1. 天国にちがいない
現代のチャップリンと評されるパレスチナ人監督という触れ込みで興味を持ち見てみたのですが、そんな親しみやすいものでもなくメタファーを多用するだいぶ難解な映画です。チャップリンっぽいのは主人公を監督自身が演じていることとその主人公がほとんど台詞を喋らないところぐらいです。パリの街中で戦車が走るシーン等を見る限り特にリアリズムを基調しているわけでもなく、ロイ・アンダーソンのような風刺要素の強いオフビートコメディを目指しているのでしょうか。コメディ映画は国境を越えにくいものですが、これも文化が違うと痛感させられるタイプの映画です。特にイスラエルのナザレの場面では私が不勉強なのも悪いのですが、この間は笑わせるためのものなのか、今いる場所や登場人物はどういう立場や階級なのか、特に説明もされないのでピンとこない状態でただ眺めることしかできないです。例えば主人公は隣人よと周りの人間から呼びかけられるわけですが、これがどういう距離感の人物に向けた言い方なのかよくわからないわけです。ただ舞台がパリに移って以降はなんとなく理解できる場面が増えて楽しむことはできました。水をくれと言う路上生活者のシーンや映画にパレスチナ色が薄いとプロデューサーからケチをつけられる場面の皮肉は笑えましたし、小鳥が部屋に迷い込む場面もかわいらしくて良かったです。この小鳥もキリスト教関係のメタファーな気がしますが、真剣に読み解く気になるほど作品としての力を映画全体からは感じませんでした。結局内容は海外旅行に行ってやっぱり地元が良いと自己満足するだけの話のような気もします。 [インターネット(字幕)] 5点(2023-11-04 17:57:26) |
2. 聖地には蜘蛛が巣を張る
《ネタバレ》 この監督の過去作はファンタジー的題材をリアリズムをもって描くという作風だったので、こういう実際の事件を題材とした作品は向いているのかなと不安だったのですが、演出に関してはバッチリでしたね。感情を大きく揺さぶるような事件だからこそ、抑制され冷静さを保ちながら現実を見つめさせるスタイルは正解だったと思います。ただ、お話に関してはちょっとどうなのかなと気になるところがありました。主人公のジャーナリストのラヒミの物語よりも犯人のサイードの人物像を描くことに多くの時間が割かれているのはバランスが悪いのではないかと思います。これでは彼女がイラン国外の人間が感情移入するための器のようでしかなく人間味が感じられません。警察や宗教者が犯人とグルなのではという疑惑を抱かせながらストーリーは進むのですが、実際にはそんなことはなくサイードは普通にイランの司法の下で処刑されてしまいますし、ラヒミは組んでいた地元の記者といい感じになってめでたしめでたしみたいな空気になるので拍子抜けしてしまいました。基本的に大衆は殺人鬼は怖いという態度で、イスラム教徒全員が犯人に賛同しているわけでもない部分は劇中でも描かれています。それはそれで正しいのでしょうが、これがイラン社会への批判が目的なら犯人とその賛同者の異常性だけを強調しすぎている気がします。親から子への悪の継承を示唆するラストも問題を社会全体よりも血筋に押し付けているような違和感があります。映画自体の内容よりもイラン本国で撮影を拒否されバッシングを受けたこと等、製作過程や現実の事件の方が興味深いというのが正直なところですね。 [DVD(字幕)] 6点(2023-10-28 23:54:56) |
3. 手紙は憶えている
この映画ラストは確かにすごくいいと思ったんですけど、それも結局初見のインパクトだけでしかなく1回見たら満足してそれっきりになってしまうというか、深く考えれば考える程いくら認知症とはいえそうなるか?もし認知症になってなかったらどうするつもりだったんだろう?と次々疑問が湧いてきてしまいます。不自然というわけではないにしろ伏線らしい伏線もなく、今までの積み重ねがこのラストシーンをさらに盛り上げるように機能しているとも言い難いです。どちらかというとこの作品の価値は社会派というよりは認知症の老人のような一見滑稽な言動しかできないような人物を主人公にしてシリアスなドラマを語ろうとしたことの方にあるとは思いますが、扱ってる題材が重い割には人物造形が単純すぎてコミカルで笑えるようなシーンも多く、この映画自体が荒唐無稽なコメディに見えてしまい台無しになってるとも感じます。 [インターネット(字幕)] 6点(2023-10-17 23:44:17) |
4. さよなら、人類
