81. 雪の女王(1957)
《ネタバレ》 氷も溶かす勢いのファンタジックな冒険活劇。 本の中からよじ登り出てくる老人、二本の傘を携え、老人の回想形式?で物語は始まる。 傘のパラシュート、アンデルセンの像にご挨拶、模様の入った白い傘を開くと港街に画面は移る。 紳士が傘を持つのは雨を避けて幼い男女の邪魔をしないため、窓に橋をかけて植物で彩る、赤い薔薇と白い薔薇、主人公のゲルダとヒロインのカイル。 雨、雪、冬、荒れ狂う海から出現する白き城、そこに君臨する雪の女王。氷のようにお堅そうな面をしてやがる。 噂をすれば何とやらで鏡から感じる視線。奔る亀裂と舞い上がる結晶は嵐となって幼い瞳に襲いかかる。 凍り付く窓・奪われるもの…まったくなんて迷惑な女だ。 天然のスキー場に荒々しく登場する女王、ダイナミック人さらい、すべてを凍てつかす女もいれば、子を命がけでかばう母親もいる。 黒い傘は夜空になって消える。 赤い靴を追う内に思わぬ旅立ちと出会い、薔薇園の老婦人と小さな衛兵、愛する者を求めて裸足で果てしない荒野へと飛び出していく。 海辺の鳥と喋る親切なカラスたち、庭園を照らす花火、甲冑の騎士も飾り、足跡、物々しい足音を立てて見回る警備(何故気づかない)、さっきから衛兵が仕事しねえ・させてもらえない。蝋燭の面白い付け方、幼い王子と姫。 馬車と山賊と血気盛んな娘、山賊は歌い馬車はつっ走る! とうとう鳩やトナカイまで喋りはじめる、ツンデレ、太もも、トナカイの疾走、涙を流しながら捉えていたロープを切る様・寂しさが切ない。本当に欲しかったもの、氷を割りながら、魚、手紙、蘇る精気と氷上のダンス! そして迎える春の訪れ。 [DVD(字幕)] 9点(2016-08-26 06:10:50) |
82. スターシップ・トゥルーパーズ
《ネタバレ》 バーホーベン最高のクソ映画(褒め言葉)。 ハイライン「宇宙の戦士」とナチスのプロパガンダ「意思の勝利」をエログロ肉片まみれで皮肉りまくる怪作。 個人的にバーホーベンはガキの頃から生理的に受け付けない&トラウマ受け付けられまくって大嫌いな監督だが、この作品の突き抜け振りは爆笑しながら拍手するしかない。二度と見たくないがな! 誇張しまくったこの馬鹿映画を見て右翼だの左翼だの言っている連中を見るとまったくお笑いだぜ。 これだけ気持ち悪い映像の暴力(大賛辞)を喰らわされて戦争行く気なんて起きてたまるかっ!もういい!もう沢山だ!トイレは何処だ吐いて来る状態。 パワード・スーツなんて便利アイテムなんぞ出すわきゃねえだろというバーホーベンの鬼畜振り。「3」ですら“もどき”だ! 軍隊が勢ぞろいし好青年、美少女、美少年が誘う入隊プロモーションの馬鹿馬鹿しさ、高らかかつ壮大な音楽が流れるニュース映像、現実を映す中継映像、巨大な未知の生命体が乗り込んだ兵士たちを次々に噛みちぎり鮮血を降らせる! 時は遡り真っ白い美男美女が揃ったアテツケの塊のような授業風景、片腕を失った教師、それの目を盗んで行う“手紙”の送信・返信。 充実した学生生活、訓練を兼ねた解剖授業、見るがい生徒どもが内臓を躊躇なく引きずり出す感覚が麻痺した姿を!いいや人間が死ぬのは生理的にきても憎っくき害虫どもがくたばる様を見て喜ぶ貴方も既に感覚が麻痺しているのかも知れない。 パゾリーニも酷かったがバーホーベンは極めなくてもいいところを無駄に極めすぎ(褒め言葉)。 ゲロイン。こっちまでゲロ吐きそう。これでもまだ平和な日々です。 見つめ合う野郎二人、ぶっ飛ばし合うスポーツに精を出し、家族と別れの挨拶を交わし、市民権のために命を投げ出しまくる訓練へ。 入隊、義手と失われた四肢が物語るもの、別れと友情。 子供に小銃と薬莢を与える狂気、公開処刑、バラバラにされ散乱した死体を見せつける悪趣味極まりないバーホーベンの真骨頂(賛辞)。 初対面でも腕をブチ折る教官、入隊テスト、流血も辞さない訓練、野郎も女も裸でシャワーを浴びる和気あいあいとしたカオスな空間、励ましのビデオレター、気分は旅行、テンションが上がるように宇宙空間を縦横無尽に飛び回る宇宙船。よそ見する度にヒヤヒヤだ。 メッセージと告白、深まっていく絆、事故の悲劇、去りゆく者、責任、鞭打ち。事故、小惑星、不吉な知らせ、復讐の決意・教官の心意気。 死んだ虫だけがいい虫だ。普通の虫ですら憎悪の標的に。敵は地球外なのに。 犬と虫に厳しい映画、侮辱には拳で返答、友情の証、戦場へ。誤情報、上陸、狩り…いや戦争という名の地獄の始まりだ! 光の弾をケツから吐き出すやつ、かぎ爪で串刺しにするやつ、火を噴く硬そうなやつ、飛行するやつ、大量の気持ち悪い巨大生物が押し寄せる恐怖、パニック、戦場カメラマンも人間も蟻のように容赦なく肉片をまき散らし殺されまくる地獄絵図。 驚愕の展開、思わぬ再会、空爆、荒れ地を突き進む反撃開始、返り血、ニューク弾でヒャッハー、焼け落ちる手、蛮勇、野営地での娯楽、ベッドの上での戦闘、粋な計らい。 扉に潜むもの、風穴。 籠城戦、多くの死を乗り越える成長、宇宙葬。 扉さん仕事しないで、頑丈すぎる脱出ポッド、最終決戦、俺の屍を超えて行け、ようやく仕事した超能力者との対話。 俺たちの戦いはこれからだっ! [DVD(字幕)] 8点(2016-08-26 06:04:38)(良:1票) |
83. セッション
《ネタバレ》 「セッション(ウィップラッシュ)」。 ドラムの猛烈な連打に始まり、廊下の向こうでひたすら打って打って打ちまくる青年の演奏からすべてが始まる。 扉は誰かが聞きに来るのを待っているかのように開け放たれており、音に誘われ接近する存在、師と弟子…いや音楽のために争い憎み合う宿敵同士が出会うのである。 男が上着を脱ぐのは暑いのではなく魂に火がついたことを告げるため。 夢が詰まった写真に想いを馳せ、恋人たちを羨み実力が中々認められない方が幸せだったかも知れない日々。 選ばれ勇気を出した途端に笑みがこぼれる手応え。ニーマンはただ音楽が好きなだけだったのに。だがその「音楽」が彼を狂気のドラムマシーンへと変えていってしまう。 クソ野郎は嘘つき、向うからやって来たチャンスは地獄への誘い、薄暗さが息苦しさを伝える練習場所、秒針が揃った瞬間に黙り視線を避け静止する演奏者たち、張り詰める緊張。 機関銃の如くツバと暴言を浴びせまくる鬼教師フレッチャー。打ち震わせながら両手を振り上げ、椅子を投げ付け、平手打ちを浴びせまくり、ドラムを投げ飛ばし蹴り飛ばし、大恥をわざとかかせて精神的に追い詰める。「フルメタル・ジャケット」のハートマン軍曹もここまでしねえ。 かと思うと涙を浮かべて悲しみ寂しげな姿を見せたりもする。その二面性が怒りを爆発させ襲い掛かる恐怖をより引き立てるのである。 ニーマンも青春、友情、恋愛、学生生活…すべてを破壊するようにドラムを叩き続ける。無数の弾痕の様に刻まれたドラムスティックの痕。彼がBフラットで締め、打ち込めば打ち込むほど周囲の人間への関心は希薄になり、恐怖に怯える群衆の一部と成り果てる。 フレッチャーの生徒たちが他人を責めるのも「自分が殺されるではないか」という恐怖からだ。犯人がわからないというのが一番怖い。みんな巻き込まれるのが嫌だから敬遠し、奏者たちの孤独が加速していく。 手や指をマメだらけにし、それを絆創膏で潰すかのように貼り付け、痛みに耐えながら音の一つ一つを肉体に刻み叩き込んでいく。怒り狂いドラムを叩き壊し、血まみれになろうが氷水の中に手を突っ込んで冷やしてまで打って打って打ち続ける。リチャード・ブルックス「最後の銃撃」を思い出すような狂い振り。 家族の団欒も罵り合いで台無し、映画を親子で見ても気分はそれどころじゃねえ(ジュールス・ダッシン「男の争い」の音楽がちょろっと聞こえてくるだけ)、トラックとぶつかり血まみれになろうがこの音楽キチガイを止める事はできない。 