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<ネタバレ>若い男が下車した駅の構内をゆっくりと歩いている。のんびりとした足取りと、進む方向を運まかせにするその様子から、彼が当てもなく放浪中の旅人であることが分かる。やがて男が改札を抜け駅舎を出るそのタイミングで、突然激しい夕立が降りはじめる。雨を避けるべく引き返そうとしたその時、男はすぐ後ろで傘を開こうとしていた女の肩にぶつかる。体勢を崩しよろめく女と、その姿を雷に撃たれたように見つめる男。男が詫びる間もなく女は赤い傘を差し、雨の中へと駆けて行く。冒頭で描かれる男と女、信と名美のこの邂逅の鮮烈さはただごとではない。偶然のめぐり逢いから一瞬で恋におちる衝撃を、こんなに美しく表現し得た映画は古今東西、稀だろう。この映画が凄いのは、得体のしれないそのボルテージが全編に渡って骨太に貫かれていることだ。二時間ドラマと大差ない不倫の果ての殺人という筋書きを、石井隆監督はあくまで映画として構築しようとする。生半可ではないその意気込みに、つくづく感嘆せずにはいられない。ネオン管に吹きかけられるアルコールの霧、暗いドアの郵便受けから名美を求めてのびる信の腕、夕景の船着場で逢瀬する二人を抒情的に描く長回しや、反対に、殺害シーンを直接見せずその場の生々しい空気だけを延々と捉えつづける固定の長回し、まさに枚挙に暇がないほどだ。映像の力だけで雄弁に語られるそれらのシーンのなんと映画的なことか!そんな映画表現への情熱的なこだわりの一方で、一般映画初監督作品であるためか主演の大竹しのぶへの配慮なのか、本作では、石井隆映画特有の過激で陰惨な性描写はかなり控えめになっている。夫と愛人の両方を愛しさらには自ら汚れないようにも見えてしまうこの名美像からしても、「名美」を屈折した愛をもって奈落の底へと叩き落とすのが信条の石井隆独特な世界観は、ここでは不完全燃焼とさえ言える。けれど、逆に言えば観客を食傷させないある種の節度あるその抑制が、この作品を傑作たらしめてもいるのだ。そういう意味では本作はデヴィット・リンチ映画における『ブルー・ベルベット』のような位置づけの傑作と言えるかもしれない。なにはともあれ、名美がナミィにとどまった『GONIN』と並んで、石井隆の最高傑作であると思う。[良:1票]