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プロフィール
コメント数 2336
性別 男性
ホームページ http://yaplog.jp/awoi-sekai/
年齢 38歳
メールアドレス tkl1121@gj8.so-net.ne.jp
自己紹介 「自分が好きな映画が、良い映画」だと思います。
映画の評価はあくまで主観的なもので、それ以上でもそれ以下でもないと思います。

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1.  ちはやふる 結び
スポ根映画としても、青春映画としても、最高クラスの作品として文字通り“結んでいる”。見事な三部作だった。
[CS・衛星(邦画)] 9点(2019-03-21 18:33:56)
2.  ちはやふる 下の句
“青春”というエネルギーと、“かるた”という古典の表現が、融合することで生じる忘れ難きエモーションが、前作「上の句」から引き続き映し出される。 前作同様、広瀬すず演じる主人公の、眼差し、疾走、笑顔、嗚咽、白目(お約束)、すべてがエモい。 主人公をはじめとする高校生たちの言動は、時に非論理的に見えるくらいに、整合性がなく、青臭いけれど、その不安定な歪さも含めて、“青春”なのだと僕は思う。  前作のそつの無さを踏まえると、この“後編”はいささか不合理だ。言い換えれば、きっぱりと大雑把で、デリカシーがない。それらはすべて主人公・千早の言動に表れている。 今作の彼女は、前作の天真爛漫なザ・ヒロイン感を見失い、時に傍若無人に見える程の言動を繰り広げ、周囲の仲間たちを混乱させる。その混乱は、そのまま我々観客にも伝染し、「この子、こんなやつだっけ?」と眉をひそめざるを得なくなる。  でもね。まるで“別人”に思えてしまうくらいに、その時々の感情で、自分の立ち位置さえもグラグラとままならなくなることも、若さゆえの失敗であり、価値ではないか。 日々揺れ動き、自分自身が「自分」というものをまったく理解できないまま、傷つき、周囲に迷惑をかけながら、成長していく。それこそが、若者の特権であろう。  まさしく荒れ乱れるコマのようだった主人公は、ようやく自らの立ち位置を取り戻し、チームメイトたちに凛とした背中を見せる。 そして彼らは言う「あれが、あの姿が“ちはやふる”ですよ」と。最高かよ。  前作の王道感と比較すると、良い意味でも悪い意味でも面食らうことは間違いないけれど、そういう部分も含めて、やはり今作は青春映画の王道だと思える。
[CS・衛星(邦画)] 7点(2019-01-14 20:05:46)
3.  沈黙のテロリスト
下げきった低いハードルの更に下をくぐらせるような映画。 アクションスターの栄枯盛衰は宿命だとは思うが、やや肥えた体ででっぷりと座するシーンばかりのスティーブン・セガールを見ていると、年老いて致し方ないこととはいえ、彼自身のアクション俳優としての意識の低さが表れているように思える。  シルベスター・スタローンやアーノルド・シュワルツェネッガーら往年の大アクションスターらが、低迷期を乗り越えて、年相応の魅力を加味して復活し、今なおハリウッドでの存在感を放ち続けている様と比較すると、やっぱりスティーブン・セガールは彼らには敵わない存在だったのだなと再確認せざるを得ない。  まあ、そのセガールを差し置いて、トム・サイズモアが主人公だという時点で、どうかしている映画ではあるのだけれど。
[インターネット(字幕)] 1点(2017-04-05 23:54:01)
4.  ちはやふる 上の句
