増村保造はあまり好きな作家ではない。あの「ぐいぐい」感がどー .. >(続きを読む)
増村保造はあまり好きな作家ではない。あの「ぐいぐい」感がどーも淡泊な私には疲れる。好きな人にはたまらぬだろうし、これぞ映画だ、ってのもわかるが、もちょっと簡潔にいこうよ、って思う。ただし、「情念」ではなく、単に面白い物語を語る際には、その「ぐいぐい」感はたまらぬ魅力となる。この映画もそうだし、「妻は告白する」までの初期作品、「黒」シリーズ、「陸軍中野学校」あたりは大好きだ。まずお話が面白い上、クールでスピーディー、高松英郎や仲村隆らの濃いメンツが「ぐいぐい」押しまくるのを観ると、なんだか無類に昂奮する。若尾文子もいいが、増村の男たちもいい。で、不思議なのは「赤い天使」だ。この映画の無表情は一体なんなのだろう?戦争は人間性を剥奪する、多分、それがこの映画の無表情の理由だ。しかし、だからといって、これほどまでに無表情で、感情の起伏に乏しい人々を並べてしまってもいいのだろうか?ところが、そんな彼らがやってることは、いつもの増村タッチ。きわめて無表情に「ぐいぐい」行動するのだ。変な映画、理屈が映画を制御し、それ以外に余白はない映画。と、言ってしまうと悪口みたいだがそうではなく、この映画の「理屈」の徹底ぶりこそが感動的なのです。こんな映画、そうないっすよ。