141. ボウリング・フォー・コロンバイン
《ネタバレ》 妻投稿■突然だけど一時期「なんで人を殺してはいけないのか」という質問が日本で流行りましたよね。それに明確に答えられない大人を辱めるか、そんな質問をする子供を非難するか、当時の世論はどっちかだったと思う。ちなみに私の答えは「そういう選択を人類がしたから」。だから人が選択するのをやめさえすればいつでも「人殺しオッケイ」になるのだと思う。■実はそういう結論に私が達したきっかけがこの映画だったりする。作中のアメリカ人は銃を持つか持たないかという選択を迫られている。つまりは「自分が人を殺す」という状況を想定しているのである。私にはそれが衝撃的だった。日本だったら「人の生殺与奪を個人が握るなんてとんでもない」という「良識」が社会を支配しているらしいから。・・・けど、考えてみれば日本だって国民の大半は死刑にノリノリだし、「一個人が死ななければいけない理由」なんて(「うざい」とか「きもい」とか)社会にいくらでも転がっているようにも見える。■実は犯罪率は減っているという事実、やたら不安をあおるメディア、カナダとの比較、福祉制度と貧困の絶望(チャールトン・ヘストンの部分の趣旨はよくわからなかったけど)など、映画の言いたいことはたくさんあると思う。だけど日本人がこの映画から受け取るべき事は、「人を殺してはいけない倫理なんて明日には吹っ飛びかねないはかない倫理」だという事と、「暴力は相手を支配するためではなく、相手を痛めつけるためにあるわけでもなく、確実に殺すためにある」という事の2点ではないだろうか。ムーアの編集でイカレポンチの集まりみたいに描かれているアメリカ人だが、この2点は日本人よりはるかによく自覚していると思う。■9条、銃刀法法違反…私は賛成だ。でも平和ボケはしていても、人の痛みに鈍感になったツケは、この映画が否が応でも教えてくれる。■マイナス点は、マイケルムーアがこの解決策を「敵を作る」ということに求めていることかな。 [DVD(吹替)] 7点(2009-12-18 21:58:36) |
142. こちら葛飾区亀有公園前派出所 THE MOVIE
《ネタバレ》 妻投稿■勝鬨橋のシーンが「逮捕しちゃうぞ」の映画版と全く同じだ!!■ところで少年ジャンプの映画って長続きしないし、ヒットしないという傾向が強いと言われるが、それはそもそも30分アニメからして主人公の置かれている世界が、「努力、ライバル、友情」の名のもとに凄まじい世界だからだ。主人公は人間離れしているし、街がぶっ飛ぶ荒事は当然だし、もはや映画化不要。観客は30分アニメの映画版には「非日常の中の非日常」を期待しているのであり、ドラえもんやクレヨンしんちゃん、江戸川コナンが犯罪組織や悪の侵略者を相手に、「漫画の中の日常」が消滅しかねないカタストロフを演じる事、その中で30分の日常では見られない一面や生存を垣間見せる事を期待しているんだと思う。両津がミサイルの上で「うわー」と喚いても、ピラニアやワニ、マリアに追いかけられて絶叫する両津と変わらない。「飛行機に突っ込んでも生きているんだから葛飾で爆発させても大丈夫じゃん」と思ってしまうしね。■ところで葛飾区には地下鉄なんて走っていないでしょ。 [地上波(邦画)] 4点(2009-12-02 02:20:58) |
143. 耳をすませば(1995)
《ネタバレ》 妻投稿■旦那にとって一番好きなジブリは天空の城ラピュタ。で、私はこれと魔女の宅急便、ポニョ。この作品は女の子のためのラピュタですね。■男の子が妄想する冒険物語って、完全異次元世界で女の子の手を引っ張って悪い奴から逃げ、女の子を助けるため悪い軍隊に立ち向かう…。でも女の子の場合、完全に現実から剥離してはいけないんです。冒険する女の子とそれを想像する現実世界の女の子自身の両方を意識していたい・・・・という空想(野郎がする場合は「妄想」と呼ばれる?)があるんです。