1. ふたりのベロニカ
これは不思議な映画で、おそらく東と西とに同じ娘が生きてるという漠としたイメージが先行したんでしょうね。動乱のさなかポーランドという国のことをじっと考え詰めて息苦しくなってきたときに、その外の世界に住むもう一人の娘について考えが飛んだというか。ハリウッドだったら、あるいはヨーロッパの西の国だったら、もちっとメルヘンにしたりドラマチックにしたりするだろうが、ポーランドは渋い。渋くならざるを得ないところが、東欧の土壌なんだろう。西に分身がいるということ、東に分身がいたということ、それぞれ忘れないようにしよう、ってことか。政治的な動乱は極力点景として描かれる。撤去される銅像も、インターナショナルのメロディも、脚光を浴びない扱い。デモの学生とは反対方向に歩き、落ちて散らばるのは政治ビラではなく楽譜だ。『殺人に関する…』のときの、黄濁した光が満ちる。考え詰めた果てのとても切実なことが語られているようだけども、それが明晰に伝わってこないもどかしさが、この監督作品にはいつも感じられる。 [映画館(字幕)] 6点(2012-07-22 10:04:43) |
2. 愛の風景
《ネタバレ》 「合わない」男女は、いかにして愛し合えるのか。慈悲と無慈悲、寛容と不寛容といったモチーフがいろいろ変奏されていく。アンナとの出会い、「まず欠点から言おう」なんてあたりにベルイマンの空気が香る。母の祈りもすごいよ。「あの女を愛せない私をお許しください。どうかあの二人を引き離してください」って。父の死、結婚、から第二部と思っていいのかな、ちょっとトーンが違ってくる。慈悲なり寛容なりのテーマは一貫してるんだけど気分に段差があり、一本の作品としてはやや完結性に欠けた。少年ペトルスのエピソードがいい。慈悲のつもりが裏返されて無慈悲に転じていく痛ましさ。良くも悪くもベルイマンから出られてない映画だ。「人と人とはしょせん“合わない”のであり、だからこそ愛は素晴らしいのだ」ってな結論ということにしておきましょう。ラストは、二人別々のベンチに座ったままやり直そうと言ってる。 [映画館(字幕)] 7点(2012-01-09 10:10:51) |
3. 春にして君を想う
《ネタバレ》 荒涼とした風景が見もの。かえってああいう風景の中での生活をリアルに見せてくれたほうが、ファンタジックになったかもしれない(と思うのは、そこで暮らしていないせいかも)。かつての村が生き生きしてた時代の場に、味わいがあった。セリフのない冒頭。犬の埋葬はラストの伏線であった。埋葬で始まり埋葬で終わる仕掛け。ジープでのホームからの脱走、ふっと消滅してから幻想が入り込んでくるのか。労働者を逮捕できない警察のエピソードは、あれは不法出稼ぎ外国人労働者かなんかなのか。死んだステラの脇を流れる砂が美しい。風土と幻想性が互いに相殺してしまっているような気がした。風土そのものの幻想性をもっと掘り起こせたのでは。 [映画館(字幕)] 6点(2011-03-03 09:28:16) |
4. 日曜日のピュ
イングマールの息子、ダニエル・ベルイマン監督作品だが、脚本担当の父の匂いが漂う、とりわけ『野いちご』。神の沈黙と湿疹ってのは『冬の光』にもあったモチーフだが、キリスト教に何か象徴があるのかなあ。孤独という罰、周囲に息苦しさを与えてしまう性格、息づまる家庭…、ただそれを少年に観察させたことによって、柔らか味が出た。父と子の不和と和解というテーマより、あくまで父を観察するものとしての子ども、というテーマ。つまりイングマールとその父の物語に、イングマール-ダニエルの親子が重なって、一興。『野いちご』が幼年時代の記憶にひたって幕を閉じたのの裏返しのように、この作品は終わる。そこが救いのような、甘さのような。『野いちご』のイサクに対するほど厳しく裁いてはいない。それでも息子を愛していたのだ、そういう形でしか息子を愛せない父だったのだ、っていう了解があり、それを子どもも知ってやる。せがれに対する贖罪のシナリオなのか、弁明のシナリオなのか。うまくいってない夫婦の会話を書かせると、この人はいくらでも書けるのね、どんな人生を歩んできたのやら。父と子の間にいい感じが出るとバッハが流れ出す。とりわけ朝の湖の場が美しい。あいかわらず、時計への偏執。どうしたってイングマールの映画という印象だ。かつて『冬の光』が公開されたとき、併映で『ダニエル』という短編も公開された。このダニエルの幼年時代を撮ったホーム・ムービー。そこではモーツァルトが流れていた。そして「たえず人と触れ合おう」というようなことが語られた。孤独な父の道を歩むな、といういましめの映画でもあったのか。あの子がこう、お父さんのシナリオで映画を撮るまで大きくなったのか、と時の流れに素直に驚嘆させられる。 [映画館(字幕)] 7点(2010-08-04 10:23:27) |
