1. 續・姿三四郎
開巻まもなく、横暴なアメリカ人水夫を三四郎が海に叩き込む場面。ああ、これってフライシャー兄弟のアニメ「ポパイ」じゃないか! そして、怪しげな日系人(だったかな)プロモーターが主催する異種格闘技の会場。リングサイドで歓声やら野次をとばす外国人観客の姿と、強烈なライトに浮かび上がるリングなど一連の描写は、ほとんどアメリカ映画そのもの! ・・・日本の敗戦の年に公開された「戦意高揚映画」だというのに、本作には驚くほど「ハリウッド映画」のテイストが満ち満ちている。しかも、まるで後の白戸三平の劇画に登場してもおかしくないほど強烈(であるとともに漫画チック)な柔術家兄弟のキャラクターをはじめ、ここには、他のクロサワ作品にはない特異さがたっぷり盛り込まれているのだ。 前作の好評を受けてしぶしぶ撮ったというこの黒澤監督の第2作は、しかし、この未来の巨匠が他の作品では決して見せなかったような、「B級娯楽映画」に徹したことによる魅力に満ちあふれている。お仕着せの企画なんだから、俺様の好きなように撮ってやる! といわんばかりに、前述のアニメやらボクシング映画やら西部劇の決闘場面やら、とにかく「アメリカ映画」のスタイルをこれでもかと踏襲することでデッチ上げたことは、何よりその画面そのものに現れているだろう。クライマックスの雪原での対決場面も、ほとんどバカバカしいくらいデタラメじゃないか。「面白けりゃいいんだろ!」という若きクロサワの声が聞こえてきそうだ。 だがしかし、これが実に面白いのだ。後年、『用心棒』といった西部劇テイストの映画を撮っても、ここまで「自由」じゃなかった。もちろんやっぱり超面白かったけれど、あの作品には(他のクロサワ作品がそうであるように)どこか「傑作」であることを義務づけられたような、そんなどこか重苦しさがあった。でも、そんなことなどお構いなし、おまけに敗戦濃厚な戦時下の空気なんぞもどこふく風といったクロサワの「B級」映画は、今見ても実に軽やかで、才気にあふれ、面白いのである。 もし黒澤明が、世界的巨匠ではなく、この『続・姿三四郎』のような映画づくりの道こそを進んでいったなら・・・。この“If”に思いを馳せられるだけでも、本作は貴重この上ない1本だと思う。 [CS・衛星(邦画)] 9点(2010-02-26 19:21:58) |
2. その男ヴァン・ダム
《ネタバレ》 思えば、ヴァン・ダムくらい一人二役にこだわるスターも珍しい。『ダブル・インパクト』にはじまって、『マキシマム・リスク』や『レプリカント』まで、双子だのクローン人間だのを嬉々として(?)演じている。『タイムコップ』でも、過去の自分を未来から来たヴァン・ダムが見つめるという場面があったはずだ。そして本作もまた、「ヴァン・ダムがヴァン・ダム自身を演じる」という意味で、やはり一人二役をめぐる彼の“オブセッション”的主題を反復しているんである。 落ち目の人気スター「ヴァン・ダム」が郵便局強盗にまきこまれ、包囲する警官隊から犯人と間違われるという喜劇的設定ながら、全編を覆うシリアスな、重苦しい空気感。そのなかで、これまで演じてきたヒーローのようにはいかず成すすべもないヴァン・ダムの、疲れきった表情がまず素晴らしい。そして皆さんもご指摘の、あの独白・・・ ヴァン・ダムが突然カメラに向かって「これは俺の映画だ」と語りはじめ、これまでの人生やドラッグに溺れた事実などを告白し、最後に「そう、これは俺の現実だ」と告げて、ふたたびドラマへと戻る、ワンカットで撮られた長いモノローグ場面。そこにあるのは、単なるメタフィクションとしての面白さを超えて、映画(=虚構)と現実が交差することのスリリングさだ。そう、この映画はまさしくヴァン・ダム版『サンセット大通り』(!)