1.溝口健二さん、昭和8年のサイレント作品です。残念ながらフィルムの保存状態は相当に悪いので、カメラが引いた時には役者の表情がつぶれてしまうのですが、アップになった時の入江たか子さんの美しさ、岡田時彦さんの二枚目ぶり、菅井一郎さんの鋭い眼光などにはハッとさせられます。そしてこの作品もまた、溝口さんの主題とした女の意地と矜持、たくましさとか弱さ、それらを優しく、激しく、きめ細かく、高らかに謳い上げています。サイレント作品ではどうしても説明字幕、会話字幕が入るので、後年溝口さんの代名詞ともなるワンシーンワンショットとはいかないのですが、それでも白糸が高利貸邸に包丁を持って乗り込んでいく最も切迫したシーンで、白糸が廊下を渡り部屋へ入り、隣りの部屋へ移り高利貸を発見するまでのシーンをカットを割らずに撮っているところにミゾグチを見ることができます。字幕がなければ・・・と思わせられるシーンがたびたび出てくるのは、後の溝口さんを知っているからで、この作品はこの作品として堂々とサイレントの名作といえるのではないでしょうか。