不意に現れるライバルと過酷なドラムス争い、喪服のように彼等を包み込む正装、動かない手を無理やり動かし続けようとする痛ましさ、涙、滝のような汗、シンバルに飛び散る鮮血を流し自らを燃やし尽くす壮絶な演奏。音楽を楽しんでいる余裕などない。 野郎を黙らせてやる!俺の音楽で叩きのめしてやる!!ブチ殺してやる!!!…そんな憎悪すら感じさせる。 すべてを失い氷の様に冷め切った姿、思わぬ再会、謎の密告者、悪魔の誘い、席に座った瞬間に戻り出す感覚と手応え、騙し討ち、追いかける者、見守ってくれていた者、クソッたれへの反撃の合図!それに演奏で、シンバルをぶつけて、目玉をくり抜くどころか手助けし、真剣な眼差しを送り、上着を脱いで応える!! 理由なんてもうだうだっていい、誰のためでもない、ただただ音楽が大好きだからこそ笑い、演奏を、指揮を続け、肉体の、魂の、すべてのエネルギーを注ぎ込む。 キャメラはそんな男のドラムスティックを追いかけ回し、楽器が生き物のように力強く動く様を、雨の様に注がれる汗をフィルムに刻む。 ●セッション(短編) 長編「セッション(ウィップラッシュ)」の原型となった短編。 ドラムと無数のスティック痕、扉から近づく者の姿、おもむろにシンバルを撫で椅子に座る。そこには期待と夢を見る青年の笑みが浮かぶ。 雪崩れ込む演奏者たち、挨拶、Bフラット、秒針が合わさるとともに姿勢と視線を正す。 上着を脱ぎ、視線を交え指導が始まる。 唖然としてページめくりに遅れ、水を吹き出す楽器、汗を流す奏者たち。 部屋の白さがまだ息苦しさをあまり感じさせないが、視線を合わせないのは恐怖の現れ、追い付こうと必死に楽譜と睨めっこ、アドバイス、自信を持たせるようなことを言って徐々に苛烈になっていく指導、椅子を投げつけ暴言とツバと平手打ちを浴びせまくり徐々に息苦しく胃のキリキリするような空間に。 厳しい現実の前に涙を流し途方に暮れる青年…しかし本当の地獄はここからだった。 [DVD(字幕)] 9点(2016-08-24 16:15:59)(良:1票) |
84. シン・ゴジラ
《ネタバレ》 初代「ゴジラ」の素晴らしい音楽と咆哮が“そのまま”響き渡るシンプル・イズ・ベストな黒一色のオープニング。 世界よ、これがゴジラだ…と自信を持って言えるのは、上映からしばらく経って“ヤツ”が真の姿を見せた時である。 それまでは能天気な人々の言葉が大量に吐き出され続け、下から映されるペンの山、画面を覆いつくす夥しい文字、押し寄せ川を上る船、道路を埋め尽くす車、飛び散る瓦礫、一枚一枚揺れ落ちる屋根瓦、振り回される人、人、人の群がその瞬間まで徐々に緊張を積み重ねていく。 石原さとみの人をイラつかせる喋り方と微妙な発音も(ry 画面の黒さも怖さを引き立てる中々のもの。 初代「ゴジラ」が怪獣という「個」とそれに立ち向かう人間の「個」の激突だったのに対し、本作は岡本喜八「日本のいちばん長い日」の如く一つの出来事をめぐり「組織」が混乱し立ち向かう。 会議で高みの見物をし、行動を起こす者の意見は軽くあしらわれ、対策が後手後手に回り続ける苛立ちが、画面の向こうで人々が災厄に見舞われる中で募っていく。喋る人間の言葉やそれを紹介する字幕・説明文も高速で過ぎ去っていく。 この辺の件を見るだけで、庵野たちが喜八の傑作のリメイクを撮るべきだったと思わざる負えない。極端なクローズ・アップが多様されるのはかなりうっとおしかったけど。 一隻の小型艇が海面を漂い、そこに乗り込んだ人々の視点ごと吹き飛ばすように巨大な水飛沫が出現する。 紅く染まる水面、“ヤツ”は気づくと背びれを突き出しながら川を上り、また気づくと地中を這い市街地を粉砕しながら前進を続ける。「キングコング」のように激しくのたうち、眼をギョギョロ動かし、苦しそうに叫び、血を流しながら。 観客は突然現れた得体の知れない存在に「誰だお前っ!?」と会議室の面々と共に困惑し、侮り、警戒を続ける。 ソイツが突然“進化”するように起き上がり、眼を小さく鋭くして立ちはだかるのである。動き続けた物体が急に止まる…次に何をしでかすか解らない恐怖と緊張が画面に奔る。 接近する武装ヘリの一団との睨み合い、、引き金を引く指の動き、警笛は列車の接近を告げるのではなく攻撃を躊躇う“理由”が路上を通過することを予告するため。 そして気づくとまた“ヤツ”は消え、海から黒い姿になって再度現れる!初代「ゴジラ」のように徐々に、ゆっくり確実に進んで来る巨大な体躯、自由自在にうねり市街地を横切り蠢く尻尾が語り掛ける得体の知れない恐怖。 口を引き裂かんばかりに顎を開き、コンクリート・ジャングルの底を走るように吐き出される泥のような爆炎、それが光の束、線となって放たれ戦闘機を切り裂きビル群を薙ぎ払い焼き払う瞬間の戦慄! 今まで喋り続けた人々を、暗闇から静かに迫り来る不気味な戦闘機を沈黙させるような圧倒的絶望。コレだ!コイツだ!一切合切何もかも破壊する恐ろしき災厄の化身!ヤツこそが「ゴジラ」だ!!!!!炎に包まれる東京を背に君臨する後ろ姿がもう最高にたまらない。怖いんだけど物凄くカッコイイ。 ゴジラはどんどん熱を上げていくのに対し、人間側は感情的になるのを押し殺すように冷静に仕事を続ける様子が描写される。一滴の汗を流すことさえ許されないほどだ。 拳をあげて怒りを発する者をなだめるように、激高しそうな者に冷たいペットボトルを突き付けるだけでその姿勢が伝わって来る。万の言葉に勝る瓦礫の中に消えた人々への鎮魂、生きている者に向けた首(こうべ)をたれる礼、祈り。 どんな状況でも闘う者たちは飯を喰らい、水を飲み、食事で出たゴミをまとめ、洗ってないシャツを取り換え、資料を整理してひたすら勝機を探ることをやめない。 政治家は政治をし、記者はネタの取引をし、自衛隊は前線で抵抗し続ける。自衛隊は伝統行事のさだめから逃げられないのである。 アメリカも手段を選ばず、ドイツは一言で快諾して協力してくれる。流石元同盟国! 観客を励ますように高らかに響き渡る鷺巣詩郎「ヱヴァンゲリヲン」の音楽、折り紙が導くヒント、過去の悲劇を繰り返さないために、たとえ放射能で埋め尽くされようがマスクをつけ踏みとどまり立ち向かう! 動くはずの無いビルが、本来人を運ぶための列車が生き物のように敵に襲い掛かる頼もしさは何なのだろう。“切り札”をブチ込む様子もあえて見せず効いているのか?いないのか?と思わせ安心させない演出がバツグンだ。 次のゴジラvs人間を期待させるかのような締めくくり、伊福部の旋律に始まり伊福部の旋律に終わる物語。 [映画館(邦画)] 9点(2016-08-11 23:00:40)(良:2票) |
85. キングスマン