舞台は人工的なセットにしか見えずリアリティがなく、正直テレビのコントみたいな映像ですね。明確な筋もなく話は支離滅裂にしか見えません。三部作の最終作らしいので前2作を見ていないと妥当な評価はできないのかもしれませんが、この映画を見て過去作品を見返す気にはなれませんね。この監督はヨーロッパではそれなりに評価されているみたいでこの映画も金獅子賞を取っているわけですが日本での評判は芳しくないですねえ。実際これはヨーロッパの庶民の感覚を知らないとギャグもピンと来ずクスリとも笑えないと思います。過去のスウェーデンとロシアの戦争が背景にあるようでそこも評価されてそうですが正直スウェーデンの近世とか日本じゃ歴史マニア以外にはどうでもいいですし…。近い作風のモンティ・パイソンやアキ・カウリスマキとは何が違うんでしょうか。まあかわいげが無いのが一番の問題ですかね。画面はくすんだ灰色、登場人物の顔は全員白塗りでことごとく血色が悪い(笑)。クローズアップで撮れば人生は悲劇、ロングショットで撮れば喜劇という有名な言葉がありますがずっと定点ロングショットというのはいくらなんでも芸がなさすぎます。 [インターネット(字幕)] 3点(2023-10-04 23:40:08) |
5. ハンナ
ジョー・ライト監督の作品の中では文学作品の映画化よりも映画らしい内容でいいと思います。シンプルにこの映画の魅力を言いますと主人公のハンナ(シアーシャ・ローナン)がかわいくて強いということに尽きますね。アート風味を利かせているだけで内容はただのアクション映画でしかないんですが、とにかく絵作りと編集に凝っているので常にどんな画面が出てくるか先が読めない楽しさがあります。タイトルの出し方もカッコいいです。冒頭の雪原ではらわたを取り出すのは帝国の逆襲でモロッコのロケーションも妙にスターウォーズっぽかったり、ラストはグリムの家だったりと神話やおとぎ話を連想させるようなところがまたいいんですよね。登場人物に感情移入させるような作りになっていないのも意図してのことではないでしょうか。全体的にストーリーよりも雰囲気を楽しむタイプの作品なのでそこは好き嫌いが分かれるのでしょうけれど私は気に入りました。ケイト・ブランシェットの役はなんだか間抜けでコミカルなところがあります、血まみれの歯磨きとか何なんでしょうか(笑)。 [インターネット(字幕)] 7点(2023-09-18 23:46:57) |
6. 西部戦線異状なし(2022)
西部戦線異状なしが再度映画化されるのを知った時、今更これを映画化するの?というのが正直な感想でした。この映画がアカデミー賞を取れなかったのは新しいものが何一つ描かれていないからでしょう。原作が古いというだけでなく最近の作品としても1917の二番煎じ感は否めませんし、予算もそれより少ないためかスケールでもやはり負けています。兵士も人間だった、その人間性を奪った戦争は悪である、確かにそれは正しいですし何度でも語る価値はあるのでしょうが、それはまた単純かつ素朴な認識でしかないとも思います。第一次世界大戦はそれ以降の戦争と比べると兵士の犠牲ばかり語られて民間人の犠牲があまりピックアップされないのはなぜなのでしょうか。確かにこれは現代の技術で作ることのできる最高にリアルな塹壕戦なのかもしれません。ただ1930年版と比べてこの作品の映像が本当にリアルなのかは一考に値するでしょう。汚しや特殊メイク、画面の色遣いは今の戦争映画というジャンルの流行りに合わせたものでしかなく、絵画的な美しいロングショットが何度も挿入されたり、ホラー映画じみた画面の薄暗さは果たして当時の空気感を伝えるという点で1930年版より優れていると言えるでしょうか、むしろFPSゲームに近い部分さえあります。正直陳腐化した戦場の表現よりも農家からガチョウを盗み追われる場面の方が身に迫る恐怖と後ろめたさを感じました。 [インターネット(字幕)] 4点(2023-09-01 23:28:14) |
7. 83歳のやさしいスパイ
スマホもまともに使えないおじいちゃんが虐待の告発のために老人ホームに潜入する、こう書くと重苦しい社会派映画のようですが作品から受ける印象は真逆で朗らかで優しくかわいらしい感じの映画です。お年寄りって子供みたいなところがありますよね。妙にずれたことを言ったり、またある時は素直だったり、そこがおかしみを生んだり時にはもの悲しさを感じさせたりもします。この映画はチリが舞台ですが日本でもどこの国でもあり得ることでしょう。ドキュメンタリーとは思えないほど絵作りや色づかいは凝っており、ストーリーの構成も明確です。悪く言えばやらせっぽくもあり、そこが気になる方もいるかもしれません。しかしもし劇映画ならば役者の自然な演技が上手すぎますのでやっぱりこれはドキュメンタリーなのでしょう。カメラマンやマイクが映り込むのも演出のうちで、見ているこっちまで本来の目的を忘れそうになるとちゃんと劇中でもツッコミが入ります(笑)。聖フランシスコ特養ホームという名前を見ても舞台はカトリックが運営している老人ホームらしく、あちこちにキリストの十字架や像が置かれており、それが意図的にカメラに収められています。これは宗教的押し付けがましさというよりも、この映画が人間を愛することについての物語だということを象徴しているのだと思います。やさしいスパイという邦題は内容を的確に表現できています。 [インターネット(字幕)] 8点(2023-08-28 23:36:28) |
