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鉄腕麗人さんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

プロフィール
コメント数 2593
性別 男性
ホームページ https://tkl21.com
年齢 43歳
メールアドレス tkl1121@gj8.so-net.ne.jp
自己紹介 「自分が好きな映画が、良い映画」だと思います。
映画の評価はあくまで主観的なもので、それ以上でもそれ以下でもないと思います。

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841.  オブリビオン(2013)
きっと多くの人から“叩かれる”タイプの映画なのだろうとは思う。 ストーリーに新しさがあるというわけではないし、粗も大いにある。 ピークを過ぎたスター俳優が、自ら築き上げてきた“ヒーロー像”にしがみついているように見えなくもない。  “ただし”、僕はこの映画を大絶賛したい。誰が何と言おうとも。  エイリアンの侵略により崩壊した地球。侵略に対して何とか勝利はおさめたが、他の星への移住に向けて、残された資源の“監視”をする任務に就いている二人きりの男女。 絶望的な未来世界を描いたいわゆる“ディストピア映画”は、長いSF映画史において数多生み出されているので、この映画の設定自体もやはりどこかありふれている。 それでも、何とか観客を驚かしてやろうという気概は確実にあり、工夫は凝らされていると思う。  結果として、ストーリーの「真相」において驚きがあったかどうかは、必ずしも重要ではない。 多少ベタなストーリーであっても、その展開において真っ当なプロセスを踏み、相応の娯楽性をきちんと生み出してくれたならば、当然感情は高揚するし、存分に映画世界を楽しむことが出来る。 この作品の勝因はまさにその部分で、見せるべき娯楽性を、見せるべきタイミングとビジュアルでしっかりと見せてくれたからこそ、ベタ的なラストの顛末で高揚出来たのだと思う。  そして、今作におけるそういった“真っ当な映画づくり”を牽引しているのは、やっぱりトム・クルーズに他ならない。 ピークを過ぎようが何だろうが、このスター俳優の「存在感」があるからこそ、この映画のエンターテイメント性は成立している。 どんな“裏技”を使っているのかは知らないけれども、まあとても50歳には見えないし、スタントなしのシーンでの動きや肉体を見る限り、相当の鍛錬をしていることも明らかだ。 映画製作に対してのその真摯な姿勢こそが、彼が“トム・クルーズ”であり続けられる「理由」だと思う。  「否定」は多かろうが、この映画の方向性と存在意義はまったく間違っていない。 「oblivion」の意味は「忘却」。ストーリー的な未熟さをカバーし、「絶望」の中に取り残された人々の叙事詩として導いてみせた“SFセンス”が素晴らしい。 声高らかに、新たなディストピア映画の傑作だと断言したい。
[映画館(字幕)] 8点(2013-06-27 22:41:05)(良:2票)
842.  39 刑法第三十九条
映画の序盤から終盤に至るまで、登場する人物の殆ど全員が、相手の目を見ようともせずにぼそぼそと話す。 鑑賞者としては、非常に聞き取りづらくて、不快感がつきまとったが、その不快感こそ、森田芳光がこの作品の中で貫き通したかった異常性であり、それが社会に生きるすべての人間に蔓延するものであることを表現したかったのだと思う。  他にも、大量の料理が並べられた食卓、グランドに転がる無数の軟球、カモメの無慈悲な目など、随所に目に見えない不穏さが溢れるシーンが多く描き出されていて、監督のこだわりを厭という程に感じられた。  「刑法第三十九条」という非常にデリケートで取り扱いが難しい題材を、意欲的にサスペンス化してみせていると思う。 核心となる計画の脆弱さなど、お話としての弱点は確実に存在する作品だと思うが、それを充分に補う要素が、監督の緻密な演出や、演者の存在感に備わっていたと思う。  時に過剰さも見え隠れしたが、俳優陣のパフォーマンスは総じてインパクトがあり素晴らしかったと思う。 岸部一徳、杉浦直樹、樹木希林、江守徹らベテラン俳優のあまりに個性的で強烈な脇役ぶりも特筆したいところだが、ここはやはり、主演の二人に言及したい。  鈴木京香も堤真一も、まだまだ若手の部類での主演作で、両者とも若々しい。 この難しい役どころを果敢に演じ、成功させてみせたことが、両者にとって大きなキャリアアップになったことは間違いないと思う。 映画の各シーンにおいて対峙し、互いの心理の本質を暴き合う様には、野心に溢れた俳優同士のぶつかり合いそのものを観ているようだった。  非常にアクの強い映画で、好き嫌いも大いに分かれるだろうけれど、こういう独特のアクを出す映画監督も少なくなった。 森田芳光監督の死は、やはり少し早過ぎた。
[インターネット(字幕)] 7点(2013-06-27 22:40:11)
843.  ナショナル・トレジャー/リンカーン暗殺者の日記
