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1.  クロッシング(2008) 《ネタバレ》 
描かれるかの地での生活は、元サッカー選手でさえ食べるために炭鉱夫として働かざるを得ず、床に伏す妻のための薬が流通していないばかりか買うお金さえなく、憲兵の監視に怯え収容所で倒れるまで働かされる恐怖と隣り合わせの生活というものです。主人公である炭鉱夫は、中国へ越境して食べ物と薬を手に戻ってくると妻と子に別れを告げ、再会までの道筋が描かれています。非常に特徴的なのが、作中でしばしば降る雨と、天国という言葉です。生き別れた父と子が(妻は死んでしまいます)相手を思うとき、場所を隔てていても同じ雨が降るところにいるのだという希望を持たせるような役割を果たしています。天国という言葉は、収容所で今にも倒れそうな女の子が、天国飢えも痛みもない天国に行きたい、と口にするシーンが際立っています。現実に対して何の希望も持ち得ないとき、死の先に天国という場所を思い浮かべて手を伸ばす姿は何よりも切実です。また、冒頭、中国と密貿易している隣人から渡された聖書の読まれた箇所は、アブラハムが息子イサクを殺す場面です。アブラハムは、息子をいけにえとして捧げよという神の仰せに従い刃を当てようとしたところ、神はひとり子さえ惜しまない彼の信仰の深さに感心し、子孫の繁栄を約束するというエピソードがあります。これををなぞるように炭鉱夫へ試練が降りかかりますが、家族との再会を希望に最善の選択をし中国を経由して韓国にたどり着きます。妻の悲報を耳にした時も、子との再会に望みを託して、神が自分を生かしているのは家族と合わせるためだ、と張り裂けそうな胸を押さえます。しかし炭鉱夫は家族を救うことはできません。試練と運命に従順だった彼に、神は報いなかったのか? この問いの答えは明確に表現されています。この遺体を埋葬した後、子の声が聞こえたかと思うと同時に雨が降ります。子はこの世の存在ではなくなりましたが、土に還り、天にのぼり雨を降らすというふうに。極めつけはラスト。父と子がサッカーをし、それを見守る妻、冒頭で捕らえられた隣人たちや、亡くなった少女たちが河原で休日を過ごす場面が映されます。飢えも痛みもない場所で再び家族で暮らしたいという願いを具現化した場所であり、天国に他ならないのです。そう、これは国を考える映画です。地球上にはあまたの国家がありますが、天国というところは、ひとつしかないのです。
[映画館(字幕)] 8点(2010-12-11 13:07:53)
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