5. ホルテンさんのはじめての冒険
《ネタバレ》 レールの上を定時に走っていた鉄道運転手の主人公が、定年祝いのパーティをきっかけにちょっと時間を外れ、幾多の奇妙な体験を重ねてスキーのジャンプ台の上に立ち、隕石のように外の世界に飛び出していく、…ってどんな映画か想像つかないでしょうな。題名に「冒険」と付いていても全然ワクワクドキドキはない。静けさとひそやかさの映画で、しかもあちらの冬は夜が長くて暗い画面が続き、それも落ち着いたシンメトリーが多い。地味。小さなエピソードが連ねてあり、たぶんその多くは忘れてしまうだろうが、目隠し運転のじいさんの話は忘れないで残りそう。「『日産』が日本語なんて思えるかね」とか、やたら親しげにとりとめもなく話し続ける初対面のじいさん、そのとりとめのない話の一環として「目をつぶって車を運転できる」って話になり、それが「一緒にドライブにいかんかね」と進んで、主人公と犬を乗せて車をスタートさせるの、顔を覆面で覆って。お笑いの一場面でありながら、レールの上を走り続けていた主人公との対比があり、この後の凍りついてやたら滑る坂道のシーンを経て、ジャンプ台へと自然につなげている(フィンランドの携帯電話ノキアを日本企業と思い込んでる人物が『トランスフォーマー』に出てきたなあ、ニッサンよりは日本語っぽいんだ)。よく分からなかったとこもあり、十分楽しめた作品ではなかったが、全体にでしゃばらない品の良さが漂っている。 [DVD(字幕)] 6点(2009-10-27 12:19:45) |
6. 卵の番人
『八月の鯨』の男性版かと思っていたら、中村伸郎・三津田健による別役実ドラマといった雰囲気。老人兄弟の日々が綴られ、その月面のような静けさ・穏やかさに、息子コンラードが絡んでくる。この老人たちの描写は悪くなかった。叔父と甥の関係が、微妙な不和としてうずきだすのだが、その微妙さをどう見るかだ。解釈の余地を与える豊かさととるか、突き詰めていないいい加減さととるか、この違いを見極めるのは難しいところで、そうしたモロモロを味わいとして享受すればいいんだろうけど、とにかくあんまり腹に来ないのは事実。手つきだけでうまく運んでみせている演出って気がする。ラジオをいじると、いろんな「イエスタディ」バージョンが聞こえてくる、ってのがあった。ラストのオーバーザレインボウは、心に響いた。 [映画館(字幕)] 6点(2009-07-21 11:59:12) |
7. 奇跡の海
《ネタバレ》 タイトルも手持ちのカメラで撮る徹底ぶり。このドキュメンタリータッチが、ラストの感動を嘘っぽくさせないのに成功してたのだろうが、長時間手持ちでやられると生理的につらく、船酔い状態になるのは何か考えてほしい。この人の初期の映画では珍しく催眠術が出てこない。でも主人公ベスが、この世とこの世ならぬとことの境界にいるような人で、神との対話を一人で繰り返しているのなぞ、一種の催眠術であろう。神を中継して人を愛する、ってのが向こうの考え方なんだろうなあ、一番こっちには分かりにくいところ。愛の証を見せなければならない相手としての神。そして試練という考え方。夫の懇願によって為されるふしだらの判断は神まかせになる、生け贄という考え方にも通じていく。フロイド学派ならなんか説明してしまいそうだけど、あちらの神の話になると、根本のところの分からなさばかりが際立ってしまう、とりわけデンマークの映画では。章の境にはいる絵葉書カットが実に美しいが、こういう美には溺れない映画にしようとした監督なのであった。 [映画館(字幕)] 7点(2009-05-19 12:17:24) |
8. ピンチクリフ・グランプリ
とにかく人形の動きが丁寧で驚かされる。楽団の演奏のところなど、ピアノやベースの指つかいまでが、たぶんかなり正確で、現実の演奏を記録してそれを参考にしたのかもしれない。動きが実になめらか。もっともここまでなめらかだと、着ぐるみの人間が芝居する実写と違わなくなってしまう。アニメは、本来動かないはずのものが動いてる! って驚きが基本だと思うんだけど、動きをリアルにすればするほど、その驚きが薄れてしまうというパラドックスがある。つらいところだ。CGの普及で、毎日のように奇抜なコマーシャル映像に浸かっている我々の目が、刺激に麻痺してしまっているということもあるだろう。その目で見ると、ストーリーの展開もいささか素朴すぎて感じられる。でもだからこそ、この丁寧な仕事は見ていて気持ちいい。すがすがしい。崖の上の自転車修理工という孤高の主人公の栄光を、この作品にも捧げたい。 [DVD(吹替)] 6点(2008-01-23 12:20:01) |