《ネタバレ》 ヘリの攻撃に始まり扉の開閉で締めくくられる死屍累々スパイ映画の快作。歴代のスパイものを彷彿とさせる遊び心と活劇性、そのエンターテインメントへの挑発もふんだんにブチ込む反骨精神。 「キック・アス」から本作でも描かれる親子・師弟関係・何処にも属さず己の道を突き進む強靭さ・復讐・乗り越えるものと受け継がれる意思。 ある者は自分を命懸けで救ってくれた者のために、ある者は自分に進むべき道を示してくれた恩師のために。 スパイという情報を集め、時に非情な選択を迫られる生きるか死ぬかの大仕事。どんな手段を使っても孤軍奮闘で目的を遂げようとするプロフェッショナリズムと魅力的な隠し武器たち。 洋服屋を重火器の詰まった秘密基地に、空を飛び交う飛行機が地上に留まり最前線基地に、酒を毒酒に、眼鏡を盗撮カメラに、傘を鈍器と射撃武器に、時計を麻酔に、指輪を電撃に、ライターを爆弾に、靴をナイフに、義足を刃に変えて全力で駆け抜けブッ殺し合う! ダイナミックお邪魔します&いらっしゃいませ一刀両断、盗んだ車で逆走チェイス、屋根から屋根へ飛び乗る逃走劇、傘で不良軍団フルボッコ、命懸けのスパイ養成学校、突然襲い掛かる水水水、犬に厳しいスパイ業界、犬に優しく裏切者にゃ容赦なし、壇上に飾られた“相棒”が覚悟を物語る、車を操るのは無駄な争いをさせたくないから。 教会から全世界、全人類、全性別が人種や言葉の壁を越えて殴り合う大スペクタクル!腕があったら取っ組み合い、木材があれば打ち下ろし、刃物があればドアを破壊し投げつけ、頭の中に爆弾あったら大爆殺!!!一体何回爆発すりゃ気が済むんだこの映画はっ!?(褒め言葉) ダイナミック不謹慎花火大会で俺の腹筋も木っ端微塵になってしまった。 鏡も人工衛星もブッ飛ばし、美女の穴の中にも潜りこ(ry 「ジェームズ・ボンド?ジェイソン・ボーン?」 「ジャック・バウアーさ」 夢も希望もなく生きていた不良少年が、生きる道を見つけたスーツに身を包むエージェントになっていく成長振り。エグジーが覚悟を決めた瞬間だ。でも根っこが変わらないところがいい。 スーツに返り血を浴びた後にその場で酒瓶を掴み女をくどきに行っちまうんだからwwwロキシーとのフラグなんてなかった。 あと訓練から裏方、ライフル抱えて援護射撃までこなすマーリンの頼もしさ&気遣い振りに惚れる映画です。 [DVD(字幕)] 9点(2016-05-07 01:44:54)(良:1票) |
86. エド・ウッド
《ネタバレ》 ティム・バートンがエド・ウッドことエドワード・D・ウッド・Jrへのリスペクトを捧げた、笑って泣ける素晴らしい映画だ。 ウッドの映画は微妙、でもソイツの人生は最高に面白い。 雨が降りしきる夜、雷鳴、不気味な館の窓が開かれると、棺から起き上がり御挨拶を披露するグリズウェルの御登場だ。 バートンはウッドを愛するが故に忠実にウッド映画の一場面一場面を再現し、愛するが故に“違い”を入れる。 「ナイト・オブ・ザ・グールス」のグリズウェルはカンペを読み、本編のジェフリー・ジョーンズはちゃんと演技をこなしてしまっているではないか。ジョーンズもカンペを読んでいたら受賞していたかも知れない(冗談です)。 OPも稲光が墓場を照らす雰囲気たっぷりの演出、墓石に刻まれた名前、滑らかに動くタコの触手と戯れる円盤!グレードアップしすぎで完全に別物(この辺はレイ・ハリーハウゼンへのリスペクトもありそう)。 憧れのオーソン・ウェルズやトッド・ブラウニングの「ドラキュラ」といった映画のポスター、情熱を燃やしてひたすら創ることにエネルギーを注ぐウッドと愉快な仲間たち。ウッドはいつも天使が上から降りて話しかけてくるような出会いを待ち望み、自分の夢のための闘いに挑み続ける。 どんなに落ち込んでも元気をくれる夢と仲間とミンクのセーター、眠るように登場するベラ・ルゴシ(ルゴシ・ベラ)、残念ロバート・テイラーやベイジル・ラスボーンでもない、「恐怖城(ホワイト・ゾンビ)」、ドラキュラ<<<歯、「もっと上を行く作品が作れる(Z級)」。 「女の格好してよく平気でいられるわね!」 ケイリー・グラント「そうだね」 ペギー・リー「表出ろオカマ野郎」、NGワード:カーロフ、ウッドの映画よりも絶対面白いプロレス興業、生々しい注射器の跡とルゴシが語るハリウッドの闇、「ヴァンパイア・ショウ(The Vampira Show)」を盛り上げるヴァンパイラ(マリア・ナルミ)たちとの数奇な出会い、喧嘩と資金集めパーティー(に参加)、こそ泥シーンの愉快さ、ウイスキーのキャッチボール、タコとの格闘(手動)、完成記念の余興、ダンス、引き留める説得力皆無の恰好、右手に握るもの、病院、彼女の面影、お化け屋敷、アクシデント、映画館、観客の盛大な“歓迎”、ポップコーン、最期の演技と旅立つ前のルゴシを映したフィルム、引き取った犬、ダイナミック人選ミス、巨大ブーメラン。 事実とフィクションの融合によってバートンからルゴシやウッドたちすべての映画人に贈られるエール。 ウッドにとっての夢であるオーソン・ウェルズとの出会いをプレゼントまでしてくれるんだぜ?夢のために闘え! 押し寄せる観客を他所に雨の中の告白と出発…ウッドの冒険は果てなく続く。たとえウッドが去った後も、その魂を受け取った多くの人間が今も冒険を続けているのだから。 [DVD(字幕)] 9点(2016-03-19 02:11:04)(良:1票) |
87. ボウリング・フォー・コロンバイン
《ネタバレ》 マイケル・ムーアという映画監督は、ただありのままを映そうとするタイプのドキュメンタリーは撮らないらしい。 あの芝居がかった行動の数々で映画のようなやり取りを見せつけ、一つの事件を通してあらゆる要因を羅列し引きずり出して注目させようとする。今回は銃社会のアメリカに潜む問題のようだ。 自ら俳優のように出まくり映画を引っ張る肥えた肉体。 オーソン・ウェルズのように悪の権化としてずんぐりむっくりの体で威圧感を出すワケでもなく、西部劇で偉そうにのしとのしと歩く腹の出たガンマンの如くムーアは登場してくる。マイナスイメージをあえて前面に出すことそのものが壮大な“当てつけ”なのだ。当てつけしないと死んじゃう病なのかも知れない。だから意地でも痩せないんだと思う。 表情はコメディアンのようにどこか微笑みを称え、銀行で得たライフルを抱えて買い物を済ませる“日常の光景”を映す。 時にインタビュアーとして執拗に問い詰める時もあれば、手を肩にやって同情するような場面も物凄くわざとらしーく見せつけたりする。当事者の目の前でそれをやるのだからつくづく胆の座った奴だわ。 インタビューをした人々の顔もこれみよがしに見せる。銃に狂った老人のギラギラした眼、銃を握りしめ高々と掲げる演説者チャールトン・ヘストンの笑顔、無責任なマスゴミや報道陣の笑み、恐怖に怯える顔、失望と怒りの顔。 幼きムーア少年はおもちゃの拳銃の引き金を引きまくり、現在のムーアはけして銃弾を発射せず、銃を撃つ市民や銃弾を喰らう人々の姿を映しまくっていく。 映像が得られなかったものの代わりに何かを映し、得られた映像の使い方も強烈だ。 ボウリングのピンの件でハワード・ホークスの「暗黒街の顔役」についても語られるかと期待したがそんなことはなかった。あの映画のようにデカデカと書かれた文字が語る社会の矛盾、ピンと人が薙ぎ倒され横たわる光景が幾度も映される。 事件現場の校舎や街、弾痕、道、事件当時の一部始終を捉えた監視カメラ、殺人者と殺害者を明確に示すように光が人物を覆い、助けを求める悲痛な叫びは机の下に伏せる人々の叫びを聞かされるようだ。 「マトリックス」を守るエージェントの「Non!」、「駅馬車」やウィリアム・S・ハートといった西部劇、「國民の創生」の人種描写、「サウスパーク」の冬、企業コップのイメージに何コレ超見てえ、アニメーションで描かれるよくわかる人種差別&銃社会アメリカの歴史に爆笑、細い男の服の中から次々に銃が出てくる瞬間の戦慄。 様々な国で引き起こされた虐殺、銃のゲーム、まばゆい光の中に突っ込んでいく“買物”、当事者たちのすべてをぶつける闘い、ダイナミック営業妨害、毒には毒で、極端には極端で、メディアにはメディアで殴りつける。 右足をソファーに突き付けてインタビューに応えるマリリン・マンソンの職人意識。 彼が取材を受けるのはどんな時でも己を貫く姿勢を示すため。ムーアも黙ってそれを受け入れたのだろうし、一人去っていく者へ黙って写真だけでも置いて去っていく。それ以上の追及をあえてしないのだ。 アメリカとカナダの同じ銃社会でも意識の違いがハッキリしているのは興味深い。 日本も昔は日本刀だの槍だの鉄砲だの世界有数の銃社会だったからなあ。日本人も黙って見過ごせない問題ですよ。 [DVD(字幕)] 8点(2016-01-30 00:38:46) |
88. ブリッジ・オブ・スパイ
