1. 消えた声が、その名を呼ぶ
《ネタバレ》 「娘に会いたい」。 処刑から生き延びるも声帯を切られ声を失った父親が地球半周を渡り歩き、生き別れの娘たちを追う8年間。 シリアスドラマからコメディまでジャンルを分け隔てず活動する、 ファティ・アキンのフィルモグラフィーの中では最もスケールが大きい。 1910年代のオスマントルコによるアルメニア人虐殺を題材にしたあたり、 加害者のトルコをルーツに持つ監督の思いはあるだろう。 アルメニアはキリスト教を国教と認めた初めての国であり、 オスマントルコでも富裕層として成功して政治にも関わる影響力があったものの西ヨーロッパとの関係を強固にしたことで、 オスマントルコ側のムスリムとしてのアイデンティティーが脅かされる恐怖が虐殺の背景にあったようだ。 これがアルメニア人のディアスポラになった。 信仰で救われることなく強制労働で次々に倒れていく同胞、生き残るためなら簡単に棄教する現状を目の当たりにし、 死にかけの義姉を手に掛けなければならない苦しさに、宗教がどれだけ愚かで虚しいものであるかを突き付けられる。 避難先のアレッポで初めて見たチャップリンの無声映画に自分の境遇と重ね合わせ、 娘たちが生きていることを知って、生きることの根源を取り戻していく。 たとえ盗みも暴力も働き、獣に墜ちてしまおうとも、死ぬわけにはいかないという執念。 いくらでも傑作になりえた題材なのに、国家の罪と罰をストレートに描かなければならないわけではないが、 最終的に単なる親子の感動ドラマにスケールダウンしてしまったのが惜しい。 娘と再会するまでの過程が終盤につれて偶然で片付けられていく脚本の杜撰さが鼻につくし、 心震わせることなく次第に冷静に見てしまいました。 [インターネット(字幕)] 6点(2024-09-08 23:20:15) |
2. 関心領域
《ネタバレ》 「私たちはシステムに組み込まれている」。 その枠組みの中で劇的な展開が起こることのないホームドラマ。 主要人物がアウシュヴィッツ強制収容所の所長の家族であることを除けば。 『2001年宇宙の旅』を彷彿とさせるBGMのみのオープニングで"音を観る映画"だと認識させる。 一枚一枚完成度の高い、硬質でスタイリッシュなショットの数々は不純物を取り除いた無機質さであふれ、 今まで排除されてきた不純物が遠くから見え隠れする。 それが壁一枚隔てた収容所の黒い煙であり、悲鳴であり、銃声であり、 川に流れ込んだ遺灰であり、日常に溶け込んでいる。 そんな生活を送っている家族は何を思って日々を過ごしていたのか。 現在そのレビューを書いている自分にも同じことが言える。 ウクライナとガザ侵攻のニュースが対岸の火事として日々流されている裏で、 日常化したアジアや中東やアフリカや中南米の紛争・内乱について現在ほとんど触れることはない。 それだけでなく、日本でも見て見ぬふりしている問題が点在している。 100円台で提供される菓子パンの裏で、 激務の果てにベルトコンベアに巻き込まれて従業員が死亡したパン工場での事故。 ペットブームの裏で人間の身勝手で捨てられ、殺処分される愛玩動物。 セーフティーネットから取りこぼされ、命を落としていく社会的弱者。 私たちはその問題を知っている。 だが、「何もしてあげられない」。 こちらにだって社会的立場があり、生活がかかっている。 きっと80年前の所長の家族も同じだろう。 オスカー・シンドラーのように人道のために踏み出せる人などたかが知れている。 かつてジャミロクワイのPVを手掛け一躍その名を知られたジョナサン・グレイザー監督はユダヤ人の血を引く。 アカデミー賞受賞時にイスラエルのガザ侵攻を非難したが、 ハリウッドの多くを占める同胞のユダヤ系映画人は彼のスピーチに一斉に猛抗議した。 「アウシュヴィッツで起きたことと、ガザで起きていることは全く別物だ」。 自分たちが恩恵を受けてきたシステムに背くことは今まで築き上げた所有物を犠牲にする覚悟である。 大量虐殺可能なガス室の建設が決まり、 「人としておぞましいこと」を自覚しているのかは知らないが、誰もいない通路で所長は独り嘔吐しかける。 