この映画が示す事態は、人間が少しずつ強烈なキャラやイメージの .. >(続きを読む)
この映画が示す事態は、人間が少しずつ強烈なキャラやイメージの強度に頼った自己主張をするようになっているということ。それはそれで楽しい。しかし、重要なのは、強度に頼る以上、どこかでゆるめないと、ずっと強烈なままではみんな慣れていって、さらに強度を求めるという繰り返しになるってこと。ようするにエスカレートする。あと、強度に頼ると、内容がスカスカになる。その時楽しめればよくなる。酒井若菜のかわいらしさに理由付けが難しいように。そして、深い読み込みは入らなくなる。深い読み込みさえも一時の楽しみになる。これは、果たして喜ばしい事態か? もしそうなら、僕らに残された希望は最終的なマンネリ回避として「死」ねることしかないのではないか。