■この映画、雫は多摩ニュータウンの現実世界に生きながら、バロンと冒険し、セイジ君のもとに連れてってもらう。現実世界を舞台にしながら雫の体は坂道を登ったり降りたりふわっと浮いたりと宮崎アニメ特有の滑走を見せています。15歳の女の子らしいナルシスと憧れというものを冒険活劇と融合させる試みは素晴らしく、「近くにあるものは小さく、遠くにあるものは大きい世界」が坂道の現実風景と対面交差するシーンは、この映画のやりたいことの象徴ではないでしょうか。■唯一減点は下ネタシーンがない事。ボインやパンチラなど野郎を喜ばせるだけの視覚的シーンはやめて欲しいが、1回でも雫自身がちらっと意識するシーンがあったら、よかったと思う。だってこの映画は15歳女性の身体性の映画だから。 [DVD(邦画)] 9点(2009-11-24 00:26:45)(良:1票) |
144. 隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS
《ネタバレ》 妻投稿■まあ、予告編見ればアイドル映画だって事はわかるし、原作映画があるんだからぶっ飛んだリメイクが嫌いな人は見なければいい。でも金曜ロードでやっているとついケチをつけたくなるのが性・・・・(^_^;)■旦那は「なぜ長澤まさみが脱がない」「そこは刀で辱めるのがセオリーだろう」とふざけた事をぬかしていたけど、そこは私にはどうでもいい。ただ、少なくともあの毛深い松潤を延々と見せられ、それも「アイドルだぞーアイドルだぞー」と見せられても困ってしまう。あれはどう見ても中世山岳民族の髭と着衣ではなく、芥川の「羅生門」でお婆ちゃんの裸を見ようとした下人がドラえもんあたりに「毛生えクリーム」を顔射された状態だ。そいつに「俺たちはいつも一緒だ」と言われたら、私なら速攻で「髭をそりやがれ」と喚いてやりたい(←さりげなくそういう妄想(^_^;))。あと「泥臭さ」の描写。戦国大合戦や山田洋二の時代劇、黒沢映画の泥臭さは「一生懸命生きてきた証」が刻まれている気がする。この映画の泥臭さは黒沢の「墨汁雨」を意識したらしいとはわかるが、どうも「インキンになるそうだね」という気しかしない。■アイドル映画ならアイドル映画をちゃんと撮ろう。それだけ。 [地上波(邦画)] 4点(2009-11-23 23:49:37) |
145. 16ブロック
《ネタバレ》 ちょっと最初が緩いかな。電話の位置特定になぜ気づかないとか、なぜ屋上にいることに気がついたとか、そういうところに知恵と知恵のぶつかり合いをメリハリきかせてくれれば名作になったと思う。 [地上波(吹替)] 6点(2009-11-23 23:21:35) |
146. ナイト・オブ・ザ・スカイ
《ネタバレ》 妻投稿■「空を飛ぶ相棒の物語」・・・・ある意味別の意味でそうだと思いました。ストーリー構成で、てっきりメイン勝負だと思ったのが敵のフェイクで、敵の本当の目的が別にあって、真犯人が二転三転して、無能で責任逃れに終始する上層部や悪いことをしても捕まらずににやーっとする美女が出てくるところが・・・・確かに空を飛ぶ「相棒」物語だなと思いました。ストーリーが破綻している仏さまアクション映画の数々の中ではまあまあ面白いかな。■ところで「俺が勝負してやる」といったアフリカ東部の(戦闘機の航路がリビアという具体的地名が飛行機がソマリアあたりに進むと「アフリカ東部」になっているのは眉唾ですね)悪の親玉が、ハリウッドだったら飛びたってドックファイトなお約束が、地上でボーンとやられたり、ラストのパリ上空の闘いがあっさり敵が脱出しちゃうところとか、いよいよ盛り上がる・・・・というところで失速・・・という場面多いですね。ハリウッドだったら大コケめちゃくちゃアクションで映画を長引かせると思うが、このフランスの映画、「面白いシーンが撮れないと思ったらあっさり勝負を決めちゃうよーん」という映画ですよね。本物の戦闘機シーン、評判いいんですけど、これは映画の尻すぼみ覚悟の大ネタじゃないかと思います。結構粋。 [地上波(吹替)] 6点(2009-11-15 23:20:13) |