8. 伯林 大都会交響楽
明確なストーリーやメッセージ性はなく1927年当時のベルリンの様子を映した、本当にそれだけの内容です。1920年代にはこの映画のように実験映画とドキュメンタリーの中間に位置する作品の流行があったようです。一瞬だけ行進する軍隊のショットが唐突に挿入されており、後のナチスの台頭を考えると予言的で意味深なショットと言えなくもないでしょうが、当時の製作者の意図としては街を歩く人々の姿がまるで軍隊の行進のようだと示す程度のものでしょう。車窓や飛行機、ジェットコースターのような動く乗り物の中から撮られたショット、工場の機械や風が生み出す回転運動、リズミカルな編集と合わせて映像には流れるようなスピード感があり、昔のベルリンの姿を眺める歴史資料程度の価値しかありませんがその分には十分楽しめます。ただこういう映画はプロパガンダの要素もあるとはいえ、政治だけでなく美学的にも明確な思想があるソ連の方が一枚上手だなあとは感じます。 [インターネット(字幕)] 6点(2023-08-23 21:12:19) |
9. 皮膚を売った男
アートについての映画ではあってもアート映画ではなく内容はどちらかというとエンタメ寄りです。シリア情勢に詳しくなくても理解できるぐらいわかりやすい内容で、それは表向き西洋のアラブ人への偏見を批判しているようで西洋から見た無難なアラブ人の姿しか描けていないとも感じます。序盤、恋に舞い上がった主人公が「革命だ!自由だ!」と叫んだりそれが原因で不当逮捕された上にそこからあっさり脱走して国外逃亡までしてしまうのがほんとにこんなことあり得るのかと疑いの目で見てしまうのですが実際どうなのでしょう。アート業界側の人間はいかにも俗物という人物造形で浅く感じますが主人公の側もそれをうまく利用して立ち回っている様子も描かれており一辺倒ではない含蓄のある内容になっているとは思います。演出として意図したものかはわかりませんが、ビデオ通話の時差による映像のずれがコミカルな効果を上げていて良いです。一方頻出する鏡越しの画は特に意味があるとは思えませんでした。エピローグは結局作中で提示された問題を放り投げてるような安易な展開になってしまったのが残念ですが、自由に対する皮肉めいた視点を提示しているのは面白いと思います。 [インターネット(字幕)] 6点(2023-08-04 23:59:06) |
10. おとなのけんか
80分でサクっと見られそうという動機で見たのでそれ以上のものを求めても仕方ないのですが、全く面白くないということはないものの本当にサクッと見れる程度のあっさりした内容でしかなく深みはないですね。世間体を気にしているが一皮剥けばエゴ丸出しの俗物、雑学的知識だけ豊富で薄っぺらい現代人を描いているといえばその通りですがこの映画自体がそうした表層的な人間観しか持てていない印象を受けてしまいます。この頃からゲロを吐けば熱演と評価されていたんでしょうか、いくらなんでも成人女性があんなにあっさり嘔吐するのは不自然だと思います。ちゃんと相手に頭を下げればそれで終わる話なのに…喧嘩させるために作られた舞台設定という感じで全て徒労ですのでこっちの人生まで無駄にしたような感覚になります。 [インターネット(字幕)] 4点(2023-07-14 23:09:29)(良:1票) |
11. M(1931)
この映画の主眼は殺人鬼がどういう人間かという点ではなく、殺人鬼が現れたことで社会はどのように変化するかという点に置かれています。明確な主人公が設定されていないのも、あくまで社会の多様な人々を描くことが目的だからでしょう。悪人の魅力や異常性よりも悪人の平凡さ、脆弱さを強調しているのは後のサイコキラーものには見られない点です。暗黒街と警察、殺人鬼と民衆、倫理的にどちらか一方が優れているわけではなく対等なものとして描いています。全編に渡り音楽が全く流れませんが、完全に無音になるシーンは演出に感心する以前に機械の不調を疑ってしまいます。窓の外からカメラが屋内に入り込むシーンはよく見ると窓を不自然に動かしているのが見えちゃってます。ラストもぶつ切りのようでえっこれで終わり?と思ってしまいます。構成とテーマには今見ても感心するものがあるのですが、ところどころ演出に違和感を覚える箇所がありそこには時代を感じてしまいます。 [インターネット(字幕)] 6点(2023-05-31 23:41:02) |