《ネタバレ》 スピルバーグとコーエン兄弟が組んだのは西部劇「トゥルー・グリット」以来だろうか。 今回は久々にB級的感覚でスパッと撮ってきたような、懐かしい感覚に満ちた娯楽映画を引っ提げて帰ってきたようだ。弁護士が国境を越え交渉人として立ち回る冒険の面白さ。 この映画は脚本の映画だと思うけど、それでも冒頭における追跡のワクワク感よ!これぞ映画だ、セリフではなくアクション(動作)によって語られる追う者と追われる者が繰り広げるスリル。 おもむろに自画像を描く男とその理由、部屋から地下鉄、公園と椅子、再び部屋へと戻っていく追跡の後に待ち受ける展開、コインに隠されたメッセージ、それを守ろうと仕事人として己を貫く姿勢は独房の中でも続けられる。ポケットに手を入れるだけでも射殺されそうな緊張は持続され、観客に寝る暇を与えない。劇中で揺さぶられ続ける人々のように。 法廷から学校の「起立」へ、書類から新聞へ。 冷戦下における疑心暗鬼の時代、信頼を重んじる弁護士に転がり込むトラブル。 かつて「シンドラーのリスト」という映画で労働力としてユダヤ人を雇い、やがて仕事に打ち込む同じ人間として彼らの信頼に応えたくなった男がいた。 この映画の弁護士は最初からスパイではなく、命がけで職務を全うしようとした“仕事人”を助けようと孤独な闘いに身を投じていく。「信頼」を守ろうとする行動に対する弁護士なりの礼として。 信じるが故に涙を流したり勉強に励む子供、信頼に応えるが故に叫び声を押し殺し耐える者、最愛の人を見送る者、依頼を引き受ける者、偽物の不気味な笑みと行進をする者、偽りだったとしても本物の何かを込めた者。 冷戦下における情報戦、これが戦争であるならば先に手を出した奴が殺される。 弁護士にも訪れる追跡者の恐怖、雨粒を防ぐはずの傘は居所を知らせてしまい、寒さから身を守るはずのコートは飢えた若者たちの標的となり、窓にまでかかる水は扉の外にいる監視者の視線を示し、車を猛スピードで飛ばすのは獲物を逃がさずに捕まえさせるため。 壁が敷かれるのは人々を引き裂き、逃亡者を阻み処刑させるためだけでなく、新たな交渉相手の登場を予告するため。戦争の傷跡が生み出す信頼しきれない原因(ソ連がやりやがったベルリン、連合軍がしくさりおったドレスデン虐殺)、黙って見ていることしかできない無力さ。 日常の平穏を破った警告の銃撃が、仕事先でも命を奪いとる。次の銃撃は依頼人にも向けられるかも知れない・・・信頼に応えるため、己の意思を貫くために弁護士も諦めない。 マスコミのフラッシュの嵐は地面に転がる電球を踏み砕くように流し、壮大な釣り、ダイナミック朝飯おごり、風邪をこじらせようがハンカチで何度もぬぐい耐えるように待って待って待ち続ける! 軍人と軍人の、学生と国の存在を賭けた駆け引き、アメリカ軍のフラグ建設作戦と迅速なフラグ回収、恐ロシア。 橋における束の間の再会、別れ、抱擁の有無。 いやーマジで続編出ねえかなー。次はキューバ危機辺りで・・・! [映画館(字幕)] 9点(2016-01-30 00:37:53) |
89. 白鯨との闘い
《ネタバレ》 捕鯨問題で揺れるこのご時世、長い時間をかけて本作に挑んだロン・ハワードに敬意を表したい。 個人的には中々の力作。あの精悍な漢たちをげっそりするほど追い込み練り上げたのだから! 映画は冒頭の海中を突き進む主、男がある宿に訪ねてくるシーンから始まり回想形式で過去の“闘い”について語っていく。 窓の外で手紙を見せ、小説の創作ヒントを求めて瞳を輝かせる若き作家、過去を封印する老人、扉の外でそれを見守る長年連れ添ったであろう妻。 男たちを海に誘う未知への恐怖と冒険への好奇心、生活を支える脂や肉、名声。野望を抱く男たちの船出は、死にゆく者を送り出すような人々の喪服と鎮魂歌で包まれる。 序盤の冒険へのワクワク感。ヒヨッ子船長に船乗りの身のこなしをアピールする対抗意識、船酔いの荒療治、張り合おうと嵐に突っ込む無謀さ、ベテランと新米の対立、船上で人種や身分を超えて海を生きる者たちの競争・意気投合、銛を打ち込んで海を駆けるような狩り。 経験者は語り、未体験への好奇心が海の男たちを狂わせ、復讐者と冒険者たちを引き合わせる。 勇ましいハンティングの後に描かれる血肉の生々しさが、息をしている者の横に転がる変わり果てた無言の船員が、仲間同士で喰らい合った地獄を容易に想像させる。鯨の臓物を引きずり出して脂を得意気に掻き集めていた男たちですらだ。 富となるはずの脂がもたらす“灯り”、近代兵器が何の役にも立たない大自然で人間も鯨も関係なく平等に殺し合い、くたばり果てる。キャメラも激しく動く船乗りたちを追いきれずに振り切られたり波に飲まれたりと忙しすぎてこっちまで酔いそうになった場面も。 そんな極限状態でも腐りきらないプロフェッショナリズム。 野獣の如きむしゃぶりつき、尊厳も何もかも投げ捨てられ失ったはずの男たちが得たもの、求めるもののため、獲物を発見した瞬間に水を得た魚のように息を吹き返す瞬間!そこにはどんな状況でも最善を尽くそうとする意地が彼らを奮い立たせる。 彼らを支えるエネルギーはなんなのだろう。愛する妻が渡したお守り?生き残るチャンスをかなぐり捨ててまで貫きたかったもの?様々な支えが彼らを散々危険を味わったはずの海原に旅立たせてきたのだろう。過去を背負う老人にしても机の上に刻み込まれた地図! 鯨にとっても大勢の仲間を串刺しにして殺しやがった憎っくき仇。何度も繰り返したであろう怒りの頭突きの痕、執念深い追跡。 “あの眼”を見た男は、一体何を思ってすべてを終えたのだろうか。 [映画館(字幕)] 8点(2016-01-30 00:34:40)(良:1票) |
90. 遊星よりの物体X
《ネタバレ》 リベラル系のスピルバーグやカーペンターにしろ、この映画に惹かれる人間は何に影響を受けているのだろう。 ましてスピルバーグはユダヤ系。よくこの映画は赤狩り時代のユダヤ人差別映画だと言われているが、本当にそれだけの映画なら前述した彼らがこの映画に惚れ込むだろうか。 ホークス自身はユダヤ人のシオニストであるベン・ヘクトと何度も仕事をともにしているし、ユダヤ系のローレン・バコールを自分の映画のヒロインに選んだりしている。肉体に障害を抱えた人々が支え合って危機に立ち向かう「リオ・ブラボー」なんかもあるし、正直よく解らん。この映画にはそのヘクトもノンクレジットとはいえ参加している。 それに、映画の物語も差別うんぬんより単純だと思う。 作りは予算もない俳優も無名揃いですべてアイデア勝負。冒頭からスピーディーなセリフのやり取り、突然宇宙から落ちてきた得体の知れない、氷の中に眠る不気味な何か。ソイツが犬や実験のためとはいえ交流を試みた科学者をブチ殺してしまう(博士がイカれ野郎すぎるので観客の中には宇宙人ありがとうなんて人もいるだろうけど)。 残された人々は密室で迎撃態勢に臨む。Xが突然現れる瞬間の、動くはずのない植物が動き襲い掛かってくるという、一斉に迎撃する瞬間に奔る緊張。炎だの拳銃だのカメラのフラッシュだのその辺にあったあり合わせのものしかないということも拍車をかける。 後のスピルバーグの「ジョーズ」やリドリー・スコットの「エイリアン」、カーペンターの「遊星からの物体X」にも正体の知れない敵との戦いを描いている。当時この作品が大ヒットしたは、そんな未知との戦いに人々が惹かれたからなのだろう。 物体Xの造形はジェームズ・ホエールのSFホラー「フランケンシュタイン」を思わせる。というかそのままパクッたような姿。この辺は技術的な問題よりも他に解決策がいくらでもあったと思うけどどうなんだろう。 だが決定的に違うものがある。「キングコング」のように巨大な恐怖でもないし、感情を示すような描写はほとんどない。ひたすら襲撃を繰り返す怖さが徹底されている。 