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物心ついた頃から、ディズニー映画は録画されたVHSが擦り切れるほど観てきた。
「白雪姫」から昨年の最新作「ウィッシュ」に至るまで、ディズニー長編アニメーション映画の主だったところはほぼほぼ鑑賞してきたのだけれど、どういうわけか「101匹わんちゃん」を四十路を越えた今に至るまでスルーしていた。
幼少時に母が用意してくれたビデオコレクションの中に、本作が含まれていなかったことと、「単に101匹のダルメシアンが騒動を繰り広げる映画だろう」という表面的な先入観が、歳を重ねるほどに興味が離れる要因となっていた。
先日鑑賞した、本作に登場するヴィラン“クルエラ”の若き時代を描いた実写映画「クルエラ」が、自分の想像以上にフェイバリットな一作となったので、ようやくそのオリジンの鑑賞に至った。
ディズニーアニメ映画史の時代的には、「眠れる森の美女(1959)」と「王様の剣(1963)」の間に位置する本作。この両作は逆に何度も観た作品だったので、まず本作の作画の風合いにとても懐かしさを覚えた。
そしてこの時代のディズニーアニメーションの芸術性の高さに、改めて感嘆した。
無論すべてが手描きの作画であり、現代のアニメ技術の精巧さとはまったく別物、その性質は乖離している。だからこそ生まれる“画”そのものの味わい深さが堪らない。
言語化が難しいが、とても芸術性の高い“絵本”が動いている感覚で、アニメーションであることを認識しているはずなのに、映し出されるその現象がとても不思議に思える。そこには、まさにディズニー映画による“マジック”が存在していることを実感した。
全編通してアニメーションのクリエイティブは素晴らしいが、特に白眉だったのは、「明かり」の表現。当時のロンドンの街並みの中で光るネオンサインだったり、一つ一つの住宅に灯される明かりの表現が今の感覚で見ても、とても素晴らしく、見事だった。
そして当然ながら、“101匹のダルメシアン”を一匹一匹を個性的に描き分けて、同時に躍動させるそのアニメーション力にはシンプルに舌を巻いた。99匹の子犬たちが雪崩のように逃げ回り、走り回るシーンなど、現在に通じるディズニーアニメの真骨頂だと思う。
また、主人公のダルメシアン家族をはじめとする動物たちのアクションが楽しい作品ではあるが、人間のキャラクターの造形や言動も娯楽性に溢れていた。
やはり前述のヴィラン“クルエラ”を筆頭に、悪党一味たちの描写が特に見事だった。ダルメシアンたちを執拗に追い詰めるその恐ろしさと、随所に見せる本質的な滑稽さのバランスがこれまた素晴らしかった。
長きディズニー映画史の中でも「名作」という呼称に相応しい作品だったと思う。
「ピーターパン」や「ダンボ」と同様に、幼少時からVHSを繰り返し観ていたならば、きっと本作もフェイバリットな一作になったに違いない。