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<ネタバレ>フランスの“色物的芸術映画の名匠”ルイス・ブニュエルの代表作。
同時にカトリーヌ・ドヌーヴの代表作と言っても、言い過ぎではあるまい。
それだけフランス映画としては比較的、知名度の高い本作。
その知名度の高さの理由としてヴェネチア映画祭で3冠に輝いたということも挙げられるだろうが、もう一つの理由は、やはりその内容の凄さであろう。
官能的で倒錯したそのシュールな世界は、観るものを淫靡でいて罪悪感たっぷりな世界へと誘う。
フランス映画と言うと「退屈」とか「理屈っぽい」とかのイメージがつきまとうかもしれない。
残念ながら、本作もその範疇を出る内容ではない。
でもそこら辺のフランス映画とは何かが違う。
個人的には、監督ブニュエルの持つ“変態性癖”の表現の巧さにその理由を見出してみた。
そしてまた、監督ブニュエルの笑ってしまう程の“脚”への執着。
ドヌーブは、そのお顔がどことなくガイコツじみていて、好みは分かれそうな外見だが、その脚の美しさに異論を唱える方は少ないであろう。
それだけ突出した脚線美を持つドヌーブが、惜しげもなく本作ではその美しすぎる脚をさらしまくるのだ。
ドヌーブは医者の妻役を演じており、金銭的には何一つ不自由はしていない。
しかし、“汚らわしい男に汚されたい”という性癖を持っているのだ。
その性癖により、ドヌーブは度々、変態じみた“夢”をみる。
屋外で木に縛りつけられてムチで叩かれたり、粗野な男に辱めを受けたりする夢だ。
もちろんこれは貞淑な妻であるドヌーブの“願望的な夢”である。
その性癖に基づく淫らな願望を実際に満たすべく、「娼館」に出入りし始める。
そこで乱暴な客に手荒に扱われながらも、感じてしまうドヌーブ。
いや、乱暴に扱われたからこそ感じたのだ。
ドヌーブには立派な夫がいたが、結婚してからというものの、一度も夫との情事はない。
というのも、「日常生活(夜)」では“不感症”であるからだ。
しかし「娼館(昼)」では、乱暴な客や変態嗜好の客に感じてしまうのであった。
そういった変態じみた性的倒錯エピソードが満載な本作。
多少は古臭さはあるが、イマジネーションを想起させるという意味では興奮度は高い。
それは過激な映像がみちあふれた現代においても、色褪せることはない。
いや、直接的過激映像が飽和した現代においてこそ、本作はその価値を発揮するのではなかろうか。