147. チャーリーとチョコレート工場
《ネタバレ》 妻投稿■■寓話ってのは多かれ少なかれ「子供にこうあってほしい」という大人のプロパガンダだと思います。多分バードン監督は「この映画は通常の寓話じゃない」というメッセージとしてチャーリーにネコババさせたのだと思います。このシーンがなければ、「わが・ばかな子供の末路に大人が拍手喝さいを送る」だけの映画になったんじゃないかなと思います。■■ところでこの映画でなんで冒険するのは子供だけではなくて親と一緒になんでしょうか。原作がそうだからと言ってしまえばそれまでですが、普通は子供たちだけで冒険するでしょう(スピルバーグみたいに)。そんで悪い子が親元から離れている間に成長して、主人公チャーリーと協力してピンチを切り抜けるというシチュエーションになるでしょう。■■そうはならないのは、この寓話は「子供用の寓話を欲しがる連中本人に逆に捧げられた寓話」だからではないでしょうか。私はバードン監督のファンではないけど、多分この監督は「みんなで力を合わせればどんなピンチでも乗り越えられる」という内容を寓話に要求する大人社会が全然そうなっていないことに気づき、だからこそ5組の親子にグロテスクに飛ぶ人形=「大人が望むようにかわいく回らない人形」の洗礼を与えたのだと思います。「大人の思う通りにならない」というキーワードはネコババやウイリーの過去にも適応され、「大人の思い通りになる」事で我儘な特権を得ているチャーリー以外の親子と対比することで、共依存など親子の問題を皮肉っているのだと思います。■■親子で楽しく見る映画じゃないですね。あの小人の歌は子供という宝物を侮辱することで親を徹底的に攻撃しています。旦那が勤めている会社に呼び出され、旦那が殴られるのを上司に見せつけられるような戦慄です。「寓話」という矛盾に対するとんでもない皮肉です。 [地上波(吹替)] 7点(2009-11-12 01:43:10) |
148. AKIRA(1988)
《ネタバレ》 妻投稿、原作未読■この映画で牢屋の中の女の子は男の子にこう言う(内容は以下のようなものだったと思う)。「生物が進化したのって、進化論なんだけど。こんな知性や文明は何によってもたらされたのかしら。不思議じゃない!」「バクテリアに知性をもたらすその力に憧れちゃう(正確にいえば畏怖しちゃう)」。そう人間はその「力」に畏怖し、自分たちの存在証明のよりどころにし、そして利用してきた。その「力」から様々な宗教が生まれ、神話=「力と力のドンパチ物語」を自分たちのドンパチに置き換え、あらゆる残虐行為や国家総動員を正当化し、自分たちの権威の後ろ盾にしようとしていた。■だがそもそもその「力」は本当にこの世に存在するのだろうか。こういう話になるとアメリカで進化論を教えるべきか否かという頭がこんがらがりそうな問題に直通しちゃうが、映画の中では女の子を殺す力が鉄男には確実に存在し、アキラという「力」は存在しなかった。つまり監督は「力」の有無を結論として出すより、「力」を盲信して本質を見失う事を警告しているのだと思う。■ところでこのアニメ、アニメファンの間で低評価を付ける人が「わかっていない」と言われるくらい国際評価が高いそうだけど、「マモー・チルドレンズ」に全てを語らせている時点でこの映画はアウトだと私は思う。説得力という名の狂気は、私たちと変わらない普通の人間が語ってこそ現実感としての怖さがある。「マモーなこどもたち」が全てを動かす設定は、確かに大友ワールド特有の特異性はあるのかもしれないが、私たち観客にとっては「ああ言えば上祐」みたいな冷笑で終わってしまっていて、それがこの作品では致命的な欠陥となっているのではないだろうか。 [インターネット(字幕)] 4点(2009-11-05 19:35:24) |
149. 紀元前1万年