並べられた50枚のかるた札を前に座し、彼女は大きく息を吐く。髪をかきあげ耳を澄ます。真っ直ぐに見据える。 そのヒロインの一挙手一投足が、この映画の絶対的に揺るがない見どころだ。  “競技かるた”を題材にした人気原作漫画の映画化として、想像よりも随分と真っ当な青春映画に仕上がっていると思う。 マイナー競技を題材としたスポ根映画としては、「シコふんじゃった。」や「ウォーターボーイズ」等の過去作と比較して決して目新しい要素はないけれど、だからこそ「王道」を貫いていると言え、素直に感動的だった。  また“競技かるた”という“スポーツ”の競技性も、想像以上にアクション性に富んでおり、諸々の駆け引きや技術論の妙は、映像化されることでその「面白味」が引き出されていたと思う。 スポーツと文学とが文字通り「合体」したこの競技の持つ特性は、日本人だからこそ高められた独自性豊かな文化のようにも感じ、とても興味深かった。そして映画の構成上でも、その特性が巧くエンターテイメントとして表現されていたと思う。  と、作品そのものが青春スポ根映画として充分に及第点なのだが、それを二の次にしてしまう魅力を放っているのが、前述のヒロインを演じた「広瀬すず」に他ならない。  その圧倒的な美少女ぶりを武器にして、今彼女は数々の映画に引く手数多だ。特に今作のような漫画原作映画のヒロインでのキャスティングが立て続けである。 “流行りのアイドル女優”というレッテルを否定的に貼り付ける風潮も一部見受けられる。  今の「広瀬すず」が“アイドル女優”であることは否定しない。 ただしその“アイドル女優”としての格は、日本映画史上において、かなりとんでもないレベルに達していると思う。  かつての「宮沢りえ」や「原田知世」、「薬師丸ひろ子」らそうそうたる歴代アイドル女優の系譜に並び立ち、同年齢時での比較では彼女たちを凌駕する存在に成っているのではないか。 それが、一映画ファンとして、昨年「海街diary」を観て、今年「怒り」を観て、「確信」したことだ。  類まれな美貌もさることながら、「広瀬すず」の女優力の根源には、そこらの若手女優と比較してずば抜けた身体能力の高さと勘の鋭さがあると思う。 特に今作にはそれらの要素が存分に表れていて、彼女以外がこの映画のヒロインを演じたならば、“競技かるた”というスポーツが内包する迫力と魅力は、現状の半分も表現されなかっただろうと思える。 今作ではスーパースローが多用されているが、アクション描写における瞬発力や身体の動かし方、弾いた札を追う目線に至るまで、しっかりと「表現」が出来ているのは、この女優の身体能力と勘の良さがあってこそだと思う。  そういった演技力云々以前の存在感の強さとそれに伴う絶対的な輝きが、「広瀬すず」という女優が特別な理由だと僕は思う。 この先、この女優は多くの人に認められ、そして多くの人に嫌われることだろう。スキャンダルにも苦しめられるかもしれない。 眩しすぎる光は、往々にして、羨望や嫉妬と共に拒まれるものだ。  そういうものを全部ひっくるめて、「広瀬すず」という大女優の原石が背負った宿命だと思えてならない。
[DVD(邦画)] 7点(2016-12-07 00:15:35)(良:1票)
5.  チャッピー 《ネタバレ》 
自らの「創造主」である人間が瀕死状態となり、人工知能を備えたロボット(=チャッピー)は、即座にある“判断”をする。 あの時チャッピーは、人間の生死の確率を即座に見極めたから、病院に行くという選択肢を端から除外したのか。 それとも、人間に対して絶望し尽くした彼は、「創造主」が人間であること自体を認められなかったからこそ、あの選択に至ったのか。 ラストの“ママ”の顛末も含めて、物語はある意味ハッピーエンドを迎えたようにも見えるけれど、そこには人間に限りなく近づいたロボットの悲しみと闇が表れているように思えた。   ニール・ブロムカンプ監督作品は過去2作とも観てきているが、2作ともイントロダクションの時点では非常に興味が惹かれる反面、結局ハマらなかったというのが正直なところ。 この監督が描き出すSF映画の世界観は、リアリティーラインが独特で、どういうスタンスで観るべきかという部分で最終的に戸惑ってしまう。 特に衝撃のデビュー作とされる「第9地区」は、映画自体の紛れも無い“新しさ”は認めつつも、ストーリーテリングの破綻具合に乗り切ることが出来なかった。  そういわけで、再び故郷ヨハネスブルグを舞台にした今作に対しては、鑑賞前に一歩引いてしまっていたことは否めず、結局劇場鑑賞もスルーしてしまった。 しかし、結果としては、やはり映画館で観るべきだったと大いに後悔している。  “人工知能を育てる”というモチーフそのものは、過去のSF映画において散々使い古されてきたものだろう。 けれどこの映画は、人や生活を含めた「教育環境」に物語としての重点を置き、独自性を高めていると思う。 