12. ルルドの泉で
観光化された巡礼に対する皮肉なのでしょうが、この映画自体が半分ぐらいはただの観光映画な感じで笑えないです。ロングショットであまりカットは割らず大きな起伏もなく淡々とした展開、このスタイルは却って心地よさと安心感を与える方向に機能しています。宗教的テーマを扱うなら現代の社会問題とぶつけて格闘させるぐらいでないと真剣に鑑賞する価値がある物語にはならないと思います。20世紀の偉大な映画作家はそういうことをやっていたというのに、神のきまぐれさのような19世紀でも可能なテーマだけで一本の映画を成立させるのは怠惰の極みです。現代なら本当に観光目当てでしかない非キリスト信徒のアジア人を主役にするぐらいのことはやってもおかしくはないでしょう。必要なのはアヴェ・マリアではなくいっそ軽薄な商業音楽を流す覚悟です。この映画は観客に解釈を委ねる以前の問題として作家側の態度が優柔不断過ぎます。 [DVD(字幕)] 4点(2023-05-26 22:50:03) |
13. エルミタージュ幻想
普通の劇映画やドキュメンタリーならば美術館を通してそこに集まる人間や社会を描くのでしょうが、この映画は実際に美術館を巡っている時の感覚を再現することが一つの目標であるように見えます。この映画自体が一つの美術館のようです。歴史上の人物が登場するのもロシアの歴史を描くことが主目的というよりは、ロシアの歴史と共に歩んできた建物を巡っていると自然と歴史の風景が頭の中に浮かんでくるような感覚を映像化したのだと思います。歴史の負の側面にはあまり触れられず美的な側面ばかりが描かれるのも19世紀以前の文化の傾向を反映しているのではないでしょうか。単なる劇映画とは違う仕掛けの作品として成立させるために1カットで撮ったことにはある程度意味があるのでしょうが、それでも全シーンワンカットというのはあまり面白い技法やスタイルの選択ではないと思います。やはり複数カットによる多角的な視点があるからこそ映画は面白いのではないでしょうか。この映画も客観的な視点を提供してくれる案内役のフランス人がいなければずいぶん退屈なものになったはずです。最近は編集で疑似的にそう見せかけたものも含めて全編ワンカット映画の大安売り状態というありさまで、歴史的意義はあってもその価値は年々減少していると言わざるを得ないでしょう。 [インターネット(字幕)] 6点(2023-05-18 23:27:04) |
14. ヴァレリアン 千の惑星の救世主
色彩豊かな画面で繰り広げられる少年少女の冒険活劇、こんなコテコテのものを一切手を抜かず本気で作っただけでも大したものだと思います。リュック・ベッソンの仕事で一番感心したかもしれません。アバターに真っ向から勝負を挑んだような作品って他にないでしょう?ハリウッドほどの予算や技術がないからってみんな諦めちゃっている。出来不出来はひとまず置いといて各国でアバターを目指したような作品が生まれてもいいはずなんですよ。アバターと比べるとこっちはコミックの感覚をそのまま映像化したような作風を試みていると思います。まあ原作は読んだことがないので憶測でしかないんですけど、アメリカ映画や日本のコミックへの影響を通して間接的には摂取していると思いますのでなんとなくは理解できると思います。テーマは本当に人を愛するとはどういうことなのか?それもほとんど台詞で説明しちゃってるから映画の構成・演出としてはダメダメなんですけどね。でも大事なことはわかりやすく言葉でちゃんと伝える意義もあると思います。 [インターネット(字幕)] 8点(2023-04-06 23:29:22) |
15. アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド
ドイツ映画といえば国際的に評価されてるような作品はたいていナチス・戦争たまに東独という感じですが、この映画はそのどれでもなくジャンル分けするならSFとラブコメです。そう表現するとキワモノっぽい印象を受けますが、むしろこういう題材が完全に大人のドラマとして成立する時代になったんだなあと感慨深くなります。自分の理想と願望を充足させてくれる存在とは自分自身に他ならない、他者はどこまで必要な存在なのか?私はラストの言葉で示された結論の方に賛成ですが、言葉ではない領域でこの映画はもう一つの結論を提示しており、こういう演出は映画的と言えます。 [DVD(字幕)] 7点(2023-03-16 20:39:14) |