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161.  ゴジラ2000 ミレニアム 《ネタバレ》 
・ゴジラと自衛隊の対決は迫力があったが、CGと脚本の幼稚さが目立った。また到るところで腑に落ちない点が目に付く。ひと言でいえば消化不良の映画。 ①ゴジラが出現する理由は、「人間の作ったエネルギー源を憎んでいるから」と冒頭で説明している。だがラストで、「科学の暴走が生んだゴジラ、お前は何故現れるんだ」「人間が生みだしてしまった怪獣」「ゴジラは俺たちの中にいるんだ」などと言わせている。 ②ゴジラを殺す派とゴジラを研究する派の対立。それが軸になって物語が展開する筈なのに、途中でエイリアン侵略ものになってしまった。ゴジラどころじゃなくなっている。そして最後には無理やり従来の怪獣対決路線になってしまっている。その怪獣のかっこ悪いこと、弱いこと。UFOも一度燃えたのに復活しているし。どこをどう取っても「中途半端」。 ③そして地球侵略の危機を救ったのは人間の宿敵ゴジラだったという皮肉。そのゴジラの生命力の神秘さは、人間やエイリアンの英知の及ばないところにあった。で、結論は何?映画の意図が読み取れない。 ④UFOのエネルギー源が太陽光とはしょぼい。そんなものでよく宇宙旅行できたものだ。宇宙空間はほどんど光がない世界なのだが。夜は活動できないといっていたのに、ちゃっかり活動している。 ⑤エイリアンはゴジラとファーストコンタクトしたとき、Gの生命力に興味を持ったが、何故光線で攻撃したのか。捕獲するなり、細胞を採取するのが筋ではないか。 ⑥エイリアンは6000万年以上の寿命があるのだから、不死といっていい。改めて肉体を持つ必要があるのだろうか。また地球をテラ・フォーミングする必要もない。彼らがゴジラの肉体を持ちたいのであれば、現在の地球の環境そのままでよいからだ。 ⑦侵略エイリアンがわざわざネットでパソコンにmillenium、革命、破壊、改造、征服などのメッセージを発信するわけがない。 ⑧CCI隊長の片桐はどうしてかたくなまでに、時間通りにビルを爆発させようとしたのか。片桐はどうしてゴジラから逃げなかったのか。片山という人間が描けてない。 ⑨GPN(ゴジラ予知ネットワーク)ってあるけど、ゴジラがいるからって海底の温度は上がらないでしょ。 ⑩小学生のこまっしゃくれた娘が手伝っている不思議さ。何の必然性もなし。
[ビデオ(邦画)] 4点(2010-10-14 06:42:44)(良:1票)
162.  ゴジラ(1954) 《ネタバレ》 
◆単純な怪獣映画ではなく、反核、反戦をテーマとした映画。特撮の傑作というより、時代を越えた奇跡の職人芸、手作りの傑作。それを可能にしたのは、製作者全員に反戦・反核の想いがあったからだろう。企画の少し前に、第五福竜丸事件が発生している。日本人なら誰しも心を痛めた事件。愚かな水爆実験を繰り返す人類への反省が込められている。◆対策本部に殺到する沈没船の乗務員の遺族たち、巨大な足跡に検出される放射能、猛火の中を逃げまどう人々、ビルの下で父親の元へ行くのよと子供を抱きしめる母親、長崎で生き延びた命なのにという女、また疎開かとうんざりする男、病院で母を求めて泣く子供、被爆した子供になすすべなくうなだれる医者、、平和の祈りを歌う少女たち。あらゆる場面に戦争、空襲、原爆被害へのオマージュが満ち満ちている。だからこそゴジラは反戦を誓う日本人のDNAに訴えるものがある。◆芹沢博士はオキシジュン・デストロイヤを「絶対に兵器として使用してはならない。使うのは今回の一度きり」と決意し、その秘密を守るために自ら死へと赴いた。芹沢博士だけが特別正義感が強いのではない。戦争を経験した者なら、誰でも戦争など二度とあってはならないと願うのだ。博士にも幸福を夢みていた頃があった。好きな研究をし、山根博士の娘と結婚し、壻養子となることが約束されていた。だが戦争で片目を失い、婚約も破棄同然。研究成果も兵器として利用されかねないもので、平和利用できるまで発表もできなかった。そしてゴジラを倒すためには自らを犠牲にしなければならなくなる。これは戦争末期の神風攻撃隊を想起させる。博士の場合は命のみならず、研究成果も葬らなければならなかったのだ。この悲劇性がドラマを盛り上げている。◆ゴジラとは何か?単に町を破壊するだけの怪獣ではない。水爆の洗礼を受けても尚生きている古代生物。その巨大さ、生命の逞しさを想う時、畏怖というものを感じる。ゴジラは人間に被害を及ぼすが、ゴジラを憎みきることはできない。ゴジラは水爆実験の被害者でもある。平穏な住処を破壊されて、仕方無く上陸するようになったのだ。ゴジラは生命の尊厳の象徴であり、同時に恐怖の象徴である。恐怖とは戦争であり、核兵器のこと。つまり人間の心の闇だろう。山根博士は第二、第三のゴジラの出現を予言して映画は終る。ゴジラの再来=次の戦争への恐怖となり、強い余韻が残る。
[ビデオ(邦画)] 10点(2010-10-14 03:30:37)
163.  ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃 《ネタバレ》 