《ネタバレ》 妻投稿■【やましんの巻】さんの意見を全面支持します(*^_^*)そんで私なりに明後日の方向に解釈させていただければ、この映画の時の流れはアウストラロピテクス→クロマニヨン人→紀元1万年→アレキサンダー→グラディエーターではなく、中つ国(その他ファンタジー世界)→紀元1万年→アレキサンダーなのだと思います。つまりファンタジーの世界が滅び去り、原始人になった人類が「現実文明」というものを手に入れるきっかけとなった物語ではないでしょうか。つまりこの物語の舞台は「魔法とファンタジーの時代」と「現実的歴史時代」の中間の「空白原始時代」なんです。■■スターウォーズにしろロード・オブ・ザ・リングにしろ「遥か昔の断絶した時代」として描かれた映画世界は数ありますが、「断絶」そのものを見せてくれる映画は多分これだけ。だからこの世界は考古学と魔法が絶妙に絡み合い、監督はただ圧倒的な力で翻弄されるだけの毛むくじゃら原始人に、「過去から引き継いだファンタジー世界の勇者の一面」と、「生まれつつある現実歴史時代の叡智」を少しずつ与える試みを全般にわたって追求していると思います。■■似たような試みは「ナルニア物語」や「ブレイブストーリー」みたいなのにもあるけど、それらのように「ファンタジー」と「現実」が平行世界として存在する映画の場合は、観客は主人公の内面に同行する形で冒険するのがいいと思います。でもこの映画みたいに両世界が1つの歴史として存在する場合は、観客は「歴史家」として神の目線で映画を鑑賞するのも正攻法ではと思うのであります。 ■■私は何訳わかんないこと長々と解説しているんでしょうかねえ(^_^;) [DVD(吹替)] 8点(2009-10-26 19:04:58)(良:2票) |
150. ときめきメモリアル
妻投稿■私だって当然「ときめきメモリアル」をやったことがありますよ。友達のお姉さんの部屋で。旦那にそれを話したら、「お前のメモリアルはお店にRPG-7とAK47カラシニコフが売っていて、それで佐伯君だろうがハリー君だろうが強制的に支配。暗視グォーグルを手に入れて隣の遊君を襲っちゃうんだろ」と言ってきたので。私はこう答えました「もちろん(*^_^*)愛というものは相手を支配する喜びオッホッホッホ」・・・・・・・・・・じゃない!!!なんで旦那がそれを知っているんだ。やった事があるのか・・・。しかもよりにもよって「girls side2 kissホニャララ」を・・・・・。ぞわああああ■それが理由で私は昨日、映画をツタヤで借りました。旦那と二人で見ました。海が出てきました。ひと夏の思い出が描かれていました。意外に古いなと思ったら1997年だそうで、びっくりしました(そういえば私がやった時まだ働いていなかったなあ)。■結論:まあ、男性視点の映画だからいいんでしょうが、女性から見てこういう映画に以下のような男性キャラが出てきたらどうしますか。①眼鏡をかけている②いつも怪獣と電車のことを考えている。③ときどきフヘヘヘヘという笑いを浮かべる。④喋り方が喜多川歌麿をやった水谷豊さんに似ている。・・・・こいつの機嫌を取らなきゃ本命キャラから冷たい奴だと思われるゲームにおいてはめちゃめちゃやっかいでうざい存在です。そしてわたしはそいつと結ばれました。これが現実です。ふぃぎゃー。 [DVD(字幕なし「原語」)] 7点(2009-10-16 09:40:43) |
151. 日本以外全部沈没
《ネタバレ》 妻投稿■この映画は断じて笑わせる映画ではないです。むしろ私にいろいろ思い出させて見ている最中ものすごい寒気を感じさせたという点では、「日本沈没」以上に人間の末路を描いた警鐘じゃないかと思います。その証拠に「もう理性的である必要はない」と思った時の大統領の狂いぶりは凄いリアルです(だからネクタイが星条旗になっているのは「倒錯したリアル」を損なわせていて減点)。■知的障害の私の経験を書くと禁止されている「卑猥で気持ち悪いレビュー」になるので、敢えて世間一般の実例を出せば「スタンフォード監獄実験」というものがありますよね。