18.教育的な内容だが現実的でもある。 舞台が限定されていることもあり小品の印象があるものの、言葉の選択も上手く出来は良い。 【simple】さん [CS・衛星(邦画)] 7点(2023-12-23 18:29:17) |
17.イジメは加害者は忘れるが被害者は忘れない。学校サイドは反省文で決着をつけて「未来」へ進もうとしている。それに抗う主人公の教師。主人公の過去に何があったのか明確には描かれていないのだが、同様のことがあったのかもしれない。罰と責任の違いや関係性がわかりにくかったのだが、罰は受動的で責任は主体的なものなのかなという印象を持った。ストーリーとしては凡庸でやや盛り上がりに欠けるものの、さすがに重松清が原作なだけあって静かな雰囲気の中に視聴者に問いかけてくるものがあるし、阿部寛の演技もよかった。吃音という設定に意味があるのかという疑問もあるようだが、吃音という設定だからこそ、饒舌な他の教師の対比にもなり、存在感が際立つ効果があったのかと。大人の世界にもイジメはあるし、自殺する人もいる。そして罪に問う事が難しい場合もあるし、罰を受ける事もない。その際にまさに「責任」が問われるわけだが、教師の行動に抗議してきた保護者が多いという背景から、「嫌な事は忘れて先に進めばよい」と考える大人が多いという批判的なメッセージにもなっているように思えた。 |
16.邦画でよくでてる、やたらハイテンションな不良生徒が出ていないのが現実味があって良い。 【紫電】さん [DVD(邦画)] 7点(2022-03-27 21:54:09) |
15.洋画のような、邦画という印象。 問題のあるクラスに、少し変わった先生がやってきて、変化を与える…というのは洋画でよく見るテーマ。(この作品は原作があるようだが) その先生の行動が、観客の予想を超えていくというのも洋画っぽい(邦画では、善人型主人公が突飛な行動をするというのは少ない) 演出も良いと思うが、阿部寛と本郷奏多の2人が良かった。良いキャストに恵まれたことが成功の要因だと思う。 |
14.実話ではないのですが、またこの物語に教師が吃音である必要もないとは思いますが、吃音症に悩まされていたのではと思われる原作者の感性がひしひしと伝わってくる感動的な映画でした。シリアスな阿部寛も良かったです。 【ProPace】さん [CS・衛星(邦画)] 8点(2014-09-08 21:43:53) |
13.《ネタバレ》 野口君はいじめで遺書を残し自殺を図った。いじめていたクラスメートにはいじめていたという自覚はなかったらしい。実際はそんなものなのだろうか。村内のやり方が正しいのかどうかは判らないが、言葉で語らず静かに行動で示す彼は魅力的な教師に感じた。また阿部寛の演技もすばらしいと思う。リアリティには疑問が残るけど静かに感動できる秀作です。 【ぽじっこ】さん [CS・衛星(邦画)] 7点(2013-08-25 17:46:25) |
12.3737さんが書かれているように、クラス全体へのメッセージ、影響を考えると、ちょっと足りない。それでも村内の言葉は響いた。阿部寛の存在感も際立っている。 【noji】さん [CS・衛星(邦画)] 7点(2013-06-24 18:05:30) |
11.《ネタバレ》 静かな阿部寛の、優しい目がとても印象に残りました。 何に対しても、静かに、丁寧に、対応する先生、 苛立って教科書をバンバン叩きつけた生徒を、ただ見つめて、 彼が落とした教科書を、静かに広い、丁寧にホコリを払って机に置く。 その穏やかな所作が、もしも、本当にこんな教師がいたとしたら、 太刀打ちできないだろうなと思わせる説得力がありました。 何もかも、見透かされてしまうような。 何一つ解決してはいないのかもしれないけれど、 生徒達の心に、強い印象を残したのは確かだったと思います。 全員が、最期の反省文を書いたわけではないけれど、 書いていない生徒でさえも、 意識していないわけではないと思わされました。 それは反省したとか、しないとかではなく、 自分がしたことを、あらためて思い出したという意味で。 それにしても、阿部寛、よかったです。 【mogu】さん [CS・衛星(邦画)] 7点(2013-06-08 00:33:25) |
