1. Away
ゆっくりと少年を追う、死の象徴である黒い巨人。 港町に向かってバイクにまたがり、巨人から逃げ続ける少年。 非常にシンプルなストーリーと一切の台詞なしで、 僅かに読み取れる背景からいくらでも解釈ができるだろう。 ただ、台詞なしで突き進むにはより映像の緩急が欲しいところで、 睡魔に襲われそうになったため、75分で締めたのは正解だと思う。 寝る前に白昼夢として静謐な世界観に浸るのが正しい見方だろう。 パソコンのスペック次第で一人で長編CGアニメを作れる。 CGのクオリティはともかく、 クリエイターの明確なビジョンと作家性があれば天下を取れる。 本当に良い時代になった。 [インターネット(字幕)] 6点(2025-01-11 15:39:29)《新規》 |
2. ザ・テキサス・レンジャーズ(2019)
《ネタバレ》 時代に取り残された老いた二人のテキサスレンジャーの目を通して、 『俺たちに明日はない』で暴れ回ったボニー&クライドというアンチヒーローに縋り付くしかなかった、 大恐慌下の絶望の中にいる人たちと背景をディテールを以て描き出す。 治安維持という仕事のためとはいえ、過去に多くの悪党を殺してきた男二人がその業を背負い、 アイドル的存在のボニー&クライドが持て囃される時代の流れに抵抗しながら、 与えられた役割を全うしようとする。 禿げた頭に弛んだ腹、小便は近く、早く走ることもできず、かつて引退したのもあり銃の腕も衰えている。 若造の捜査官が使うハイテク機器に負けない二人にあるのは長年培われた経験と勘。 二人が追う間にも、ボニー&クライドは警察官たちを情け容赦なく至近距離から顔面を撃ち抜く。 『俺たちに明日はない』で描かれていたボニー&クライドの反骨的なアイコンは虚像でしかない。 追跡側のヒューマンドラマなんだから、凶悪犯の素顔もドラマもほとんど映さない潔い姿勢は正解だろう。 捻りもないオーソドックスさで中弛みがあるのは事実だが、製作陣の誠実さが伝わってくる。 かつて飛ぶ鳥を落とす勢いだったスターのケビン・コスナーとウディ・ハレルソンのいぶし銀の魅力と共に、 過去の存在になっていったテキサスレンジャーの枯れ具合に哀愁を添える。 結末は既に誰もが知っている。 ボニー&クライドが死に、遺体を載せた車には遺品を自分のモノにしようと群がる人々、 葬儀には2万人ものファンが参列した裏側で、カップルによって落ち度のない人々の人生が壊されたのも事実。 1000ドルを受け取る代わりにインタビューを求められるも、「恥を知れ」と断る二人。 殺さないと自分たちが殺される、こうするしかなかったと虚しさと無力感に苛まれるも、 車で帰路につく途中、運転を交代するまでに信頼関係を築いた二人に誇りと感慨を覚える。 [インターネット(字幕)] 6点(2025-01-03 12:47:17) |
3. 俺たちに明日はない
《ネタバレ》 強盗カップルによるロマンチックな逃避行だと思ったら、 「バロウ・ギャング」として複数人で犯行を重ねていたことを初めて知った。 (史実だと幾度か入れ替わりがあったので、多少の脚色はあったと思うが)。 秀逸な邦題通り、軽快で、刹那的で、破滅的。 '30年代当時の禁酒法と世界大恐慌という不安定な時代に鮮やかに犯行を重ねる二人に、 貧しく抑圧されていた者はある種の"義賊"として羨望の的、神格化しているのは大きいだろう。 主演の二人がカッコ良く美化されて、表現の自由の限界に挑戦しているあたりも、 本作製作当時のベトナム戦争等の国家への不満、 反体制・反権力のアイコンとして持て囃されていた暗い時代が重なる。 昔の映画らしくテンポはもっさりしていて、見ていて集中力があまり続かなかったし、 犯罪集団にさして魅力的にも感じなかった。 ただ、リアルで鬱屈や疲弊を抱えている人ほど共感するのは分かる気がする。 アメリカン・ニューシネマの定義通り、どう足掻いても最後は権力によって屈服して潰えていく。 「言いなりになって死ぬくらいなら最後にデカい花火を打ち上げよう」と言わんばかりの、 無敵の人たちが生まれゆく、悲惨で腐敗した時代への嘆き。 因果応報と言えばそれまでだが、唐突なハチの巣状態で崩れ落ちる、 二人が駆け抜けた生き様を永遠のものにさせるラストが鮮烈。 あれを見るだけでも十分お釣りは取れたと思うようにしよう。 追跡側の映画もあるようなので、そちらも見て当時の事件を立体的に俯瞰したい。 [インターネット(字幕)] 5点(2025-01-03 00:28:05) |
