例の映画よりも『シャイニング』や『ポルターガイスト』を彷彿さ .. >(続きを読む)
例の映画よりも『シャイニング』や『ポルターガイスト』を彷彿させる。私が最もイメージとして近いと思ったのはフィンチャーの『パニック・ルーム』。ほぼ舞台を家の中に限定し暗がりであることが重要で尚且つ「母の物語」であるという点で。生憎『パニック・ルーム』は『アザーズ』とほぼ同時期の公開なので、どちらの作品も互いに影響を受ける境遇にはないのだが、アメナーバルが好きな監督の一人にフィンチャーの名を上げているのは興味深い。『次に私が殺される』における「映画と現実」、『オープン・ユア・アイズ』の「夢と現実」、と二つの世界を同居させて見せ続けるというクローネンバーグ的モチーフがこの作品においても有効的に使われる。しかしクローネンバーグというよりはやはりフィンチャーか。主人公がもう一つの世界に視点を変える、そのショックと刹那は『ファイト・クラブ』のそれに近い。そして視点を変えさせる役目が「光」というのがメタ映画的などと思ってしまうのはもちろん言いすぎなのだが、子供を殺す恐怖の対象が真実を照らすものであったという重要なアイテムに「光」を持って来るというのが憎いくらいに巧い。