1. 喜びも悲しみも幾歳月
《ネタバレ》 灯台守という特殊な職業を一般に知らしめた佳作。 灯台守に従事する夫婦が、長年に渡り、困難にみまわれながらも奮闘する姿を描く。仕事の性質上、責任は甚大で、疎漏や落ち度は許されない。勤務先は離島か岬の僻地に限られ、転勤が多い上、嵐の日も勤務、まとまった休みは取れずと、その労苦は察して余りある。特に子供の教育には支障をきたす。 主人公有沢四郎、きよ子を含めて四組の結婚が描かれ、同僚夫婦の挿話も多いことから分る通り、主題は夫婦愛だ。 ある夫人は、灯台守の寂しさと子供の事故死が原因で狂人となってしまうが、それでも夫は妻を愛していると言う。 後輩の野津と真砂子夫婦は、一度は破談したが、紆余曲折の末に結ばれた。きよ子と同郷の女は、きよ子に振られた男に冷淡にされ自殺を決意したが、翻意して、数年後その男と結婚した。だが結婚生活は不幸なものだった。有沢夫妻の娘は、海外勤務の夫と結婚してカイロへ旅立つ。 日本最古の観音崎灯台から始まり、日本各地を巡り、四季折々の風景を写し、戦争等の時事を交え、娘夫婦の海外渡航で終る。市井の人としては波乱に満ちた人生で、老いた二人が最後に人生を回顧する場面は感動的だ。物語を日本国内に留めず、海外にまで伸ばしたことで視点が広がった。練りに練り込まれた脚本で、賞賛に値する。 しかし、謹厳実直な夫と、よく従う妻という「夫唱婦随」を絵にした「教科書的な」夫婦で、どこか物足りない。 最大の問題点は、二人の出会いの場面が描かれていないこと。四郎は父の死に帰郷し、翌日見合いし、翌日結婚した。きよ子も迷わず結婚を決意した。尋常でない。その辺りの事情や心情が省かれている。説明する必要はないが、二人が出会って結婚する場面を描かないと、夫婦の始まりの部分が空白で、物語が完結しないと思う。もう一つの問題は、最大の波乱かつ遺恨である息子の死について。事件に至る経緯や刺殺事件の実態が一切描かれない。これは手抜きだ。夫婦の契りが試される最大の事件であり、これを乗り越えてこそ真の夫婦に至るのであり、この事件を抜きにして二人の人生は語れないと思う。息子の掘り下げをしなかったのは、時間の制約によるものだろうが、甚だ残念である。 最も印象に残るのは、きよ子とが真砂子が浜辺で再会する場面だ。演技力も演出も撮影技術も申し分ない。二人の老け演技も佳い。一方で、米軍機の機銃掃射場面は貧弱だ。 [DVD(字幕)] 8点(2014-09-05 14:07:58) |
2. 欲望(1966)
《ネタバレ》 抽象画風のやや難解な映画だ。現代人の「虚無と孤独」が主題だと思う。主人公の写真家は、「現代人、特に男性」を象徴する。経済的に恵まれ、仕事も成功しているが、心は空虚である。移り気で何をしても満足できず、熱中しやすく、冷めやすく、時に人道主義的で、時に冷淡で、女性に惹かれながらも蔑視し、日常生活に飽き、どこか別の世界に行きたいと願う。写真家の人物描写が興味深い。底辺の労務者を撮るが、同情はしない。飛んで階段を登ったり、スライディングして電話をとったりと落ち着きがない。モデル撮影に熱中したかと思うと、さっと止める。静寂を感じると車のクラクションを鳴らす。骨董屋ではプロペラを欲しがるが、スタジオでは見向きもしない。二人の少女と戯れるだけ戯れると、まるで別人となり殺人事件の写真解明に向かう。ライブハウスではギターネックを欲しがるが、通りにでると捨てる。自分というものが無く、周囲の刺激や雰囲気に大きく影響を受けてしまう。殺人事件は事実だ。拡大写真に消音器付拳銃が映っているし、死体も触って確認している。注意深く観ると、デモのプラカードを乗せた写真家の車を追跡する男女同乗の車に気づく。男はレストランを窺っていた怪しい人物で、殺人の実行犯だろう。女は唐突にスタジオに登場したのではなく、追ってきたのだ。スタジオが物色されて写真とネガが奪われたのも、事件が事実であることの証明だ。だが写真家は事件を目撃したという事実に確信が持てなくなる。写真とネガはないし、語るべき相手がいない。抽象画家の恋人と編集者に話すがまるで通じない。画家の恋人には「まるで抽象画」といわれるし、編集者に「何を見た」と訊かれて、「何も」と答えるしかない。「伝達の不毛」「人間関係の不毛」だ。虚無を象徴するのが「無音世界」だろう。無音に耐えきれず、クラクションを鳴らすし、ギターネックに執着したのも音に惹かれたから。公園の死体が消えた後、彼は自分を失って彷徨う。カメラだけを信じて生きて来たのに、それさえも信じられなくなった。そこでパントマイム・テニスの無音世界に出遭う。影響されやすい写真家は、パントマイムに参加し、見えない球を投げ返す。すると聞こえるはずのない打球音が聞こえてくる。無音世界が真実になったとき、写真家の姿は消えた。意識ともども無音世界に行ってしまった。60年代ロンドンの現代アートを刻み込んだ貴重な作品。 [DVD(字幕)] 8点(2013-09-15 14:42:03) |
