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1.  鴛鴦歌合戦 《ネタバレ》 
1939年というとあと2年ほどで太平洋戦争に突入しようかという暗く混沌とした時代にもかかわらず、マキノ正博監督のこの「オペレッタ時代劇」と言われる映画はそんなことを微塵も感じさせない非常に能天気で明るい喜劇であることにまず驚いたし、それを今見てもこんな楽しい映画はほかにあるだろうかというほど楽しく、見終わって思わず「ああ楽しかった!」と声に出して言ってしまった。登場人物たちに悪人がひとりもおらず、なおかつ、どの人物に対しても愛らしさを感じることができ、だから見ていて(DVDパッケージの謳い文句どおり)とてもハッピーな気持ちになれるのがいい。タイトル・クレジット部分に流れる主題歌からもうひきこまれるし、いざ、映画が始まっても登場人物たちが歌う、唄う、うたう。中でも生活を顧みずに怪しげな骨董品の収集に没頭するおやじを演じる志村喬は後年の「生きる」での悲しげな歌声とは対照的に明るく楽しそうな歌声を披露しているのは印象的で、演技も戦後の東宝映画などで見せる重厚で渋いものではなく、コミカルな役を軽妙にイキイキと演じていて、その上歌も歌うのだから新鮮というほかはなく、はっきり言ってこんな志村喬は初めて見るような気がする。彼と娘・お春(市川春代)のかけあい、やりとりが面白いのもこの映画の魅力だろう。(本作の主演は千恵蔵だが、志村喬のほうが目立っているような気もする。)市川春代といえば「ウルトラセブン」の中の「北へ還れ!」というエピソードでフルハシ隊員の母親役で出演しているのを見ただけなのだが、本作ではなんとも可愛らしく、とくに「ちぇっ!」と舌打ちをする仕草がなんとも言えないのだ。そんなお春を父の借金のかたに妾にしようとする殿様(ディック・ミネ)も本来は憎まれ役のはずだが、コミカルなどこか憎めないキャラクターで好きだ。クライマックスはお春の父が持っていた小汚い壺が実はかなりの値打ちがあるという展開で、山中貞雄監督の「丹下左膳余話 百万両の壺」を思わせているが、ひょっとしたらこれは意図的なものかも知れない。その壺をお春が壊すことによって何もかも丸くおさまるラストも心地よく、また湿っぽくなりそうな展開があってもけっして湿っぽくならないところも良かった。撮影の宮川一夫によるエピローグのクレーンショットも素晴らしいの一言。「ほーれほれほれ、この茶碗♪」、「ぼーくはわーかい殿様あ♪家来ども喜べー♪」 登場する歌の歌詞もいつまでも耳に残る。日本ではミュージカル映画というのは少ないが、本作はそんな中でも間違いなく最高の映画と言ってもいいほどの素晴らしい映画で、まさに見終わった後に何回でも見たくなるような名作だと思う。迷わず10点だ。
[DVD(邦画)] 10点(2014-02-20 23:49:06)(良:5票)
2.  ガス人間第一号
「美女と液体人間」、「電送人間」では警察と変身人間の攻防を中心に描かれていたが、この「ガス人間第一号」は、それよりも実験台にされてガス人間になってしまった男と彼を愛する一人の女の悲しいラブストーリーに重点が置かれており、深い人間ドラマが描かれる秀作になっている。正直言ってここまで深い内容だともはや完全に大人向けの恋愛映画である。考えてみれば本多猪四郎監督は最初の本格的な空想特撮映画である「ゴジラ」でも芹沢博士と山根恵美子の悲恋(一応、三角関係ではあるが。)を描いており、ここにこの監督の本質があるのだなと改めて感じる。それにしてもラストシーンは思わず泣けてきた。出演者の中ではガス人間水野を演じた土屋嘉男、特撮作品には珍しい八千草薫はもちろんだが、藤千代に仕える爺やを演じた左卜全がとくに素晴らしく、彼の演技がよりいっそうこの映画の完成度を高めているといっても過言ではないだろう。
[DVD(邦画)] 8点(2007-12-27 01:52:19)(良:5票)
3.  パコと魔法の絵本