ニコラス・ケイジ扮する歴史学者兼冒険家の主人公が、米国史に隠された陰謀と宝を追い求めるシリーズ第2作。 “当たり屋”覚悟で暇つぶしに観た一作目が意外に面白かったので、立て続けに鑑賞に至った。 もうこうなると、主人公をはじめとする主要キャラクター達に愛着が生まれてしまっていると言ってもいいかもしれない。  一作目では、ニコラス・ケイジ自体が主人公のキャラクターを探っている節が中盤まで見受けられたが、二作目になり“ベン・ゲイツ”というキャラクターをノリノリで演じていることが見受けられる。善し悪しは別にして……(ゴールデンラズベリー賞ノミネート)。 冒頭、バッキンガム宮殿で、ヒロインと罵り合うシーン等では、ニコラス・ケイジらしい過剰な演技プランが個人的にはウケた。  ストーリーは、リンカーン大統領暗殺事件に祖先が関わっていたという汚名を着せられた主人公(一家)が、先住民族の隠された黄金を探し、一族の汚名を晴らそう!というちょっとよく分からない展開が繰り広げられる。 現職大統領にもちょっかいを出しつつ、例によって謎が謎を呼び、主人公チームがことごとくそれを解いていくというくだりの連続。 王道というよりはベタな展開の連続なのだが、そこそこのアクション性と軽妙な台詞回しによって、飽きないつくりにはなっていると思う。  リンカーン暗殺者の日記の切れ端だとか、歴代の大統領に受け継がれた秘密の本だとか、よくありそうな題材ではあるけれど、やっぱり男心がくすぐられてしまう。  続編において主人公の「母親」登場!なんてくだりもベタの範疇だろうけど、必然的に大物女優の登場を期待して、「ヘレン・ミレン キター!」となると、映画ファンのテンションは上がってしまうもの。 前作に引き続き出演のジョン・ヴォイトとヘレン・ミレンによる“老夫婦アドベンチャー”にも、本筋ではない味わい深さがあった。  突っ込みどころはそりゃ満載だが、そんなこと気にしていたら“ニコラス・ケイジ映画”は楽しめないよということをある意味雄弁に語る娯楽大作と言える。
[インターネット(字幕)] 6点(2013-06-27 22:39:16)(良:1票)
844.  スノーホワイト(2012)
このところのシャーリーズ・セロンは、“役選び”がとてもうまい。作品自体の善し悪しは別にして。 「ヤング・アダルト」しかり、「プロメテウス」しかり、そしてこの「スノーホワイト」しかり。  アカデミー賞を受賞した「モンスター」以降、与えられた役においてとことんまで“汚れられる”ということが、この美しい女優の最大の強みだろう。 類稀な美貌と表裏一体の「劣化」を伴うキャラクターを演じることにおいて、今彼女以上の適性を持ったスター女優はいまい。  そんなわけで、今作におけるシャーリーズ・セロンの“魔女役”はまさにハマり役だった。 何やら暗い過去を抱えつつ、他人の若さと美を吸い尽くし、残虐非道な悪役を貫き通す様は、彼女のクールな美貌に相応しい。 そして、正義に敗れ文字通り仮面が崩壊する様の恐ろしさも、彼女だからこそ成立した表現だったと思う。  と、悪役でありながら今作において殆ど主役扱いのアカデミー賞女優のパフォーマンスは賞賛に値するけれど、正直この映画の見所はただそれだけと言っていい。  映画全編通して映像に一定のクオリティーは備わっているものの、すべてのシーンが他作の使い回しのように見え、オリジナリティーがことごとく無かった。 もし、「ロード・オブ・ザ・リング」や「もののけ姫」などの作品がこの世に無いのならば、手放しで感嘆できるのだろうけれど、もちろんそうでない以上生じるのはチープな二番煎じ感のみだ。 それなりにレベルの高いスタッフは揃っているのだろうが、そこに「作家性」が皆無だったことが致命的だったのだと思う。  この映画の本来の主人公スノーホワイト即ち白雪姫は、彼女を守るべく倒れていった数々の“屍”の上に立ち、“統べるもの”へと成長していく……という風に描こうとはしている。 世界一有名な御伽話をベースにして仕立て上げられたダークファンタジーのその方向性自体は良かったと思う。 が、それも充分な尺のわりには酷く中途半端で、主人公の成長自体を描ことが出来ていないので、作品としての深みを生むには至っていない。  そして個人的に何よりもこの映画のマイナス要因となったのは、予告編で映し出されてたいくつかの印象的なカットが本編には無かったこと。 映画のプロモーションにおいてはしばしば見受けられることではあるが、どういう事情があるにしても観客に対してはあまりにアンフェアだ。
[ブルーレイ(字幕)] 4点(2013-06-27 22:35:38)
845.  SR3 サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者
シリーズ通してひたすらに貫かれた“ワンシーンワンカット”という手法(意気込み)。登場人物たちの生々しい姿を切り取ったその手法と効果は、3作目にして極まったと思う。 主人公がイベント会場にこっそりと立ち入る場面から始まる十数分に渡るクライマックス。気が遠くなる程に延々と緻密に組まれたロングテイクが物凄かった。  まずこれまでのシリーズ作品とは明らかに一線を画す程にハードな映画世界に面食らった。 想像を遥かに超えたバイオレンス描写から物語は進み、主人公をどんどんと奈落の底へ叩き落とす。 「もうどうしようもないじゃないか……」と愛着のあるキャラクターの転落劇に、思わず気が滅入ってしまった。  入江悠監督の方向性はシリーズ通して終始一貫している。 