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<ネタバレ>これよりももっと感情移入のしやすい、わかりやすい感動作はたくさんある。もっと夢中になれる面白い作品はいくらでもある。しかし不思議なことに、これ以上に鮮烈に記憶に焼きついた映画はひとつもなかった。
精神が壊れてしまった男と、感受性の豊かな少女の束の間の絆。あどけない彼らの姿はなんだか足取りも覚束ない小さな生き物を見ているようで、可愛らしさになごむ反面、いつ怪我をするかとひやひやしてしまう。あやういまでの繊細さが、最後には破滅が待っていることを予感させる。
また映像の清らかさも本作を忘れ難いものにしている。湖に広がる波紋、空に入ったひび割れのように広がる木の枝、ガラスや水晶に砕かれた風景。自然物の上手な使い方にはタルコフスキーの『僕の村は戦場だった』を思い出した。
しかしなんといっても衝撃的なのは、悲劇を悲劇のままに投げ出す結末だろう。おそらくこの映画に強く共振してしまう人は、ある種の痛みを知っている人だと思う。大切なものが砕けてしまう痛み、きれいなものが汚されてしまう痛み、誰かを守れなかったという痛み――決して取り返しのつかない、圧倒的な喪失の感覚。苦い絶望のなかに、ただ優しい記憶だけが残る。
他にも同じような方がいらっしゃるので告白してしまうと、生涯で一番好きな映画を問われれば自分もこの作品を挙げる。もっと面白い、バランスの取れた映画は他にもあるとわかっているのだが、なぜかこの映画を選んでしまう。きっとこの映画が描くような痛みは、心のもっとも深い場所に眠っているもので、そこを突かれると自分が根本から揺るがされてしまうのだろうと思う。
失うことの痛み。それは辛く哀しく、しかしけっして忘れたくない大切な痛みだ。[良:2票]