4. シティーハンター(2024)
漫画の実写化と聞けば地雷のイメージでしかなく、それも邦画なら尚更だろう。 過去にフランス実写映画版が好評ともなれば、 その高すぎるハードルを乗り越えるためにも入念な準備を重ねたと見た。 事実、本作は懸念材料を見事払拭している。 鈴木亮平演じる冴羽獠の作り込みは圧倒的で、 コミカルな時はとことんコミカルで、シリアスな時はとことんシリアス。 どちらが本心か分からないくらいに複雑な二面性を持ったキャラクターを、 神谷明寄りの声質も肉体的なアクションも余すことなく自分のモノにしている。 フランス版に比べるとシリアス寄りで血生臭さが目立つものの、 原作への熱意もリスペクトも伝わる、"本家実写版"ならではの矜持を感じた。 [インターネット(字幕)] 7点(2025-01-02 15:58:37) |
5. バード・ボックス:バルセロナ
《ネタバレ》 マンネリを避けるため、感染者側の視点と世界観の拡張を推し進めた姿勢は買う。 ただ、主人公の姿勢と葛藤がブレブレすぎて、正体がバレてからの行動には「何を今更」と醒めてしまうことも。 極限状況でカルト宗教が跋扈して、家族の喪失感で狂っていた自分の行動に疑問を抱き、最後は自己犠牲の展開もありきたり。 感染者側のドラマはいいから、もう少しミスリードしたり、先が読めない展開にシフトした方がまだマシだった。 過去のトラウマとその感情変化が"何か"に対処できるとして軍が実験・研究をしており、続きを匂わせるラスト。 期待はしてないが、3部作としてキチンと完結させてほしい。 暇ならどうぞ。 [インターネット(字幕)] 5点(2025-01-02 15:27:49) |
6. 哀れなるものたち
《ネタバレ》 胎児の脳を移植され、甦った女性の魂は胎児のものか、それとも生前の女性のものか。 そのどちらもはっきりしないまっさらな状態のまま、彼女は知恵を得て、世界を見て、猿から人間に変化を遂げる。 そして支配欲に満ちた男が恐れるだろう、凝り固まった既存の常識をなぎ倒し、 愚かな所有物から独立して一人の女性としてのアイデンティティを確立する。 その成長過程をエマ・ストーンが余すことなく演じ切り、主演女優賞は納得。 ところが社会正義に目覚めようが、貪欲に知識を吸収しようが、倫理観と慈悲の心は身に付かなかったようだ。 フェミニズム映画のように思えて、"哀れなるものたち"とは一体誰だったのか。 現代における"正義の顔をした悪"の台頭に、本作はそれすら笑い飛ばしているように思える。 ルールを取っ払えば、男も女も悪知恵だけはある本能に従順な猿に過ぎないのだから。 [インターネット(字幕)] 7点(2025-01-01 23:58:00) |
7. レイジング・ブル
《ネタバレ》 オープニングの掴みがあまりに美しく完璧すぎる。 荒々しいボクシングの世界にカヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲が効果的に流れる。 孤高故に狂暴であり、病的なまでの嫉妬と猜疑心で弟も妻も去っていく、 苦悶のジェイク・ラモッタのありのままの姿をデ・ニーロはストイックに活写する。 リアルに近寄りたくない男ではあるが、 ここまで狂わなければ世界ミドル級王者に上り詰めることなどできなかっただろう。 だからこそ引退後の幸福は長くは続かなかった。 聖書の一節「私は盲であったが今は見えるということです」。 かつての過ちを受け入れ、今日も人生というリングで贖罪を背負うラスト。 贅肉だらけで精巧さはなく、チャンプの栄光は過去のもので知らない人、忘れた人も増える。 家族に暴力をふるっていた"獣"は長い月日と後悔でとうとう丸くなった。 ボクシングを舞台装置にして、人生の真理を鋭く突いた芸術作品。 [インターネット(字幕)] 6点(2024-12-30 23:57:32) |
