう」という意識の表れであるのだから、期待もできようというもの。そしてこの作品でも、それはサスペンスシーンにしっかり活きています。 主人公の検察官がある晩、ひき逃げ事故を起こすが(と、自分で書いておいてナンですが、ひき逃げは事故じゃなくて事件だよな)、別の人物が逮捕されてしまう。主人公はその事件を担当することになり・・・というオハナシ。多少、強引なところのある設定ですが、スネに傷を持つ主人公、という制約、それが新たな力学を加えることになって、物語がどんどん転がっていく。これが面白いんですね。彼の抱えたやましさが次の行動を生み出し、その行動が新たな謎と物語の展開を生み出す。行動を描く、ということは、「見せる」ということであって、それがサスペンスになってりゃ、楽しむには充分でしょ? ちょいと気の利いた佳作、といったところか。 原題は「Reasonable Doubt」。こんな変な邦題つけるより、原題をそのままカタカナ書きしてもよかったのでは、と思うのですが、カタカナで「リーズナブル」と書くと、安っぽいイメージになりかねないので避けたんですかね???[インターネット(字幕)] 7点(2023-11-12 07:34:11)《改行有》

59.  オースティン・パワーズ ゴールドメンバー 《ネタバレ》 3作目なもんで、「ゴールドフィンガー」ならぬ「ゴールドメンバー」。見てると実はこのタイトルが下ネタだったことがわかるのですが、このシリーズ、3作で終わらずに4作目があったとしたら、次は「サンダーボール作戦」をモジって・・・いや、何だかすでにエロそうな。 それにしても、またもやってる影絵シモネタ。ホント、好きなんですねえ。確かにテッパンだけど。 そして例によって例のごとく、ネタに困ったら「日本」ネタに頼っちゃえ、と。これもテッパンだから仕方ないか。 しかししかし、いくらネタに困ったからと言って、とりあえず「マイケル・ケイン」を出せばいい、ってもんじゃないでしょう。いやこれもテッパンネタか。 冒頭、マイク・マイヤーズもえらく男前になったもんだ、と思ったら実はそれはよく似た他人、いやよく似てない他人で、この胡散臭いスマイルは、まぎれもなくアノ人。さらにそれは劇中作品の一コマで、監督しているのがこれまた、アノ人。2002年というと、これはもしや『マイノリティ・リポート』の撮影現場・・・なワケないか。 このツカミの後は、いつも通りの低調路線。あくまで苦笑しながら、しょうがないここは一つお付き合いしましょうか、というシリーズな訳ですが、いかにも「ゴールドメンバー」な有名人が次々に登場して、ああ、皆さん、ヒマなんだなあ、と(忙しい人はこんな映画に出てはいけません)。で、ラストにまた、このキャラの正体がアノ人だと明かされて、ビックリする仕掛け。いや、もうここまできたら誰もビックリしないってば。 アメリカ人はこういうので喜ぶのか、というのがどちらかというと最大の驚きであったこのシリーズも、今や過去。映画史上の汚点(?)も、歴史の一部には違いない訳で。[インターネット(字幕)] 5点(2023-11-11 06:04:06)《改行有》

60.  ゴジラ-1.0 ゴジラ映画というジャンルと、個人的な人間ドラマとの、噛み合わなさ、ってのが元々あって、正直我々もその辺りは「言わない約束でしょ」ということで諦めてたフシがあるのですが。 ついに、そのどちらからも逃げずに、しっかりと噛み合わせてきた山崎貴監督。まずは、ありがとうと言いたいです。シン・ゴジラが完全にゴジラ映画を再構築してしまった後で、あるいはレジェンダリーピクチャーズがいかにも「CG大作」風のイメージを作り上げてしまった後で、それらのハードルをしっかりとクリアしつつ、この分野ではまだ誰も到達したことのないところまで、人間ドラマの領域に踏み込んでみせてくれました。『永遠の0』『アルキメデスの大戦』とも微妙な距離を保ちつつ。 そりゃ、正直言えば、見ながら「もっとセリフを絞ってくれたら!」とは思っちゃうんですけどね。 だけど、ゴジラと神木隆之介、絶対に成立しないと思われたダブル主演が、ここではどちらが折れることなく、その共演をちゃんと成立させている。国を護る、ということのヒロイズムと残酷さをも、両立させながら。 国を護ると言っても、それはもちろん、時の政府を護る、という意味では無くって(そういう意味での「国」に対しては佐々木蔵之介の口を通じ呪詛が並べ立てられる。ちょっとしゃべり過ぎか・・・)。神木隆之介演じる主人公には家庭があり、「妻」と「娘」がいるけれど、この3人には血縁も姻戚関係もない、いわば赤の他人の集まり。そういう仲間の集合体としての国を護りたい、護らねばならない、のだけど、実際に主人公を動かしているのは、かつて仲間を救えなかった罪の意識。自分は生きてていいのか、という後ろめたさ。ヒーローがヒーローとして死地に赴くのではない残酷さが、そこにはあります。マイナス1.0というタイトルのごとく、大戦を通じて負のエネルギーに支配されてしまったこの国、その呪縛から抜け出せるのかどうかが、呪縛を象徴するゴジラとの戦いを通じて描かれます。 戦後まもなくの、警察予備隊すらまだ無い頃。早くも始まった米ソ冷戦の兆しも物語に織り込み、戦後残されたわずかな軍艦(高雄、雪風…)や本土決戦用に温存された戦車でゴジラに立ち向かわざるを得ない、という設定が、作品のリアリティに繋がる以上に、悲壮感を感じさせます。さらに登場する、「あの」秘密兵器(隣の席で見ていた息子は、話の流れから「もしや登場か?」と予感してたらしく、覆いが外されるか外されないかのタイミングで早くもノケ反ってましたが)。 かつて仲間を救えず、ゴジラを見上げるしかなかった主人公は、ここではゴジラと肩を並べ、真っ向から立ち向かっていく。この場面、どこかの山間部みたいなところで、申し訳程度に散在するわずかな民家をゴジラが破壊してて、いかにも着ぐるみ撮影時代の「ゴジラあるある」なシーンになってますが、それも含め、味わいのある場面です。 佐藤直紀の音楽も魅力的ですが、ここぞという場面では定番の伊福部メロディが登場、特に例の「ゴジラ登場のモチーフ」はこれでもかとテンポが落とされて、ゴジラの威容とともに、見る者を圧倒します。 劇中、いくつか違和感を感じたような気もするけれど(銀座のシーンで突風の向きが逆になったような気がしたが、気のせい?あるいは理由あり? すみませんよくわからんかった)、忘れました。ははは。まあ、些細なことです。[映画館(邦画)] 9点(2023-11-04 08:24:34)(良:2票) 《改行有》

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