10.《ネタバレ》 導入部で、生徒たちが類型的な悪ガキではない描写をしているところで、作品が他の類作とは一線を画するものになることを予感させる。生徒たちは、一見して礼儀正しく真面目であるし、問題は解決されたかのように見えている。しかし、本当に問題なのは、日常生活の当たり前の中で当たり前に起こる邪で傲慢な何かなのだ。また、主人公以外の先生たちも、ありきたりな描写を脱却し、彼らなりに熱心な活動を行っているものとして位置づけられている。例えば、作文を合格するまで何回も書かせるというようなことは、熱意がないとできないし、場合によっては正しい(それによって生徒が到達するのは建前論だけかもしれないが、建前論を生徒に理解させるだけでも、本当は大変なことだ)。しかし、この事件の発生の経緯からすれば、それでは不足だったのだ。また、手法論的にも、何気ない教室の風景のフレームの隅の生徒まできちんと演技がついている指導、沈黙の時間を恐れず、むしろそれを有効に使っている演出、光の使い方やカメラの動き、ここぞというところで言葉を大切にする脚本など、制作者のなみなみならぬ決意が随所に表れている。 【Olias】さん [DVD(邦画)] 8点(2013-05-21 01:58:28) |
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9.《ネタバレ》 転校した生徒の机を引っ張り出してきて、元の位置に並べる臨時教師の村内さん。そしてその机に向かい毎朝「野口くん、おはよう」と声をかける。先生の意図はもちろん野口くんの事情も知らないから生徒以上に「ぽかーん」状態で、一体全体どういう訳なんだ?、これからどうなるんだ?と一気に引き込まれていった。しかし何か裏がある訳ではなく、いじめた側のその後について、学校が取りがちな対応も含め、小細工なしの直球勝負で問いかける内容。先生の行為を100%支持する訳ではないが「責任」のくだりについては説得力があり、完全に納得させられた。世の中にはいろいろな人がいて、いろいろないじめの形があることを子供たちには知ってほしいし、大人も忘れちゃいけない。最初は先生が吃音である必要性がわからなかったけど、上手く喋れない故の丁寧な話し方が、ひと言ひと言に重みを持たせる効果があったかもしれない。 【リーム555】さん [CS・衛星(邦画)] 8点(2013-05-17 17:38:59) |
8.《ネタバレ》 よかったのだと思います。でもそれは結果オーライにすぎないと思います。生徒たちに何かを伝えなくてはならない立場でありながら、あれでは全くの言葉足らずであること間違いない。あれでは例え園部君という一少年にこそ思いが伝わっていたとしても 残念ながら、残り20数名には彼の意図したことは ほぼ伝わっていないでしょうし、一部の生徒たちにとっては野口君贔屓の 単に偏屈な先生だったとトラウマになってしまうことだってありえるでしょう。いくらイジメによる自殺がクラス全員の責任とはいえ きっと納得できない生徒だっていることでしょう。それよりももっと大事なことの一つとして まだ先がある善良な生徒たちに対して 自殺してしまった第二の野口君のようにはならないよう 親から授かった大事な命、その命を自ら絶ってしまうことの愚かさというものについて諭しておくなどなど もっとそちらのほうにも赴きを置いてくれてもよかったのではないのかなと思えたりなんかもいたしました。ちょっと極端な言い方とはなりますが。 それから、題名なんですが、〝青い鳥〟だったので せっかくなので あの青い鳥BOXの存在意義についても少しは触れておきたいんですが、 なぜにBOXの回収が一週間おきという設定にしたのでしょうか どうせであれば、毎日回収すべきです。 悩みを持つ者、または悩みを投稿した者にとっての悩みとは 一日一日が苦痛の毎日となっているはずです。その悩みを打ち明け投書した生徒がいるにも関わらずに その投書内容を最長の場合 一週間も眠らせておくなんて 結果、対処遅すぎなんてことになってしまうことだってありえますよね 毎日回収すべきです。せっかくの青い鳥BOXなんだから。 それから生徒会役員によるその開票(?)方式なんですが、 あれは良くないと思いますね なぜに先生方が先に目を通してみないのでしょうか 実は投書の主が実名を記載されているかもしれない または大人である先生方への指定にて悩みが打ち明られているのかもしれない そう考えるとやはり、先生方が生徒会役員よりも先に目を通しておいて当たり前だと思ってみたりいたしましたね 結果、惜しく感じましたね 青い鳥という投書箱の存在。 【3737】さん [CS・衛星(邦画)] 5点(2012-10-24 20:18:10) |