8. ドライブアウェイ・ドールズ
コーエン兄弟でおなじみのイーサン・コーエン初の単独作品。 LGBTQへの理解がまだ発展途上中の1999年を舞台に、 レズビアンのカップルが車両配送で危険な物品の入った車を受け取ったことから始まる珍道中。 兄ジョエルが撮った重厚な『マクベス』とは対照的に、 超一流の監督と超一流の俳優で撮られた犯罪映画の中身がお下劣B級テイストという落差で、 物凄い無駄遣いしているというか、あれほどの実績を築いたからこそ肩の力を抜いた映画を作りたかったのかな? 徹底的に最後まで下らない内容でもコーエン兄弟らしい含蓄を挟み、 対照的なキャラクターである主演二人は魅力的で、ありきたりなストーリーを乗り切る。 また、一歩間違えば政治利用されやすい同性愛要素はギャグの応酬で深く考える暇すらなく、 85分でコンパクトにまとめたのは正解だった。 でも、自分には合いませんでした。 イーサンの力量なら下ネタ控えめでもう少しサスペンス寄りにできたはずで、ちょっと期待しすぎた。 次回作は兄弟合作に戻るのか、単独で続けていくのかそこが気になる。 [インターネット(字幕)] 4点(2024-12-30 23:01:46) |
9. ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ
「良い映画を見たなあ」って素直に思える。 クリスマス映画の新たな古典誕生。 '70年代を意識したフィルムの質感と演出が、当時のベトナム戦争が影を落とす格差と差別を背景に、 傷と孤独を背負った者たちが如何に現実と向き合うかというテーマを普遍的なものにさせている。 三人が不本意ながら休暇を共に過ごしたことによって救われていく過程に、 たとえほろ苦い幕切れでも前向きに生きていく今後に思いをはせた。 大本命の『オッペンハイマー』がなかったら、アカデミー作品賞はこの作品だったかもしれない。 [インターネット(字幕)] 8点(2024-12-27 23:13:26) |
10. キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
《ネタバレ》 予想以上に淡々と描かれていく先住民オセージ族への静かな虐殺。 そこには西部劇における憧憬が完全に失われ、強欲と搾取がただの日常になった。 当初、ディカプリオが捜査官役だったそうだが、ヒーロー物語になることを恐れ、本人の希望で断ったという。 そのため、デ・ニーロ演じる有力者の叔父とオセージ族の妻との板挟みで苦悩する、 "平凡な男"という美味しい役どころではあるが、流されるがまま犯罪に加担してしまう時点で感情移入もない。 妻を愛しているのは事実だとしても、家族のために真っ向から抵抗しようとした時には既に手遅れで全てを失ってしまう、 そんな愚かな男の顛末を生々しく炙り出していた。 『羊たちの沈黙』でおなじみのFBIの原型はこうして生まれたのか。 エドガー・フーヴァーの名が台詞で登場したので、彼の伝記映画はいつか見てみたい。 前作の『アイリッシュマン』に並ぶ、3時間半に及ぶ大長編だが、スコセッシのテクノカルな演出と編集は冴えていて、 静かながら最後まで見届けるパワーは相変わらず。 トレンドの若者受け推しキャラアニメ映画、漫画実写化の対極に位置する"骨太な古典"が時代の流れと共に失われていく、 かつての黒歴史が風化されていく、その現実に対して必死に抵抗する巨匠の矜持が伝わってくる。 [インターネット(字幕)] 7点(2024-12-21 12:51:09) |
11. AKIRA(1988)
15万枚のセル画に込められた、破壊、破壊、破壊、……そして誕生。 かつて遠い昔に見たまま、理解できないまま終わった物語に再び触れた途端、 新たな神話と繰り返されて来た歴史の環が浮上する。 モノであふれかえり、精神が荒廃し、閉塞感打破のために暴力に回帰していく。 "アキラ"という概念に振り回され、大義名分として暴走がインフレしていくカオス。 当時の時代が生み出したこの圧倒的エネルギーは現在では絶対に模倣できないだろう。 超能力のぶつかり合い、アメリカンな台詞の応酬、 緻密なディテールに裏打ちされたメカニックとサイバーパンクな世界観。 日本アニメの一つの到達点であり、先行きの見えない現代において破壊の先に何があるのか、 自分自身で答えを見つけるしかない。 [インターネット(字幕)] 8点(2024-12-06 23:37:52)(良:1票) |