◆ゴジラの大きさ、強さ、怖さが良く描けている。バトルの見せ方がうまい。飛ばされた怪獣に人間が吹き飛ばされるシーンや自衛隊が粉砕されるシーンなどは、などは最高級のできばえ。怪獣特撮にかけては申し分ない。ただし安直なCGはいただけない。 ◆使い古された中古怪獣に新キャラをつけても所詮は二番煎じ。モスラもギドラも何度登場させたら気が済むのやら。東宝の商売上の姑息さとアイデアの枯渇を感じる。 ◆「大和の国を守る聖獣」といいながら、無軌道な行動をする若者達がまず犠牲になる。ゴジラの犠牲になるのならともかくも、こんなことでいいのでしょうか。怪獣の吐いた糸で繭に包まれた状態で遺体で発見されるというニュースがあったが、それを見せてもらいたかった。 ◆ゴジラには、太平洋に眠る日本の英霊とアジア、米国で亡くなった人たちの霊魂が宿っている。だから白目で、通常兵器は効かない。原子力潜水艦を襲ってパワーアップ。日本を襲うのは、人々が戦争で死んでいった多くの人の叫びを忘れているから。理屈に合っているようで合っていない。ゴジラは一般に言われている核で巨大化した恐竜の生き残りで良いではないか。結局最後は通常兵器で自爆したし。怪獣映画に霊魂などを持ち出すからややこしくなるのだ。 ◆石には古代大和民族の霊魂が詰まっている。石に封じ込められた霊魂を解放し、大和怪獣たちに憑依させて復活させようとするのが「護国聖獣伝記」の著者の伊佐山老人。それで聖獣が復活するのだが、その伊佐山が亡霊だったとはどういうことか。 ◆キングギドラは成長途中ながら、モスラの鱗粉を吸収し、完全体に成長。でもたいして強くなっていない。あとは海中での戦闘でよく見えない。そこへ石が落ちてきて完全覚醒?とってつけたような展開。理屈はともかくかっこよく撮れてればいいのだが。ギドラに関しては不合格。 ◆バラゴンはゴジラの強さを際立たせるための「噛ませ犬」。でも存在感があった。 ◆ヒロインと自衛隊員の父との愛情などの人間ドラマ部分は良く描けているだけに残念。父親は生還するが、物語の流れからして彼の犠牲なくしてはゴジラを封じ込めることはできないと思う。多くの犠牲を描きながら、彼だけ何故生還できたのだろうか。 ◆由里が墜落するシーン。頭から落ちるのに手をつかまれる。
[ビデオ(邦画)] 7点(2010-10-13 02:07:08)
164.  ゴジラVSモスラ 《ネタバレ》 
◆人類出現以前に高度な文明社会を築いて、繁栄を誇っていたコスモス族。1万2千年前に気候変動装置を開発。地球生命体は怒り、黒いモスラ、バトラを出現させる。破壊本能だけで行動し、地球生命体を脅かすものを徹底的に破壊した。守り神モスラはバトラと闘い、氷の海に封印。気象装置は破壊され、大陸は海に沈んだ。◆隕石の墜落と森林伐採、気候変動のせいでモスラの卵が出現。バトラも覚醒するのではと心配する小美人。一方20世紀の最後の年、大隕石が地球に衝突するが、それを防ぐのがバトラの役目という。とすればモスラもバトラを倒すわけにはいかない。◆ゴジラの立場はどうか。単なる破壊王?人類の敵だが、地球の敵ではない。何故バトラはゴジラと闘うのか?バトラは人類を敵とみなしているので町を破壊する。ゴジラと闘う理由がない。単なる闘争本能か?モスラも小美人を助けるとしながら町を破壊。最後は環境破壊に関係のないゴジラだけが悪者に。【感想】モスラ幼虫、成虫は如何にも弱そう。これが最大の欠点です。随所に美的センスが光るシーンがあるのですが。◆冒頭の藤戸のインディージョーンズのパクリ行動には苦笑しかない。遺跡盗掘者で小美人を売ろうとするなど問題行動がある。副主題の離婚した夫婦が元の鞘に戻る話は影が薄い。藤戸のためには、何か汚名挽する活躍を挿入すべきだったろう。◆主題は人類の環境破壊への警告。それが悪玉の丸友会社社長に集約されるが、土地が破壊されただけの中途半端に終わり、フォローがない。彼は改心したのだろうか。彼が怪獣バトルの犠牲になれば話としてはすっきりしたのだが。まあ彼だけを罰してもどうしようもない話だが。一方地球生命体、地球の怒りはどうなったのか?地球の怒り=バトラであれば、「ゴジラ封印」で終わったことになる。大風呂敷を広げて、未消化に終わっている印象がある。◆「卵が出現→小美人が見世物にされそうになる→幼虫が上陸→羽化して蛾になる」旧作の物語をなぞっているだけで陳腐。【ツッコミ】①蛾の卵は成虫に較べて遥かに小さい筈。②バトラ幼虫が一瞬にして成虫に。手抜き?③小美人は空を飛べるのなら自力で逃げれたのでは?④自衛隊は繭のモスラを何故攻撃しない。⑤ゴジラはマントル内を通っても平気。⑥鱗粉はモスラ最後の武器といいながら、その後生き長らえる。⑦急にモスラが熱線を吐き出す。 ⑧小美人て何歳?
[DVD(邦画)] 5点(2010-10-12 17:16:34)
165.  ゴジラVSメカゴジラ 《ネタバレ》 
◆俯仰、俯角、ズームを駆使し、巨大なものを巨大に撮れている。カメラのタメやパン、随所に見せる効果的なオプチカル合成。光、煙、土煙、風、火薬、逃げる大衆など特撮は秀でている。◆ゴジラ、メカゴジラ、ガルーダ、ラドン、謎の卵、ベビーと五条の疑似母子、G-force、国連軍、超能力、恐竜オタク、青木と五条の恋愛など内容は多彩。ゴジラも建物を小気味よく破壊。戦闘シーンも長い。ファン心理を心得ており、飽きさせない展開になっている。◆それにも関わらず鑑賞後に爽快感が得られない。それを分析してみた。①敵役が不在。ゴジラもラドンもベビーを仲間と思い、守りに来ただけ。ゴジラもメカゴジラも悪相。どちらを応援すればいいのか。②テーマは「生命の偉大さ」。にも関わらず、死んだラドンが風化してそのエネルギーを得て、ゴジラが復活するなど、生命を無視した展開になっている。この矛盾が最大の失敗。生命賛歌で通すべきだった。せめて第二の脳が再生されるシーンはカットすべきだった。③ラドンもゴジラもベビーを仲間と思っているが、大きさが違いすぎる。とくにラドンは姿も全く違う。無理がある。④故に結末でベビーがゴジラについて行くが、それで良かったのか分らない。だからわだかまりが残るのだ。【ツッコミ】①青木は能力が劣っているのに何故G-forceに選ばれる。青木のダメぶりを強調する必要はない。②青木がプテロノドンを好きという設定は偶然がすぎる。③ラドンは先に孵化したわけだが、早く巨大になりすぎ。④「雑食恐竜が翼竜に托卵」はありえない。托卵は鳥が鳥にするもの。⑤ベビーが不安になると目が赤くなるのは解せるが、卵全体が赤くなるのは解せない。⑥卵に付着した植物が音楽を奏で、それがベビーの精神に影響を及ぼすメカニズムが不明。何の植物だったのか。⑦子供たちが植物の音楽を歌ったとき、どうしてベビーは興奮したのか。⑧ラドンの飛行速度が遅すぎる。マッハを超える筈だが。⑨卵を巡って、島でラドンとゴジラは対決した。何故ラドンは敵であるゴジラに自分の残っている生命エネルギーを与えたのか。⑩復活したラドンが熱線を吐けるようになってる。⑪第二の脳を破壊するより第一の脳を破壊せよ!⑫コンテナから救出するのに手間がかかり過ぎ。⑬復活したゴジラ強すぎ。⑭グルーダとメカゴジラが合体してもさほど意味がないなあ。
