2. 告発
《ネタバレ》 映画はヘンリーが受けた残虐な仕打ちも彼が犯す殺人も、克明に描く。けれど克明でありながら、その描写はとても冷静だ。より露骨に声高に描ける可能性を、映画は勇気をもって捨て去る。裁判のシーンもその判決も、観客の求めるカタルシスをもっとドラマチックに感動的に満たすことはいくらでも可能だっただろう。しかし映画は誠実に、それをしない。ヘンリー・ヤングは弁護士ジムに言う。自分のように暗闇でクソにまみれて這い回っていたわけでもないのに野球中継を見ないなんて、と。俺は女を知らないと。穴蔵に迷い込んできた蜘蛛が唯一の友だちに思えたと。おまえと俺は一体どこが違うのかと。裁判の過程や事件の真相とは直接関係のないヘンリーのその焦点のズレた発言の数々は、けれど彼の台無しにされた悲しい人生を静かに物語る。看守の目を盗みジムがヘンリーに娼婦をあてがう一見下世話なそのシーンの持つ意味は、あまりに切実で痛ましい。人間の尊厳をあらかじめ奪われながら、人生の大半をただ生き延びたヘンリー。そんな彼がジムとならんで座り、トランプのカードを飛ばして遊ぶシーンが忘れられない。彼の人生たった一度きりのその幸福な瞬間が、肝心の判決が下る待ち時間の出来事というのは象徴的だ。ヘンリーが望むのは身の潔白や無実などではなく、ありふれた人間としての当り前の価値、ただそれだけなのだ。人としての価値を踏みにじり続けた副所長を裁判中もずっと直視することができなかったヘンリーは、けれど再び戻るアルカトラズの入り口で、ついにまっすぐしっかりと彼の目を見据える。恐ろしい穴蔵へと続く階段を降りながら、それでもその瞬間彼はようやく価値ある一人の人間として、誇り高き勝利のその意味を噛みしめる。彼はもう哀れなヘンリーではない。ようやく美しき一人の人間として、気高くそこに立つ。裁判でも判決でもなく、その時にこそ、彼は本当の意味で勝ったのだ。 [DVD(字幕)] 7点(2009-11-24 21:10:22)(良:1票) |