1.戦後喜劇史の本によく出てくる三木のり平の「切られ与三」は、現在この映画でしか見られないらしい。その記録としてだけでも重要な映画となった。で、もちろん三木のり平はいいのだが、のり平の笑いを引き出す八波むと志(こうもり安)のキレの良さにうなった。脇でじれったがって悶える八波のツッコミが素晴らしい。初期の渥美清にもあった凶暴さを秘めた魅力。のり平と八波の芸質の違いが見事に噛み合って、掛け合いの笑いとはこうでなければならない、という見本のような出来だった。あと佐山俊二も懐かしかった。田舎から出てきて都会で戸惑ってるおとっつぁんというような、オドオドした笑い、この種の笑いを受け継いでいる人はいないのではないか。というより喜劇人という人種が表舞台から消えてしまっているんだな。由利徹はあまり出番がなく勿体なかったが、西部劇のならず者タイガーがまあまあ。これらベテランに対してフランキー堺も頑張ってはいたけど(弁慶でデタラメ言う、旅の衣はスズカケの~、がスズカケの小径になったり)、やはり長年舞台で鍛えた喜劇人の粘度と比べると、サラサラして感じられる。切られ与三とドドンパ・カルメンでは落差ありありだった。舞台上で十分に練り上げられた時間の蓄積の違いもあろう。劇中の一座の芝居のあまりのひどさに、小屋主のアチャコがヨイヨイになってしまう。「笑わせようとしてないのに客を笑わせてしまう笑い」を、芸達者な人々が見せるから芸のある笑いになるのであって、現在はこれがそのまま通っちゃってるからなあ。とにかく喜劇人俳優名鑑のような映画で、エノケンからフランキーまでの豪華な顔が一堂に揃って見られるだけでも、お得な作品です。