[DVD(邦画)] 7点(2010-10-12 01:45:41)
166.  メカゴジラの逆襲 《ネタバレ》 
◆真船桂の父は優秀な生物学者だったが、恐竜発見とそれを自由に操る研究で世間から抹殺される。桂は世間から隔絶して父と共に研究を続けていたが、やがて母親が失意の内に死亡、自身も研究中の事故で死亡した。しかし宇宙人の手でサイボーグとして再生。研究は宇宙人の協力のもとに成功。恐竜は命令通り、調査船を撃沈させる。◆そこへ海洋学者の青年が父の研究を知りたいと訪ねてくる。父は死んだと突き放すが、憎からぬ感情を抱く。青年が恐竜の探査に向かうと知った桂は止めるように懇談。宇宙人の命令で調査船を恐竜で襲うが、偶然調査船は助かる。父は世間に対する憎悪と復讐心に執りつかれているが、桂には人間らしい心が宿っていた。恐竜対策本部をスパイする為に青年に近づく桂だったが、心は揺れ動く。◆国際警察との戦闘で二度目の死亡。宇宙人の手により再び甦るが、体内にメカゴジラの作動装置を埋め込まれる。宇宙人の意のままとなり、恐竜とメカゴジラを操り、町を破壊し、ゴジラを叩きのめす。基地に捕縛された青年が連れてこられても心を開かない。◆国際警察が基地を襲撃。父は流れ弾で死亡。彼女自身も被弾して負傷。青年が叫ぶ。「たとえサイボーグでも僕は君が好きだ」その言葉で人間の心を取り戻した桂は、作動装置をもつ自分が破壊されない限りメカゴジラは倒せないと告げ、青年に自分を破壊するように懇願。拒否する青年の腕に抱かれながら、銃で自らを撃つ。悲運の生涯を終えた。 【感想】主人公は桂だろう。ゴジラやメカゴジラより、チラノザウルスと桂の方が目立っていた。桂のサイボーグとしての葛藤と恋愛感情は十分に描かれているとはいえないが、印象深いものがある。マッドサイエンティストの父に育てられ共に研究、幼くして母親を亡くす、2度も死亡してサイボーグとして再生、宇宙人に人類を売り渡す、恐竜を操り青年の乗る調査船を襲う、町を破壊し、ゴジラと対決、まさに波乱万丈の人生だ。そして最後は青年と人類を守るために自害。子供向け怪獣映画にしては不釣り合いな重厚な悲劇性を内包する異色作品。【ツッコミ】チラノ弱そう。たかが超音波に弱い理由は何。尻尾で暴風は起きない、ゴジラはなぜやってくる。蹴飛ばされたゴジラが重力を無視して飛んでゆく。制御装置に火花が散りすぎ。桂の眼が光すぎ。ゴジラの磁力はどうなった。円盤あっさりやられすぎ。
[ビデオ(邦画)] 6点(2010-10-08 23:39:02)
167.  大魔神怒る 《ネタバレ》 
◆御子柴国は山中で民の生活は苦しく、湖のある豊かな千草国への逃散が後を絶たない。領主弾正は千草征服を決意、五千の兵で乱入。不意を襲われた千草は為すすべなく降伏。領主十郎は辛くも分家の八雲国へ逃亡。十郎を追った弾正は勢いにまかせ八雲をも征服。領主を殺し、若殿を幽閉。十郎を差し出せと命じる。皆が余りにも神之島の神像を崇拝するので、見せしめに爆破。十郎は神之島に漂流。結局捉えられ、若殿とその妹で十郎の婚約者さゆり姫と処刑されそうになる。姫の頬に涙が光ると大魔神登場。悪を踏み潰す。◆悪逆非道の悪者がいて、それを大魔神が懲らしめるのが筋。当然悪逆非道ぶりを際立たせないと成功しないが、そこが弱い。前作の悪者は若くて憎々しかったが、本作は老けていて頼りない。殺す場面もインパクトなし。淡々として、どこかお芝居っぽい。残虐性が薄いので、大魔神が登場してもカタルシスが得られない。◆大魔神の登場シーンは華々しく賞賛に値するが、大暴れシーンは物足りない。兵の損傷がほとんど無い。武将が大岩の下敷きで死ぬシーンがあるが、お粗末な出来だ。弾正があきれるほどあちこち逃げ回って、その度に兵が犠牲になり、とうとう一人になり船で逃げ出すという演出が欲しかった。大魔神の前では人間は虫けらの如き存在でしかない筈。◆弾正は火矢のようなもので船ごと炎上死するが、これも物足りない。火には浄化のイメージがあり死に方として優しすぎる。手でひねりつぶすとか、短剣で刺すなどの原始的なものがふさわしい。残虐性があるからこそ、大魔神を恐れ敬う心が強く刻まれるのだ。◆大魔神は暴れ出したら止められないという前作の方針はどこへやら。礼儀正しく姫を救い、横たえるが、それではダメ!「善悪」よりも「怒りの爆発」が見どころの筈。神像が爆破されても登場しないのに、姫の涙で登場するのも理屈に合わない。「飼いならされた大魔神」は魅力半減。◆神像は早々に爆破され、その後いくつかの怪異が見られ、最終的に大魔神が登場する。この間が悪い。「爆破されて怪異が次々起り、遂に大魔神登場」としないとテンポが生まれない。神像破壊はもっと後の方にすべきだった。【気になった点】①鐘は重要な意味をもつが、何故が屋根がなく、雨ざらし。②国を争う数千人規模の戦闘なのに戦闘があっさり。③子供が若殿を救うのはリアリティがなく減点。④婚約中の二人が愛し合っているシーンが必要。
[ビデオ(邦画)] 6点(2010-09-29 22:48:22)
168.  ゴジラ対メカゴジラ 《ネタバレ》 