それが即ち“ヨハネスブルグ”という環境であり、その場所で“育つ”ということの「現実」をチャッピーという特異な存在を通じて雄弁に語っている。  監督は、デビュー作「第9地区」でヨハネスブルグを描き、ハリウッド進出を果たした二作目「エリジウム」では舞台自体は近未来のロサンゼルスという設定だったが、描き出された殺伐とした風景はヨハネスブルグにとても似通っていた。 その時点では、自身の故郷しか描けない引き出しの少なさが露呈されたようにも見えたけれど、今作を観た後ではその印象は修正された。  この監督にとっては、“ヨハネスブルグ”を描くこと自体が作家性であり、強烈な個性なのだと思う。 長く深い民族問題、政治問題を経て、今なお格差社会とそれに伴う犯罪が漫然とはびこる社会環境を、圧倒的な娯楽性を通じてタイムリーに描き続けることこそが、この映画監督の本懐なのだろう。 個性的で優れた映画監督として、その在り方は正しい。   出演陣では、監督の盟友であるシャールト・コプリーが三度起用され、モーションキャプチャーによるチャッピー役を好演している。 脇役・悪役に、シガニー・ウィーバーとヒュー・ジャックマンを配した布陣は豪華だが、彼らよりもずっと印象深かったのは、チャッピーの擬似両親となるギャング夫婦を演じた“ニンジャ&ヨーランディ・ヴィッサー”。 二人は、南アフリカ出身のラップグループ“ダイ・アントワード”のラッパーコンビで、役名そのままで実生活でも夫婦らしい。何ともアバンギャルドな夫婦だと思い、YouTubeで彼らの曲(今作劇中でも使用されている)を何曲か聴いてみたが、これがまた素晴らしく良い。  しばらくは、“ママ”と“パパ”の音楽を聴きながら、チャッピーよろしくギャング歩きをしたくなる衝動に駆られそうだ。
[ブルーレイ(字幕)] 8点(2015-11-17 23:52:44)
6.  チョコレート・ファイター
数年前に観た「マッハ!!!!!!!!」は、あまりに覚えづらいタイ人監督の名前と、「体を張る」ということの本当の意味を伴ったアクションを強烈に印象づけた映画だった。 ただし、主人公を演じたトニー・ジャーというアクション俳優のパフォーマンスがあまりに超絶過ぎるのに対して、ストーリーは陳腐なので、もはや一流アスリートの超人芸を映し出した記録映像を延々と見せられているようで、映画としてのカタルシスを得ることが出来なかった。  「マッハ!!!!!!!!」はそういった形で、とても勿体ないと思えた映画だったが、今作は数年かけて育て上げた天才少女ジージャー・ヤーニン(井上真央似)を主人公に配し、足りなかった映画的カタルシスを備えた“タイ産”美少女アクションに仕上がっている。  ストーリー的に嘲笑を抑えきれない部分はやはり多い。色々な意味で、決して“良質”な映画とは言い難い。  ストーリーテリングが必要以上にシリアスなのに、諸々の場面設定はチープだし、キャラクターの行動の整合性も欠けている。 そもそもがこの手のジャンル映画としては、あまりに話が暗過ぎるし、特に序盤の鬱積感は観ていて辛ささえ感じる。  でも、そういう諸々の粗や鬱積を“助走”として、少女の体そのものから文字通り「解放」されるアクションがもの凄い。 エンディングで映し出される「NGシーン」もとい「事故映像」が伝えるままに、描かれるアクションは痛々しいまでにリアルで半端ない。それが、今回は「記録映像」に留まっていない。 ブルース・リーをはじめ、ジャッキー・チェン、ワイヤーアクション、チャンバラに至るまで、あらゆる格闘アクションに尊敬とオマージュを捧げたアクションが、映画の中で「進化」し、“ジージャー”という新星の唯一無二のオリジナルアクションへと「昇華」していく。その進化の過程に対して、何よりもカタルシスを覚えた。  繰り返しになるが、ストーリーはお世辞にも褒められたものではなく、極めて陳腐だと言わざるを得ない。 ただし、DVDを観終わった深夜のリビングで、思わず「フォワーーッ」と発しながらハイキックをしてしまった。 もちろん“ジージャー”のそれと比べると、「ハイキック」と呼べるほど自分の足は上がっていなかったけれど、映画を観終わってそういう反射的な行動を引き起こさせる、これを「本物のアクション」と言わずして何と言う?