見る前の予想よりは面白かったし、ストーリー自体はそんなに悪くないと思うのだが、「下妻物語」や「嫌われ松子の一生」と比べるとどうしても落ちる感じがする。前の2本では予告編では一見、CGなど見た目の派手さが売りの映画に見えて、実際はドラマとしてのみごたえがそれ以上にある映画になっていたが、本作はCGを多用した中島哲也監督の絵作りのうまさは相変わらずだが、ドラマとしての作り込みが弱いので本当にCGだけが見どころの映画に見えてしまい、失敗作のように思えてしまう。前の2本が良かったのはちゃんと登場人物(主人公)に感情移入できるような脚本になっていたからだと思うのだが、この映画ではときおりグッと来るような場面はあるが、登場人物にイマイチ感情移入できず、見ている側(自分)はひたすら傍観者状態。(「嫌われ松子の一生」で序盤から川尻松子に感情移入してたのとは正反対。)演じている俳優陣は楽しそうに演じていて演技も安心して見ていられるが、メイクが凄すぎるせいか、竜ヶ崎桃子は深田恭子でなければ、川尻松子は中谷美紀でなければというような絶対この役はこの人でなければというのが無く、その上、俳優の個性というものが死んでる(全員とは言わないが。)気がして、なんか勿体無く、それが登場人物への感情移入を妨げる要因になっているのではないか。「下妻物語」なんかは出演者全員がはまり役で、それぞれの個性をよく活かしていただけにこのあたりは残念。ラストもなにか強引に感じる。中島監督はこの映画を息抜きのつもりで作ったのかもしれないが、この監督にはもっと中身で勝負する映画を作ってもらいたい。
[DVD(邦画)] 6点(2010-08-26 14:00:27)(良:4票)
4.  映画 ビリギャル 《ネタバレ》 
「ビリギャル 学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」というタイトルからすでにネタバレ全開で、しかも予告や宣伝を見ても全く見たいと思わなかった映画だったが、周りでの評判がよかったので騙されたと思って見てみた。いやもうかなり良かった。受験というのは「ウォーターボーイズ」や「スウィングガールズ」で描かれるような集団競技とは違い、基本的にたった一人での孤独な戦いとなる場。その戦いに圧倒的不利な状態から挑む有村架純演じるさやかの一生懸命頑張る姿はいじらしく愛おしく見ていて応援したくなる。塾の先生である坪田(伊藤淳史)やさやかの母親であるあーちゃん(吉田羊)が決してさやかを見放さないところがよく、本作はさやかが慶應目指して頑張る姿だけでなく、師弟愛や親子愛がきちんと描かれていて、それが本作にドラマとしての深みになっていて、ただ偏差値の低い主人公が猛勉強の末に慶應に合格したというだけの話に終わっていない。坪田がさやかにかける言葉はどれも前向きで、とくにクララの卵のシーンは、人間、自分の可能性を信じることが大切なんだとあらためて教えられた気がした。それに、息子に自分の夢を押し付けている夫(田中哲司)に向かってあーちゃんが言う「私はさやかのことで何度も学校に呼ばれたけど、恥ずかしいと思ったことは一度もありません。むしろさやかといろんな話ができて楽しかった。」という言葉、この言葉は本当に娘のことを信じていないと言えない言葉だと思うし、そのあとの「私は三人の母親です!」という言葉にもあーちゃんの子供たちに対する深い愛情を感じてものすごく感動させられた。このシーンは本当に名シーンだ。ほかにもさやかの友人たちのさやかを思う気持ちもほろりとさせられる。見終わった後に明日も頑張ろうという前向きになれる映画で、すごく元気が出たし、見て本当に良かったと思える映画に久しぶりに出会えたのも良かった。「下妻物語」を見た時もそうだったが、予告や登場人物の雰囲気だけで見る見ないを判断すると良い映画を見逃す場合もあるので気を付けたいなあと思う。
[DVD(邦画)] 8点(2016-07-16 18:24:41)(良:4票)
