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市川雷蔵演じる主人公の渇いた物腰が、この映画が醸し出す空気感のすべてを体現している。
その様は、とても整然として美しい反面、おぞましさと狂気がふいに顔を見せる。
この男は一体何を考えているのか。
ストーリーの進展と共にそれは絞り込まれ明らかになってくる筈なのに、クライマックスに突き進むほどに、彼の心情は靄がかかるように見えなくなるようだった。
それは即ち、主人公・三好次郎もとい椎名次郎が、本物のスパイに成った表れだったのかもしれない。
スパイ・椎名次郎は、僅かに残っていた愛する者への情を、使命という名の非情で闇の中に埋め込み、世界の混沌へと歩み出していった。
実在したスパイ養成所「陸軍中野学校」の実情を描いたこの50年前の映画は、決して一筋縄ではいかない娯楽性と狂気性が入りじ混じっている。
描き出される時代と舞台に共鳴するように、この映画そものものが非常に混沌としている。
ただし、混沌としてはいるが、難解なわけではない。映画としては、娯楽作品としての立ち位置をきちんとキープしている。
それはまさしく、往年の日本映画界の底の深さであり、ただ凄い。
美しき能面のような主人公が、この先どのような“表情”を使い分けて、スパイという生き方を全うしていくのか。
そして、彼が手繰り寄せるのは、世界の平和か、それとも更なる混沌か。
この後のシリーズ作品を観ていくのが、楽しみでもあり、恐ろしくもある。[良:1票]