「ジョーズ」は同じホークスの少数で挑まざる負えない「虎鮫」や「リオ・ブラボー」等へのリスペクトも盛り込み、逃げ場のない密室空間における緊迫をより強固にしていた。 本作は味方があまりに多すぎるのである。先ほどの迎撃もまるで集団リンチ。罪悪感も無いから余計にタチが悪い。だって一応は仲間や犬の敵だし。これ以上犠牲者を出したくないという当事者たちの覚悟。 同じクリスチアン・ナイビーが制作に関わった「赤い河」も人数は多かったが、理不尽なワンマン上司との対立や仲間だと思っていたはずが招くトラブルや仲間割れと緊迫した状況が続くスリルがあった。コーヒー一杯すら少ない食料でやり繰りしている苛立ちを高める演出に使われていた。 本作は物体Xが出現したという状況にも関わらずのんびりコーヒーをずるずる飲んでいるではないか。まだ危険性を図り切れていないが故の行動なのかも知れないが。 ホークスは人との信頼を重んじるタイプの人間だった。世の中が人間不信になればなるほどホークスはそれに逆らうように人々が助け合う映画を撮る。対立を経て団結する。平時故の交流とリラックス、有事故の緊張や恐怖との戦い。 しかし、この映画には時に分裂して殺し合いにまで発展するという恐怖まではない。襲われて死ぬ犠牲者も異常事態という割に少ないし。 ロマンスやコメディも盛り込みすぎだ。つうかコイツら陽気にもほどがあるだろ。猛獣狩りやモンスター退治とか、狂った集団が一生命を集団で嬲り殺したという設定にしてもまかり通りそうで逆に怖い。 ヒロインも他のホークス映画ほどスリルに貢献しているとは思えない。なんせ他のホークス映画の女性はもっと積極的でクレイジーな魅力に富んでるからねー。「暗黒街の顔役」なんか誰も信じられなくなって女のために野郎ブッ殺しまくる最高のキチガイ映画だったし。そういう意味じゃ凄い物足りない。 魅力的に映らなかったが故に「ジョーズ」と「遊星からの物体X」は女性が巻き込まれず男たちのよりハードな物語になったのだろうか。そう思うと意外な決着を迎える「エイリアン」と見比べるのも面白い。 何よりカーペンターがホークスの本作や「エイリアン」との差別化も図って、原作とホークス版の美味しいところを凝縮した大傑作の存在もデカい。俺も個人的にはアッチの方が好きなんだ。 なんせホークス大好きなカーペンターの野望の結晶、ホークスの傑作群を髣髴とさせる面白さなんですから。飛行機乗りのタフガイがライフル片手に奮闘する姿なんて特にね。音楽もホークス映画等で活躍したディミトリ・ティオムキンに影響を受けたエンニオ・モリコーネだし。 [DVD(字幕)] 8点(2016-01-14 22:58:50)(良:1票) |
91. 黄色い星の子供たち
《ネタバレ》 フランス人は、フランス革命の頃から同じ国の人間同士で差別し、告発し、殺し合ってきた歴史を持つ。 ある者は恐怖に屈してしまい、ある者は恐怖に抗うために戦うことを選んだ。 かつて赤狩りでアメリカを追われたジョゼフ・ロージーという男がいた。 彼はフランスでヴェロドローム・ディヴェール大量検挙事件(ヴェル・ディヴ事件)について「パリの灯は遠く」で描いた。そこには理不尽な暴力に対する抵抗と国を追われた者の共鳴があったのだろう。 そしてこの「一斉検挙(黄色い星の子供たち)」は、フランス人の女性ローズたちによる一つの告白なのだ。 「星」によって差別される日常から映画は始まる。 追い詰める側はあくまで仕事として、作業を繰り返すように政策を進める。まるで感情のない機械のように。ユダヤ人にしてみれば、彼らは自分たちを引き裂き暴力で屈服させようとした恐ろしいマシーンも同然。服をはぎとり、容赦なく殴り蹴ってくる。 彼らも人質を取られていたのだろう。だがそんなものは言い訳だ。だからこの映画にも追い詰めた側の葛藤はあまり描かれない。 「家族を人質にとられててね(棒読み)」 そうかそうか、テメえの面に一発ブチこまれて欲しかったぜ俺はよ。 ヒトラーも家族と団欒しながら何万の人間の四肢をもぎ首を引きちぎる政策を進めていく。 対して、追い詰められる側は感情豊かだ。 歌い、踊り、走り、語り合い、愛し合って。あの小さな子が走る度に軍人や警官に銃殺されるのではないかと何故かハラハラしてしまった。あの子は妖精のように場を和ませ、「この子だけは死んでほしくない」という活力を人々に与えていた。 ユダヤ人狩りは加速していく。公園や職場からの追放、警官隊の不気味さ、銃殺覚悟で生き延びろと叫び続けた御婦人、競輪場に家畜のように押し込められる理不尽さ、医者の無力さ、糞溜めの中に託される希望、消防士たちの勇気、貴重な配給食糧をブチまけてまで脱出者たちを送り出す子供たちの覚悟、走りゆく列車から力なく垂れる手、手、手・・・。 ローズさん、貴方は優しいね。生き残った人々の顛末は多少描いたが、死の描写は少なかった。 彼らを追い詰めた(自殺?何言ってやがる、追い詰めたんだろうが)人々のその後までは描かれなかった。 それ以上追及しなかったのは、あくまで生き延びた人々の体験に沿った映画だからなのだろう。 二度と会えないと思っていた人との再会・失神するほどの歓喜が肉体を突き抜けるほど、死んでしまった人々の分まで何がなんでも生きてやるという瞬間に勝るものは無かったのだと思う。 [DVD(字幕)] 8点(2015-12-23 22:11:37) |
92. クリード チャンプを継ぐ男
《ネタバレ》 この題名はどうなんだ? ただでさえ前作の原題が「ロッキー・バルボア(Rocky Balboa)」とかナメてんのか今までのナンバリングはどうしたこの種馬野郎(この辺は日本の配給会社GJ)と思ったが、今回は「クリード」である。中身を見るまでは「ロッキー」の続きかどうかさえ解らない。 「ロッキー」は名前だが初見には「クリード」って誰?「ロッキー」を知る者にはそれが最高のライバルの姓だということ、その伝説を受け継ぐ者の物語だということを悟る。 刑務所らしき場所から物語は始まる。扉が開かれ、警官らしき男とそれに連れられた子供たちが入ってくる。 廊下の壁に子供たちは並べられ、その途端に警報が鳴り響き警官は別の部屋に吸い込まれるように駆け出す! 子供たちが騒然となって取り囲む先には拳を交える二人の男の子。馬乗りになった子の激しいラッシュ、警報はゴングとなってレフェリーを呼び寄せ、幼いファイターを退場させる。 キャメラは様々な角度から戦いを映していく。観客がリングの外で下から見上げ、レフェリーが追いかけ続け眼前で見守り、上から実況し、一緒にブッ倒れて気を失うように。 裏の世界でボクシングを続け、表では自分を引き取ってくれた義母のために真面目に働いていたらしい。 まるで光が降り注ぐように白ーいオフィスを見ろよ。野獣どもが取り囲む薄暗いリングを自由に駆け拳をブチこんでいた男が、狭そうなデスクでおとなしく仕事をしている姿を。 仕事を辞めるのは本当に打ち込みたいものに挑みたいから、家族から自立するために。 彼を支えるのは本物の母親と父親がくれなかった女性の愛情だ。彼女は息子の決意を見守る事を選ぶ。 愛憎入り混じる父親たちへの思い。 スクリーンで一緒になって父親を殴りまくるかと思えば、親を侮辱されて思わず殴ってしまったり(リング上で怒りを晴らせる対象じゃないので)、好敵手と戦い抜いた勝負服をもらって誇らしげな表情を見せたり。 とにかく認められたい、プレッシャーに打ち勝ちたい、憧れでもある伝説を超えたい、息子としてじゃなくアドニス・ジョンソンとして自分の拳で夢を掴みたい、何より自分を育ててくれた師や家族のために。 公式の記録上では無敗、だがスパーリングと挑発に乗って手を出してしまう“敗北”は幾度も味わう。 リング上のルールがあればリング外のルールもある。ボクサーはそれを守るのも仕事であり、戦いだ。