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<ネタバレ>-The Piano- 世の中に沢山ピアノがあり、演奏技術のあるエイダは当然どんなピアノでも弾けます。このタイトルの“The”は定冠詞と言うそうで、どのピアノの事を言っているか、視聴者に特定できるようにする表現です。
劇中、確か3台のピアノが出てきましたが、この映画のタイトルは“あのピアノ”で良いと思います。
“あのピアノ”はエイダの声であり、自分の体の一部であり、心を開放する手段でもあるようだ。
稲光の走る鉛色の曇り空と、荒波の海岸に放置されたピアノのダークな美しさ。 渋々案内した海岸で、ピアノを弾くエイダの開放感溢れる表情を見たベインズが、自身の財産である土地と引き換えにあのピアノを、ピアノを弾くエイダを“手元に置く権利”を手に入れたくなった気持ちがよく解る。マイケル・ナイマンの『楽しみを希う心』の何と美しいことか。
スチュアートが時間を掛けて、エイダとの距離が縮まるのを待つ気持ちは解るし、一般的には正しい手順だと思う。だけどエイダはあのピアノを弾いている自分、心を開いている瞬間の自分を好きになった、ベインズの方に惹かれてしまった。
ベインズに会うことを禁じられたエイダ。スチュワートの気持ちを考えると穏便な措置だけど、駆け落ちをするでなく、娘のフローラを通じて鍵盤を届けるということは、今後は心を閉ざして娘とともに生きていく。ということだろう。まさかのフローラの裏切りは、子供のすることとはいえショッキングだった。
あのピアノは彼女を海に引きずり込む。果たして彼女がピアノを必要としていたのか、あのピアノが彼女を必要としていたのか。
エイダの生きたい気持ちが、あのピアノを振り解き、海面に上がる力を与えた。
最初「原住民に釜茹でにされたほうがマシ!」と断った“北の町”での新しい暮らし。義指を付けて普通のピアノを弾き、徐々に声を取り戻し、ベインズに微笑むエイダ。彼女にはもう、あのピアノは必要ない。