◆アンギラスが叫ぶ。岩の中の何かが光って爆発炎上。沖縄アズミ王族の子孫の女ナミが幻を見る。それは怪獣が町を破壊する幻影。洞窟から発見された奇妙な金属。それは宇宙金属と判明した。洞穴から発見された古代遺跡とシーサーの置物。それには古代アズミ王族の予言が描かれていた。アズミ族を滅ぼそうとヤマトンチューがやってきたとき、二匹の怪獣が現れて人々を救う。本土では地震が頻発。巨大生物が移動しているとの憶測あり。置物を狙う謎の人物が登場してアクションシーン。そしてそれらを遠くから見守る謎の新聞記者(岸田森)。考古学博士二人と宇宙工学の権威がからむ。ヒロインも三人、ナミと考古学博士と宇宙工学博士の娘だ。そしていよいよゴジラ(実はメカゴジラ)登場。ここまで開始から18分。謎をふんだんに含み、テンポのよい展開で、掴みはOK。 ◆だがその後の展開がグダグダ。聞かれもしないのに計画を何もかもしゃべり過ぎる宇宙人には辟易。死んで正体を現す姿がゴリラそっくり!仮にもブラックホール第3惑星人だよね。キンギシーサーを眠りから覚ますナミの歌が民謡風ではなく、もろ昭和ムード歌謡。これはギャグにしか見えない。最大のツッコミどころ。大して活躍しないヒロインに失望。メカゴジラのルックスが合格点で、兵器も多彩、戦闘シーンは迫力あるのに惜しい。全体として脚本の中味は濃く、リメイクして使えそうな出来映えである。 【疑問点】 ①ナミの見た幻の怪獣はキングギドラだったのは何故?②アンギラスとゴジラは何故メカゴジラに闘いを挑むのか?③ゴジラの顔が妙にカワイイ。④キングシーサーが目覚めたときは陽が沈んだ後なのに、その後真昼間になっている。⑤まだ眠っているキングシーサーを倒すためにメカゴジラが飛来するが、何故か遠くで降りて、ゆっくり歩いてゆく。⑤怪獣が大暴れてしているのにマスコミも自衛隊も政府首脳も一切登場しない。⑦博士のパイプ兵器は電極の+と-を破壊する電磁波を作るものだが、それだけで何故基地とメカゴジラが爆発する?⑧沖縄の老人は、最初ゴジラ(実はメカゴジラ)が東京で暴れているときにヤマトンチューをやっつけろと応援していたのに、舞台が沖縄になった途端に手の平返し。⑨予言の空に浮かぶ黒い山、赤い月に何の意味があるのか? 蜃気楼は鏡面でないので、沈む太陽は昇らない。
[ビデオ(邦画)] 6点(2010-09-29 20:09:59)
169.  エデンの海(1976) 《ネタバレ》 
◆女学校に教師南条が赴任。生徒に大いにモテる。清水巴は問題児。「チャタレイ夫人の恋人」を読み、小指の包帯はレズの証とされていた。巴は最初南条に反抗していたが、「失禁」という秘密を共有したことで次第に魅かれてゆく。巴は父不在で、ファザコンだった。◆二人の間に噂が立つ。同級生はどっちが愛しているか、巴に蛙の又裂き勝負を挑む。女先生は出張の南条を東京の自宅に招く。巴は嫉妬して女先生の自宅を訪ねてくる。南条は巴に十字架を買って宥める。巴は学校をずる休み。南条が家庭訪問に立ち寄る途中で乗馬中の巴に遭遇。南条は何故か水着をお土産として買っていた。最初は「いらない」と言っていたが、水着と知ると大喜び。すぐに着替えて二人で乗馬。浜を駈け、町を駆け、学校に突入。大騒ぎする生徒たち。馬はやっと止まる。反省を促す南条に巴は怒り、さらに暴走。トラックに轢かれそうになり、海へ墜落。巴は腕を負傷。南条は輸血してやる。◆学校で大問題になるが、何とか穏便に済みそうになる。が、南条は人間として未熟なところがあったとして辞職を決意。生徒たちは、先生を詰問、辞めないで欲しいと懇願。「辞めるのは敗北です」又二人の間に恋愛感情があったかが問題になる。巴は言う。「私は先生に甘えてました。先生がほしかった。独り占めしたかった。でも生徒だということで甘えていた自分は嫌いです」南条は言う。「男としてお前が好きだったんだ」生徒は言う。「先生も清水さんも今とっても素敵です」◆島を去る南条。見送りに巴は来たが、バイクからは降りなかった。巴の男友達に南条は言う。「この町はいい。風景も人間もだ。」巴は泣いて走る。「嫌い、嫌いよ、想い出なんて大っきらい!」【感想】古めかしい青春映画。この映画には、訴えるものがない。痛々しいほど南条に魅力が無いので感情移入できない。南条は誰に対しても他人行儀で、正論ばかり吐き、人間味が感じられない。人間を描けなければ恋愛は描けない。何故学校を辞めるのか、それが世間に対する敗北ではないのか、巴を愛していたのか、「この町は良い」と言うがどこが良いのか、何故他の生徒は見送りに来ないのか?それらを説明することは難しい。原作を消化しきれていない証拠だ。結果として南条が巴に買い与えたもの。ヨットマークのパンティ、十字架のネックレス、白い水着。何だかなあ!山口百恵が馬で町を疾走するシーンだけが爽快。
[ビデオ(邦画)] 4点(2010-09-25 22:52:21)
170.  おろち 《ネタバレ》 
◆一草、理沙は裕福な家に住む美少女姉妹。母は有名女優の門前葵。母の愛情は音楽的センスのある理沙に注がれ、一草の心は次第に歪んでゆく。何故演技力ではなく、音楽的センスなのかは疑問。母の愛を渇望した一草は母にあこがれ、母そっくりの女優になる。◆門前家は呪われた一族で、女性は29歳になると醜く変身してゆく宿命がある。一草はまもなく訪れるであろう恐ろしい運命におののいていた。理沙は死ぬ間際の母から「お前は養子」と教えられる。それを知った一草は理沙を虐待する。理沙は姉の心中を察し、虐待に耐える。◆理沙は佳子という身寄りの無い家政婦を連れてきた。佳子と一草の血を入れ替えれば、運命を変えられると考えたのだ。一草は佳子を殺害し、手術を試みるが、佳子が血液型を偽っていたため失敗。絶望した一草は自ら火焼け棒で顔を焼く。それを見た理沙は実は養子は一草の方であると告白。復讐のために嘘をついていたのだ。その後門前家には狂死した一草と得体の知れない醜い女の姿があった。【感想】「永遠に美しく」と同テーマ。冒頭の嵐の屋敷シーンで監督の技量が知れる。安っぽい仕上がりだ。ライティング、音楽、カメラワークに工夫を凝らさないと重厚さはでない。5人の女優に美しさを感じられなかったのは残念。恋人ももっと二枚目であるべき。美と醜を際立たせることで成立する物語だ。木村佳乃が母娘二役演じるのも疑問で、混乱を招くだけ。◆物語は他に、おろち百年に一度の眠り、佳子の意識がおろちに入れ替わる、姉妹で恋人の取り合いという要素もからむ。だがどれも空回り。必然性がない。◆手術前に血液適合テストくらいはやりましょう。最大の欠点。◆人間には美しいままで永遠に生き続けたいという欲望がある。それを体現しているのが「おろち」という謎の少女。その正体は不明のまま、狂言回し役に終始する。この部分が未消化。おろちという神の目線で人間の心の醜さを描くのが原作。この心の醜さも徹底していない。理沙が真実を隠しながら、一草の手術の成功を願うのは矛盾がある。そもそも手術の必要がないのだから。絶望感を味あわせるための仕掛けとすべきところだろう。◆忘れてならないのは佳子の悲劇。幸せになりたいが故に、ほんのちょっとした嘘をついたことで死ぬ運命に。不幸の果の死はむごい。この挿話があることで、作品に奥深さが出ている。
