私はマニアではありませんが、好きだ~という思い込みだけでトリ .. >(続きを読む)[良:1票]
私はマニアではありませんが、好きだ~という思い込みだけでトリュフォーファンを勝手に自称しております(一応全作品観ている数少ない監督の1人)。彼の作品に愛着を持ち、自分の中で大切にしているような多くの方々からお前なんぞにトリュフォーを語ってもらいたくねえよ・・と言われそうな気がして怖いですが(自意識過剰の被害妄想)、やっぱり好きなので勇気を出してこれから気まぐれにぼちぼちレビューしていきたいと思います。さて、私が最初に観たトリュフォー作品が本作ですが、学生時代の初見では正直退屈でした。ただ、ラストシーンはとても美しく感じられ印象的でした。正しいファンはドワネル君に自らを重ね、少年の心が痛いくらい判るのでしょうが、私は日本で恵まれて育ちましたし、家族の愛らしきものにも不自由してない良い子ちゃんだったのであまり判りません。判る気はするけどきっと判ってないでしょうし、判ると言うのは恥ずかしい。いまだに大人じゃないガキなんだけど・・。あの境遇を他人事と思えない人にとっては本作は凄まじいくらいに痛切なのでは?と想像することしかできません。私は、邪道かもしれませんが、「ドワネルもの」の一部として、そしてトリュフォーの人生の一部として本作を評価したいと思います。たしかに映画は純粋にそれぞれ一つの作品として評価すべきかもしれませんが、いったん彼の作品を通して鑑賞し、彼の人生についての知識を解説本などで多少なりともかじれば、彼という人間と作品を切り離して考えることは不可能になります。いわば魂の全力投球とでもいうような彼の人生が乗り移った映画たちは、所詮他人事ですが人間臭さやリアリティが半端じゃありません。「ドワネルもの」を全て見た後に本作のあの海岸シーンを想像すれば胸が締めつけられるような感慨を覚えること必至です。本作は作品単体としては好みじゃありません。トリュフォー他作品の偏執的な狂おしいほどの異形の愛、醜く恥ずかしい自己愛(そして脚フェチ)などといったモチーフには自分を思いっきり重ねられるんですが・・・このレビューで私の恥ずかしい思い入れだけは伝わったでしょうか?。[良:1票]