<ネタバレ> 観賞中にずっと感じていたのは、「散漫」という印象でした。 .. >(続きを読む)
<ネタバレ> 観賞中にずっと感じていたのは、「散漫」という印象でした。
ラストに流れるビデオ機材の映像が象徴するように、テレビ討論やCMが選挙に与える影響力(=原題の「POWER」)が、この作品のモチーフであり、その危険な技に溺れる主人公が、より大きな政治の暗部に触れて人間的な心を取り戻す、というのがテーマであると思います。
そのため、主人公はまず「エネルギッシュで強引なやり手」に見える必要がありますが、リチャード・ギアがその任に適しているかは、疑問を感じます。ヒゲを生やさせたのも、迫力不足を補うためだと見えるし、優しい目つきは、最初から人間味にあふれたキャラクターとして観客に映ってしまうと思います。
主人公が善悪両面を感じられる俳優、例えばマイケル・ダグラスやメル・ギブソンであったなら、かなり違った印象になるのではないでしょうか。
また、ストーリーの主軸となるべき、「リチャード・ギアとデンゼル・ワシントンの陣営VSジーン・ハックマンの陣営」という構図が明確にされていないのも、観客を置き去りにしていると思います。
おそらく製作者サイドは、紋切り型のドラマになることを避け、あえて上記のような作りにしたのだと考えられますが、結果としてエピソードの積み重ねがカタルシスに結びつくことなく終わってしまっています。観客が望む展開までも破壊してしまっては、本末転倒といえるのではないでしょうか?
随所に盛り込まれる様々な候補者たちのコーディネート風景が、本筋と全く関係無く、また主人公のキャラクターを描くのにも役立っていないのも、大きなマイナス点だと思います。取材で得た印象的なエピソードを捨てきれなかったのかも知れませんが、劇映画である以上、観客サイドに立った構成(取捨選択)が必要だったと思います。