[DVD(邦画)] 5点(2010-09-24 19:11:56)
171.  怪獣大戦争 《ネタバレ》 
【X星人の謎】 ①何故地下で生活している。 ②水は黄金より貴重らしいが、さほど不自由しないとも言う。地球侵略の目的は水か。金と水を交換すればよかったのに。 ③というか「質量がどんなに大きくても宇宙圏に運び出すのは簡単」なのだから水も運べたはずだが。 ④ゴジラ、ラドンをわざわざX星に連れて、キングギドラと闘わせるという小芝居をする手間を惜しまないのは、電子計算機の計算によるんだね。 ⑤P1ロケットをコピーしてわざわざ地球人に与える必要があるだろうか。UFOで送っていけばいいのに。技術力の誇示のため? ⑥X星人が殺人音波に弱いのは理解するが、コンピュータまで狂ってUFOに不具合が起こるのはどういう仕組みか。そもそもUFOを防音にしておけばいいだけなのだが。耳栓するとか。もっと言えば、発明家を拘束するとき、持ち物チェックぐらいしておけ。 ⑦殺人音波を出すレディーガードの発明家と契約しながら、代金を支払わないのはどうして。そもそも発明家を拘束すれば済む話だが。世界教育社ってどうよ。 ⑧波川女史がグレンに言う。「あなたがX星人になって私と結婚すればいいの。計算値にでました」でも、X星に行ったら女性の区別つかないんですけど。 ⑨X星人はわざわざ地球侵略の方法を説明してくれている。 ⑩「我々は脱出する。まだ見ぬ未来に向かってな」自爆しなくても、なにか脱出方法がなかったのか。 ⑪地球征服計画を立て、地球に前線基地を置きながら、調査ロケットが来るのをずっと待ってたの? ⑫で、癌の特効薬は? 【地球人の謎】 ①人類全体に関わる話なのに、日本人だけで全部決めてる。 【感想】X星人の電子計算機はろくな答えを出さない。だから高度な知能をもちながらも自滅した。いや、待てよ。あれはもしかしたら高度になり過ぎたコンピュータの反乱?わざとヘタな答えを出して、自滅させる計画。とすれば「2001年宇宙の旅」の先取り?なわけないか。しっかーし、モロ日本人なX星人て、萎えるな。外人も日本語しゃべるし。キングギドラがアメリカに出現、とかいいながら映像は無し。まあいいんですけど。無敵のゴジラが操られるところがマイナス。円盤をやっつけるのはゴジラではないとダメでしょう。子供たちにとっては十分楽しめますよ。特撮も合格ライン。
[DVD(邦画)] 6点(2010-08-27 01:20:46)(笑:1票) (良:1票)
172.  野獣死すべし(1980/日本) 《ネタバレ》 
戦場カメラマンとしての数々の体験が、伊達から人間らしさを奪い去った。戦場で大勢の人の死を目撃し、その都度精神的ショックを受けた彼にとって、死とは甘美なものへと変貌を遂げていた。クラッシックを聞きながら拳銃自殺のまねをし、恍惚の表情を浮かべる。それがストレス解消法だ。ニーチェの「善悪の彼岸」思想と、ハードボイルド小説の影響を受けている。◆そんな彼が一線を越えた。殺人を犯したのだ。他人の生命を自由に弄ぶことで、神をも超越した美しい存在であると感じた。「あの輪廻という忌まわしい長い歴史をたった一発の銃弾でキミは否定してしまったんだ。そのくだらない時の流れを止めてしまったんだ・・・なんて素晴らしい悪魔の時間だ」◆悪魔と化した伊達は銀行強盗を計画。自分と同じ「死んだ目」を持つ真田を仲間にする。仲間になる条件として恋人殺しを強要する。綿密な計画を立てたようだったが、実際は行き当たりばったり。金銭目当てより、殺人目的のような凄惨な犯行。偶然に伊達を慕う女性が客として居合わせるが、少し躊躇しただけで容赦なく射殺。◆逃走途中でこれまた偶然居合わせる刑事。刑事は夜の電車の中で尋問を始める。その後伊達の狂気が暴走し、刑事、目撃者、真田までをも殺していまう。◆真田の精神は完全に破壊された。彼はもう音楽を聞いても感動を得られない。コンサート会場でも眠ってしまう。「アーッ!アーッ!」と叫ぶのは、生きていることを自覚するため。会場を出るとどこからか銃弾が飛んできて命中。刑事の亡霊が見える。二度目の銃弾に当たり、もんどりうった姿で映画は終了。血が出てないので、実際に銃弾が飛んできたのではなく、フラッシュバックに襲われたのだ。伊達にとって恐怖の象徴が刑事の亡霊。自分では神を超越したと思っていたが、実際には自分のアイデンティティーを失っていた。戦争体験が人間の精神に及ぼす影響の悲惨さを表現した映画。時折見せる左手を上げるポーズは釈迦誕生をもじった野獣生誕のポーズ。【疑問点】①銃を密売人から入手できるのに、何故刑事を殺して銃を強奪したのか。②オナニーショーを観ているわりには、女には手を出さない。③「ラム、クアントロ、それにレモンジュースを少々、シェイクする」「X、Y、Z」「そう『これで終わり』って酒だ!」XYZの意味不明。④軍隊経験がないのに、急に軍人モードになるのが不自然。
[DVD(邦画)] 7点(2010-08-02 22:45:42)
173.  Dear Friends ディア フレンズ 《ネタバレ》 