[DVD(字幕)] 8点(2012-01-27 00:48:57)
7.  CHiLDREN チルドレン
伊坂幸太郎の原作の世界観をどれほど踏襲できているのかは、原作未読のためはっきりしない。 おそらくは、もっと物語の本質を際立たせる文体の巧さが味わえるのだろうと想像する。 しかし同時に、伊坂幸太郎流の、子供と大人の狭間の少年たちを描いたドラマ性は、この作品からも充分に伝わってきた。 テレビ映画らしく特筆するほどのインパクトは無いが、面白いドラマだったとは思う。  ただし一方で、もう少しこの原作者らしいミステリアスを孕んでいるものと期待してしまった部分もあり、そういう部分での“薄さ”は正直物足りなかった。 先輩家裁調査官の“とんでも”ぶりの裏に隠された真意など期待させる部分があっただけに、案外すんなりと爽やかに終わったなーという印象を持った。 まあ、だからと言ってその顛末が作品として悪かったというわけではないのだけれど。  機会があれば原作も読んでみたいと思う。 たぶん原作を読んでしまうと、この映画作品の評価は下がってしまいそうだが。
[DVD(邦画)] 6点(2011-06-17 16:45:09)
8.  チャーリー
”チャーリー・チャップリン”、この固有名詞はもはや全世界の映画史に残る一つのアイコンであろう。 「波瀾万丈」という言葉がふさわしい彼の喜劇人、そして映画人としての長い人生を、ひとつの「映画」として表現する試みは、「必然」であったと同時に、物凄く高いハードルだったと思う。 145分間のこの映画で、チャップリンという男の人生の本質をくまなく描き切れているとは思わないし、それは到底無理な話だ。  ただ、想像以上に「面白い」映画だった。深夜0時過ぎに鑑賞を始めたが、まったく眠気を覚えなかったほどに。  その“面白味”の大部分は、ロバート・ダウニー・Jr.のパフォーマンスに尽きる。 チャップリンの人生を映画化するハードルの高さは、即ちチャップリンを演じる俳優に与えられる試練の大きさだろう。まともな俳優であれば、その仕事の困難さに尻込みしてしまうはずだと思う。  が、ロバート・ダウニー・Jr.という俳優は、イロイロな意味で、まともではない。  舞台コメディアンとして仕事を始めた10代から、スイスで晩年を迎えた80代まで、チャーリー・チャップリンという男の人生の様を見事に“体現”していた。  冒頭、白塗りのメイクを落としていくチャップリン、その瞳には吸い込まれるような闇が垣間見える。 そこには、世界一有名な喜劇王が抱え続けた“孤独”と“虚無”が描きつけられている。  伝記映画としてその展開にはやや野暮ったい部分もある。アンソニー・ホプキンスが、珍しくあまり個性の無い編集者役で登場するチャップリンの晩年シーンなどは、何度も挟み込む必要は無かったように思う。 それでも、ダン・エイクロイド、ケヴィン・クライン、ダイアン・レインら実力俳優に加え、若く瑞々しいミラ・ジョヴォヴィッチも脇に配し、キャスティング的にも映画ファンとして非常に楽しめる。  チャーリー・チャップリンの人生を描くということは、即ち往年のハリウッドの舞台裏と、当時のアメリカ社会の“闇”描くということでもあった。そういう意味で、この映画はとても多面的な面白さを備えている。  そして何よりも、この映画を観ると、本物の“チャップリン”が観たくなる。
[CS・衛星(字幕)] 8点(2010-11-07 11:26:05)(良:1票)
9.  地球爆破作戦 《ネタバレ》 