3. 酔いどれ天使
《ネタバレ》 刑務所帰りのやくざ岡田のキャラが中途半端。怖さや凄みが感じられない。ギターを上手に弾いたりさせるからだ。悲劇を盛り上げるためには岡田を冷徹な敵役にする必要があった。 ◆舎弟の松永は岡田を殺しに行ったが、動機が釈然としない。親分が松永の縄張りを岡田のものにしたのが原因だ。だが松永の病気の体では土台やくざ稼業は無理だ。それに恨むなら親分を恨むべきだ。ここは岡田に悪逆非道の振る舞いをさせて、正義感に芽生えた松永が岡田を諭しに向かい、勢いで殺し合いになるという展開にすべきだった。それなら松永に同情できるし、収まりが良い。 ◆眞田医師のキャラは個性が強く、良くできている。酔いどれ天使を自称。正義感が強い。病気を憎み、悪を憎み、悪を作り出す環境を憎む。一方で若いころ放蕩したことへの自責の念が強く、お酒が手放せない。松永と似たもの同志だ。だから同情も反発も強い。 ◆一方松永の掘り下げが弱い。生い立ちややくざになった経緯を示すべきだろう。しんみりと過去の境遇を漏らす場面があってしかるべきだった。どうしてあんなに退廃的で、死に急ぐ生き方をするのだろう。居酒屋の女との関係も描けていない。女はどうして松永に優しくするのか。どういう関係であったのか。描きこみが足りない。松永にはっきり足を洗って、田舎に引き籠ると言わせればよかった。どうでないので、ラストシーンで悲しくならない。悲劇になりきっていない。 ◆松永と好対照の女子高生を出したのは良かった。松永の生き方が浮き彫りになる。ただあんな病院で結核が治るかどうか疑問である。レントゲンもないのだから。 ◆中途半端な内容になってしまったのは、脚本の植草圭之助とそりが合わなかったからだろう。黒沢は徹底したやくざ嫌い。一方植草はやくざに同情的で、環境が悪いのであり、本人ばかりの責任では無いと主張。植草は幼馴染で大の親友なので切ることはできなかった。やくざの愚かさ、怖さ、苦悩といったものが全く伝わらない平凡な作品になっている。 ◆感心したのは最後の殺し合いの演出。松永が飛び込む。誰もいない廊下。女が逃げ出してくる。三面鏡に移る松永の姿。恐怖にゆがむ岡田の顔のアップ。構図が次から次への決まる。音楽を廃し、時が止まったような印象を与える。黒澤監督の初めての芸術的な演出と思う。夢のシーンも超現実的で印象深い。 [ビデオ(邦画)] 6点(2011-03-06 07:17:39) |
4. 余命1ヶ月の花嫁
《ネタバレ》 【感想】実話を元にした難病恋愛もの。この手の映画作りにはコツがある。女性を中心に据え、美しく撮る。病前の健康で明るい様子を描く。病前と病後のギャップを著しく。純愛を強調。病気の悲惨さを伝える。印象的な言葉、シーンを挿入してメリハリを利かせる。音楽で感動を盛り上げる。長尺にしない。本作の出来は、残念ながらどれも中途半端。最たるものはビデオレターでの健康そうな顔。一方で病前なのに元気のないこと。男の顔にライトは当たっているのに、女には当たってなかったり、意味のないロングショットの長回しがある。ビデオレターの場面でも、男がテープをセットするような部分はカットできる。全てのエピソードが冗長ぎみ。屋久島旅行は映画の脚色。傘があるのに差さないで雨中を指輪を求めて走るシーンはくどい。医者や知人など支える側の人物像が描けていない。若くして人が亡くなる悲しさ・不条理さが描けてない。結婚式に出席した男性の父親に拍手。企画は良いが、演技力、監督力、カメラ力、編集力、総合的映画力が不足。感動作とはほど遠い。◆女性の生きたいという気力は出ており、優しさも伝わる。若年の乳がんの恐ろしさを伝えたかったのは本心からだろう。男性もよく尽くしたと思う。入籍せず形だけの結婚式とはいえ、決意するのは並大抵のことではない。TVカメラが回っているのだし。事後のトラブルで美談になりきれなかったのは残念。乳房のしこりに気付きつつ、ひと月放置したら数センチにまで成長した、という病状の経過が無いのは残念。 【経過】2005.12月出会い。2006.1月乳癌発覚。5月伊勢旅行。8月福島・北海道旅行。乳房切除。2007.3月転移、余命宣告。4月TBS取材開始。4月5日模擬結婚式。5月6日永眠。5.10日と11日TBSで放送。 【印象的な科白】「ありがとう!(父が突然太郎に向かって絶句)」「いつか支えきれなくなる、其の時悲しむのは彼女だ(父)」「生きるってすごい事だね(千恵)」「本当の花嫁さんになる人に悪い(千恵)」「癌になってごめんね(千恵)」 [DVD(邦画)] 4点(2010-06-24 04:51:39) |
