1.《ネタバレ》 パーソナリティ障害のダメ人間を描ききった大傑作。悪魔的なまでに人間心理の深い部分に触れているのだが「分かる人には分かる」といった描き方なので一般ウケはよくないかもしれない。外見とはうらはらに未成熟で馬鹿な主人公アナが、異常に思い込みの強い少年の大胆な行動に翻弄される。婚約者、母親、姉妹の振る合いを見る限り社会的にはともかく心理的にはみな上手く大人になれていないタイプ。そんな親と環境に自分自身でいることを否定されて育ってきたとおぼしきアナも終始思い込みだけで行動している。気持ちに余裕が無く自分をケアすることに手一杯で人の立場を斟酌できない彼女を「私の話わかりづらいわよね(原語ではsorryの一言だが)」という短いセリフでさりげなく表現する知的な脚本がたまらない。子供に暴力を振るう婚約者の本性(彼の幼児性の現れだ)を見てもその問題を直視せずにごまかしてしまうアナの愚かさ。最後に至って少年だけははっきり成長するのに、そんな彼女と周りの大人は誰一人として成長できずに終わるという考えさせられるプロット。脚本、配役、演技、カメラ、演出、編集、どれをとっても申し分なしの100点。無駄なカットがないうえに行間に語らせる非言語的コミュニケーションの巧さ、?と思うシーンも後にはその意味がきっちり読み取れるようになっている構成の妙が素晴らしい。登場人物の心のありようを丁寧に読み解いていくと心理劇としての矛盾もほぼ見あたらなく細部までしっかり構築されている。本筋に関係ない部分は大胆に見る者に判断を任せており、監督の「客の理解力を信じている」姿勢が嬉しい。そしてこの映画を読み解くのにオカルト的解釈はまったく必要ない。更に素晴らしいのが複雑な心の動きを役者の表情と音楽で伝えきるセンス。心臓の鼓動を元にしたテーマ曲は画面と丁寧にシンクロしており、時に現実音と錯覚させるトリックが付されている。対位法を多用しているのも心地よい。ここらへんはPV出身の監督のキャリアが最大限活かされているように思える。エンドクレジットでかかる子供のコーラス曲は名曲で「銀河ヒッチハイクガイド」のテーマ以来の衝撃をうけた。生涯で最高クラスの一本。