1. 哀れなるものたち
《ネタバレ》 胎児の脳を移植され、甦った女性の魂は胎児のものか、それとも生前の女性のものか。 そのどちらもはっきりしないまっさらな状態のまま、彼女は知恵を得て、世界を見て、猿から人間に変化を遂げる。 そして支配欲に満ちた男が恐れるだろう、凝り固まった既存の常識をなぎ倒し、 愚かな所有物から独立して一人の女性としてのアイデンティティを確立する。 その成長過程をエマ・ストーンが余すことなく演じ切り、主演女優賞は納得。 ところが社会正義に目覚めようが、貪欲に知識を吸収しようが、倫理観と慈悲の心は身に付かなかったようだ。 フェミニズム映画のように思えて、"哀れなるものたち"とは一体誰だったのか。 現代における"正義の顔をした悪"の台頭に、本作はそれすら笑い飛ばしているように思える。 ルールを取っ払えば、男も女も悪知恵だけはある本能に従順な猿に過ぎないのだから。 [インターネット(字幕)] 7点(2025-01-01 23:58:00) |
2. アリス(1988)
《ネタバレ》 かなり昔にDVDで見ていたが、 アマゾンプライムで再視聴する機会があった。 こちらは原語のチェコ語バージョン。 アリスの口のアップ、引き出しの取っ手が抜けることを始めとした反復を重ねる手法に、 物語を拒絶するように話が通じないグロテスクなキャラクターたちと、 アリスから見た未知だらけの不可解な世界をシュヴァンクマイエルが的確に伝える。 そこに子供ならではの純粋さと残酷さが同居する。 そんな"鬱くしい夢"を魅せられる人によっては至高の90分だろう。 [インターネット(字幕)] 7点(2022-07-05 22:38:06) |
3. 麦の穂をゆらす風
《ネタバレ》 アイルランドの歴史を知らないとかなり厳しい。ドラマティックな展開もないまま淡々とシビアに、自由を勝ち取ることにどれだけの代償と犠牲を払うかをリアルに突き付ける。妥協するか、完全な独立のために戦うかで自ずと引き裂かれていく兄弟の悲劇すらも。イギリスのEU離脱によってアイルランド統一の可能性はあるが、その"続編"は見てみたい。 [DVD(字幕)] 4点(2021-12-09 21:32:44) |
4. ルーム
《ネタバレ》 カメラは"部屋"から出ることはない。 "部屋"には常にママがいて、疲れた表情を見せながらも生きる術を教えている。 ときどき男が配給しにやってくる。 5歳になったジャックには"部屋"が世界の全て。 この限定的なシチュエーションでほぼ二人芝居で息苦しくスリリングに見せる監督の演出力が光る。 そこからどうやって脱出するか、そして脱出してからが本当の闘いだった…。 中盤までと比べると物足りなさを感じるが、 犯人との間に生まれた孫に対する祖父母の戸惑いと、 自由になったはずなのに逆に追い詰められていく母親、 全てが刺激的すぎて"部屋"に戻りたいジャックを丹念に見せてくれたおかげで、 "世界"が残酷な現実をもたらす試練にもなりえることを実感させる。 それでも母子は決して優しくないだろうその"世界"に挑み続け、 正反対の感情で"部屋"に別れを告げるラスト、好き。 母子の闘いはこれからも続く。 [地上波(字幕)] 7点(2019-05-31 23:17:10) |
5. ブラディ・サンデー
《ネタバレ》 最悪の結果を招いたのは対立だけでなく、北アイルランドのデモ隊とイギリス軍、各々の連携が取れてなかったのだろう。エネルギーの余った若者たちが暴徒化しなければ、本部の指揮と現場の意思疎通が取れていれば、その歯車の噛み合わなさによる悪い偶然が取り返しのつかない事件に発展していく。煽情的に盛り上げることを避け、極めて淡々と描いているが、最後まで飽きさせない構成力。ただの再現ドラマとして細部まで描くのではなく(というよりできない)、その日その日の即興的な演出がむしろ現場を目撃したような迫真さを生み出すことに成功している。世界が事件に関心を持ってもらう意味では、グリーングラス監督の意図は正しい。エンドロールの"Sunday Bloody Sunday"が痛切に響く。 [DVD(字幕)] 8点(2018-11-03 13:21:48) |