日本語ラッパーの現実とそれに伴うであろう悲喜劇を真摯に捉え、主人公たちに決して安直な帰着は許さない。1作目、2作目同様、映画が終わっても主人公が抱える問題は一切解決してない。 ただ、それでもその先を生きていかなければならない。彼らに与えられるのは、その一筋の光とも言えない現実的な一つの「道筋」だけだ。  でもその厳しさこそが、このシリーズがラップという音楽に対する造詣に関わらず多くの人に勇気を与え、愛される理由だと思う。  と、映画としての価値の高さを認める一方で、個人的には一抹の不満も残る作品でもあった。 意欲的に描かれたハードな世界観は、実際の現場の人たちからするとある程度「リアル」な描写らしいが、知らない者にとってはどうにも「非現実感」を拭うことが出来なかった。 ハード描写そのものに現実感が無かったというよりも、その世界とこの映画シリーズのレギュラーキャラクターたちが絡むということに現実感を見出せなかったように思う。 主人公にのしかかる悲惨な現実の一つ一つが、何だか取って付けたように見えてしまったことは否めない。  クライマックスのロングテイクは素晴らしかったが、それだけにその後のシリーズにとってのある種お約束とも言える“場違いな”熱いラップシーンが、少々蛇足に感じてしまった。  ただし、そういった「難色」は、シリーズ全作品を認めた上で「2」が大好きという個人的な趣向によるものであろう。 したがって、このシリーズ完結編がエネルギーに溢れた凄い映画であるということに異論は勿論無い。
[DVD(邦画)] 6点(2013-06-27 22:34:00)(良:1票)
846.  エージェント・マロリー
“素材”の魅力に惚れ込んだスティーヴン・ソダーバーグが、ハリウッドにおける自らの人脈を最大限に駆使してスタンドプレーで撮った、格闘家出身の主演女優ジーナ・カラーノのための“プロモーション・ムービー”のように見えた。  どんな形であれ、この手の女スパイアクションもサラリと撮ってしまうあたりには、ソダーバーグ監督の相変わらずのマルチぶりを感じずにはいられない。  そして、確かに主人公に抜擢された(というか彼女ありきの作品なのだろうが)、格闘家ジーナ・カラーノはアクションヒロインとして充分過ぎるほどに魅力的だったと思う。 類い稀な美貌と、プロ仕様の“実用的”なローキックだけも、女優として勝負できることは間違いないし、想像以上に演技力も備わっていたように見えた。  ストーリー的には、凄腕スパイである主人公が所属する組織の陰謀により命を狙われ戦いを挑むという、あまりにありきたりなものなのだが、御大マイケル・ダグラスをはじめとして、新旧のスター俳優が顔を揃えたキャスティングが成功したのは、監督の人脈ばかりではなく、彼らが主演女優の魅力に文字通り“ノックアウト”されたからに違いない。  というわけで、ストーリー展開だけを捉えれば何の捻りもなく、シーンによっては肝心のアクションにもキレが足りない部分もあり、凡庸極まりないアクション映画なのだけれど、“素材”の発見という唯一のトピックスのみで娯楽映画として成立させていることは、ある意味潔い。  生身で本格的なアクションをこなせる女優として、各種エンターテイメント映画における需要は確実にあると思うので、ジーナ・カラーノの今後の活躍には期待したいところ。
[ブルーレイ(字幕)] 5点(2013-06-27 17:27:43)
847.  夢売るふたり
どこにでもいる普通の夫婦。そんな彼らの両の瞳の黒が、展開と共にじわじわと深まっていく。 映画は、序盤コメディタッチで描かれるが、ふいに垣間見えるその瞳の深い黒色が、安易な笑いを拒絶するようだった。 誰が見てもおしどり夫婦だった二人が、突然訪れた一つの“不幸”により、そのままの関係性を維持出来なくなってしまう。 それは決して劇的なことではなくて、世の中のどの夫婦にも内包されている普遍的な危険性の表れのように思えた。  自分自身、結婚をして3年半になるが、つくづく「夫婦」という関係性が一つの形に定まり続けるということはないと感じる。 結婚は決して“ゴールイン”などではなく、あらゆる試練の“スタート”だ。 その試練が幸福なものになるか、不幸なものになるか。そこには、本人たちの多大な努力と、それに匹敵するくらい大きな「運」が必要なのだと思う。  映画の中でこの夫婦が営む料理屋は、結果的にどの店も客入りが良い。 それは、この夫婦が本当に相性が良くて、その関係性に相応しい男女だったということの表れに他ならない。 でも、ほんの少しの行き違いによって、彼らは互いの相性の良さを信じ切れなかった。 それは本当に些細なタイミングのずれに過ぎなかった筈なのに、その小さなずれが大きな悲劇を生んでしまった。  ただし、だ。先に述べたように夫婦という関係性が続く以上は、その形に終わりは無い。 映画のラストで示される二人の表情には、悲劇のその先で、それでも離れ切れない夫婦の悲哀が滲み出ていて、そこには一抹の救いがあったように思う。   ストーリー展開においては強引な部分があることは否めない。しかし、それを補って余りある役者の演技力が随所に光っている。 主演の松たか子と阿部サダヲは、「普通」の夫婦の中にこそある「危うさ」を見事過ぎる程に体現していたと思う。特に、松たか子の体と心を張った演技は、彼女が女優としてまた一つ高みに上がったことを確信させた。 また豪華なキャスト陣の中にあって、風俗嬢を演じた安藤玉恵、女子ウエイトリフティング選手を演じた江原由夏、この決して有名ではない二人の女優の“実在感”が素晴らしかった。  そして、役者の印象的な演技を引き出した上で、西川美和監督は細やかな演出で纏め上げている。 長編映画4作目にして、日本映画界におけるこの女性監督の存在感は不動のものとなったと言える。