7.《ネタバレ》 なぜ子供は明るくて無邪気なのか分かりますか?それはまだ人生経験が短くて、大きな心の痛みを受けていないからです。そのかわり、痛みがない分、他人の痛みにも鈍感だ。だから少し変な子を見つけたら、平気で笑いの種にするし、いじめの対象にしたりする。障害者も笑いものにしても罪を感じない。子供は明るくて天使。その一方で未完成ゆえに残酷。原作の重松さんは、子供の天使の面と、悪魔の面の二面性を常に描き続けてきた作家です。子供の本質は痛みを受けたことがないから他人の痛みが分からない。いじめているんじゃない。ただみんなで笑いあいたいだけなんだ。なんでそんなにショックを受けるんだよ?面白いだろ?笑えるだろ?おそらく悪気はない。それが子供。親にとって子供は天使。しかし子供にとって子供という存在は、時として自分に致命傷を与えるナイフ。大人になるということは傷付くこと。傷付くことによってはじめて他人の傷を理解できる。そしてやさしくなれる。人間ってそんなもの。この先生はそれを教えようとしただけ。子供に反省させようとか、そんなことは本質じゃない。先生が吃音なのは重松さん本人が吃音だったから。そんなことどうでもいい。いっぱい傷付いた人だから描ける物語もあるというだけのこと。子供って明るいし残酷なんです。私が子供の頃、一番恐かったのはやはり子供でした。 【花守湖】さん [DVD(邦画)] 5点(2010-03-19 23:15:16) |
6.《ネタバレ》 重いテーマと誠実なメッセージに射抜かれました。吃音症の教師の言葉は、数こそ少ないがひと言ひと言が重く響く力を持っている。ストーリーは中学のイジメ問題を中心に展開するが、学校の中に限られた話ではなく、もっと普遍的に意識されて然るべき問題の核心を突いていると思う。「反省」自体が持つ曖昧なニュアンスを反省文の枚数で計ることは、事象に形式的な決着を付けるための詭弁にすぎない。仕事上の事故などを「始末書」で決着させるのは仕方がないとしても、教育の場に相応しい方法論とは思えない。ではどうすれば良いのか? 教師は「責任を持て」と言った。これには、自分の目からも鱗が落ちた想いでした。大事なことは、忘れて終わらせることではなく、抱き続けること。それが事実の中身を反芻させ、傷付いた者の心情を汲むことにもなり、再発の抑止以上の意味をもたらすのでしょう。転校した生徒の机を教室に持ち込んだ一連の行動は、無骨ではあったけれど、教師と園部君の会話シーンで納得しました。この映画の良いところは、回答に絶対性を持たせていないことだと思います。ラストの反省文も全員が提出した訳ではない。学校側が書かせた5枚の反省文も否定している訳ではない。メッセージの受け取り方を観賞側に委ねている。だから尚更、考えさせられる。きっと肌に合わない人もいることでしょう。大人になっても悔やむことは起こります。若い頃に比べて、塞ぎ込む心を早めに戻す術も身に付けました。でも、悔やまれたことのエッセンスを抱きながら暮らして行きたいものだと、この映画を観て思いました。 【アンドレ・タカシ】さん [CS・衛星(邦画)] 9点(2010-03-13 01:37:59) |
5.自らが経験してきた背景によってこれほど、評価が分かれる題材もないだろう。自分は加害経験者であるが、「誰もが14歳だった」そんな触れ込みで作られるべき映画ではない。難しいテーマではあるが、綺麗な話になどしてはいけないはず。短絡的に事件へと発展した背景を、映像にすることさえタブーと感じる。「忘れるなど、卑怯」その言葉を用いながら、大多数の生徒が忘却へと進む。大多数の生徒が傍観者であったという証拠?そんなリアリティをどうしてつきつけられるのか?「好き嫌いもそれに含まれますか?」少年の放ったこの言葉が全てである。作品として何を伝えたいのか?エンターテイメントとしてこの題材を扱うのであれば自らへの懺悔か、自らの憂さ晴らしか。とても自己主導としか思えない。原作者が少年時代、加害者であったか、被害者であったか、傍観者であったか、そこに多くの興味をそそられるが、吃音の教師の背景を省くことに美学でも感じているのであろうか?こういう現実を忘れてはいけないだろう。しかし「映画」にした意義は最後の最後まで全く掴むことはできない。この映画を道徳教材などに用いる教師が現れないことを切に願う。阿部寛の存在感だけに4点。 【Andrej】さん [DVD(邦画)] 4点(2010-03-13 00:50:22) |
★4.昔学校で観せられた教育映画っぽいが、学校の事なかれ主義や中学生の残酷な無関心などがよく描かれていた。吃音の臨時教師という設定も意表をつく感じ。 【Q兵衛】さん [CS・衛星(邦画)] 6点(2010-02-20 16:53:31) |