とでもいうべき、現実のヴァン・ダムと虚構(=イメージ)としての「ヴァン・ダム」という“一人二役”を自ら演じてみせた作品として、その〈二重性〉に賭けられたものに他ならない。 ただ、これでもう少しヴァン・ダム=「ヴァン・ダム」の悲喜劇性を際立たせることができたなら、この映画はかなりの傑作になっていたにちがいない。と思わせる、映画としての“弱さ”は確かに認めよう。けれど何度もいうけれど、本作のヴァン・ダムは本当に良い。素晴らしい! これを契機にひと皮むけたヴァン・ダムの、今後に期待をもたせてくれただけでも、ファンとしては大いに感謝しようじゃないか。 [映画館(字幕)] 7点(2009-01-28 15:31:20)(良:1票) |
3. 続・個人教授
タイトルには”続”とありますが、ナタリー・ドロン主演の『個人教授』とも『新・個人教授』ともまったく関係ありません。フレンチ・ミステリー界の鬼才セバスチャン・ジャプリゾが、まだ10代で本名のジャン・バティスト・ロッシの名前で発表した自伝的小説『不幸な出発』を、やはりロッシ名義で映画化したもの。年上の修道尼と15歳の少年の悲恋を、第二次大戦下の生活風景を交えつつ、なかなか情感豊かに描いていきます。原作がフランスのお家芸である心理的あやを綿密に追ったもの(多分…邦訳はあるみたいなんだけど、未読。仏文の友人からのまた聞きです)であるのに対し、映画は主人公たちのかなわぬ恋というより、ひとつの過去を振り返り、懐かしむといったノスタルジックな気配が濃厚。ヘタすりゃ老人の青春(性春?)回顧ものという鼻持ちならないシロモノになりかねないところを、ロッシ(ジャプリゾ)にとっては未だこの恋が、心に痛みを伴って生き続けていることが伝わってくることで、現在進行形の「映画」として成立している。エロくはありませんが、10代で見ると「ああ、オレもあんな年上の女性とおつきあいしたい…」と主人公の少年に嫉妬し、オジサンたちは「修道女ものとしては、これくらいのおとなしさが逆にソソるぜ」なんて楽しみ方も、まあ、出来なくもありません。冗談はともかく、悪くない映画ですよ。 7点(2003-11-05 11:36:13) |
4. 空の大怪獣ラドン
東宝の怪獣ものとしては、『ゴジラ』と並ぶ代表的傑作にして古典。炭坑での奇怪な連続殺人に始まって、少しずつ事の核心へと至っていく展開が、ほんとスリリングです。特に、ジュウシマツか何かの卵から、ラドンの孵化につながるシーンは、屈指の名場面。後半のラドンによる市街破壊のスペクタクルも、CG全盛の現代だからこそそのミニチュア合成が逆に新鮮なんじゃないかな。いや、もうまったく、この頃の怪獣映画は志が高かった… 9点(2003-10-06 16:11:47)(良:2票) |
5. ソイレント・グリーン
小生にとって、ワン・オブ・ザ・ベストSFのひとつ。中学生の頃、場末の映画館の3本立ての1本として出会って以来、あの安楽死ホームの場面とクラシック音楽が、今もなおふと蘇ってきたりします。この頃のリチャード・フライシャー作品は、『センチュリアン』といい実にシャープかつ深遠なテーマ性を持つものが多かったなあ。『ボウリング・フォー・コロンバイン』で醜態をさらしたチャールトン・ヘストンも、これが遺作となった名優エドワード・G・ロビンソンも、ついでに超べっぴんなリー・テイラー=ヤングも、みんな最高でした。そして、何よりあの陰うつな近未来地獄絵図を見事に表現したキャメラが。…すべての人におすすめして満足してもらえるには、ちょいと地味な印象かもと、9点にしましたが、小生のなかでは文句なしの満点作品であります! 9点(2003-05-27 18:52:40) |