[ブルーレイ(邦画)] 8点(2013-06-26 00:15:51)
848.  アイアン・スカイ 《ネタバレ》 
ジャケットの中央に立ついかにもな“ナチ女”のキャラクターが、実際は意外に純真なヒロインだったことは、残念でもあり、キュートでもあった。  月の裏側からナチスの残党が挙党を組んで地球に攻めてくる!という何とも馬鹿馬鹿しいSF映画。 そのイントロダクションの馬鹿馬鹿しさの逆を突いて、展開自体は意外に大真面目なものが繰り広げられるのかと想定していたのだが、それもハズれ、想定以上に序盤から馬鹿ネタ満載の世界観にちょっと引いてしまったことは否めない。  しかし、最終的にはその馬鹿展開を押し通しつつも、強烈な社会風刺もとい“地球風刺”を絡ませ、なかなか独特な映画世界を構築してみせていると思う。  要は、この世界において恐ろしいものは「無知」であり、さらに恐ろしいものは「馬鹿」であるということ。 そして、無知で馬鹿なのは、時代錯誤に攻め入ってきた“地球外ナチス”ではなく、現在の地球人そのものであるという皮肉。  映画のラスト、月の裏側に取り残された主人公たちは、何も知らない人々に対しての教育に途方に暮れつつも、一抹の希望を感じている。 その一方で、「馬鹿」の極みに至ってしまった地球人たちは、地球外からの侵攻等関係なく勝手に滅んでいく。  馬鹿は死ななきゃ治らない……いや、この場合「馬鹿は滅ばなきゃ治らない」ということか。
[ブルーレイ(字幕)] 7点(2013-06-26 00:12:42)(良:1票)
849.  フラクチャー
アンソニー・ホプキンス×ライアン・ゴズリングという新旧の個性と実力を兼ね備えた二人の競演作でありながら、日本国内未公開どころか今なおDVDスルーにも至っていないことが、まず腑に落ちない。 内容がお粗末な作品ならまだしも、これほどクオリティーの高いサスペンス映画も昨今なかなか無いので、殊更だ。 どうやら劇中の或る描写が、現実的な倫理観と照らし合わせて問題視されているようだが、まったく何のための「フィクション」という言葉なのかと思う。  とにかく、日本では見る機会さえ無かったかもしれなかったことに憤りを感じるくらい、見応えのある「犯罪劇」であり、「法廷劇」だった。  何より、前述の主演の二人の相性が、思いのほか良かったと思う。 老獪で利口な犯罪者の「策略」に、対峙する若く野心的な検事が振り回されつつも追求していくという構図に、ぴったりと合ったキャスティングだった。  “レクター博士”ほどの強烈さはもちろん無かったけれど、アンソニー・ホプキンスは軽妙な語り口の奥底に秘めた恐ろしさをひしひしと感じさせる存在感を放っていた。 一方で、ライアン・ゴズリングは、若さ故の傲慢さと未熟さを放ちつつ、最後には相手を凌駕する雰囲気を醸し出していた。  この二人、タイプは全く違うように見えるが、俳優としての本質的な部分に何か似通った要素を感じる。 そういった俳優自身の素養を引き出し、混ぜ合わせることに成功した見事なキャスティングであり、演出だったと思う。  ラスト、“真相”の正体そのものには「なあんだ」と一寸肩透かしを食らう。 しかし直ぐさま、この映画ならではの“オチ”で静かに締める顛末がとても巧かった。  冷静で頭脳明晰な犯罪者が、犯行の最後の最後で抑えきれなかった“憎しみ”という感情。 その感情の一瞬の露呈が、完璧だった計画に、小さな小さな綻びを生んでいたのだろう。
[インターネット(字幕)] 8点(2013-06-26 00:10:49)
850.  コン・エアー
何度観てもこの“馬鹿アクション映画”は面白い。 もう流石に見飽きたかと思い、一番好きなラストカットだけ観ようと動画配信サービスにて再生を始めたが、結局最初から最後まで観てしまった。 この手の大味さこそが売りの愛すべき娯楽映画のことを“馬鹿アクション映画”と勝手に呼ばせてもらっているわけだが、この映画こそが、その頂点に君臨する作品と言って過言ではない。  個人的には、中学生時分に一人で映画館に通い始めた頃に観た作品でもあり、自分の映画鑑賞人生においても印象が強い作品の一つと言える。 思い返してみれば、ジョン・マルコヴィッチもジョン・キューザックもスティーヴ・ブシェミも、出演映画として初めて観たのはこの映画だったような気がする。 故に、勿論その後彼らの他の映画も沢山観ているけれど、この映画のキャラクターの印象度が極めて高い。  何と言っても豪華に取り揃えた“凶悪犯軍団”が、馬鹿馬鹿しいほどに魅力的な要素で、彼らの存在感がこの映画の“馬鹿”面白さを助長している。 ボス役の名優・ジョン・マルコヴィッチを頂点にし、ヴィング・レイムス、ダニー・トレホとアクの強い脇役を取り揃え、伝説の連続殺人鬼役にはスティーヴ・ブシェミが不気味な存在感をこれでもかと見せつける。  わらわらと群がるように襲いかかる悪党たち、それに無精髭と長髪を振り乱して奮闘するニコラス・ケイジ、爆発につぐ爆発……、暑苦しくて、工夫の無い娯楽映画に見えがちだが、随所に散りばめられたエスプリが小気味良く効いている。  今後も、観る気がなくとも目の前に映し出されてしまえば、きっと最後まで観てしまうのだろう。 前述の通り、大好きなラストカットを見届けて、そうつくづく思う。