往年の外国映画、特に娯楽映画においては、その「邦題」に惑わされることが多い。  「地球爆破作戦」とタイトルを掲げ、粗筋に「コンピューターの暴走に対峙する人類の姿を描く」なんてあれば、当然、地球滅亡に向けて暴走し始めたコンピューターを人類が必死に防ぎ切る話なのだろうと思ってしまう。  が、この邦題はまず無視しなければならない。 実際は、「平和」を大義名分とした“国防”のために構築されたコンピューターが想定外に進化し、「平和」を純粋に実現するために、全人類を己の完全支配下に従えようとプログラミングが暴走するというストーリー展開だ。 根本となるその発想が、数多の映画でよくある“コンピューターの反乱”とは明らかに異なっていて、面白い。  冒頭、超巨大なコンピュータールームにて、主人公がシステムを起動させる。 CGなんて普及していない時代の映画である。レトロな美術セットによるコンピューター機器のビジュアルには、チープさを感じる反面、逆に独特の雰囲気があり、“マシーン”の恐ろしさを感じさせる。  もちろんSF映画なので、すべてが現実的なわけではなく、そもそもの設定が突飛である。  ただし、支配力を強めるコンピューターに抗う人類の無力さ、そして娯楽映画の定番を覆すブラックな顛末には、ゾッとするようなリアリティがあり、それがこの映画自体の面白味に直結している。  今日現在に至るまで、人類の進歩は、そのまま科学技術の浸食であると言える。 生活は日々便利になっていくが、いつの時代もそこには、“転覆”の恐怖が表裏一体で存在する。  そして、コンピューターに支配されていない「現実」が、決して「平和」な世界になっていないことも事実。  映画のラスト、人類の支配を成したコンピューターは、主人公らの絶望感をよそに「これで平和な世界となる」と高らかに宣言する。 その宣言に対して、主人公は最後の最後まで必死に抵抗し、「否定」をする。 が、その「否定」が必ずしも正しくないことを、主人公自身が心理の奥底で感じている。  その矛盾こそが、人類の存在価値そのものを脅かす恐怖であろう。  このクラッシックなSF映画は、そういう恐ろしさを40年経った今も雄弁に語っている。
[DVD(字幕)] 8点(2010-11-04 12:29:53)(良:1票)
10.  地球の静止する日
半世紀以上前の映画に対し、映像や美術が「稚拙だ」などと言うことは大きくお門違いで、賞賛すべきは、この時代における「SF」に対する真摯な描き出し方であり、映画史における革新性だと思う。  遠い宇宙からやってきた宇宙人、彼の目的は「退廃」へと突き進もうとしている地球人たちへの“警告”と、平和への
[DVD(字幕)] 8点(2008-12-22 11:29:01)
11.  地球が静止する日
止まることを知らないリメイクブーム。過去の素晴らしい映画を、最新の映像技術と、キャストでリメイクするということ自体には、意味があると思うし、映画ファンとして期待する部分も大きい。  ただ、リメイクする以上は、オリジナルを超越しろとまでは言わないが、リメイクならではの“面白味”を生んでほしいと思う。  残念ながら、1951年のオリジナル作品は未見で、具体的な比較はできないが、粗筋を見る限りでは、なんだかストーリーの真意を大きく逸脱してしまっているのではないかと思う。  どうやらオリジナル作品での主人公クラトゥは、地球人に説得と警告を与えるためにやってきた「平和の使者」という位置づけが強かったようだが、今作ではどうもそのキャラクター設定が曖昧で、彼自身の行動に説得力が無い。  それがそのまま、作品全体の曖昧さに繋がり、終始軽薄な印象が拭えない。  地球の存亡に関わるスケールの大きな物語であるはずなのに、主人公をはじめとする登場人物達の言動にどこか真に迫るものがなく、描かれる危機感とは相反して“淡々”と展開していく。  題材の巨大さに対して、その中で描かれるドラマが極めて少なく、小さい。 もっと登場人物を増やして、各々のドラマを群像的に仕上げれば、物語としての深みが出たと思うが、中心で描かれるのが血の繋がらない親子の絆だけでは、やはりバランスが悪い。  44歳で相変わらず若々しいキアヌ・リーブスの“奇妙”さは、ある意味主人公の宇宙人役としてふさわしかったと思うが、残念ながら彼の代表作の中には列挙されない作品となっている。  近いうちにオリジナル作品も観たいと思うが、観賞後は殊更に今作の「駄目っぷり」が際立つような予感がある……。
[映画館(字幕)] 5点(2008-12-21 08:32:07)
12.  チーム・バチスタの栄光 《ネタバレ》 