自分と相手に極端な力関係(上司と部下というレベルではない)があると、歯止めが利かなくなるというあれです。作中では「私たちの社会に適応できないとどんな目にあわされても文句は言えない」と日本人が言って、メイドさんに残飯と屋根だけでいろんな事やらせるというシーンがあります。「こういう事を実際に社会に生きる自分たちがそんなことをするはずがない」と思っている人は「下らねえギャグ」と認知するだろうし、その見方は正しいと思います。でもそういう事が「成熟した社会」でありうると知ってしまった(「思いこまされた」と書こうとも思ったのですが、一応こっちの表現にします)人にとっては、このシーンはギャグとは180度離れた場面じゃないでしょうか。■「生きるという事は、命以外を全て犠牲にすること」。これはお母さんに「この言葉が正しいかどうかはわからない」という前置きと一緒に授けられた言葉です。絶対権力者の邪悪な支配欲を満足させないと泥船に乗せられる(という形の暴力を受ける)外国人は過去と重なる事もあり他人事とは思えませんが、私は少なくとも老人ホームの米兵役みたいに相手の邪悪な心に付け込んでお金をもらう生き方はしたくないです。これがこの映画から感じたメッセージです。■減点対象は上記のネクタイとラストの蝋燭の場面。藤岡弘の最期。あんな奴らの無意味な恍惚より、素敵な絵本を書いた妊婦さんやアカデミー賞俳優とキャサリンの運命が気になります。 [インターネット(字幕)] 8点(2009-10-09 05:53:16)(良:1票) |
152. ゴジラVSメカゴジラ
《ネタバレ》 妻投稿■図書館で鑑賞(今日は怪獣シャワーですね)■さて、平成初期のゴジラVSシリーズをよりにもよって「お子様映画」ではなく「大人映画」と見てしまうのは多分私の幼さなんだと思います。そのうえで断言すれば、世間で評価されている平成ガメラシリーズは「人間が支配している現実世界」に非日常的怪獣が偶発的にぶつかってきているのに対し、ゴジラVSシリーズが描いているのはそもそも「世界を支配しているのは実は人間ではない」世界なんだと思うんですよね。つまり「世界を支配しようとする人間とそれに対抗しようとする怪獣との戦争(と思い込んでいるのは人間だけだけど)」を描いているのだから、プロパガンダ戦争映画みたいに(リアリティの名前の下に)人間メインばっかりに描く必要はなく、だからVSゴジラは「怪獣の目線」カメラで怪獣が街を闊歩する様子が演出されていると思います。つまり「怪獣プロレス」は描きたいものズバリなわけです。■そうした趣旨で描かれているシリーズなわけだから、いつかは人間が怪獣目線で本格的に戦う兵器が出るのではと思っていたけど(スーパーXやメカキングギドラにその前兆はあった)、本作と次回作のモゲラがそうだったんじゃないでしょうか。■映画では人間と怪獣の戦争だけど、両者の武器である科学vs破壊が火花を散らす一方、母性と生物的同族保護本能が両者を結び付けるなど、なかなか一筋縄ではいかない脚本もあり、リアルで濃厚だけど人間視点から見たためにある意味善悪二元論に陥っている平成ガメラや、少年ジャンプもどきみたいな「努力、友情」という人間の感情ばかりメインにしているミレニアムシリーズとは違った良さをたたえている作品ではないかと思うのですが、どうでしょうか■音楽が凄い好き。 [ビデオ(邦画)] 8点(2009-09-29 20:05:39)(良:1票) |
153. ガメラ3 邪神<イリス>覚醒