[映画館(字幕)] 9点(2013-06-19 00:21:35)(良:1票)
851.  スパルタンX
まず余談だが、ファミコンのゲーム版を子供の頃によくやっていた記憶が甦った。 テレビゲームが下手だったので、ファーストステージのボスである“棒術使い”を倒すのがやっとだった。 ちなみ映画には、その棒術使いも、他のブーメラン使いや怪力男も出てこなかったけれど……。  ジャッキー・チェンというアジアを代表するスーパースターの「価値」を個人的に再認識している今日この頃。 彼が身体的に絶頂期だった頃の作品をちゃんと観ておこうと思い、「プロジェクトA」「ポリスストーリー」に並んで評価の高い今作をとりあえずチョイス。 スペインを舞台にした「活劇」と呼ぶに相応しいジャッキー映画だったと思う。  何と言っても、少年時代からの盟友であるユン・ピョウ&サモ・ハン・キンポーとの絡みが、一映画ファンとして非常に楽しく、共演している彼ら自身が他の誰よりも楽しそうなことが、とても微笑ましい。 最初のアメリカ進出が不調に終わり、一度原点に立ち返ろうと、監督にサモ・ハン・キンポー、相棒役にユン・ピョウを配した今作は、ジャッキー・チェン個人にとっても極めて記念碑的な作品になったのだろうと思う。 ここから再度スター俳優としての地固めを強め、不動の国際的スターに上り詰めていくわけだから、持つべきものはやはり「友」だなと思う。  1984年の香港映画らしく、時代を感じさせる“ダサさ”は目に付く。ジャッキーをはじめ主要キャラクターの服装がことごとくダサい……。特にユン・ピョウの服装はダサいを通り越してもはやスゴい…。 しかし、30年の時を経ると、その“ダサさ”すらも映画としての味わいに変わってくるもの。 ストーリー上の理由は分からないが、何らかの理由でスペインに渡り住んでいる中国人たちが、逞しく楽しそうに生きているということが、彼らの服装に表れているようにも見え、結果としてナイスな衣装センスだったのだと思える。  一方で、彼らの体技は物凄い。冒頭の“朝練”シーンから、屈強な体の張りと、動きのキレに惚れ惚れしてしまった。 そして、原題が「快餐車」というだけあって、意外にもカーアクションが充実していたことも印象的。  年代的に今作以前のジャッキー・チェン映画の鑑賞率が非常に低いということに気付いた。もう少し、彼のフィルモグラフィーを遡っていってみようと思う。
[インターネット(字幕)] 6点(2013-06-16 23:03:12)
852.  ボーン・コレクター
猟奇殺人サスペンス映画ブームの90年代に量産された凡作の一つと言わざるを得ないのが正直なところ。  雰囲気としては、新米捜査官+殺人のプロフェッショナルコンビのパートナー感は「羊たちの沈黙」のそれを、そして、主人公らの身近に潜む殺人鬼設定は「セブン」のそれを狙っているのは明らか。 ただ、この映画の到達点は、比較に出すことがはばかれるくらいに、そのどちらの名作にも遠く及んでいない。  「駄作」と評してしまっても差し支えはないけれど、個人的に「凡作」と留めたいのは、まだまだ若くてかわいいアンジェリーナ・ジョリーの瑞々しさに免じて。 同じく主演のデンゼル・ワシントンの安定した存在感もあり、脇役も含めてキャストのパフォーマンスに何とか助けられている部分は大きい。  犯罪学の天才だが寝たきりの師匠と、素人同然だが天賦の才を持った弟子とのコンビによって、事件の真相に迫っていくという構図は面白かったが、肝心の当人同士の心理描写があまりに唐突で、この二人が互いに信頼していくくだりに説得力が無さ過ぎた。  もっと長いスパンをもって、幾つかの難事件を解決していくプロセスの中で、主人公コンビが連携と信頼を深めていくという「必然性」があれば良かったのにと思う。 また、捜査に携わるその他の警察スタッフや主人公の面倒を見る介護士ら、主人公二人以外の面々のキャラクターも立っており、彼らが醸し出す“チーム感”に好感が持てただけに、この映画の素材はテレビドラマシリーズの方がハマったのではないかと思う。  真犯人が誰か?ということについても、途中ふいに差し込まれる無意味なシーンによって容易に想像がついてしまう。それが伏線となっているというわけでもなく、本当にただ無意味なシーンでしかないので、興は冷める一方だった。
[インターネット(字幕)] 3点(2013-06-16 23:00:43)
853.  シャンハイ・ナイト