12. ブリッツ ロンドン大空襲
《ネタバレ》 タイトルの"Blitz"はドイツ語で"電撃戦"のことを指す。 1940年秋のナチスドイツによるロンドン大空襲を背景に、 黒人の血を引く少年が疎開を拒み、白人の母親の元に帰ろうとするシンプルなストーリーだが、 「戦争はやめよう、人種差別はやめよう」というメッセージの先にあるものがまるでなく、 内容が水のように薄かった。 母役のシアーシャ・ローナンをはじめ、俳優初挑戦の祖父役のポール・ウェラーの好演は言うに及ばず、 潤沢な資金を使った空襲シーンのCGの本気度、格調高い美術セットといった技術面のクオリティは高い。 だからこそ惜しい映画なのだと。 幾度の空襲に耐え抜いたイギリス国民の神話に対して異論を述べたかったのは分かる。 透明人間に近いマイノリティに光を当てたことは、黒人監督であるマックイーン監督ならではだろう。 だが、イデオロギーが強すぎて、物語と登場人物が"多様性社会"と上手く溶け合っていない。 別に祖父を死なせる必要はなかったし、最後に母子が再会しても何の感慨もなく、ただ終わっただけである。 とは言え、ディケンズの児童文学を彷彿とさせる雰囲気があり、ハードな描写が少なめのため、 児童からお年寄りまで家族で一緒に見るには丁度良いかもしれない。 [インターネット(字幕)] 5点(2024-12-01 21:18:57) |
13. 黒猫・白猫
《ネタバレ》 一度見たら忘れないアクの強いキャラクターに、逆立ちしても撮れない唯一無二のシーンの数々、 ブレーキの壊れたハイテンションで臭いも生活感もあふれるエネルギッシュな世界観。 クストリッツァならではの強烈なパワーが感じられるが、 前作の『アンダーグラウンド』から"悲苦"と"政治"を抜いたら物語の緩急がなくなって、 一本調子で終わってしまったのが本作。 列車から石油強奪をするわけでもなく、大物のワルを出し抜くコン・ムービー的な要素もないので盛り上がりに欠ける。 クライマックスの望まない結婚からの延々と続くどんちゃん騒ぎがあれど、必要以上に長くダレてしまう。 クセの強さがはっきり分かるものの、前作が奇跡的なバランスで成り立っていたからこそ、本作には乗れなかった。 タイトル通り、幸せも不幸も、吉も不吉も同一で、切っても切れない関係。 それをひっくるめて人生はなるようにしかならず、全身全霊で人生を楽しんでいくしかないじゃないか。 故国の苦難の歴史を味わってきたクストリッツァの人生観が垣間見えた。 [インターネット(字幕)] 4点(2024-11-30 18:47:10) |
14. テトリス
《ネタバレ》 一度はプレイしている人は少なくないのではないかという『テトリス』。 シンプルながらゲームボーイでかなり熱中していた世代の一人だ。 それを如何に映画化するともなると、ゲーム単体にストーリーを付けるのではなく、 冷戦末期の旧ソ連で誕生したゲームのライセンス争奪戦というユニークな造り。 本作を見て思い出したのは、 『アルゴ』を彷彿とさせるポリティカル・サスペンスの側面と、 『AIR/エア』で描かれたビジネス映画としての側面だ。 (どちらもベン・アフレック監督作品で、前者で幾分影響を受けていたのではないか)。 実話と言っても、展開を盛り上げるためにかなり誇張している箇所があり、 主人公の家庭が崩壊直前までに追い詰められたり、開発者が起こしたボヤ騒ぎ、 終盤のカーチェイスからのソ連脱出劇はほぼ創作だろう。 最終的に大成功を収めるのは分かるのだが、 駆け引きに、裏切りに、友情に、期待に、失望に、信頼に、と上手く絡まり合い、 ある種のフィクションとして見るならラストまで目が離せなかった。 時折、挟み込まれるゲーム的演出が心憎く、任天堂が深く関わったこともあり、日本への目配せも忘れない。 監視と密告とハニートラップと賄賂が当たり前のソ連体制側においても、 国家の利益のために主人公に手を貸す誠実な者、国家すら信用せず私腹を肥やしたい腐敗した者、 それぞれの思惑があって、いつか国が崩壊するのも分かっている。 共産主義国の恐さと閉塞感がひしひし伝わるも、一つのゲームが歴史を変えた壮大な物語に仕上がっていた。 [インターネット(字幕)] 7点(2024-11-18 22:17:34) |