3.《ネタバレ》 主人公の先生がドモるのは、原作がそうなんだろうし、物語としての意味もよく分かるが、映画としても効果を挙げていた。教室を沈黙・静寂が覆い、生徒らは先生の次の言葉を十分待ち受けてから聴く。そして先生はひどくゆっくりとしゃべる。教室のシーンはどれもいい。最初、先生が座席表と教室を照らし合わせて眺め回す、その静寂、つかえつかえしゃべり出す、そしていじめられて転校していった野口君の机を日直に持ってこさせる、その戸惑いの沈黙、「野口君お帰り」の先生の言葉で沈黙はさらに深まり、罰せられているのではないか、という反発の沈黙に変転していく。ここらへんのじっくり静寂を含ませた丁寧な演出が見事だった。その反発が机を雨ざらしにする形で表われたあとの教室での出来事の間も、ほとんど声が発せられない、もちろん音楽もない。教科書を机に叩きつける音までの間、静寂だけが鳴り響いている。“沈黙恐怖症”になってしまったテレビではまず味わえない緊張だ。先生は机を戻した意味を最初に生徒に説明するべきじゃないのか、とも思うが、先生に最小限の言葉しかしゃべらせないという映画のルールを作ったのだから、自分で分からせる教育として、これでもいいかとも思う。どっちにしろ東京都の教育委員会なら即座に追放されている先生だろう。野口君の幻影が現われる場のカーテンのゆらぎ。その後の先生と園部君との対話が本作の核心で、建て前の教育を批判したんだから建て前の結論は付けられない、といった作者の意気込みと緊張が感じられるセリフの応酬だった(ここでちょっと音楽が入るが許せる範囲内)。かつて『リリイ・シュシュ』で生徒だった伊藤歩が先生になってるのには、感慨深いものがある。いじめの問題は、こんなにも長く続いているのだ。 【なんのかんの】さん [DVD(邦画)] 8点(2009-11-16 12:07:58) (良:1票) |
2.《ネタバレ》 以前どっかの雑誌で、ある脚本家が「西部劇をベースにしているようだが、最後まで主人公が銃を抜かないから完全燃焼できていない」と酷評していました。 確かに、この教師の駒の進め方は「シェーン」や「用心棒」と同じですが、このストーリーで一番変わらなければいけない人物は、生徒の園部少年だということを理解しなければいけません。 「いじめ」という、今ではもう使い古されたテーマを被害者が存在しない形で描いていく、ちょっと変わった展開は、作り手としては難しい挑戦ではなかったのでしょうか? 毎朝、机に向かって「おはよう。野口君」と声を掛ける村内先生は、ちょっと嫌味に感じる人がいるかもしれません。教室内が緊張感漂う空気になるのは仕方がないことです。 最後の授業で任意で原稿用紙を取りに行った生徒の人数はとてもリアルだと思います。 私は今までいじめなんかしたことはない。そう思っている人には理解できないでしょう。 園部少年が村内先生に罪の告白をした後、遺書に書かれた三人目が自分でなかったことを知り、更に井上少年とも和解して、全てが終わったと思ったら、最後の授業がコレです。 今更反省文を書かなければいけないのか……彼が戸惑いながらも原稿用紙を取りに行き、自分がズルくて卑怯な人間であると正直に書き綴ったときは涙が止まりませんでした。 私自身、学生時代、今でも腸が煮え繰り返るほど傷つけられた経験がありますが、と同時に私も無意識に誰かを傷つけていて、もしかしたら、私のことをずっと恨んでいる人間がいるかもしれない。そんなことを思わずにいられなくなる作品でした。 テレビで頻繁に宣伝されている「お涙頂戴」的な映画とは一線を画す、価値のある映画です。 【クロエ】さん [DVD(邦画)] 10点(2009-10-17 07:37:33) (良:1票) |
1.《ネタバレ》 阿部寛という俳優は「歩いても、歩いても」同様、この手の雰囲気の映画がとても合いますね。この配役は素晴らしいと思います。あと周りを固める地味めの俳優たち。みんな実力のある先生役、子役でした。人気取りに出ずリアリティーを求める映画はこういう所が良いですね。訴える内容も秀逸。さすが重松清です。特に「人に忘れられない傷を与えた人間はそれを忘れず悔いる責任がある」というのは心に重く響きました。ぜひ小中高生に見てもらいたいし、先生たちにも見てもらいたい。 あと音楽がいいですね。「まきちゃんぐ」という歌手をこの映画で知りましたが、意外に良い曲を唄ってます。 【関白宣言】さん [映画館(邦画)] 10点(2009-08-08 05:00:37) |