5.  クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦 《ネタバレ》 
「ルパン三世」に「カリオストロの城」があるように、「うる星やつら」に「ビューティフル・ドリーマー」があるように、テレビアニメの劇場版には時々本来の作風とは全く違った作品が存在する。「クレヨンしんちゃん」にとっては本作がまさにそうで、徹底的に凝った時代考証はこれが本来子供向けのアニメであることを忘れるほど徹底している。合戦シーンはリアルで、とても素晴らしい。それにも増して素晴らしいのが又兵衛と廉姫のラブストーリーだ。高虎との合戦に出かけて行った又兵衛を心配して廉姫が思わず駆け出していくシーンは、彼女の心情が伝わってきて感動的。そして、又兵衛が撃たれるシーンからエンディングまでずっと泣きっ放しだった。こんなことここ何年かではなかったことだ。本当にみんなに見てもらいたいと思う傑作中の傑作である。
[ビデオ(邦画)] 10点(2005-03-11 00:24:56)(良:4票)
6.  シン・ゴジラ 《ネタバレ》 
12年ぶりの和製ゴジラ映画。どうしようかと思ったが、思い切って映画館で見た。(映画館で映画見るのは10年ぶり。)冒頭の東宝マークをバックにしたゴジラの足音と咆哮やタイトルの出方、始まってすぐの海を航行する船。ここまで完璧に一作目をなぞっていて、(この冒頭は思わずニヤリとした。)リメイク的な感じで行くのかと思っていたら、政府が出てきて84「ゴジラ」を意識してるのかとも思えた。でも、メインの登場人物に民間人が一人もおらず、ひたすらゴジラに対し右往左往する政府を極力ドラマを排して描いていたのは潔く今までのゴジラ映画にない展開で新鮮に感じられるし、それがリアリティを持って描かれていたのは良かった。主人公たちが専門用語の多いセリフを早口でしゃべっている(Yahoo!ニュースで見ると3時間分の脚本を2時間におさめるためだとか。)が、それが妙な緊迫感を生んでいる。しかし、岡本喜八監督の「日本のいちばん長い日」を意識しているというこの展開だが、比べてしまうとやはり重みが足らない感じはするのも事実ではある。フルCGで描かれたゴジラの動きがアニメっぽいのは、「エヴァンゲリオン」をやっている庵野秀明監督だからかと思う(加えて樋口真嗣監督もエヴァでアニメーターとして参加している。)ものの、これはこれでいいし、変態を繰り返し、姿を変えていくゴジラというのも庵野監督の案なのだろうけどエヴァをあまり見たことがないせいか、あまり気にせず、こんなゴジラもありかなと新鮮な気持ちで見ることができたし、ゴジラの恐怖感もちゃんと出ていたのが何よりいい。それにゴジラと戦うのはあくまで自衛隊の通常兵器であり、平成ゴジラシリーズに出たような超兵器が登場しないのも良かった。政治ものにしている時点で子供向けではないのだが、出演者に目をやっても一部を除いて普段こういう映画では見ないような人ばかりが出ていて、(この点も84「ゴジラ」と被る。)子供向けではなく、万人向けの大作映画としての怪獣映画をという意気込みが感じられる。とくに頼りなさげな総理大臣を演じる大杉漣と、彼のあとを受けて総理代理となる平泉成演じる農林水産大臣の緊張感のなさが印象に残る。ヒロインであるアメリカ大統領特使を演じる石原さとみがただの尻の軽そうな女にしか見えず、はっきり言ってミスキャストに感じるのに対して、市川実日子演じる人物のクールさが際立っていたのも印象に残る。ゴジラは完全に倒されるのではなく、凍結させられて終わるのは「ゴジラの逆襲」を思いだすが、やはり続編を期待させるような終わり方で、シリーズ次回作があったらまた見ようと思う。いずれにせよかなり満足できる映画になっていて見終わった後、またゴジラを劇場で見れて良かったと思うことができて良かった。伊福部昭の曲がゴジラのテーマ曲だけでなく、ゴジラシリーズのほかの曲も使われているのもよく、とくにエンドロールでも伊福部メドレーをたっぷりと聴かせてくれたのは感激するしかなかった。(また劇場で伊福部昭のゴジラ映画の音楽が聴けたのが嬉しい。)ただ、一つ言わせてもらえれば、ゴジラを倒す鍵を握る教授として喜八監督の写真が使われているが、生前の喜八監督は特撮映画には興味がなかったそうなので、いくら「日本のいちばん長い日」を意識しているとはいえ、見ていてなにか違う気がした。庵野監督がファンなのも分かる(ぼくも好きな監督の一人だ。)のだが、ここはもっと故人の意思を尊重して違う人、例えば平田昭彦や岸田森とかでも良かったんじゃないか。