ジャッキー・チェンという映画スターの本質は、“アクション”ではなく、それを超越した“パフォーマンス”なのだと思った。 言うなれば、彼が長い映画人生の中で辿り着いた頂点は、アクションスターのそれではなく、“パフォーマンススター”とでも言うべき存在の極みだったのだと思えた。  ブルース・リーのスタントとしてキャリアをスタートさせたジャッキーが、彼亡き後の世界的カンフースターの座を引き継いだ事は言うまでもない。 しかし、ジャッキー・チェンの核心にあるものは、決してブルース・リーのような格闘の達人としての才ではない。 チャーリー・チャップリンやバスター・キートンを彷彿とさせる“可笑しみ”に溢れた表現力。それこそが、ジャッキー・チェンのスター性そのものだと思う。 振り返ってみれば、ジャッキー映画特有のドタバタとした走り方や、その場の物を使ったユニークなアクションシーンの数々は、まさにチャップリンやキートンのパフォーマンスに重なり、それこそがジャッキー映画が世界中の人々に愛された理由だと分かる。  そして、この“ハリウッド映画”は、そういうジャッキー・チェンの本質を引き出し、とても分かりやすくとても巧く映し出す事に成功している。 ジャッキー・チェンのハリウッド進出作品に苦言を呈するファンは多いだろうけれど、今作に限っては、彼の映画人として在り方を正しく表している以上、無下に非難する事はできないのではないかと思うし、何よりも“きっちり面白い”。  随所で“活動写真”創成期の名シーンの数々にオマージュを捧げたシーンが組み込まれている。ジーン・ケリーの「雨に唄えば」までもをアクションに盛り込んだシーンには、映画ファンとして思わず拍手を送りたくなった。  またシリーズ前作では、舞台設定上致し方ないことではあったが、格闘シーンの相手役にアメリカ人スタントを使わざる得なかったため、アクションのスピード感が全体的に無かった。 しかし今作ではストーリーを生かし、中国人スタントを相手に本場仕込みのジャッキーアクションが復活していたと思う。 更には、悪玉にドニー・イェンを迎え入れ、彼による本物のカンフーが作品の質を高めている。  全体的に思わずほくそ笑んでしまう小気味よさと映画愛に溢れた作品だと思う。 ラストの“ユニオン・ジャック下り”なんて色んな意味で「見事」としか言えない。
[インターネット(字幕)] 7点(2013-06-16 23:00:22)
854.  鍵泥棒のメソッド
「メッソド(method)」の意味は、方法・やり方、順序・筋道、規則正しさ・几帳面。 そして、役に没頭しその人格になりきる演技プランのことをメソッド演技という。  それらすべての意味合いを織り交ぜたストーリーテリングが、やはり面白かったと思う。 「運命じゃない人」「アフタースクール」と、傑出した娯楽作品を立て続けに生み出してきている内田けんじ監督ならではの世界観で、そのエンターテイメント性は安定している。 また、“そういうお話”を描くにあたり、堺雅人化×香川照之という今や日本の映画界を席巻するこの二人のキャスティングは、あまりにも間違いがなく、そりゃあ面白く仕上がらないわけがないという感じだった。  特に昨今の香川照之の相変わらずの好調ぶりは、凄まじいとすら思える。 記憶を無くした完璧主義の殺し屋が、突如自称役者の駄目男の人生に放り込まれ、持ち前の几帳面さで役者道を邁進しつつ、ラブコメに突入する様を映画の世界観にフィットした存在感で見事に演じてみせている。 今はや彼のスケジュールに沿って国内作品の製作スケジュールは確定しているという噂も、納得せざるを得ない。  堺雅人演じる主人公の言動が多少コント的過ぎる部分もあったが、一方で広末涼子演じるヒロインには新たな魅力が引き出せており、トータル的に見て、正しい娯楽だったことは間違いない。 今の日本にはそういう真っ当な娯楽を描き出せる人は想像以上に少ないと思う。 オーバーアクトが基本路線の映画に仕上がっているので、この主要キャストでそのまま舞台作品に置き換えても、素晴らしい作品となるだろうとも思えた。  ただし一方で、もう少し毒っ気があっても良かったかなとも思う。 コメディなので、この顛末自体はまったく問題はないのだけれど、ライトさが全面に出ているので、クライマックスの顛末における緊迫感は欠けていたように思える。 クライマックスのやり取りは、実際のところ生死を左右するものの筈なので、もう少し緩急を付けて締めるところは締めてくれると、より作品のライトさが良い意味で際立ったと思う。  ともかく、この監督は次回作も充分に期待出来る。
[ブルーレイ(邦画)] 7点(2013-06-16 22:59:43)
855.  ヴァイラス(1999)
「遊星からの物体X」「エイリアン」「ザ・グリード」と数々の“モンスター映画”の二番煎じオンパレード映画であることは間違いない。 ただし、同じような趣向でも、もっとどうしようもない映画は沢山あるし、二番煎じにすらなっていないものも多い。 そういう“駄作”の存在を踏まえると、今作の出来映えはそれほど悪くはない。 “B級”であることは間違いないが、“B級”故に充分な「見所」は備えている作品だと思える。  まず、「トゥルー・ライズ」以来のファンとして、ジェイミー・リー・カーティスが主演ということだけで、個人的にはかなりアツい。 「エイリアン」のシガニー・ウィーバーを意識した配役であることは明らかで、この女優のことをよく知らない人にとっては、「なんでこんなオバさんが主人公なんだ?」と思うのかもしれないが、少なくとも一部のファンにとって、このキャスティングは作品の充分な魅力になり得ている。  そして、ウィリアム・ボールドウィン、ドナルド・サザーランド、クリフ・カーティスと、脇を固めるキャストの“地味な豪華さ”も映画ファンにとっては味わい深い。 特にドラルド・サザーランド御大の最終的なぶっ壊れぶりは、笑ってしまうが、見ないと損だと思う。  更には、「トランスフォーマー」や「ハンニバル」を時を越えて“パクっている”と思わずにいられないてんこ盛りぶりも、この映画の立ち位置に相応しい要素だと思う。  ラストが意外に大人しく終わってしまうので、もっとストーリー的にも暴走しても良かったし、その可能性がまったく無いとしても「続編」への布石は打っておいてほしかった。 そうであれば、もっと問答無用に褒められたかもしれない。