◆「友達と命」をテーマにした薄っぺらな難病もの。極端にベタな展開、ご都合主義のオンパレードで、何度も苦笑。登場人物があまりにステレオタイプで実感が湧かない。さながらギャグのよう。脚本家の頭の中でキャラが踊っているだけ。どこにもいそうになり人たちばかりでは、真の人間ドラマは描けない。物語は起伏があって飽きない。◆リナは美人でスタイル抜群の女子高生。カリスマ読者モデルで、夜はクラブクイーン。美貌故に周囲から持て囃され、多くの取り巻きがいる。男友達も多い。学校はよくさぼる。性格は悪く、常に高飛車で、友達の男を寝取っても「友達は必要な時に利用するもの」と嘯く。自分が悪いのに文句を言ってくる同級生にはブス呼ばわり。母のスープは叩き落し、盲人に席も譲らない。◆何故そんな性格になったかというと、父親が多忙で家族を顧みず、母親は愛情過多タイプで甘やかされて育ったと言いたいらしい。◆リナがダウンし、入院。難病の幼女カナエが話しかけてきて、「押しかけお友達」に。ミキという女子高生も「友達だから」と見舞いに来る。でもリナに彼女の記憶はない。◆退院するが癌と判明し、再入院。抜けだしてクラブに行くがカツラが取れ、雨の路上で泣き崩れる。偶然通りががったミキに助けられる。◆カナエが坊主姿になり、「死ぬかも」と弱気。リナは「死ぬな。仲間なんだから」と元気づける。カナエ転院する。◆ミキは小、中、高とリナと同じ学校。リナの誕生会に呼ばれて優しくされ、オルゴールをもらう。理由を聞くと「友達だから」。ミキはいじめられっ子でリストカットを繰り返してきたが、オルゴールに何度も勇気づけられてきたと。ミキにとってリナは心の友達だった。 ◆リナは癌が乳房に転移したこととカナエの死を知る。飛び降り自殺を試みるが、ミキが自分の胸を切って思いとどまらせる。ミキはカナエから「マキちゃんがリナを助けてあげてね」と託されたことを語る。そして二人ともリナから勇気をもらっていたとも告げる。「生きていたからリナちゃんのような友達と巡り会えた」◆リナ乳房切断し、退院。ミキの姿なし。胸を恋人に見せて振られる。再び病院で飛び降り自殺を試みるが、ミキが現れて説得。ミキは難病で動けない体になっていた。ミキに心配させたかくなかったから黙っていたのだ。◆リナはミキを看病するために看護婦になる。ミキ死亡。
[DVD(邦画)] 3点(2010-07-23 02:38:54)
174.  鉄道員(ぽっぽや)(1999) 《ネタバレ》 
◆乙松は鉄道員の父の「戦争に負けた日本を立ち直らせ、ひっぱるには鉄道が必要」という言葉を信じ、人生を鉄道に捧げた。仕事に邁進する余り、家族を顧みなかった。結婚17年目で授かった雪子をすぐに亡くした。隙間風の入る寒い官舎で寝かせて、風邪を引かせたからだ。孤児を引き取ろうとしたことが、妻静江が病弱のため断念。その妻も3年前に亡くなった。子死亡時も、妻死亡時も仕事をしていた。妻には「子供の亡骸を旗降って迎えた」、友人の妻からは「あまりにも静江さんが可哀そすぎる」となじられる。それでも乙松は「俺は鉄道員だから」と答えるしかない。◆乙松は退職の日を迎えたのに今後の設計を立てていない。親友が再就職先を世話するという言葉にも耳を傾けない。官舎も出てゆかなければならないというのに。そんな中廃線が早まったと聞かされる。◆そこへ少女が人形を持って現れる。古い人形で、昔乙松が雪子に買ってあげた人形に似ていた。続いて、少女の姉、その上の姉が現れる。三人の少女の正体は、雪子の幽霊だった。成長する姿を乙松に見せるために現れたのだ。「ゆっこは幸せだったよ。ありがとうお父さん」の言葉を残して去る。翌日乙松はホームで旗を握った姿で亡くなっていた。◆乙松は死を予期していた。鉄道員以外の人生は考えられない。だから退職後のことは考慮にない。最後の日、思い出が次々と蘇る中、最も心残りだった亡き娘の幻を見る。見たかった娘の成長してゆく姿を見、最も聞きたかった言葉を聞き、幸福に包まれて亡くなる。ホームで死んだのは、死ぬ瞬間まで鉄道員でありたかったから。「マッチ売りの少女」に似ている。雪国なので、雪女に接吻されると死ぬという伝説を踏まえている。二人の会話が心に沁みる。「廃線になったらどうなるの?」「原野に戻る。鉄道があったことも忘れられる」「寂しいね?」「ああ、でも後悔はしていない」「でも思い出が残るね」かつて家庭を犠牲にしても社会に尽くすことが美徳とされた時代があった。◆最後の科白がフルっている。「キハの笛は胸のそこまで染みるでしょう。聴いてて泣かさるもんね」「聞いて泣かされるうちは、ぽっぽやもまだまだ」感傷的な笛の音に心動かされるうちは一人前の鉄道員ではないのだ。厳しい世界です。◆テネシーワルツは江利チエミのデビュー曲。高倉健が元妻に捧げた映画でもある。青年期は若い別の役者で撮るべきだった。 
[DVD(邦画)] 7点(2010-07-09 03:12:51)(笑:1票) (良:1票)
175.  余命1ヶ月の花嫁 《ネタバレ》 
【感想】実話を元にした難病恋愛もの。この手の映画作りにはコツがある。女性を中心に据え、美しく撮る。病前の健康で明るい様子を描く。病前と病後のギャップを著しく。純愛を強調。病気の悲惨さを伝える。印象的な言葉、シーンを挿入してメリハリを利かせる。音楽で感動を盛り上げる。長尺にしない。本作の出来は、残念ながらどれも中途半端。最たるものはビデオレターでの健康そうな顔。一方で病前なのに元気のないこと。男の顔にライトは当たっているのに、女には当たってなかったり、意味のないロングショットの長回しがある。ビデオレターの場面でも、男がテープをセットするような部分はカットできる。全てのエピソードが冗長ぎみ。屋久島旅行は映画の脚色。傘があるのに差さないで雨中を指輪を求めて走るシーンはくどい。医者や知人など支える側の人物像が描けていない。若くして人が亡くなる悲しさ・不条理さが描けてない。結婚式に出席した男性の父親に拍手。企画は良いが、演技力、監督力、カメラ力、編集力、総合的映画力が不足。感動作とはほど遠い。◆女性の生きたいという気力は出ており、優しさも伝わる。若年の乳がんの恐ろしさを伝えたかったのは本心からだろう。男性もよく尽くしたと思う。入籍せず形だけの結婚式とはいえ、決意するのは並大抵のことではない。TVカメラが回っているのだし。事後のトラブルで美談になりきれなかったのは残念。乳房のしこりに気付きつつ、ひと月放置したら数センチにまで成長した、という病状の経過が無いのは残念。 【経過】2005.12月出会い。2006.1月乳癌発覚。5月伊勢旅行。8月福島・北海道旅行。乳房切除。2007.3月転移、余命宣告。4月TBS取材開始。4月5日模擬結婚式。5月6日永眠。5.10日と11日TBSで放送。 【印象的な科白】「ありがとう!(父が突然太郎に向かって絶句)」「いつか支えきれなくなる、其の時悲しむのは彼女だ(父)」「生きるってすごい事だね(千恵)」「本当の花嫁さんになる人に悪い(千恵)」「癌になってごめんね(千恵)」
