7.《ネタバレ》 「雨月物語」よりも遥かに進化した溝口最高傑作の一つ。
本作は平安末期。
平安時代にキッチリした活字が合わないのは別として、生活を追われたある貴族一家の波乱に満ちた人生を描く。
主人公たちは今まで貴族という安全に浸かった生活を送ってきた。当然世の中に投げ出されれば、一人では生きていけないほど世間知らずでもある。そんな人々が狼や野盗、“偽り”の情けに騙されても文句が言えない過酷な世の中に放り出される。
主人公の兄妹。人買いの大主の山椒大夫(どんな美人の“太夫”かと思ったらオッサンの方の“大夫”かよ、チッ)にこき使われ、今までした事もない野良仕事に明け暮れ倒れそうになる日々。
そこに声をかけた男。
「辛かろうに負けるんじゃないぞ」
声をかけるくらいなら二人が成人するまで見守ってくれても良かろうに。ひやかしもいいところだ。為にならない情けは世の中いくらでもある。いや、俺がひねくれているだけなんだろうな。世の中、声すらかけてくれない奴が多すぎるもの。
妹はそんな男の言葉を支えに懸命に生きるが、兄は山椒大夫のやり方に染まり、山椒大夫がやった行いを同じ様に平気で行えるほど心が荒んでしまった。
国が乱れ、人買いや姥捨てが平気で跋扈する荒んだ世の中は、人の心も荒らす。
年月が経った兄の顔を見てみろよ。その面を、菩薩のような妹が少しずつ浄化していく。
妹は本当に健気で強い女だ。最後まで母親や父親の事を諦めなかったし、グレた兄の事も見捨てなかった。
それがあんな・・・溝口貴様あああっ(それと「山椒大夫」の原作者)!
兄は妹のためにも、何より家族のために一人で生き抜こうと抗う。荒んだ世の中が同時に彼の心も強くした。
そして父親は息子から離れても違う形で息子を助けてくれた。
兄は学を身に付け、官職になっていく。そして山椒大夫への逆襲。政治の攻防。
悪人は一掃されるが、主人公の運命には絶えず残酷な答えが待つ。
解放されて自由に歓喜する人々、ただ一人満たされない兄。それでも一縷の光が見える限り生き続けた。
終盤のあの池の畔に立ち尽くす、悲しみに満ちた場面。
それに全てが流されてしまった浜辺の村。あの黙々と海藻を整理する男が、それを物語っているのだ。
息子はまだいいさ。これからがある。だがもう一人は、“あの人”は最後の最後で救われたのだろうか