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まず冒頭、壮大なる西部開拓時代のオハナシか・・・と思ったら、これが実は単なる見世物(仰々しい邦題もここではミスディレクションに貢献しちゃってます)。要するにあの、バッファロー・ビルがやってたという、ワイルド・ウェスト・ショーのオナハシ、なんですね。アメリカ開拓史ってのは、土地の開拓が終わったら、今度はビジネスの開拓が始まって、休む間もありません。
バッファロー・ビルを演じているのがポール・ニューマン、だもんで、すでに何だか胡散臭い。そもそもこのヒトは本物のバッファロー・ビルなのやら、もしかしてニセモノなんじゃないの、とすら思えてきたり。冒頭のクレジットでも役名は単にThe Starとだけ書かれてるし。もっとも、他の登場人物もみな、役名が名前では書かれていなくって、本物だろうと偽物だろうと、もうどうでもいいのですが。
実際、劇中で行われるショーは、代役あり、失敗による流血沙汰あり、まあ、テキトーなんです。
そんな中で、先住民役として雇われている(本物の)先住民のオジサン、こちらは本物のシッティング・ブルっぽい(でも、そもそもシッティング・ブルなどというキャラクターの来歴自体、ギミックじみた少々アヤシイところがあるのですが)。で、言葉数も多くなく、いつもどこか醒めた表情をしていて、それがユーモラスであると同時に、強烈な皮肉を漂わせています。
皮肉と言えば、バート・ランカスターの存在。何かと登場はするけれど、この状況に関わる気が、あるのか無いのか、超然と涼しい顔。作家の彼がこの状況を作り上げたのかも知れないけれど、もう彼にもどうにもならないし、多分、どうする気もなさそう。
ショーの中で大事故でも起これば、映画としては娯楽色が出るけれど、本作は、物語をそういう娯楽路線へ開放することもなくって。「事故が起こったら大変だよね」というサスペンスはもちろんあるけれど、あくまでその中途半端な不安定さのまま、主人公が取り残されたようにフイと映画が終わっちゃう。
一方で現実世界の商業主義は、紆余曲折はあれど行き詰まることなく拡大の一歩をたどって、この先、壮大なカタストロフが待ち受けているのか、どうなのか。