5. 容疑者 室井慎次
《ネタバレ》 殺人犯が判明するプロセスが抜けているので、ミステリーとしては評価できない。ここが最大の欠点。警察内の権力争いに力点を置いているが、この点において結局は何の進展もなく、中途半端。室井慎次という人間を描けているかといえば、恋人のエピソードくらいしか出てこない。逮捕されたら普通家族が出てくるんだけど。この人、孤児?恋人だけど、あの状況で自殺はないでしょ。難病、不治の恋人のため、学校やめて看病、ハァー?それをやめさせるために自殺?ありえません。それにこの人、不自然なほど無口。もっと自分を弁護しようよ。守るべき警察のためにもね。それにしても警察幹部の弁護士が新人女一人だけなのは何故?後で老弁護士が加わったけど、役立たず仕舞。冒頭、巡査が殺人の容疑者として取り調べを受けているが、その容疑の根拠が示されていない。脚本の手抜きですか?その取り調べが36時間連続で、しかも交番に大勢の刑事が押し掛けてみんなで公開尋問している。なんてシュールなんでしょうか。脚本家はド素人だね。殺人依頼の少女は高校生?夜の学校に行くのは何故?二股交際が面倒くさいから交際者の一人を殺人?巡査はどうしてだれが犯人で、少女が依頼者と知ったのだろうか?知ってたからかばったんだよね。悪徳弁護士は室井に取引をもちかけているが、どうして?告訴を取り下げて何の得があるのか?重いテーマの映画だが、こんな疑問だらけな脚本で感動を得られるはずがありません。エンディングの二人の会話も意味不明でした。二人に愛情が芽生えたのでしょうか?というか、悪徳弁護士は違法取引で懲戒免職になったのか、そっちの方が気になるんですけど。この脚本家を容疑者として調べたい。 [映画館(邦画)] 4点(2010-05-08 08:05:43) |
6. 容疑者Xの献身
《ネタバレ》 天才が二人も出来てくるので、さぞやもの凄い不可能犯罪との対決かと思いきや、DVの元夫を衝動的に殺した母子を助けるという小さな話。むしろ序のクルーザー爆破事件の方がインパクトが強い。ミステリーとして読み解くと、アラが目立ちます。天才のはずなのに、死体を切り刻んで捨てたり、浮浪者を殺して顔をつぶしたり、脅迫状送ったり、身代わりに出頭したり、まさに凡人のやることです。警察が浮浪者の死体を元夫と間違うわけがありません。家族が確認しますし、DNA判定も行います。宿にあった髪の毛となんかと比較しません。浮浪者仲間の目撃者もいるでしょう。彼らは助け合って生きてます。美しくない回答です。正々堂々、出頭して正当防衛を主張すればよかったのです。ラブストーリーとして読み解くとどうでしょうか。石神は人生に絶望していた。が、隣の母子の会話やお弁当で生きる希望を見出した。母の靖子に恋したのです。結果愛という不合理さを取り入れた回答は非論理的になってしまった。ただ天才なのに何故絶望したのか不明。論文をどんどん発表すればいいのに。石神の愛は無条件の愛ではなく、利己的な愛。献身ではなく、押し付け。天才+絶望+愛=押し付け+殺人。靖子の立場に立つと、殺人の身代わりまでしてくれた石神の愛に報いたい、一緒に贖罪したい気持ちは十分理解できます。いい人ですね。靖子の告白を聞いたとき、石神は初めて真実の愛を知り、号泣したのです。それで何もかも正直にしゃべり、川で凶器が見つかります。靖子の愛の方が献身的といえるでしょう。ミステリーと思わせて、実はラブストーリー。「簡単な引っかけ問題」ですが見事です。ダンカンへの脅迫状でのミスリード。というか、いかにも怪しげなダンカンそのものがミスリード。雪山で湯川が殺されるかもしれないというサスペンス。山からの景色を心から美しいと言える石神は、利己的とは言え、初めて愛に生きる喜びを味いました。悲劇を盛り上げます。このへんは成功しています。でもオバカすぎる警察は失敗。両者が知力を尽さないと面白くありません。 [DVD(字幕)] 7点(2009-10-09 05:08:40) |