もちろんリアルタイムで観ていない。だが、そんなことはどうでも .. >(続きを読む)
もちろんリアルタイムで観ていない。だが、そんなことはどうでも良くなるほど素晴らしい映画『灰とダイヤモンド』はアンジェイ・ワイダ監督のレジスタンス3部作のうちの1本であり、僕が主人公に初めて深く感情移入できた大変思い入れのある作品である。クリスティーナが「なぜいつも黒メガネをかけてるの?」と尋ねると主人公が「祖国に対する酬われない愛の記念さ。」と答えるシーンや、ワルシャワ蜂起で死んでいった同志たちの名をつぶやきながら、グラスに火をともすシーン等を観ると、主人公の背中に背負った悲しさには、祖国ポーランドの悲しい歴史まで垣間見ることができる。かつて、映画の中のひとりの主人公がこれほどまでに重い悲しみを背負っている作品があっただろうか?少なくとも僕は知らないので、切ないなどと一言で済ますのは彼にとって可哀相な気がする。また、クリスティーナと雨宿りをしている教会の墓碑に「永遠の勝利のあかつきに灰の底深くさんさんたるダイヤモンドの残らんことを―」とノルヴィッドの詩が刻まれているが、個人的には『灰』とは主人公や酬われず死んでいった同志たち、『ダイヤモンド』とはクリスティーナの放つ一筋の光を表しているのではないかと思えてならない。物語は第二次世界大戦直後の1945年、ポーランドがまだソ連系共産党の支配を受けていない混沌とした時代が背景で、大戦中は対ナチスレジスタンス運動をしていた主人公が、大戦後はソ連系共産党地区委員長(労働者党書記)シチュカ暗殺を命じられるが、失敗する。そして、宿泊していたホテルでクリスティーナと出逢い恋に落ちる。ここで、主人公の気持ちはクリスティーナとシチュカの人柄によって揺れ動かされる。シチュカは大戦中、対ナチスの同志として活動を共にした人物であったわけで、大戦中は対ナチスレジスタンス運動という明確な目的意識を持っていたが、意味もなくテロ行為を起こす自分に対して疑問を抱く。更に、彼女に恋をしたことで、今までの死に関して無頓着な生き方をやめ普通の生活を送りたい、生きたいと願う。そんな若者の心の葛藤・矛盾を見事に表現しながら、シチュカ暗殺を済ませる。しかし、やり場のない虚しい気持ちを持ちながらクリスティーナに別れを告げた旅立ちの朝、武器を持っていた主人公は銃で撃たれ死んでしまう。この時に、クリスティーナが何かを感じ取って呆然とし、涙する表情は非常に感慨深いものであった。白いシーツを血に染めて自分の血を匂っている主人公の姿はテレビ『太陽にほえろ!』のジーパン刑事殉職シーンでの「なんじゃ、こりゃ!」そして、ごみためでもがき苦しむ若者の死に様はテレビ『傷だらけの天使』のラストシーンにも少なからず影響を与えているはずだ。映像的にはシチュカ暗殺の後の花火のシーンも美しいが、その他に冒頭でシチュカと間違えて暗殺したスモラルスキの背中に銃の弾が引火した後、さっきまで開かなかった教会のドアが開くところ、教会に逆さまにぶら下がっているキリスト、主人公とクリスティーナがキスし別れた後、唐突にでてくる白い馬などが非常に印象深く残っている。また、お気に入りのシーンはクリスティーナが酒を注ごうとした際に、主人公が胸元からマグカップを取り出しておどけてみせるシーンだ。以上の通り、主人公の揺れ動く感情を簡単に説明してきたので、今後、この映画の意味がわからなかったなどと言うレビューで点数を下げるのはやめていただきたい。