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かっぱ堰さんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

プロフィール
コメント数 1246
性別 男性
自己紹介 【名前】「くるきまき」(Kurkimäki)を10年近く使いましたが変な名前だったので捨てました。
【文章】感想文を書いています。できる限り作り手の意図をくみ取ろうとしています。また、わざわざ見るからにはなるべく面白がろうとしています。
【点数】基本的に個人的な好き嫌いで付けています。
5点が標準点で、悪くないが特にいいとも思わない、または可も不可もあって相殺しているもの、素人目にも出来がよくないがいいところのある映画の最高点、嫌悪する映画の最高点と、感情問題としては0だが外見的に角が立たないよう標準点にしたものです。6点以上は好意的、4点以下は否定的です。
また0点は、特に事情があって採点放棄したもの、あるいは憎しみや怒りなどで効用が0以下になっているものです。

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1.  ガザの美容室 《ネタバレ》 
題名の場所の映画である。屋外が映る場面もあるが基本は店内だけなので舞台劇でも間に合うのではと思われる。来店者10人は全部が客でもなく半分は付添いだったが、途中いろいろあったとはいえ最初に椅子にいた客が最後まで終わらず、他の客を待たせたまま遅々として仕事が進まないのは非常に苛立たしい。密室劇風の想定に寄りかかった都合のいい作りに思われる。  この映画での前提として、まずイスラエルはほとんど視野の外に置いている。劇中のガザ地区はすでにハマスの支配下にあり、後半で戦っていた相手は現地のマフィアであって、つまりパレスチナの内輪の争いということになる。 店内にいた人々の宗教は不明だが、店主はChristineというからにはキリスト教徒、また終盤で祈っていた熱心なイスラム教徒以外も基本はイスラム教徒ということになるか(不明)。異なる宗教もあり信仰の濃淡もあるが、この場では宗教対立もなく平たい関係になっていたようである。また住民の全部がハマス支持でもないようで、登場人物の発言によればハマスの支配は熱心なイスラム教徒の支持によると思われている面もあったようだが、少なくとも劇中の熱心なイスラム教徒は支持しないと言っていた。なお当然かも知れないが神様自体は悪者扱いされていない。 その上での世界観としては、世界には民族や宗教で分かれての争いが絶えないが、新たな対立軸として世界を男女に二分すれば女性側には争いが生じない(話せばわかる)という日本でも親しまれてきた考え方のようで、パレスチナ人も西側自由世界と共通感覚が持てることが表現されている。さらに終盤の出来事からすると、この世に善き男がいるとすれば死ぬ間際の男だけ、というようでもあった。 以上は基本設定の解釈のようなものだが、その上で劇中ドラマや登場人物の心情について語る資質が自分にあるとは思えないので、点数は採点放棄的な意味で中間点の5点にしておく。  その他の点に関して、ロシア人が出て来た事情は不明だが冷静かつ周囲に睨みを効かせられる人物のようで、女性に国政を任せるべきだという話の中でイスラエル関係担当大臣というのは変に納得した。また熱心なイスラム教徒は正直で良心的な人物だった。 ちなみにマフィアが動物園からライオンを盗んだというのは実際にあったことらしい。何か動機はあったのだろうが、この映画としては台詞に出ていた「気まぐれ」というつもりだったかも知れない。若いメスに見えるので、ライオンの女の子も男に虐待されていたという意味のようだ。
[インターネット(字幕)] 5点(2023-10-28 10:26:37)
2.  PLAN 75 《ネタバレ》 
邦画のようだが製作国が多く(フランス・フィリピン・カタール)変にグローバルな印象を出している。個人的な感覚としては、この映画の公開年と同じ2022年の世界を扱った「ソイレント・グリーン」(1973年米)の現代版かと思わされる映画だった。  劇中世界はよそよそしいが平穏な普通の日本社会であって、その中に違和感なく自然に尊厳死制度がはまり込んでいる。制度は完全な自由意思によるもののようで、そのことが富裕層など死ぬ事情のない人々が平気で生きていられる保証になっていると思われる。 高齢者へのあからさまな迫害などは意外に見られず、登場する若年者は良心的で、ボウリング場の若い連中までもが友好的だった。これは制度の導入によって高齢層への反感が解消され、世代・年代間の対立のない世界が実現したとの意味かも知れない。 また関連ビジネスで1兆円の経済効果というのは現代らしい発想だった。満足できるサービスを得るには費用がかかるにしても、産廃業者でよければ無料というのはソイレント・グリーン的な雰囲気も出している。ほかに生活保護制度も利用可能のようだったが、それはそれで貧困ビジネスの商売ネタにされるようで、そうならなくて済むのもこの制度の利点ということか。 なお現代日本は外圧には弱いが自分からは何もしない国とのイメージがあったので、この映画のような思い切った政策を自ら発案して実行するなど全く考えられないと思ったが、しかし何かの理由で世界の先頭切ってやらかすこともなくはないという気はしてきている(最近は常識外れのことが普通に起きる)。世間の風潮に素直に従う日本人は人類社会のモデルケースになれるかも知れない。  ところで困ったのは、どういうメッセージをこの映画から受け取ればいいのかわからないことである。都合よく人を死なせる制度に反発するのは人として自然な反応だろうが、それにしても劇中設定がうまく出来すぎていないか。自分がすでに高齢者に近づいて来た状況では、このまま生きているよりさっさと死んだ方がいい、と思わされたというのが正直なところだった。 製作側の真意はわからないが(公式サイトは一応見たが)こんな世界にしてはならないというよりは、逆にこんな世界の現実化を前提にした下地づくりが目的のようでもある。日本政府も国際社会も各種メディア(映画を含む)も何も信用できない世の中と思えば、とても素直に見る気にならない映画だった。点数はどっちつかずの数字にしておく。  [追記] 上記で終わりにするかと思ったが気分的に収まらないのでさらに書いておく。 まず、どんな人にもそれぞれ来歴や思いがあるのは相応の年齢になれば誰にでもわかる当然のことである。少なくとも自分にとってはわざわざ映画で見せてもらうようなことではないが、そこをこの映画であえて強調していたのは、やはりそういうことにまだ意識が向いていない若年層へのアピールということになるか。近い将来、この映画のように尊厳死を選ぶ高齢者がいたときに、やっと死ぬのかさっさと死ね、といった罵詈雑言を背後から浴びせるようなことをせず、みなそれぞれに人生があったのだから敬意をもって送り出しましょう、と言いたいのだとすれば、やはり年代間で理解し合える円満な社会を志向した映画と取れなくはない。大変良心的だ。 結果的に劇中高齢者は同情すべきかわいそうな存在という扱いになっていたが、個人的には高齢になった自分の姿に悲哀など感じてもらいたくはない。憐れまれるより死ねと言われる方がまだましだ(勝手にさっさと死ぬ)。それこそ尊厳の問題だ。
[インターネット(邦画)] 5点(2023-04-01 08:49:29)(良:1票)
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