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<ネタバレ> 明らかに「オーメン」(1976年)の亜流作なのですが、単なる模倣で終わらず「たとえ悪魔であろうと、我が子である以上は守ろうとする主人公」という物語に昇華してみせたのが、お見事でしたね。
中盤までは「義子のルーカスが悪魔であると知り、殺そうとする主人公」という「オーメン」そのまんまな展開であっただけに、途中で主人公が思い直し、全く違った方向性へと舵取りするのが、実に痛快。
監督は前作の「タッカーとデイル」でも、王道スプラッター映画をパロった上でハッピーエンドな着地を迎えてみせ(そう来たか!)と唸らせてくれたものでしたが、本作もそれに近しい魅力を備えており(やっぱりイーライ・クレイグ監督の映画は良いなぁ……)って、しみじみ感じさせてくれました。
2019年現在、僅か二本の映画しか発表していない寡作の人というのが、非常に惜しまれます。
配役も絶妙であり、特に子役のオーウェン・アトラスは「無表情だと不気味なのに、笑うと可愛い」というルーカス役を、見事に演じ切っていましたね。
この映画のストーリー上、主人公だけでなく観客にも「ルーカスは不気味に思えたけど、実は可愛くて良い子なんだ」と感じさせる必要がある訳なのですが、その点に関しては、文句無しでクリアしていたと思います。
プールで父子が仲良くなる件も微笑ましかったし、笑顔を見せる場面では、主人公同様に観ているこっちまで(笑うと、こんなに可愛かったのか……)と、ドキッとしちゃう。
アイスを舐めながら、主人公の事を初めて「パパ」と呼ぶ姿なんて、もう抱きしめたくなるくらいに愛らしかったです。
レズビアン(?)な同僚のアルも良い味出してるし、出番は少なめながら、主人公の妻に女性としての魅力が感じられた辺りも嬉しかったですね。
モンスタートラックや、最優秀パパのボールなど、伏線の張り方や、回収の仕方も鮮やかだったと思います。
主人公自身が「父親に捨てられた」という過去を持っている為、ルーカスに幼少期の自分の姿を重ね合わせ、自然と心を開いていく流れにしたのも上手い。
「お前の本当の父親が誰でも関係無い」
「お前はお前だ。何時だってなりたい自分になれる」
という台詞は、ルーカスに語り聞かせる以上に、自分に言い聞かせる効果もあったんだろうなと、自然と納得する事が出来ました。
主人公が「息子殺し」な自分ではなく「息子を守ってみせる」自分になる事を選ぶ展開にも繋がっている訳で、この辺りの脚本は、本当に巧みだったと思います。
「義理の父親です」という、ルーカスの父親である事を間接的に否定する台詞を何度も繰り返しておいた上で、クライマックスにて「絶対に離さない、お前の父親だから」と主人公に言わせる構成にも、グッと来ちゃいました。
難点としては、意味ありげな双子の少女が、本筋に絡まず終わってしまうのは寂しい事。
ルーカスの言葉で飛び降り自殺を図った理科教師が、どう見ても死んでるので、入院くらいで済ませた方が良かったんじゃないかと思えた事。
終盤に集結したパパ友が全く活躍しておらず、存在意義が感じられなかった事とか、その辺りが挙げられそう。
それと、プールでルーカスを救う場面では、出来れば「神の啓示」ではなく、完全に自分の意思で助けに飛び込んで欲しかったなと思えたのですが……
これに関しては、何度も観賞している内に(たとえ神様から「見殺しにしろ」と命じられても、主人公なら助けたはずだ)と、次第に考え方が変わってきましたね。
上述の「なりたい自分になれる」という台詞もありますし「神様のお蔭で、息子を殺さずに済んだ」という訳ではなく「神様は、悩める主人公に助言をしてあげただけ」って事なんだと思います。
父子で出場した丘下りレースにて「スピードを出し過ぎるな」と言われても聞き入れず、笑顔ではしゃぐルーカスの姿を映し出し(やっぱりこの子、悪魔だな……)って感じさせて終わるのも、非常に御洒落。
期待値の高い中で観賞したのですが、そんな高いハードルすらも飛び越えてくれた、気持ちの良い一品でした。