<ネタバレ>例えば、施設から脱出するシークエンスで窓や鉄条網に対して永作 .. >(続きを読む)
<ネタバレ>例えば、施設から脱出するシークエンスで窓や鉄条網に対して永作博美がどのような所作によって娘を護り、どのように庇いながら封鎖を抜け出るか。そういう細部の動作によってこそ観る側に彼女の情愛を伝えることが出来るはずなのだが、そうした部分の演出が手薄である。
単に脱出の絵解きでしかない。
また、特に井上真央の台詞に削るべき部分が多い点、歌のモチーフの連携が活かしきれていない点なども気になる。
しかし、最後に登場する島の写真館の異空間ぶりと緊張感は素晴らしい。
寡黙な館主(田中泯)の超越的な存在感。
撮影用の長椅子に座る永作博美と渡邊このみの手と手が交わす授受のアクション。
オフ空間から静かに聞こえてくる波音。その波音が、高台や浜辺やフェリーから見た「キラキラ光る」海のショットと、その情景に結びつく二人の交流の記憶を観客にたいしても呼び覚まさせる。
井上真央は暗室の中で、黒く不鮮明なネガを「現像」する手続きを経なければならない。
現像液の中に滲み出るように浮かび上がってくる二人の記念写真。(「ネガ」から「ポジ」への直喩的転換)
そして写真館を飛び出して歩む彼女の力強い闊歩が良い。
(小豆島の浜辺、自転車、唱歌、記念写真は『二十四の瞳』に連なる映画アイテムでもある。)