それは最後に残された彼の"人間性"か。 博物館として現代の収容所に積み上げられた虐殺の痕跡を前にルーティンワークとして淡々と掃除するスタッフたち。 ニーチェ曰く、「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている」。 80年後の世界を見つめる彼には裕福な生活を、愛する家族を守らなければならない。 異常さに耐え切れず、手紙を置いて密かに邸宅を出て行った所長の妻の母親が帰宅後に意識を切り替えるが如く、 自分もまた、悲鳴だらけのエンドロールから“普通の日常生活“へと取り繕うだろう。 「私たちはシステムに組み込まれている」。 [映画館(字幕)] 7点(2024-05-24 22:30:17) |
3. ブリキの太鼓
《ネタバレ》 これほど重苦しい暗黒史を体感した映画は他にはない。ただ性や暴力を過剰で陰惨に描けば良いのではなく、皮膚感覚で訴えるタールみたいな異臭と粘り気が正確なのだ。大人の醜い世界を覗き、成長を拒んだ少年はいびつで異質な存在。いつまでも大きくならず、太鼓と奇声でガラスを割る光景がどれほど不気味なことか。馬の頭で鰻を獲ることの不気味さ、"子供同士"で性交していることの不気味さ・・・現実と寓話の区別が曖昧だからこそ"不気味"で、如何に不安に覆われた時代かを物語っている。第二次世界大戦後、少年は大人になることに再び向き合い、家族と共に西側の新天地に向かう。ハッピーエンドになるとは限らないが、姑息な社会不適合者が如何に現実と折り合いを付けるかを一定の距離間で見届けているようだった。 [DVD(字幕)] 7点(2017-08-02 22:52:36) |
4. おとなのけんか
《ネタバレ》 原題の『Carnage』(大虐殺)も邦題の『おとなのけんか』も的を得たタイトルだなぁ。息子たちの喧嘩が原因なのに、論点がずれて次第に大層で大人気ない喧嘩になっていく・・・夫婦vs夫婦から男vs女に変わっていく展開にセンスあり。キャスティングもバッチリ。ただ、80分の割に長く感じ、笑えるかどうかは別として。しかし、大女優ウィンスレットにゲロを吐かせたポランスキーは凄い。それにニューヨークのアパートが舞台なのにパリのセットで撮影とのことで、アメリカに入国できない彼に国境線は関係ないのか。そこばかりに目が行ってしまった。結局、息子たちは既に仲直りで脱走したハムスターも健在ってところが皮肉に感じる。 [DVD(字幕)] 4点(2016-04-15 22:06:08) |
5. コングレス未来学会議
《ネタバレ》 ロビン・ライト本人が主役のメタ設定といい、実写とアニメが混在する構成といい、こういう奇想天外さとバッド・トリップ感に乗れるか否かで評価が割れるだろう。アリ・フォルマン監督らしい、幻想的で悪夢のようなアニメーションは見ていて楽しいが、慣れると飽きるもので90分くらいで限界。夢を与える映画産業が衰退し、代わりに理想の自分になれる幻覚剤が生み出した理想郷は、争いも傷付くこともなく幸せかもしれない。ただ、ディストピアと表裏一体で、真実の世界とどちらが良いかと聞かれたら一度は迷う。今まで重要な選択を渋ってきたロビンの最後の選択は、ハッピーエンドだと解釈したい。 [DVD(字幕)] 5点(2016-02-15 19:02:33) |
6. 戦場のピアニスト
《ネタバレ》 感動よりも重苦しさと疲労が上回る。人道のために何かを成し遂げたわけではなく、単にピアニストとしての芸があっただけで偶然助けられたに過ぎない。当事者であったポランスキーはそういう部分を熟知していたに違いない。極限状態の中で自分のことで手一杯で、狡猾でしたたかに生き延びること。ヒロイズムを排してこそ炙り出される人間の本性がそこにある。後ろめたさはあれど、何もしてあげることが出来ず、表情は硬く凍りついたまま。それ故に、甘美で情緒的なショパンの楽曲が生の歓喜として表現され、演奏を一層際立たせる。そのための疲労であるならば、追体験としては成功しているのではないか。 [DVD(字幕)] 7点(2015-09-24 00:24:34) |