[インターネット(字幕)] 5点(2013-06-16 22:59:20)
856.  極道の妻たち
今さらながらの「極妻」初見。 まあとは言っても、昔は何度もテレビ放映されていたし、それを観る父親らの傍らでどこかしらの場面場面を観ていた記憶は、子供心に確実に刻まれている。 「岩下志麻」という大女優の固有名詞を聞いて真っ先にイメージされるのは、確実に「極妻」であるし、「初見」という感じはまったくしなかった。  今作よりもさらに一昔前の「緋牡丹博徒」などの任侠映画や、「仁義なき戦い」などのヤクザ映画は大好きでよく観てきたので、今作にも同様のカタルシスを期待した部分があったのだけれど、良い意味でも悪い意味でもその思惑は結構外れてしまった。  家田荘子のルポルタージュを原作にしているだけに、想像以上に“リアル”な分(実際何がリアルかは知らんが……)、映画としての娯楽的な格好良さやドラマ性は薄く、極道の世界で入り乱れる女と男の“生々しさ”が際立っていた。 岩下志麻も含め、登場する“妻たち”は、決してただ妖艶に美しいわけではなく、むしろ“無様さ”の方が目立つ。 主人公も決してヒーロー然としているわけではなく、あの世界に身を捧げた女のある種の美しさと醜さ、そして儚さが滲み出ているように見えた。  その主人公を殆ど喰ってしまっているのが、ご存知かたせ梨乃。 今作における文字通りの熱演によって、“肉体派”女優としての存在感と絶大な人気を決定づけた彼女のパフォーマンスは、流石に凄い。 ラストの強烈な“絡み合い”だけでも、この映画を観る価値はあるというもの。  エンターテイメント性の強いタイプの極道映画を期待してしまうと、大いに困惑してしまうことは否めない。 しかし、他の映画シリーズにはないこの映画ならではの“女の情念”とそれに伴う独特の禍々しさが、多くの人たちを惹き付けたことはよく分かる。   最後に、この映画においても最も残念なところを言及したい。 主人公の側近役で、“斬られ役俳優”の福本清三がキャスティングされている。 彼のキャリアの中では珍しく全編通して登場するのだが、結局、死なずじまい……。 おいおい、勿体なさ過ぎるだろうよ。
[インターネット(字幕)] 6点(2013-06-16 22:59:01)
857.  グランド・マスター 《ネタバレ》 
久しぶりにウォン・カーウァイの映画を観て、自分がこの人の映画に惚れていたことを思い出す。 6年前に前作「マイ・ブルーベリー・ナイツ」を観たときも、同じような思いをしたような気がする。 近年決して多作ではない映画監督なので、映画を観始めてしばらくして、描き出される映画世界の特異な空気感に「おや?」となり、「ああそうか、これがウォン・カーウァイだ」と記憶が呼び起こされる。  誰もが楽しめ、受け入れられる類いの作風ではないことは明らか。 時に酷く散文的で、ビジュアル的な美しさが強調される世界観を嫌う人は多いと思う。 この映画にしても、ストーリー的にはあまりにまとまりがなく、「結局何の話なんだ?」と主題がぼやけて見えることは否めない。 詰まるところ、激動の時代における、伝説の武術家イップ・マン(葉問)をはじめとするカンフーマスターたちのそれぞれの人生模様を描いた作品なわけだが、「伝記映画」と謳っている故か、超人的なカンフーマスターたちがドラマティックに絡んでいくように見えて、実は直接的な絡みは殆どない。 アンフェアな予告編に騙されて、“カンフー映画”としてのエンターテイメント性を期待してしまうと、きっと肩透かしを食らう。  ただし、十数年前に「恋する惑星」を観て以来、この映画監督の作品に惚れてしまっている者としては、映画全体からほとばしるその「美意識」だけで、諸々の否定的要素は霧散してしまう。  ハット姿のトニー・レオンが土砂降りを切り裂くように敵を蹴散らす。薄い化粧(けわい)が秀麗なチャン・ツィイーが降雪の中で強く美しく舞う。  ビジュアル的な「美意識」だけが先行してしまっている映画という評は間違ってはいまい。しかし、その「美意識」だけで充分だとも言える。 ウォン・カーウァイがカンフー映画を撮るというのはこういうことなのだ。と、理解してもらうしかない。  兎にも角にも、映画自体の完成度はともかく、大好きな監督の最新作を久しぶりに観られたことの満足度は高い。 ああ、「恋する惑星」が無性に観たくなった。
[映画館(字幕)] 7点(2013-06-16 01:05:48)(良:2票)
858.  バイオハザード ディジェネレーション