《ネタバレ》 妻投稿■ガメラ三部作のうち、空中大決戦は「怪獣が日本に現れたらどうなっちゃうんだ」レギオン襲来は「怪獣が私たちの町に現れたらどうなっちゃうんだ」だが、この映画は「怪獣に大事な人を殺されちゃったらどうなるんだ」という映画なんだろうと私は解釈した。前作は街ひとつ消滅させながら人はあまり死んでいない点、一方今作は殺される人間の最期の目線に立ったようなカメラワークが多い点がその根拠だ。ガメラにマンションごと潰された主人公の両親だけではない。渋谷の飲食店でガメラに体を焼き尽くされたバイトの女の子、遺体安置所から泣きながら出てくる両親の描写は、「たまたまあの場所にいただけで理不尽に命を奪われる」事件が実際に報道されているこの頃だけあってあまりにも生々しい。■当然この映画においては1作目の社会における「怪獣への恐れ」から「怪獣への怒り」への変化が描写されるわけだが、その感情を根暗な女の子一人に負わせたのは正直失敗。訳のわからない魔方陣によって呪いの藁人形みたいな怪獣がニュニュニュニュニュと立ち上がる設定は、大事な人を失った人間の心の描写の解釈としてはあまりにもお粗末だと思う(蛇足ながら、このイリスという怪獣は勾玉を狙うふりをして前田愛の胸に顔を押し付けたり、彼女をヨダレまみれにしたり、悲鳴を上げる仲間由紀恵の下半身の方でなんかクチュクチュ音を立てていたりとかなり変態な怪獣だと思う)。■映画シリーズってのは必ず三作目か四作目にダウトな異色作が出来るものなのだが、そのダウトさが変な意味で中途半端になっているのが残念。でも怪獣映画史上まれにみる美しい空中戦や京都駅の迫力満点の大爆発はさすが。6点献上。 [インターネット(字幕)] 6点(2009-09-29 14:19:41)(良:1票) |
154. クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!栄光のヤキニクロード
《ネタバレ》 妻投稿■変更■実は、これは統合失調症の世界を描いた映画なんじゃないかと思う。もちろん野原一家が統合失調症という訳ではないが、世界観が統合失調症の世界をモチーフにしている事は間違いない。会社や近所が自分たちの悪口を言い、テレビのニュースでは自分たちの悪口が放送され、さらに自分と言う存在が劇画的で自分じゃないように映る様子。ラストの崩壊した世界観(ぶりぶりざえもんが大量に出てくるシーン)とかがその証拠だと思う。■そしてそれがロープウェイの上で器械をつけて、「もうおしまい。みんな元通りになるんだぞ。じゃ、そういう事で」というシーンと、その後現実世界の熱海商店街をひろしが眺める場面で、男色おにいさんが土産物屋さんで土産物を探すシーン(あれはひろしを探している雰囲気ではなかった)、現実世界の電車で家に帰ると、今まで自分を苦しめていたものが何もかも存在しなかった事になっているシーン、そして「人生、参る時もある♪ そんな時こそ焼き肉がある」というBGMに「安心感」という優しさが隠れている気がするのは気のせいだろうか。 [DVD(邦画)] 8点(2009-09-27 03:42:11) |
155. バンビ、ゴジラに会う
妻投稿■私は旦那と地下鉄に乗るとき、一番前の窓から線路を見るのが好きなんですよ。地下鉄の駅間はだいたい2分なんですけど、洞窟探検みたいでとても面白いですね。といっても東京ディズニーシーのアトラクションよりは面白くないと思いますし、千葉モノレールの一番前よりは普通かな(*^_^*)でも、電車の中でうさんくさい広告を見せつけられたりするよりは絶対面白い。九段下から飯田橋、飯田橋から永田町を移動するだけのことなのに、ちょっと凄いことをしたような気分になることは間違いありません。■あと、給料日前で電気も食料もないときなんかは、防空頭巾(関東だと小学校で貰いますよね)をかぶって蝋燭の火で友達の畑で採れたイモや小麦粉で作った水団を食べることにしています。これが結構勉強になるんですよね。食事時間は2分。2分なんだけどただカップめんをわけあうよりはよっぽど有意義な時間ですよ■2分以下を舐めてはいけません。東京ディズニーランドにいけば2分のスリルを味わうために90分並ぶ人も多いですし、イルカタッチも2分ですし、アイドルやジャニーズと20秒握手するために北海道まで行くファンもいますし、殴るけるを2分されていたら1週間は跡が残りますし、北朝鮮のミサイルが日本に到達するのや、地震情報、会社面接、人工呼吸は2分が勝負です。■で、この映画は私にとって有意義な2分だったか…そんな考察は野暮ですね・・・・■まあ、このレビューを皆さんが読むのにかかった時間(推定2分)よりは価値はあるでしょう。 [インターネット(字幕)] 7点(2009-09-27 02:47:22)(良:1票) |