[DVD(邦画)] 4点(2010-07-08 07:44:29)
176.  外科室 《ネタバレ》 
◆運命の出会い。婦人は高峰を一目見て恋に落ちた。ただ見つめあうだけの恋だったが、親のいいなりで結婚し、恋を知らずに過ごしてきた婦人にとって電流に打たれたようなショックだったに違いない。上流階級のお嬢様育ちで、清らかで純粋な心しか持ち合わせていない婦人にとって、突然の「禁断の恋」には耐性がなく、真っ白いキャンバスに塗られた赤絵具のように鮮烈で、歳月を経ても色褪せるものではなかった。 ◆高峰にとって婦人は美の極みだった。「ああ、真の美の人を動かすことあのとおりさ」この世ならぬ絶世の美女を知ってしまった運命により、他のどの婦女子も高峰の心を惹くことはできなかった。独身を通したのだ。 ◆九年の歳月を経て二人は再会する。婦人は病に倒れ、高峰はその執刀医として。婦人にとっては僥倖なことだったが、麻酔により胸中を告白してしまうという強迫観念にとりつかれる。「いいえ、このくらい思っていれば、きっと謂いますに違いありません」婦人にとって秘密が他人に知れることは、夫や子供、家族、友人、世間を裏切ることであり、死に価する罪だった。それで無麻酔での手術を申し出る。このとき婦人は死期を悟っていたと思う。自分は罪を犯した身であり、その罰として病気となった。秘恋の相手と再会できた今は死んでも本望である。又、手術が成功して快癒しても、恋患いで死んでしまうという思いがあった。「それじゃ全快(なお)っても死んでしまいます」 ◆高峰には婦人の秘密がすぐに解った。相思相愛だったのだ。故に婦人の望み通りに、無麻酔での手術を決行する。婦人にとって高峰の手で死ねるのは本懐だ。だから痛みに我慢できなくなったとき自らの胸を高峰の持つメスで突いた。この痛みは心の痛みでもあったに違いない。しかし唯一心残りがあった。「でも、あなたは、あなたは、私を知りますまい!」高峰が即答する。「忘れません」この言葉は永遠の愛の誓いだ。この世では一緒になれなくても、あの世、あるいは来世で一緒になろうということ。その日のうちに高峰は命を絶つ。純真な愛の心を持つ二人の一種の心中である。 ◆耽美的な映像と音楽。頑張っていたが、大成功とはいいがたい。原作をそのままなぞった脚本には疑問がある。絶世の美女を用意しないと成立しない映画。
[レーザーディスク(邦画)] 6点(2010-07-06 22:50:02)
177.  うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー 《ネタバレ》 
◆文化祭の前日が永遠に続くという不思議な現象が起る。前日の記憶な消えてゆく。この現象に初めて気づいた温泉マーク先生が家に帰ると、部屋は埃と黴まみれになっていた。長い月日が経っていたのだ。種を明かせばバカバカしい夢オチの一種だったが、その前のサスペンス部分は中々なもの。世界が滅んだと思わせる導入部は衝撃的だ。絵柄が古く、表現が大げさであることを除けば、今でも楽しめるアニメだ。 ◆偽現実世界の正体はラムの夢だが、「皆が楽しく暮らしていればいい」という無邪気すぎる夢が現実となったもの。あまりにも単純すぎるが、宇宙人だから納得できてしまう。無邪気な夢に無邪鬼が絡むという洒落。一人の見る夢に巻き込まれた人たちはさぞかし迷惑だろうと推察するが、「特に害がないので別にいいじゃん」という連中が多い。そこが「うる星やつら」の世界観。今が楽しければそれでいい、物事を深考えない。それが青春であり、思春期の若者の特権である。「永遠に続く青春」が原作の世界観で、それを逆手に取った脚本となっている。 ◆人間には今住んでいる世界と別の世界に行けたらという願望がある。これと楽しいときが永遠に続いたらという願望が結びつき、そしてそこへ全員がタイムスリップしたら、現実との違いは何だろうという哲学的な内容を具現化したもの。 ◆美しい時間、楽しい時間が永遠に続くのは残酷なことでもある。日常と違うことが起るから感情が湧き起り「楽しい」と感じる。しかしそれは続かないから意味がある。大好きなゲームに熱中していても、いつか飽きがくる。刺激に慣れ、別の刺激が欲しくなるのだ。だから大人から順番に変事に気付いてゆく。 ◆映像で見るべき場面がある。喫茶店の会話で水の入ったガラスに二人が映る場面、しのぶと風鈴が交差する場面、冒頭の荒廃した世界でラムがジェットスキーで遊ぶ場面など。又文化祭の催しが「第三帝国喫茶」で本物の戦車が教室に据えられるというハチャメチャぶりなどギャグも満載。夢を食うバク(子ブタ)のキャラも意表を突く。他人に夢を見させる仕事をしているが、一度も自分の夢を見たことがない無邪鬼のアイロニーも興味深い。深読みできるアニメです。 
[ビデオ(邦画)] 7点(2010-07-05 00:15:46)(良:1票)
178.  うる星やつら オンリー・ユー 《ネタバレ》 
