1.《ネタバレ》 貴族階級を皮肉ったと言われる映画はゴマンとあるが、ここまで明確に描いた映画も珍しい。
ストーリーにちらほらと、若干のコメディの要素が感じられるが、作品そのものが極めて真面目に、且つ露骨に風刺しているので、その、余りの大真面目な描きっぷりがかえって笑いを誘い、劇中のコメディのシーンで見せる笑い以上の面白さがそこには存在している。
ストーリーの肝は「貴族階級の人間が如何に世間離れしているか」だと思うが、それと共に、また階級社会の始まりも同時に描かれていて、劇中ではこのように話が展開する。
難破したばかりの頃は自分で食事を作っていたクライトンも、しまいには食事をサーヴされる側になっているが、いざメアリーに危機が迫っているとなるとすぐに武器を持ち、見事に獣を仕留めメアリーを救出した。
これはつまり、食事や住居などを作って生活を豊かにし障害があればそれを乗り越えるだけの知恵を持っているからこそ“上流”になれるということであり、現在の(当時の)貴族階級の人間が如何に無知かということデミルは訴え、さらには教養とは何かということまでも問いているように思う。
元の生活に戻ったクライトンはすぐさま元の階級社会に適合する。彼はまた再び執事としてメアリーらに仕え、その身分に相応しく振舞うが、一方のメアリーの気持ちは依然としてクライトンに向いたまま。友人の失敗談を聞いていたにもかかわらず、である。デミルは終盤で、さらに貴族階級の人間を風刺するために、ご丁寧にも冒頭にメアリーの友人の結婚話をわざわざ挿入していたのだと思う。
澤登翠さんの活弁つきで観ましたので(字幕なし)、鑑賞環境は[吹替]とさせて頂きました。