敗北として受け入れ、己を戒めることで初めて成長できる。 酒場でめぐり合った伝説の男も、誰かのために戦い続けてきた。 付き合いの長い男の頼みを断るのも、先客に対する礼儀のため。妻も戦った“強敵”と戦う覚悟を決めるのは誰かのために生きたいから。 積み重ねられる修行、バイクのウィリー軍団は競争するためじゃない。共に駆け抜けて窓の向うで待つ者に激励を送るため! 女が補聴器を取るのは声を聞きたくないからじゃない。男が話しかけて来るのをひたすら待つことをやめ、今度は自分から愛してしまった男を眼に焼き付けに行く。 彼女もキッカケを生んだ“音”から自立したかったのではないだろうか。もしくはこれ以上ドアを叩かれて破壊されたくなかry 師弟それぞれの戦い、言葉で煽るのは闘争本能に火を付けるため、リングで戦う父親の姿がアドニスに力を与える! ラストラウンドを盛り上げる「ロッキーのテーマ」! 映画は面白かった。だが個人的には不満点も多い。 「女は脚に来るんだ」と初代の名言をもう一度言うくらいなら、もっと脚を駆使して動き回る姿を映して欲しかった。アップの場面が多すぎるんじゃないか?俺は顎をブチ抜かれて脚が震えるシーンとかも見たかったな。 全身が映るシーンにしてもまるで影から見守るというより隠し撮りだ。 補聴器も身振りで強調される場面が少ないので気付かない人も多そう。 特に気になったのが選手が登場する度に「デンッ!」と出てくる選手の情報!んなもん ど う で も い い わっ!! 一瞬の情報にどんだけ書いてんだよ!?読んでる暇が無えよっ!DVDでも再生する度に一時停止しろってか? “プリティ”?ファッキン・リッキー・コンランの登場シーンなんか何なんだよ? 真っ暗闇の中から火を吹く男とコンラン軍団の大行進、青一色の光を浴びて「デーンッ!」笑い殺す気か演出の牛クソ野郎がああぁっ!!!映画館が爆笑の渦に包まれたのは言うまでも無い。 そんな混乱も階段を登りフィラデルフィア美術館が優しく迎え入れてくれるあの瞬間の感動が忘れさせてくれる。 ロッキーは不滅だがな! [映画館(字幕)] 9点(2015-12-23 21:45:18) |
93. スター・ウォーズ/フォースの覚醒
《ネタバレ》 皆さんが「スターウォーズ」に持つイメージは何だろうか。 映画史に残る偉大なる古典?SF映画の金字塔?新ソフトが出る度にCGで修正しまくりやがるいい加減にせいや(新規ファンはどれを見ればいいんだよ)? 俺にとって「スターウォーズ」は誰もが“追いかけ”続ける超A級の志で撮られた最高のB級娯楽映画だ! 西部劇、時代劇、サイエンスフィクション・・・様々なジャンルの娯楽がスペースオペラとして一つに結びつく。 J・J・エイブラムスはジョージ・ルーカスたちの意志を継いで(もう二度とCGで過剰修正しないであろう)新しくも懐かしさに溢れた冒険活劇を再び蘇らせてくれた。 個人的には見たかったものがかなり見れて満足している。多少詰め込みすぎた感もあるが、その分密度があって良かった。それでも語りきられなかったものもあるのでそれは続編で楽しむとしよう。 エイブラムスの活劇も今までの「スターウォーズ」と再会するような、“追いかけ”を生む戦いからすべてが始まる。 星々が輝く宇宙、蒼き惑星に不気味な赤い閃光が降り注ぐ。荒涼とした大地に人々がひしめく集落、何かを語り合う老人と青年、ボールのように転がり大地を駆けるロボット。 火の海で捕らわれる者と脱出する者、命を、家族を奪われていく人々。暗黒面の刃は古の大剣か十字架のように赤く輝く。 仲間の死と流血は戦いへの恐怖を植え付け、恐怖を乗り越えるのは裏切るのではなく“見限る”決意によって。連結ケーブルは逃走を阻むためじゃない。格納庫で大暴れさせ一矢報いるために! 砂漠、宇宙船、密林、焼け跡、敵の要塞、吹雪く森で繰り返される戦闘。何処に行っても敵と密告者だらけ。 事件の連続は出会ったばかりの人々を連携させ、引き離し、再びめぐり合わせて強い絆を結ばせるため。 フォースの存在は“音”が鳴り響き、見えない力で締め付けられ苦悶の表情を見せる肉体、警備兵に語りかけ魂を揺り動かし、鉄の塊が空を走ることによって語られる。 希望を探す逃亡者と戦士のようにたくましく生きる女性の出会い。 ジャンク屋は鉄屑を生活資金に、命を繋ぐ飯に、ゴロツキをブチのめす長い得物に変えて砂漠で生き延びてきた。 伝説を蘇らせるのも彼女次第。埃の被ったポンコツを最高の船に復活させ(ミレニアム・ファルコン!)、隔壁を化物から仲間を救う手段として使い、主を失った鉄塊に光を灯す! 蘇る記憶によって、眠っていた能力を使い戦う姿によって観客は彼女が何者なのかを感じ取る。 帰還者も家族を止められなかった責任と愛情の間で揺れる。 あの「新たなる希望」の頃から酒場で素晴らしい一撃を放ってきたソロもだ。出会い頭に躊躇なくブラスターをブチ込むは恨み買い捲りで相変わらず(褒め言葉)だったソロがだ。 彼はルークたちと出会いあまりに優しくなりすぎたのかもしれない。 長年死闘を潜り抜けた相棒も、そんな最高の戦友の選択を静かに見守る。 対話は戦いを避けたいという祈りであり、望む者にとっては儀式となる。 一騎打ちは仇討ちであり、自分の存在を証明するための行為でもある。伝家の宝刀チノ=リとゴリ=オシ! 地割れは命を飲み込むのではなく戦いの終わりを示し、残してきた者の元へ向う疾走によって愛情が憎悪を上回ったことを物語る。 戦士が眠るのは次の戦いによって「覚醒」する瞬間を待つために。続編も楽しみだ。 見たかったものと新たに抱く謎の数々も期待を膨らませる。 癇癪持ちのベイダーモドキとジャンク屋に隠された、戦争が、悲劇が再び繰り返されてしまった、スクリーンの向うでふんぞり返る巨大ゴラムの謎。 ハン・ソロやチューイたちのマイホームへの帰還・継承・別れ・再会。ヨーダの親戚みたいな婆ちゃん、レイア、C-3P-O、R2-D2、アクバー提督、ジェダイの希望まで! んー、流石にあの人は出なかったか。まあ「帝国の逆襲」も新しい仲間って感じの登場だったしね。きっと続編に出てくれるはず。AT-ATの逆襲もきっとあるだろうと信じて。 あとはベイダーの副官の素顔も見たかったな。さぞかし美人なのだろう。 え?ジャー・ジャー・ビンクス?何ソレ?変な骨なら砂漠に転がってた気がするけど。 ●ハン・ソロよフォースと共にあらんことを ハン・ソロについては皆さんも特に心に残ったことがあると思う。 ただ・・・俺は「あの不死身のハン・ソロが?」とどうしても思ってしまう。 「特別篇」でアクロバティックな首の動きを見せてくれたハン・ソロがだぜ?「ブレードランナー」や「インディ・ジョーンズ」でもタフなアイツがだぜ? 「ロード・オブ・ザ・リング」の某賢者と共演したゴラムまでいるんだ。何故か「希望」を感じています。 [映画館(字幕)] 9点(2015-12-21 22:11:14)(良:1票) |
94. GODZILLA ゴジラ(2014)
《ネタバレ》 やっぱマグロ食ってるようなのとは違うな。 ハリウッドにおける“最初”のゴジラ!こういう奴を待っていたんだぜハリウッドよおっ! 何?ローランド・エメリッヒのイグアナもどき?あんなもんは「ジラ」だ「ジラ」! オープニングの緊張、それにあのゴジラのディティールは最高だった。 ただ、オープニングが終わってから中々ゴジラが出てこねえ。初代みたいに焦らすのは良い。 ただ焦らしすぎ&「やっときたー!」って時に切り替えすぎなんだよボケゴラ。 ええい人間はいい!ゴジラを出せゴジラを!! それにゴジラよりもオルガズム武藤の方が出番多かったね。 人間ドラマもやりすぎてちょっとくどかった。でも栗林中将(「硫黄島からの手紙」で名演を残した渡辺謙!)の「ゴジラ」を聞けただけでも良しとするか。 もっとゴジラが「ファイナルウォーズ」みたいに大暴れする(特に例のイグアナもどきを吹き飛ばす奴)のを期待した俺にはちょっと物足りなかった。 [DVD(字幕)] 8点(2015-08-27 00:23:34) |
