1.韓国映画特有の“痛み”の表現の重さは、この物語に非常に合っていると思った。
身体的な痛みも、精神的な痛みも、この映画は濃厚に、説得力をもって描けている。
その部分は、とても良かった。
4年前に原作小説を読んだ。ふたりの男女が、長い長い年月に渡り、一筋のか細い光を必死に辿りながら果てしない闇の中を突き進む壮大な「悲劇」だった。
単なるミステリーの枠には収まり切らない“真相”とそれに伴う濃ゆい人間ドラマが見事だった。
今作では、原作の物語構成にかなり大幅なアレンジが加えられており、諸々のエピソードに相違はあった。
しかしそれは、原作ファンであっても、映画作品として、とても有意義だと思えるアレンジだった。
望まない性行為と、望まない殺人、この映画はいきなり主人公二人の“苦しみ”を如実に表す描写が折り重なって始まる。
主人公たちの人生が苦悩に満ち溢れたものだということを、ダイレクトに伝えてくる印象的なオープニングだった。
そういった映画的な表現の巧さは、さすが韓国映画だと思えた。
2年前に日本の映画版(堀北真希主演)を観た。映画化作品として良く頑張っていたとは思うが、あと一歩物語の本質的な部分での物足りなさを感じた。
今作は、前述の通り韓国映画ならばではの説得力で、日本版より優れている部分は多い。
しかし、残念ながら、日本版と同じような部分で物足りなさを禁じ得なかった。
それは即ち、物語の中心に存在するふたりの男女の「覚悟」の描写に対しての物足りなさだと思う。
あまりに悲痛な「過去」を共有し結びついたふたりが決めた「覚悟」。その深淵こそが、東野圭吾が紡ぎ出したこの物語の核心だと思う。
それは一般人には理解し難いほどに研ぎすまされた「愛」の形であり、映画化にあたってもそこに妥協や曖昧さがあってはならなかった。
“あの日”、「目的」を達成するまで「会わない」と決めた二人が、直接対面したり会話をする場面は極力描くべきではなかったと思う。せめて目も合わさずすれ違う程度、距離を置いて存在を感じる程度に留めるべきだった。
原作小説を読んでいなければ、手放しで満足できる作品だった。実際良い映画だとは思う。
そういう映画的なレベルの高さを備えた作品だからこそ、あと一歩の核心への踏み込みが足りなかったことは、非常に残念。