[映画館(邦画)] 7点(2016-08-16 23:13:26)(良:4票)
7.  嫌われ松子の一生 《ネタバレ》 
「下妻物語」があまりにも予想外に面白い映画だっただけにどうかなあとあまり期待を持たずに見た。運命に翻弄される女性の波乱に満ちた53年間の生涯を描いた作品で「下妻物語」のようなバカバカしさや軽さといったものは若干抑えられてる感じがするものの、不幸のどん底にたたき込まれた主人公 川尻松子(中谷美紀)の物語をことさらに悲劇性を強調するでなく、逆に明るいエンタテイメントとして描ききるというのが斬新。普通に考えれば失敗してもおかしくないのだが、この映画はそれでいて一代記ものドラマとしての見ごたえもじゅうぶんあるという只者ではない映画になっていて、まだ見るのは2本目ながら中島哲也監督のうまさを改めて感じられる。ストーリーのほうはもう松子が父親(柄本明)から愛されたい一心で変な顔をするという序盤からもう切なくなり、松子にこの時点でかなり感情移入してしまった。その後もとにかく必死で愛を求める松子の姿が切なくてたまらないのだ。そんな彼女の最期はとてもあっけないものだった(でも、元教師らしい最期だ。)が、ラストの階段を昇り切った彼女が、出迎えた妹(市川実日子)の「おかえり」という言葉に対して「ただいま」と返す。この瞬間、不覚にも泣いてしまった。下の方も書かれているが、これが松子にとって本当の幸福を手に入れた瞬間だろう。これをハッピーエンドというのかは人によると思うが、個人的にはハッピーエンドだと思いたい。ミュージカルのようにたくさんの楽曲が使われているが、中でも「まげてのばして」が冒頭から効果的に使われており、特に印象的。このラストシーンで松子がこの歌を歌いながら階段を昇っていくシーンも泣けて仕方がなかった。松子を演じる中谷美紀も素晴らしく、撮影中は中島監督との対立が激しかったようだが、その要求によく応えて名演技をしていて、まさにこの女優だからこそこの松子といういかにも不幸で魅力にもちょっと乏しいようなキャラクターをここまで魅力的に表現できるのではないかと思う。本当に見てよかったと思える映画だった。本作は人によっては好き嫌いははっきりと分かれるかもしれないが、邦画新時代の新しい女性映画の傑作として高く評価したい映画である。
[DVD(邦画)] 8点(2010-08-17 15:58:52)(良:3票)
8.  青い山脈(1949)
二部構成三時間の大作と聞いて、ちょっと躊躇してしまったが、実際見始めるとゆったりと展開していく映画にも関わらず長さをあまり感じずにだれることなく見られた。とにかく、映画全体に漂う明るく爽やかな開放感がたまらなく心地よい。10年くらい前に1度だけ見た吉永小百合主演の日活版にも爽やかさはあったが、もう全然違った印象を受ける。おそらくこの違いは、日活版は青春アイドル映画的爽やかさであり、この映画の爽やかさと心地よさは既に青観さんが指摘されてるように終戦間もなき頃の貧しい時代に作られたことが影響してるのだろう。これだけでもこの映画が製作されてから60年近く経った現在でもなぜ名作と呼ばれているのかが分かる気がする。出演者に目を向けると、池部良や伊豆肇なんかは当時既に学生役を演じるには無理のある年齢だというのに、違和感がほとんどないし、原節子や木暮実千代の美しさには思わず目を奪われてしまう。特に木暮実千代がこんなに綺麗な女優だったとは今まで何本か出演作見てるのに思わなかったのが不思議なくらいだ。杉葉子や若山セツ子も可愛らしかった。今井正監督の作品を見るのは初めてで、書籍などでかたい作風の監督というイメージがあったのだが、会議のシーンなど笑えるシーンも多く、全体的にそんなに深刻にならずに見られたのも良かった。