156. 崖の上のポニョ
《ネタバレ》 妻投稿■私の旦那は社会性とコミュニケーション能力に障害があるアスペルガー症候群なんですね。で、子供のころ先生に「みんなの夢を描きましょう」と言われて他の子供は消防士とかパン屋さんとかになっているんですけど、旦那だけ「街が水の中に沈没していて、僕は魚の女の子と友達になっている」という絵を描いたんですよ。先生は「魚になりたい」と解釈したそうですけど…これ旦那が前にレム睡眠中に見た「夢」なんですね(*^_^*)■でも、こういうかわいくて訳わかんなくてシュールな夢って、誰でも小さい頃はきっと見たと思うんですよ。この映画はそうした「夢」を映画にしたんだと思います。ただそれだけ…ただそれなんだけど、これって凄く優しいことだと思うんです。■前に旦那は「ゲド戦記」のレビューで「宮崎監督の息子は親を超えるという仕事を額面通りに成し遂げている」というレビューをしたと思うんですけど、この映画で宮崎監督は、混沌とした時代において「子供の夢」というものを「額面通り」に再現して息子に提示したんだと思いますね。■映画としては文句なしの10点なんだけど、宣伝においてやたらと「ポーニョポニョ」日本中がうるさいのには弊癖。こういう夢ってのは静かに見るものだと思うんだけど・・・・(--〆) [DVD(邦画)] 10点(2009-09-05 04:57:44)(良:2票) |
157. るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 維新志士への鎮魂歌
《ネタバレ》 妻投稿■9点もつけていいんでしょうか。確かに人気アニメを映画化した標準的なもののひとつだとは思います。そんな映画に9点をつける私は馬鹿です。どれだけ馬鹿かは後述の通りです■恥ずかしながら私は生きているこの世界において2つの大きな間違いをしていました。①昔の世界は白黒だと思っていました。②現代テクノロジー世界とチャンバラ世界は別々の世界に平行しているものだと思っていました。そして目が覚めたらチャンバラ時代になっていたらどうしようという心配をしていたものです(=_=)■この間違いに気付いたのが前者は14歳、後者は12歳くらいだったと思います。「日本の歴史」でチャンバラ時代から急速に西洋化していく明治に絶叫したのを覚えています。■現代世界からチャンバラ時代になったらどうしようという私が昔感じた恐怖は、きっと明治時代のチャンバラ世界の住民も感じたのではないでしょうか。私たちがチャンバラ世界で無礼講や身分の差で切り殺されるのに理不尽を感じるように、彼らも「義」ではなく「金」で全てが動く世界が「怖かった」のだと思います。■違う世界からやってきた「殺人が当たり前」という「怖さ」を背負う登場人物の姿・・・。これが突然平和な世界に蘇る恐ろしさ。その中でどう生きるかという信念。PTSDの私には違う角度からのメッセージだったような気もします。個人的には佐之助が「生きてて良かったな」というシーンで白い人たちが泣くシーンが好きです。 [インターネット(字幕)] 9点(2009-09-05 04:16:51) |
158. 新宿インシデント
