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<ネタバレ>1970年の清張映画『影の車』の舞台は、都心から神奈川、多摩丘陵を跨ぐ田園都市線の藤が丘駅から東急バスで幹線道路を少し下った地域。バス停沿いに造成された住宅街から外れた丘の上の雑木林の中に建つ一軒家(殆んど山の中?)。60年代に有り得べき、多少デフォルメされた郊外の光景がまず興味深かった。庄野順三『夕べの雲』の自宅も多摩丘陵の丘の上の一軒家だったなぁと。
田園都市線は、大山街道沿いではあるが、基本的に多摩丘陵を横断した新しい路線で、小田急線や中央線に比べてアップダウンが激しく、それを均しながら敷設されているのが特徴。溝の口から長津田が1966年開通なので、基本的に沿線は新興住宅街。東急によって団地と分譲住宅が駅から徐々に広がるように開発されていったが、とにかく坂が多い。映画を観ると当時の開発前の風景がよく分かる。藤が丘駅前のロータリーとか、ロケ地だった長津田、つくし野の方の田舎具合、土壌剥き出しの場所をひたすら延びる幹線道路(246号線?)と突如現れるコンクリート製の団地群のアンバランスさ等。そういう場面カット(特に空撮)だけでも興味が尽きない。
私は90年代に藤が丘駅前に1年ほど住んだことがあるが、当時は市が尾から港北インターまでは本当に何にもなく、田舎道をよく車で飛ばしていた。今はもう雑木林や畑もなくなって、切れ目なく住宅街地域が繋がった典型的な郊外の風景となっている。田園都市線も青葉台とか、たまプラーザは安定した高級住宅街となったが、人々が住んできた地域の歴史という観点からは比較的新しい街故に昔ながらの商店街や古い民家などはあまり見られない。昔は、大山街道や鎌倉街道沿い以外は丘陵地帯で人が住んでいなかった場所が多く、地図で寺社の分布などを見るとその辺りがよく分かる。地図好き、歴史好き、ブラタモリ好きには堪らない記録映画とも言える。
映画は、善悪を超えた純粋な殺意、その存在の狂気を恋愛というノンモラルな舞台の中に描いた殆ど唯一無二のミステリーといえる。これは大傑作です。
真面目なサラリーマン加藤剛と美しい未亡人岩下志麻が道ならぬ恋に落ちる不倫ものというだけも普通に観られる。そこに加藤剛の妻として小川真由美が絡む、その三角関係のキャストだけでもう野村芳太郎作品の傑作でしょう。
しかし、本題はここから、岩下志麻の息子が加藤剛に善悪を超えた純粋な殺意を抱くのが、加藤の妄想なのか、現実なのか、そこに愛人岩下志麻の妖艶で純粋な恋愛的な存在が絡み、また加藤が幼少期に母の浮気を目撃するという苦い記憶が自身の妄想に重なり、彼の精神は徐々に崩壊していく。同時に、加藤、岩下、息子の関係も彼ら各々の純粋さ故に悲劇に向かうことになる。この奇妙なミステリーは、斬新、深淵、戦慄で、且つ面白かった。純粋さが善悪を超える存在であることをリアルに示した『影の車』は、ホラーな文学的作品であると共に、エンタメ、社会派ミステリー映画としても充実している。