正直、「愚作」という言葉を否定することができない。 昨年原作を読んで、現役医師によるライブ感とリアリティのある描写による秀逸な医療サスペンスに感嘆し、映画化が楽しみな小説の一つだったのだけれど、ものの見事に“医療ミス”が起こってしまっている。  そもそも、主人公の田口医師の設定を女性にしたのはどういうわけか? 大学病院の出世コースから遠く離れたある種のアウトロー性を持った落ちこぼれ講師が、病院の花形である“チーム・バチスタ”の内部調査をしていくという不相応さが、先ずこの物語の面白味であったはずだ。それなのに、主人公をただ単にのほほんとした柔和な神経内科女医としてしまったことで、物語自体が非常に“ゆるい”感じになってしまっている。  もう一人の主人公である厚生労働省の変人役人白鳥の設定もおかしい。 元々、特異なキャラクター設定であることには違いないが、そこに必要なのはあくまでもリアリティであり、「もしかしたらこんなエキセントリックな役人もいるかもしれない」という現実味のある面白さがなければ、現実的な医療現場を舞台にしている以上、ストーリーとして破綻してしまう。 原作では白鳥は「厚生労働省大臣官房秘書課付技官・医療過誤死関連中立的第三者機関設置推進準備室室長」という馬鹿みたいに長々しい肩書きを披露するのだが、彼のキャラクター性のユニークさはそういう部分で、突如ソフトボールの試合に現れて大ホームランを打つなどという安いインパクトは必要なかった(そもそも主人公がソフトボールに興じているという設定が意味不明だ)。  高階院長以下その他のキャラクターについても原作に対して人間描写が薄すぎて、物語の核心であるチーム・バチスタ内の人間関係や医療現場の問題性がほとんど伝わってこない。 主人公の田口医師、そして“ロジカルモンスター”白鳥が、チーム・バチスタに対して行う“ヒアリング”によってそれぞれの人間性が見えてくるくだりこそ、この物語の“キモ”であり、面白味であるのに、その描写が軽薄では話にならない。  考えれば考える程に「粗」が見えてきて仕方がない。映画化においてどういうイメージをもって製作が進んだのか知る由もないが、監督の抜擢から脚色、キャスティングまでもう少しまともなセンスを保てなかったものか。 売れた原作をただただ安直に映画化しただけの出来映えが残念でならない。 
[映画館(邦画)] 1点(2008-02-10 16:31:30)(良:5票)
13.  チーム★アメリカ ワールドポリス
去年公開されるや否や、報道番組でも取り上げられる程に、ダイレクトで遠慮がない国際情勢批判(=アメリカ批判)や実在実名の国家、俳優を名指しで中傷したことが話題になった“人形劇映画”。  どんなものかと思ったが、スゴイ。本当に「限度」というものを、この映画のつくり手達は知らないのだろう。  とにかく、これでもかと繰り広げられる、自国批判、国際情勢批判、人権侵害を無視したブラックジョーク、人形にヤラセ放題の下ネタ・お下劣ネタのオンパレード。 それを、物凄くクオリティの高いパペット操作と精巧なミニチュアで完璧に描き出すのだから、尚更に(当事者にとっては)始末が悪い。  よくもまあ、これほどまでにあらゆる種類の人々を、あからさまに敵にまわすような映画が作れるなと、その大胆すぎる姿勢に感心してしまう。  そして、この完全なる「問題作」を公然と製作し、わりと(実際は知らないが)弊害なく、世界へと公開させてしまう、アメリカという国は、その“病的”な部分も含めて、やはり「強大である」と言わざるを得ないのではないか?  それにしても。こんなにも何もかもが可笑しくて滑稽極まりないのに、これほどまでに「笑えない」映画も初めてだ。 (実際は、終始笑いっぱなしなのだけれど……)
[DVD(字幕)] 8点(2005-12-21 01:10:04)
14.  チャーリーとチョコレート工場
工場を巡る途中、主人公の少年が言う「チョコレートの美味しさは理屈じゃない」というセリフが、そのままこの映画全体を表現している。と、思う。 奇想天外なチョコレート工場と工場主、その世界の愉快さの前に理屈など意味を持たない。ただ単に“楽しい!”というほか何もないのだ。 そして、こういう映画におけるティム・バートンの支配力はもう尋常じゃない。完璧以上に完璧にその世界観を作り上げる。更にそこに、ジョニー・デップが加わった時、もう言葉などが入り込む余地は何処にもないのだ。もう“ひたすらに楽しい!”そう言う以外に何が必要か。 板チョコを手に映画館に入れば、尚更に楽しいと思う。