二日酔いで気分が最悪の休日の午前中。何もすることも、動く気力も無かったので、動画配信サービスをザッピングして、コンディション最悪の状態でも観ても後悔しないであろうこのフルCGアニメ映画を鑑賞。 結果的には、想像以上に良く出来ているなと思った。 上映時間も含めわりとボリュームもあり、この膨大な情報量を「構築」していく作業の果てしなさは、素人には想像もつかない。  カプコンのゲームシリーズ一切プレイしたことがない(僕には怖過ぎるので……)が、ミラ・ジョヴォヴィッチの映画版はシリーズ全作観ている。惰性で。 今作は映画ではあるが、ゲームシリーズ中の一つのストーリーであるため、個人的には新鮮な要素が多く案外楽しめた。 映画版はシリーズが進むにつれ、原作であるゲームの世界観を無視したヒロインアクションとして暴走してしまっているが、今作はキャラクターも含めてきちんとゲーム的な要素を踏まえて展開していくので、よりゲームファン向けだったと思う。  ただし、やはりというか何というか、フルCGによる描写には、クオリティーの高さは感じるものの、あくまでゲームレベルでのクオリティーのため、人間描写がどこか滑稽に見えてしまう。子供の手の振り方は“カタカタ”と音が聞こえてきそうでコワかった……。 文字通りの“作り笑顔”や諸々の感情的な表情に対しては、どうしても感情移入できなかった。  もう少しストーリーやキャラクターに深みがあれば、そういったマイナス要素もカバー出来ただろうけれど、根本的な希薄さはやはり気になる。 二日酔い回復のための暇つぶしには充分事足りたけれど。
[インターネット(字幕)] 5点(2013-06-15 23:51:23)
859.  ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日 《ネタバレ》 
美しい動物たちを背景にして、オープニングクレジットのフォントが軽やかに、踊る。 その秀麗で愛らしいオープニングを目の当たりにした時点で、「ああ、これは良い映画だな」と確信めいたものを感じるとともに、この映画は長い年月に渡って多くの世代に愛されるべき映画となるだろうとまで思えた。  やはりまず特筆しなければならないのは、圧倒的に美しい映像世界。 今回初めて「IMAX 3D」で映画を観たが、この環境で初めて鑑賞した映画が今作で本当に幸福だったと思う。  映画として素晴らしいのは、その“美し過ぎる”映像世界そのものに、ある明確な意図が存在するということ。 嘘みたいにリアルに息づくトラの造形、嘘みたいに美しく壮大な自然の姿、そして嘘みたいに奇跡的な冒険譚……。そのすべてに、この物語が語るべき本当の意味が含まれているのだと思う。  鏡面化する水面では空と海との境界が無くなり、映画世界に放り込まれた自分自身が一体何処にいるのか分からなくなる。 海面に映る自分を見つめる主人公は、次第に実像と虚像の境界を見失い、溶け込み、あらゆる生命と入り交じり、共に漂流するトラと一体化する。  旅の中で突如嵐に遭い、家族を失い、一頭のトラと共に果てしない漂流生活に突入した主人公。 その壮絶なサバイバルというエンターテイメントの果てに描かれていたことは、「信仰」というものの本質だった。 それは、宗教的な概念に留まるものではなく、数多の神々の存在を等しく信仰して成長した少年が、己の生命をかけて辿り着いた真理だったのだと思う。  「生きることは、失うこと」と、自分の人生を顧みた主人公は言う。 そこには特別な悲観も楽観もなく、達観した彼の瞳には何の迷いも戸惑いもないように見えた。 この映画は、「何を信じればいいのか?」という人間が持つ根本的な“惑い”に対して、「あなたが信じたいものは何なのか?」ということを真っ向から問いかけてくる。  きっとそれに対する答えは人それぞれで、きっと何度観てもべつの答えが導き出されるだろう。 重要なのは、何が正しいのかということではなく、“何を信じるのか”ということなのだろうと思う。  冒頭にも記した通り、この映画は老若男女問わず様々な年代の人間が様々な価値観において楽しめる作品だと思う。 我が娘はまだ1歳半だが、彼女にもいつか観てほしいと思った。
[映画館(字幕)] 10点(2013-06-15 16:58:09)(良:4票)
860.  G.I.ジョー(2009)
G.I.ジョーの玩具で遊んだ日本人は実際それほど多くないとは思う。が、同様の人形遊びの概念は世界共通で、その“遊び”を莫大な製作費をかけてそのまんま映画化した実に豪快な映画だったと思う。  子供が好き勝手にストーリー立てるように、実際ストーリーなんてあってないようなもの。止めどなく繰り広げられるアクションとエンターテイメントを、ひたすらに楽しむべき映画で、「映画を観る」とういことで、かつての“遊び”の感覚がよみがえってくる。  俗に言うアメコミ映画ではないので、映画化において難しい部分はあったと思うが、流石はスティーヴン・ソマーズ。小気味良い娯楽性の高さと、盛り上げの巧さが光る。  「玩具」の映画化に相応しく、最大の見所は敵味方の境なく披露されるギミックの格好良さだと思う。 パリの街を所狭しと駆け回るハイパースーツから、すべてを食い尽くす最恐のナノ兵器に至るまで、諸々のギミックの性質がとてもユニークで、それを見ているだけで“男の子心”をくすぐられ充分に楽しい。  スティーヴン・ソマーズ監督繋がりで「ハムナムトラ」シリーズの面々がちょこちょこ顔を出していたり、いまやトップスターとなったジョセフ・ゴードン=レヴィットが意外な役で存在感を示していたりと、意外にキャストも多彩だった。  続編も期待。 
[映画館(字幕)] 8点(2013-06-07 14:27:06)
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