[CS・衛星(邦画)] 8点(2008-04-14 01:34:59)(良:3票)
9.  ロボコップ(1987) 《ネタバレ》 
このシリーズは2作目と3作目は昔見ているが、この1作目はテレビで断片的にしか見たことがなく今回DVDで初めて全編見た。2作目と3作目は面白くなかったおぼえがあるが、1作目である本作はマーフィがロボコップになる過程や、マーフィの記憶が戻ってからのロボコップの哀しみが丁寧に描かれ、ただのヒーローSFアクションではなく、純粋に人間ドラマとして深みがあり、見ごたえのある映画になっていて面白かった。中でも記憶が戻ってからの「生きていた」頃の記憶に苦しめられるロボコップ・マーフィの姿は見ているこちらに彼の哀しみが伝わってきて、売り家になった自宅を訪れるシーンや、マーフィの家族が既に新しい地へ転居していることをルイスから聞かされるシーンはあまりにも残酷で、思わず感情移入せずにはいられない。最後のマーフィのセリフは主人公の苦悩がじゅうぶん描けているからこそカタルシスも大きいものとなるのだ。激しいバイオレンスの応酬もこういったキャラクターヒーローSFアクション映画では異色な気もするが、それもポール・バーホーベン監督らしく、ドラマ部分もそうだが、この暴力表現の激しさも続編とは一線を画している。繰り返しになるかもしれないが、やはりこういった娯楽を前面に出したような映画でも人間がしっかり描けていれば傑作になるということを証明しているような映画だと思う。マーフィがクラレンス一味に撃たれて病院へ運ばれたあとのシーンで、死んでいるはずのマーフィの視点から彼の目の前の人物たちの会話が描かれているのが、実際はまだ死んでいないのではというのを観客に思わせるような演出で印象的だったが、知り合いに一人交通事故で入院した時に全く同じような体験をしたという人がいるので、このシーンはよけい印象に残る。その知り合いはこの映画には特別の思い入れがあるようだったが、実際にこの映画を見てみると、それも分かるような気がする。
[DVD(字幕)] 8点(2012-11-07 20:41:53)(良:3票)
10.  その男、凶暴につき 《ネタバレ》 
お笑い芸人であるビートたけしが北野武として映画監督デビューを飾った作品。最初の少年の家にたけし扮する刑事が乗り込んでいくシーンから既に異様な雰囲気が漂い、ここでもう一気に惹きこまれた。映画監督のデビュー作というのは、まだ作風がちゃんと確立しておらず、何本か見たあとになって初めて見たりするとあまりらしさを感じられなかったりすることがあるが、この映画は既に一作目にしてのちのたけし映画の独特な雰囲気が出ており、これは本当にお笑い芸人の監督デビュー作なのかと思うほどのちのたけしの映画監督としての方向性がハッキリと出ている。「その男、凶暴につき」というタイトルどおり、犯人に対して執拗に暴行を繰り返す主人公の狂気もさることながら、映画全体に漂う恐ろしさがなんともいえず、見ている間ずっと緊張しっぱなしだった。ロッカールームでの暴行シーンなどは、直接見せているわけではないのに中で何が行われているのか想像するだけで恐ろしくなるし、クライマックスの対決シーンで薬を探す妹をみつめる主人公の目線にも恐怖を感じる。たけしらしい笑いも盛り込まれているが、全体的には殺気にあふれており、完全に「映画監督 北野武」というものをこれ一本で確立してしまっているのが凄い。この映画、最初の企画段階では深作欣二監督の予定だったそうだが、深作監督ではこの独特な雰囲気は出せないだろうし、まさにこれは北野武だからこそ出来る映画だと思う。それにしても一作目にしてこんな凄い映画を作ってしまったのがお笑い芸人とはやっぱり信じられない。最近でも俳優やお笑い芸人が監督デビューすることが多いが、それらが何やら話題性だけのように感じるのに対し、ビートたけし=北野武にはほかのタレント監督とは違う本物の作家性というものがあることをこの第一作目から感じずにはいられない。間違いなく傑作だと思う。