95. メリエスの素晴らしき映画魔術
《ネタバレ》 ジョルジュ・メリエスに関するドキュメンタリー映画。 冒頭の「月世界旅行」における月に近づいていくシーンに始まり、1890年代の世紀末のパリの様子、メリエスの生涯や映画環境の変化、リュミエール兄弟、チャップリンに影響を与えたマックス・ランデー、チャップリン、メリエスの様々な作品のワンシーン、アイデアを書いたメモやイラスト、生前の写真や撮影風景をメリエスの肉声を交えながら映していく。 それを手回しのキャメラで見せ、聞かせてくれるような演出が面白い。 メリエスのアイデアが残されたイラストで幾つか気になったのが、首を切った筈の人間が追いかけてきたり、布をかけて女性を消す手品(「ロベール=ウーダン劇場における婦人の雲隠れ」)のタネなど。 実際のマジシャンだったメリエスの豊富なアイデアには驚かされる。 監督したコスタ=ガブラスも語り、ジャン=ピエール・ジュネ、ミシェル・ゴンドリー、ミシェル・アザナヴィシウス、俳優のトム・ハンクスまで様々な人間がメリエスについて語る。 サイレントのフィルムに爆発音とかを入れたフィルムもあったな(このドキュメンタリーのために付け加えたのだろう)。 撮影当時を再現しようとする試みも面白い。 14分を過ぎたあたりでいよいよ「月世界旅行」の話題に。メリエスを代表する映画と言ったらコレだし、自分でカラー化までしちまうんだからメリエス本人もかなりの思い入れがあっただろうな。 スペインのメリエスことセグンド・ド・ショーモン(Segundo de Chomón)によるリメイク「Excursion dans la lune」まで取り上げるんだからガブラスたちも凄いぜ。 ジュール・ヴェルヌの原作の挿絵、もう一つ映画の元になったハーバート・ジョージ・ウェルズ(H・G・ウエルズ)の作品群、エイリアン。 再び挿入される月に近づいていくシーン、トム・ハンクスによる月面に着陸した探査機を背景にした語り。 当時の映画館に詰めかける人々の表情、エジソン、ニューヨークの摩天楼。当時の人々が映画で夢を描いたように、現代を生きる我々は過去の作品に懐かしさを覚え、今を見つめ直す。 「月世界旅行」のカラーフィルムの修復風景。 色鮮やかなカラー、1カット1カット丁寧に着色していく。 空を飛ぼうと挑み続ける人々の姿、宇宙の前の大空、アニメーション、進化していく映画、移りゆく時代のうねり。まるでチャップリンがあの光景を劇場で見ているような編集が面白い。 火災、風刺画、トーキーの時代、見る影もない晩年のメリエスの姿が見ていて辛い。葬儀の一部を収めたカラーフィルムから現代のロケットの打ち上げへ。 劣化してしまったフィルムの様子は寒気がする光景だ。溶けて変色してしまったフィルム。 それを防ぐための作業風景。 フィルムを透明な鍋に入れて、スープのように保存し、フィルムを傷つけないようにフィルムを差し込んで少しずつ剥がし、それを一枚一枚カメラで撮影していく。 デジタル技術の進歩はよりフィルムを蘇らせられる良い時代になったと思う。切り貼り、気の遠くなるような作業、専用の洗浄液・・・どれも映画が好きだからやり遂げられるのだろうな。 最後はカラーフィルムで「月世界旅行」の“あの場面”をもう一度映して終わる。 [DVD(字幕)] 9点(2015-07-30 15:58:55) |
96. 東京の女
《ネタバレ》 田中絹代は「非常線の女」の役よりもこの映画の役の方がしっくりくる。確かに今作は作品としての出来はあまり良いとは言えないが、細かい演出とかが気に入っている。 酒瓶、少しずつスライドして釜、食卓の朝の風景に。 靴下には穴が、足袋と靴下が干してある、煙、息子が出かけると母は割烹着を放り投げて化粧を始める。 着物の上にコートを羽織る出で立ちは「非常線の女」の水久保澄子を思い出す。 名簿、警察・聞き込み、タイプライター、突然現れる洋画のクレジット。どうやら映画館のようだ。劇中で映されるのはエルンスト・ルビッチ等が参加したオムニバス「百万円貰ったら」のオフィスでの仕事風景。 トーキーの映画をサイレントで流すというのも不思議な感じ。 そして唐突に「東京の女」の違う場面に切り替わる。壁にかけられた警察のサーベルと手袋。 よからぬ噂、疑惑、噂を聞いて「信じられないという」表情、「私だってこんなこと言いたかないわ」という表情、泣きそうになるのを堪え切れず出ていく。男も着物を投げ出し、涙を瞳にためる。 何処かの化粧室、ケバいメイクをする女性たち、電話、噂は真実となって観客の前に叩き付けられる。結ばれた髪はほどかれ、男を誘う女の表情。この変貌振りは岡田嘉子の流石の演技。 近寄る手を振り払い、最愛の姉を引っぱったかねばならない辛さ、頬にやる腕を何度も何度も、涙を流しつつ。 鏡を見て弟にぶたれた跡を悲しげに見つめる。打ちのめされて夜道をトボトボ歩いていくあしどり、傍らで静かに燃えるランプの灯は消えかかる。 「百万円貰ったら」のパンフレット、しかしゲイリー・クーパーはカッコ良いなあ。「晩春」でも名前が出るくらいだし、小津も好きだったんだろうな。 電話の知らせを入れる小僧、時計屋、凶事を告げる電話。 あの瞬間の髪を乱し気味、ショックを受けた田中絹代の表情がとても良い。顔を見た瞬間に突っ伏して泣き出す。 記者に質問責めされる姉、泣きっ面に蜂ならぬマスゴミ、薄気味悪い表情で素晴らしく殴りたくなる。 姉は「このくらいのことで死ぬなんて」と嘆き悲しむが、弟はそれほどまでに姉を信じ、愛し、心の支えにして生きてきたのだろう。冒頭の煙が再び映しだされる。 道を歩く記者は電柱の記事を読み、笑いながら去っていく。 [DVD(邦画)] 8点(2015-07-30 15:57:02) |
97. なつかしの顔
《ネタバレ》 フィルムセンターで鑑賞。 オープニングは出征していく兵士や万歳をする子供たちの絵を背景にして始まる。 空を飛びまわる飛行機の模型、子供たちはそれを追う。「腰弁頑張れ」を思い出す。 ラッパの音で集まり駆け出す子供たち、行進に追いついて一緒に歩いていく。羨望のまなざし。 泣く子供を見て動く叔父さん。一方、木の上を見つめる子供たち、上って取ろうとする子供、列車の疾走、汽車の風、子供たちの疾走が事故の発生を物語る。 “名誉の負傷”、バス、徒歩、馬車に乗せてもらう移動、今度は本物の飛行機が上空を飛んでいく。家族の前で痩せ我慢、店先に並ぶ飛行機の模型。 見舞いに来る子供たち、置いてあるイモをめぐる会話が面白い。「食べなさい」とすすめても遠慮する姿が可愛い。良い子たちだ。 上演前もイモをパクパクつまむイモ好きの女性。 映画館のニュース、アメリカにいる同胞の話、戦争の様子を見て表情を曇らせる「あの人は無事だろうか・・・」思わず泣いてしまう。 お目当てのものが見れるか見れないか、期待と不安。遠く離れた人が映るのは手紙をもらうのと似たようなものだろうか。文面で姿を思い浮かべる手紙、一瞬の映像で他に映らないものや言葉を想像させる映画。 バスに揺られて眠る外では兵士たちが戦闘訓練に励む、送られた写真は見たのか見てないのか。観客の目に映されないのがその疑惑を生じさせる。 飛行機の土産、嘘を知っている人々、「広い畑みたいなところ」、「何とか」、真実を知ってしまったショックが怪我をした子供を突き動かす。 飛行機よりも真実を言って欲しい、一瞬映る川の様子、今度はもう見る事を避けない、逃げない。 [映画館(邦画)] 8点(2015-07-30 15:48:06) |
98. 鬼が来た!