15. マクベス(2021)
《ネタバレ》 幾度も巨匠たちによって映画化されてきたシェイクスピアの4大悲劇の一つ『マクベス』。 本作はコーエン兄弟でおなじみのジョエル・コーエン初の単独作品であり、 彼のシャープな映像センスが遺憾なく発揮されていた。 何と言っても色を削ぎ落したコントラストたっぷりのモノクロ映像にとことん無駄を省いたモダンなセット。 そしてデンゼル・ワシントンとフランシス・マクドーマンドを始めとする実力派の演技合戦が、 挑戦的な造りの映画の強度を支えている。 誠実な将軍が権力欲から唆されて主君殺し、やがて権力欲から安息も得られず、権力欲で破滅するまでの物語。 初心者にも非英語圏の人にも分かりやすいシンプルさは、前述のストイックな映像と連動している。 そこにシェイクスピアの台詞回しを理解し堪能できるなら、 仮想空間とも言えるような独創的な世界観と見事にマッチさせたジョエル・コーエンの力量に改めて唸らされる。 物語を復習した上でもう一度見てみたい。 [インターネット(字幕)] 6点(2024-11-18 21:35:32) |
16. ぼく モグラ キツネ 馬
《ネタバレ》 わずか34分の短編なのに傑作長編映画を見たときのような濃度と満足感。 原作絵本のタッチをそのまま活かしたラフの線を残したアニメーションに、 家までの旅路を静かに優しい眼差しで見守っている。 だからこそ、時折挟み込まれる哲学的で、下手すればあざとさも感じてしまう台詞の数々が、 スッと心に入ってくる。 「弱さを見せることは強さだ」。 「今まで言った中でいちばん勇敢な言葉は何?」。 「助けて」。 「助けを求めることは諦めるのとはちがう。諦めないためにそうするんだ」。 彼らは出会うまでどこか孤独だった。 モグラが罠にかかったキツネを助けた勇気、肉食のキツネが彼らと一緒にいる勇気、 馬が自らの秘密を明かした勇気、それが大きな力となって目的地の少年の家に導かれていく。 ところが少年は我が家ではなくて、二匹一頭の元に帰ることを選んだ。 目頭が熱くなる。 なぜ少年は雪原に迷い込んだのか、そして目的地だった我が家が本当の居場所なのか分からない。 そこを踏まえると、様々な隠喩と想像を掻き立てられる。 愛にあふれ、優しくて、温かくて、美しい映画だった。 [インターネット(字幕)] 9点(2024-11-18 21:13:58) |
17. パリ、テキサス
《ネタバレ》 愛が深いほどお互いのことが分かりすぎてしまい、傷つき、現実と折り合いを付けられなかった元夫婦のすれ違い。 全編英語、アメリカロケながら西ドイツ・フランス合作なあたり、ヴェンダースのアメリカへの憧れと郷愁があるだろうが、 その広大で空疎とも取れる風景が家族の歪さ・脆さを内省的に、より引き立てている。 ただ、共感できるかは別の話で身勝手な男女に振り回される息子と育ての親である弟夫婦が不憫すぎる。 ロードムービー要素はそこまでなく、中盤から最後まで出番なしの弟夫婦へのフォローがないまま、 息子を妻に押し付けて再び旅に出て終了。 ケジメを付けるためとは言え、これは無責任すぎるのでは? 結局、妻は息子を弟夫婦の元に返して、振り出しに戻りそうな気がする。 劇伴のギターも相成って'80年代のアメリカンな雰囲気に痺れるも、 冷静に見たら主人公が一方的に掻き回しただけの自己陶酔にしか見えない。 [インターネット(字幕)] 4点(2024-11-09 14:12:15)(良:1票) |
18. JUNK HEAD