[映画館(字幕)] 9点(2005-09-16 02:29:07)(良:1票)
15.  地球で最後のふたり
正直、“足りないもの”は非常に多い映画だ。そのことがストーリーを展開していく上で、分かりにくさにつながる部分は確かにあり、曖昧な空気感が退屈に感じることも無いとは言えない。でも同時にその物足りなさが、なんだか心地よかったりする。日本人の男とタイ人の女の“片言の対話”が不思議だけれど、とても純粋な人と人との交わりに見えてくる。この監督の前作「シックスティナイン」の印象が強いので、日本ヤクザの登場による抑揚の強い展開を期待したところはあるが、期待を裏切り、美しい映像によってあくまで淡々と終始する映画世界は、洗練された世界の果てを想像させる。
7点(2004-11-06 18:22:23)
16.  茶の味
この映画は奇妙だ。そしてそれと同時に、とても身近でとても深遠な“幸福”を備えたファンタジーだと思った。突飛なアイデアと抜群の色彩に彩られた映像世界もさることながら、この映画の成功は、何と言っても俳優たちが醸し出すユニークで自然な“鬱積”とそれに対する“解放感”の見事さによるところが大きい。その中でも特に幸子役を演じた若干6歳の女優・坂野真弥のたたずまいは、浅野忠信、三浦友和ら名だたる名優たちを抑えて抜群だったと思う。 “人の生”は「茶の味」だ。いろんな要素がごった返して混ざり合って、苦い旨さが、ほっとする。そしてそれは、宇宙の壮大な混沌とも類似するほど、深く、果てしない。
10点(2004-11-01 21:59:26)(良:1票)
17.  チャーリーズ・エンジェル
何と言ってもこの映画の見所は3人のハリウッド女優のセクシーさに尽きる。ストーリーがどんなにくだらなくても、極上のセクシーさとハイテンションな演出によって、一級の娯楽映画に仕上がっていることは間違いない。個人的には、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のジョンが出ていたことが嬉しかった。
6点(2004-02-04 18:32:52)
18.  チェンジング・レーン
ベン・アフレックの大根役者ぶりは個人的には頂けないが、演技面ではサミュエル・L・ジャクソンが巧くカバーしていた。多少詰め込みすぎという感はあるが、誰にでも起こり得る日常のサスペンスを興味深く描き出すことに成功している。映像的な工夫がもう少しあれば、現代のヒッチコック映画とも言える雰囲気を持っていると思う。
[ビデオ(字幕)] 6点(2004-01-30 18:09:41)
19.  チアーズ!
スポーツ映画特有の軽快な爽快感と感動を期待したのだけれど、どこかテンポが悪く盛り上がらなかった。他のスポーツと比べると、チアガールは映画的に表現しやすい題材だと思うので、テンション的にもノリきれなかったことは残念だ。
[ビデオ(字幕)] 3点(2004-01-18 02:10:55)
20.  チョコレート(2001)
非常にテーマ性の深い濃密なドラマであり、同時に極めて濃厚なラブストーリーであるということをまず断言したい。恋、焦がれ~の模様を描く一般的なラブストーリーとは明らかに一線を画すが、ここまで真摯に人間自体の奥深さを描き出したラブストーリーは他にない。淡々と心を通わせ、濃厚に絡み合う途方もなく傷ついた二人の男女の極めて本能的な恋模様に息を呑む。アカデミー主演女優賞を受賞したハル・ベリーの熱情的でシリアスな眼差しは印象深く素晴らしかった。しかしそれ以上に、ビリー・ボブ・ソーントンの自然な存在感が圧巻だった。
[映画館(字幕)] 9点(2004-01-18 01:50:44)
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