◆諸星とラム、エル、しのぶの恋愛の四角関係が描かれる。◆しのぶとは幼馴染で、元恋人同士という微妙な関係が続いている。しかし本作ではその存在が薄い。◆ラムの場合、地球征服をかけた「鬼ごっこ」で、諸星の「(しのぶと)結婚するぞ」という言葉をラムが自分へのプロポーズと勘違いして、仮の女房となった。地球を征服されるので拒絶できない。嫉妬すると電撃攻撃をする。◆エルの場合、幼少のころの「影踏み」で、諸星に影を踏まれる。影を踏まれた人と結婚しなければならないという古い伝統があり、11年後の結婚が決まった。エル星の王女。◆ラムとエルの共通点は多い。地球外生物、美少女、勘違いで結婚、背後に絶対的な権力を持ち交際を断れない、愛することに関して純真、性的には無垢。◆エルの宇宙船が現れ、諸星とエルの結婚を宣言。エルが美女と聞いて諸星は乗り気になる。それを阻止するためにラムは諸星を自分の星に拉致し、結婚式を上げようとする。しかしエルの潜入員の活躍で諸星は再び拉致されエルの星へ。エルの美少女ぶりに諸星は結婚の意思を伝える。しかしエルが大量のイケメン男性を冷凍保存していることを知り、その気持ちは一気に冷める。結婚式の最中にラムが乱入して無事救出する。脱出のワープのミスで「影踏み」の場面へ戻る。影を踏んでなかったことが判明し、婚約は無効。今度はラムの星で結婚式を挙げようとするが、またしても諸星は逃げ出す。◆「うる星やつら」は、純真無垢な思春期のラブコメ。宙ぶらりんの恋愛関係がえんえんと続く。性的関係をもった時点で終了する性質のもの。精神的には女性上位である。男性は美女(肉体)を求めるが、女性は愛(精神)を求める。男性を一途に愛する女心が共感を呼ぶが、それは母性に近いもの。ラストで諸星がラムとの結婚式から逃げ出してもそれを許すラムの偉大な包容力は母性そのものだ。男性を成長へと導くグレイトマザーにも通じる。登場する男性全員の精神がまだ幼く、女性の究極の愛を受け入れる準備が出来ていない。既に成熟している女性は男性が成長するのを待つしかない。愛の本質が見えない男性にとって女性は、あこがれの存在であると同時に自分を拘束する存在でもある。ようやく手に入れても、すぐに別の女性が気になる。まさに愛の「鬼ごっこ」であり「影踏み」。男性は追いかけるのは好きだが、捕まりたくはない。子供でいたいのだ。
[ビデオ(邦画)] 6点(2010-07-04 18:26:30)
179.  8マン すべての寂しい夜のために 《ネタバレ》 
◇駄作映画ファンなら絶対に楽しめる最低映画。知る人ぞ知る作品で、カルト映画扱いされていないのは、観た人が少ないから。映画フリークを自認する人にはオススメです。 ◇「8マン」の復刻版を出したリム出版が勢いで作ってしまった映画。東京ドームで二日間派手な試写イベントを行ったものの、商業的に大こけで、会社は倒産、ギャラ不払い騒動が起こりました。 ◇未見の人が多いので、詳しいことはあえて書きませんが、「8マン」というよりもジョー山中のPVに近いもので、それも全てキャロルキングのカバーばかりという奇妙さと言えば、映画の一端が理解できるでしょうか。頭の中から原作のイメージを全て取りさって臨むのが正しい鑑賞法です。ロボットの造形美、疾走するかっこよさ、魅力的な悪キャラ、CGによる秀逸なアクション、勧善懲悪の爽快さなど、ゆめゆめ期待してはいけません。 ◇もう一つハード・ボイルド・タッチで描かれていると言っておきましょう。雨、レインコート、ウイスキー、タバコ、影、チークダンス、フランス車などなど。タイトルを見ればわかりますね。「すべての寂しい夜のために」これは偽りなしです。本当に寂しい夜を迎えることになること請合います。といって時間を損した、というレベルで寂しくなるのではなく、俺は何者なんだ、という深いレベルで寂しくなります。というのは、主要キャラ全員が悩むのです。闘う善キャラ、悪キャラはともかく、同僚刑事、8マンの産みの親である谷博士、秘書まで悩みますから。「ジョー山中」「ハードボイルド」「悩み」「最低映画」のどれかにピンときた人は是非観てみてください。といってDVD出てないのですけど。
[ビデオ(邦画)] 1点(2010-07-04 04:03:56)(笑:1票) (良:1票)
180.  女ざかり(1994) 《ネタバレ》 
女ざかり】弓子は新聞記者という仕事に生きがいを感じているが、不倫にも熱心だ。大学教授と10年間長距離恋愛を続けている。それが娘公認というのも珍しい。娘は大学生のようだが、中年男性と恋愛中。伯母は元有名女優で、政治家と禁じられた恋をしたが、別れさせられて引退。政治家は現在総理大事。弓子の倫理観がよくわからない。弓子の元夫は癌の宣告を受け、余命は短い。ラスト、弓子と娘は元夫の看護へと田舎へ向かう。女性は全て生き生きと描かれ、男はしょぼくれて描かれる。元女優と首相の描かれ方を見れば一目瞭然。女は艶があり、男は老醜をさらす。政治家の妻は痴呆症ながら健康そうに描かれている。男は初老になっても銀幕の女優にあこがれている。男の話題は糖尿病、ハゲ、小便の勢い、癌、嫉妬など女尊男卑があからさまである。男優の目尻の皺がいやらしいほど強調される。【政治圧力】弓子の社説が原因で会社に政治家からの圧力がかかる。票と結びつく水子信仰団体と元総理を非難した形になったからだ。そのことを暴力団の幹部から知らされた弓子。他部署へ異動させられそうになると圧力を撤回するように、愛人に頼み、娘の相手の大物書家に頼み、伯母に頼む。全ては他人任せである。【感想】結局は詰め込み過ぎ。不要な場面が多い。暴力団と亡犬の挿話はいらない。首相の妻との不思議な邂逅があるが、何を言いたいのか意味不明である。弓子は政治圧力を跳ね返して論説委員を続けたが、あっさり退社を決意。背伸びをしていたのを反省し、もう一度自分を見直すのだという。愛人との別れも示唆される。又新しい仕事、新しい恋を見つけるのだろう。その前に元夫の看病。娘を元夫に会わせる目的もある。彼女にはまた新たな“女ざかり”がやってくる予感がある。フェミニズムではなく、女性賛美の物語。◇優れた映画は、観客に映画を見ていることを忘れさせてくれるが、この映画は落ちつかない。画面の多切替など狙っている効果が見え見えで楽しめない。浦野(三國)と弓子が別れをかわす場面で、黄色の広告バルーンがしぼんで海に浮かんでいる。中年の恋のわびしさを表現しているのだが、わざとらしいのだ。おでん屋の後ろに電車が走り、会話が中断するのは、不安の演出。技巧が映画に馴染んで居らず、技巧で終わっている。弓子の食事時の口元アップとあくびアップは性愛の代替表現。これだけは成功している。監督の本音は美人賛美?
[レーザーディスク(邦画)] 5点(2010-07-04 00:13:34)
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