《ネタバレ》 ギレルモ・デル・トロの世界観に近いものを感じる。 退廃的な廃墟の緻密なセットといい、グロテスクなクリーチャーの造形といい、 受け狙い一切なしのクリエーターが独学で本気でぶつけた情熱に、 ギレルモ本人の目に留まったのだから。 不気味で暗さを感じさせる内容ながら、 ユーモラスな登場人物にゆる~い会話の数々が上手くバランスを取っている。 生理的に拒絶しそうなのにどこか虜になりそう。 切り取られたクノコや三人組のペットの尻尾が生殖器に見えてしまい、 永遠の命と引き換えに失った生殖能力へのアンチテーゼにも見える。 生命の危機に直面したからこそ見えてくる、主人公の発する"生きている実感"があまりに皮肉だ。 3部作とのことで最終的な評価は完結編ができてから。 現段階で7点にしておきます。 [インターネット(邦画)] 7点(2024-10-26 00:22:03) |
19. ベルリン・天使の詩
《ネタバレ》 子供は子供だった頃──。 ノートで書き出したシーンから始まる詩は、 確実に死を迎える人間になることを選んだ天使に開かれた世界そのものである。 美しいモノクロで紡がれた天使と人間のメルヘンチックなラブストーリーであるものの、 舞台がベルリンであることに大きな意味があるように思える。 かつて多くの子供たちも命を落とした第二次世界大戦の記憶が風化していき、 いつ戦火が上がるか分からない冷戦の象徴であるベルリンの壁が東西を分断している。 この舞台装置が本作を唯一無二の独特の雰囲気へのし上げている。 人々の悩みや想いを読み取れる、太古の時代より生きていた天使たち。 だが、彼らは人間に触れることもできず、ただ見守ることしかできない。 生きる喜びとは無縁の、無機質でモノクロな世界が眼前に広がっている。 やがてブランコ乗りの女性に恋をしたダミエルは、限りある命を持つ人間になることを選ぶ。 モノクロからカラーに移り変わり、存在の重さを知り、色を知り、コーヒーの温かさを知り、 好奇心というスポンジで新たな驚きを吸収していく。 それは詩で描かれていた子供たちの世界そのものだ。 先輩にあたる元天使が刑事コロンボでおなじみのピーター・フォーク本人役なのが良きアクセント。 この人が天使から俳優になった経緯を想像したくなる。 一度見ただけでは理解できたとは言えない。 眠気に襲われるときもあるだろう。 だが、寂しさによって自分自身を認識できたからこそ、誰かに心を開ける。 きっと楽しいことばかりではない、醜く汚い現実を知ることになっても、 前向きに歩いていくことのメッセージが感じられるヴェンダースの人生賛歌。 ふと思い出して見たくなる一本の一つに加わった。 [インターネット(字幕)] 7点(2024-10-22 22:32:22) |
20. ポトフ 美食家と料理人
《ネタバレ》 小鳥のさえずり、葉が擦れる風の音、虫の鳴き声が外から聞こえ、 調理場には野菜が切られ、肉が焼かれ、鍋のスープが沸き立つ、自然と人工の音のアンサンブル。 全編にわたって長めのワンショットと少ない台詞によって調和が貫かれ、細やかな所作に適度な距離と緊張感が伝わる。 なぜ料理を作るのか?という問いかけ。 20年間、公私ともにパートナーだった美食家ドダンと女性料理人ウージェニー。 やがて結婚するも彼女が病で先立たれ、喪失感に打ちひしがれた彼が如何にして料理への情熱を取り戻していったか。 そこには哲学があり、愛情があり、物語がある。 調理場を滑らかに捉える、カメラの360度パンから回想シーンに移行していく。 ワンカットで時空を超越させるアンゲロプロスの演出を彷彿とさせる。 生前のウージェニーがドダンに問う。 「私はあなたの料理人? それとも妻?」 ドダンが導き出した答えは……もちろん分かっているだろう。 複雑なストーリーもない、意外な結末もない、伏線回収もない、さらには人物の背景や説明すらない。 まるで当たり前であるかのように、営みは誇張なしにただそこにあれば良い。 「映画にこれ以上の何がいるのか?」と本作は気付かせてくれる。 ただ無駄に豪華で贅沢な素材を使っただけの皇太子がもてなしたコースより、非常にシンプルなポトフにこそ真髄が宿る。 [インターネット(字幕)] 8点(2024-10-05 23:48:22) |