《ネタバレ》 白黒による撮影がクライマックスのパートカラーを際立たせる傑作。 「気をつけー!」の掛け声とともに軍艦マーチと共に日章旗を掲げた行進、そして「鬼子来了(鬼が来た)」の題名!この軍艦マーチは幾度も劇中で繰り返される。 一体どんなクソ反日映画がはじまるのか、どうボロクソに言ってやろうかと最低な好奇心で胸を躍らせたが(スイマセン私はそういうクソ野郎なのです)、その期待を見事に裏切ってくれた。 長い坂道を下っていく日本軍、その様子を見に子供たちが集まる。子供たちと交流する軍人。彼らは毎朝のように来るらしい。 闇夜、密室、蠢く脚と喘ぎ声が情事を物語る。急な来客に妻を隠す。日本軍に怯える恐怖を表す。 戸を開けた途端に眉間に拳銃を突きつけられ、ある“依頼”と共にズタ袋を置いていかれる。障子を突き破る日本刀の切っ先で念を押して。 集まって相談する村人たち。ズタ袋から出てきた男の口から出る驚愕の一言、布で遮られる表情、罵詈雑言をわめき死を望む者、違う訳を言って生を望む者の対比。違う訳を教えるやり取りが笑える。同じ日本語でも嘘をいいまくるwww 村の住人役の監督(チアン・ウェン)もそれをニヤニヤしながら見つめる。 前半はコメディ映画のような微笑ましい雰囲気が、やがて地獄のような凍りつくやり取りに変わる。ドアの開け閉めだけでもドキドキする。このドアにおける緊張は幾度も挿入される。 他人の叫びを拒むような演奏、暴れるので拘束されて介抱される、雪が降り始める外、防寒着でぐるぐる巻きに。怖がりながらもちゃんと世話をしてくれる優しさに男は打ちのめされていく。 死を覚悟した男に生きる勇気はなかったのだ。 武装して現地住民に襲われる幻。悪夢ではなく願望として。 兵士二人の鶏肉をめぐる会話、黒い影、銃剣で地面にサークルを描き動かないように言う。日本兵がいる事を気づかれないように振る舞うスリル、鶏の首にかけられたもの、子供も油断できない。 サーチライトが照らす中を進む緊張、ズタ袋に拘束されながら穴を開け、細い筒で水を飲ませる。 しかしよく泣く男だ。死にたがりは時間の経過とともに思考も変わっていく。彼らの反応が訳は嘘じゃないという事を物語る。 本部でのやり取りもピリピリとした緊張が。うだるような暑さでも規律によって己を戒める軍隊、存在そのものが中国に凸な隊長、そしてロバあああああああ貴様ああああああっ! メンツ、プライド、面目、話をまともに聞く気もない上層部、“契約”電話。 この隊長が本当に策士と言いますか、確かに約束は守るクソ上司です。「どうせ○○○んだし、殺るだけ殺っとくか」というキレ者。日本刀の柄を首筋にあててのしごきも凄い迫力。「生きて帰ってきてんじゃねえよボケナスッ!」という感じでボッボコにしてます。怖ー。 ニコニコ顔で毎朝巡回してた軍楽隊も豹変するんだから怖い怖い。みんなクソ上司に「殺されたくない」という恐怖で動かされるのである。 賑やかな歓迎パーティー、穏やかな交流、どんちゃん騒ぎがある一言で凍りつく。村人の態度に苦悶の表情、徐々に不穏な空気へと変わり、壮絶な血祭と化してしまう。淡々と演奏を続ける楽隊が怖い。 駆け抜ける火、火、火、戦いの終わりを告げる遅すぎた放送・・・復讐、土砂降りの雨、痘痕だらけの面、最後の一撃とともに色づくフィルム・・・。 [DVD(字幕)] 9点(2015-07-30 15:47:06)(良:1票) |
99. 女狙撃兵マリュートカ
《ネタバレ》 チュフライの傑作の一つ。 「誓いの休暇」も冒頭から“狙撃”でキッカケを掴む映画だったが、本作は狙撃に始まり狙撃に終わる。 波がうねる海原、海から砂漠に場面は移る。まるで猛吹雪の雪山のように白い砂漠を歩き続ける。砂の斜面、敵影を見つけてを迎撃態勢、走り去ろうとする敵兵を次々と狙撃していく。 兵士としての厳しい表情、彼女の呼びかけとともに指揮官が起き上がり、寝ていたい兵士たちが駆けだす!神に祈りを捧げ、遠くを進む黒い影を追跡する。指揮官はモーゼル拳銃をサーベルのように振り回して部隊を引っ張る。 駱駝は移動手段であり盾となる、長距離での撃ち合い、銃は降伏の旗や墓標・助けを呼ぶための合図。戦利品となる駱駝や情報。 たき火、夢の中に見る故郷の思い出、仲間の死、指揮官の思いやり、捕虜を連れながらの厳しい行軍、熱風が吹きすさぶ中で倒れていく兵士たち、銃を打ち捨て嘆く者も出てくる。 そんな彼らを祝福するように拡がる海原!兵士たちの表情に安堵が。 「アラビアのロレンス」が砂の海原を突き進んだ末に本物の海に辿り着いたように(映画としてはコチラが先か)。 砂漠の民に出迎えられての宴会。捕虜も一緒に宴会を楽しみ、束縛の縄を見て「ああそうだったね」という顔をするのが面白い。戦争の厳しさを忘れられる安らぎ。 会話を重ねる内に捕虜と良い雰囲気になっていく彼女、手紙、裁縫。手紙を高らかに読んでその声で目が覚めそうになる仲間、それをみて声を小さくするやり取りが微笑ましい。 浜辺で見つける船、嵐、砂漠にはなかった雨風の嵐の恐怖、無人島に二人っきりで泣き叫び弱音を見せる彼女、無人の小屋、一枚一枚服を恥ずかしそうに脱ぐ様子。味方ならともかく、相手は敵だ。 女の表情、濡れてとかれた髪、彼女の背中と投げ出された脚がエロい。荒々しくうねる海原、看病を通してどんどんデレていくマリュートカが可愛い。 彼女たちが世話になった集落にも拡がる戦火、炎のゆらめきが海の煌めきに、男の語りを彼女は黙って聞き入る。浜辺でキャッキャッウフフ。 そして訪れる最後の“狙撃”。 [DVD(字幕)] 9点(2015-07-30 15:44:39) |
100. 世紀末の印象派
《ネタバレ》 メリエスによるマジックもの。 台の上に立たせた女性の人形を本物の女性に変え、お次は布をかぶせて台の上の筒の中に瞬間移動させる。 今度は女性を担ぎ上げたかと思うと粉微塵になって消えてしまう。 マジシャンは自分をテレポートさせたり、先ほどの女性に早変わりしたり、また元に戻ったりを繰り返し煙と共に消え去る。 [DVD(字幕なし「原語」)] 8点(2015-07-30 15:42:00) |