《ネタバレ》 妻投稿■2回目見て少し感想が変わりました。■この映画はアジア人が見た日本のイメージを反映していると思う。日本人は世界で日本が一番安全だと思っているが、実は殺人発生率は決して低くはない。私の友人のお母さんは、わけあって身元不明遺体相談で遺体のページをペラペラめくった事がある。多分考えられているより高頻度で死体が路上に転がっていることが分かったと言っていた。あれが全部殺人だったとは言わないが、生き倒れや餓死というわけでもない。日本は死体を解剖しない国だから「弱い立場の人を殺しても殺人とは認知されないんだろうな」と背筋が寒くなった。作中で死んだ人、ニュースになったのだろうか・・・日本の暴力団を除き、アジア人が日本人の目につくところで死ぬシーンは全くない。これがアジア人が見た日本なんだろう。「暴力、拷問、リンチ。実はすぐ近くにあることなのに誰もがそんなもの自分の生活圏にないもんだというように隠すのが日本社会なんだ」とこの映画は言いたいんだと思う■しかし、出てきた人間、ジャッキーの香港国際警察の悪党ですよね。ジャッキーは明るい喜劇映画。香港国際警察2004みたいな重い映画でも相応の優しさはあった。なんていうか、その優しさが引きずられている気がする。演技路線に入るにしろ、ジャッキーにやくざと悲劇は似合わない。 [インターネット(字幕)] 7点(2009-08-28 05:41:11)(良:1票) |
159. 101
《ネタバレ》 妻投稿■101匹わんちゃんは、うちらのルームシェアで食事の後にみんな(旦那と私を含めて大半が知的障害者、自閉症の20代)で見るのに最適な映画。日本中の障害者施設、児童館、デパートのよい子の広場に備え付けてある「家や映画館以外の場所で見ることの多い地域アニメ映画」としてさりげなく愛されている作品なんで、どうリメイクするのかなと思っていましたが・・・・さすがよくわかっていらっしゃいます。■まず作品の色。この映画は犬の演技を最大限に生かすため色を重要視しています。ダルメシアンのブチブチが似合う背景はやっぱり寒そうなイギリスですよね。白と黒って外気の寒さの中では寒く感じ、屋内の暖かいところでは暖かく感じるそうです。「寒いところから暖かいところに帰らなくっちゃ」ってのが言葉を喋れないかわりに表現されてて、おかげで結構わんちゃんに感情移入してしまいました。■それから最初に登場する魔女の非道ぶりとその魔女に対しピンチシーンなしにかわいい動物がお仕置きするシーン。これはまさに「お母さん公認のセガール映画」だと思います。人が面白半分に殺される娯楽映画が大嫌いな人(でも悪い奴を痛めつけるのは好きな人)にとって、動物のウンチは格好のアイテムではないでしょうか。あのラストの悪女の運命は「最高」に悲惨すぎます。■「かわいい!抱きしめて温めてあげたい(変な意味じゃなく)」という感情と「やっちまえー」というセガール的感情、そして「たくさんの人と見られて楽しい」という感情が持てる映画。その感情を現代的パトカーとゲームというキーワードで「現代」をアピールしながらも、継承させていこうというスタッフの気持はよくわかりあした。9点!!! [DVD(吹替)] 9点(2009-08-20 04:33:35) |
160. 南極物語(1983)
《ネタバレ》 妻投稿■感動した。犬と人間の感動の再会にじゃない。そもそも私は年間何十万匹の犬ねこを安楽死させている人間と犬の融和なんて期待していない(動物実験を描いた「よだかの星」「命の食べ方」内臓がダメな人以外の方にオススメ)。■でもこの映画のメッセージは「感動」ではなくもっとごく当たり前のこと。「人間は動物より凄いとは必ずしも限らない」という事だ。全地球上に進出した人間様が唯一逃げ出した南極大陸。そこは国家の概念さえ打ち立てられず、人間ではなく動物が主人公という唯一の場所だ。監督は南極越冬隊を主人公にしたのではなく動物を主人公にしたのは、わんちゃんこそ南極の主人公にふさわしいと考えたからではないだろうか。その証拠にこの映画には吹き出しや擬人法は一切使われていない。人間が鞭を振るい、そうかと思えば勝手に感動して自分はご主人様だと勘違いしているのを余所に、犬たちはただ黙々と生きている。いいえ、黙々というより寡黙といった方がいいかもしれない。私は彼らがとても格好いいと思った。 [レーザーディスク(邦画)] 6点(2009-08-19 00:15:35) |