[DVD(邦画)] 8点(2011-05-26 14:22:43)(良:3票)
11.  妻よ薔薇のように 家族はつらいよⅢ 《ネタバレ》 
シリーズ第3作。前作は山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズ以前の作風のようなブラックさがあり、面白かったんだけど今更そこまで戻るのかという疑問も残った。3作目となる今回は1作目のような雰囲気に戻り、安心して見ていられる映画になっている。初期の山田監督のブラックな喜劇も個人的には好きなのだが、やはり、山田監督はブラックな作風よりもこういう安心して見れる作風の喜劇のほうが良い。それに、今回も「男はつらいよ」を思わせるシーンが多く、うたた寝をしている間に泥棒(笹野高史)に入られ、へそくりの大金を盗まれてしまった妻(夏川結衣)を夫である長男(西村雅彦)が責めるシーンなどはいかにも寅さん的(「そういう言い方はない」というセリフも「男はつらいよ」シリーズで何度も出てくる。)だし、1作目のレビューでも書いているが、家族が些細なことからすぐけんかになるのも「男はつらいよ」シリーズを思わせている。家に泥棒が入るというシチュエーションも山田監督が監督を手掛けた回ではなかったが「新 男はつらいよ」の財津一郎をつい思い出して笑ってしまった。そして次男(妻夫木聡)が妻(蒼井優)といっしょにおばあちゃんを捜しに行く場所がまさかの柴又というのがニクイ。これはもう、山田監督の「男はつらいよ」シリーズへの思い、ファンへの思いというものが感じずにはいられない。(このシーンではとらやの面々や御前様、源ちゃんらがどこからか出てくるのではとつい思ってしまった。)サブタイトルが戦前の成瀬巳喜男監督の映画のタイトルからの引用であることからも分かるように、長男が妻を迎えにいくクライマックスの大雨や稲妻、創作教室の先生(木場勝己)が朗読する林芙美子の小説など、成瀬監督を意識しているのが分かるし、山田監督が成瀬監督のファンで、受けた影響も大きい監督なんだというのがよく分かる。(成瀬作品、あまり見ていないのだが、本作を見終わって久しぶりに見たくなった。)それにしても、この映画に登場する平田家は家族になにか問題が起こるとすぐに家族会議を開くなどいつもながらにすごく団結していて、見ていていつもこういう家族っていいなと思うし、自分もこの家族の一員でいたい、そういう気持ちになってしまって、シリーズをずっと見ているからか、この家族がすごく身近な存在に感じる。このシリーズは母親も好きで一緒に見ることが多いのだが、長男の妻が家出するところから話が始まっている今回はこの長男の妻にとても共感したようで、見終わってすごく面白かったと言っていたし、ぼくも母親に対する感謝の気持ちでいっぱいになることができた。シリーズの次回作があるかはどうかは分からないが、もう2、3本はこのシリーズの新作を見たいなぁ。最後にこれも1作目のレビューでも書いたことなのだが、山田監督はシリアスな映画もいいのだが、いつまでも喜劇映画を撮り続ける監督であってほしい。心からそう思う。
[DVD(邦画)] 8点(2019-03-17 01:08:59)(良:3票)
12.  快盗ルビイ 《ネタバレ》 
「麻雀放浪記」に続く和田誠監督の第2作。「麻雀放浪記」では渋い男たちの世界がモノクロ画面の中にこれでもかと言わんばかりに展開されていたが、この映画は小泉今日子主演のアイドル映画。小泉今日子はさして好きな女優というわけではなく、アイドル時代の出演作を見るのも初めてだったため、ファン以外にはきつい映画かもしれないと思いながら見始めたが、なんともお洒落な映画でなかなか楽しめた。ルビイこと加藤留美を演じる小泉今日子がなんともかわいらしく、それでいて真田広之演じる下の階のダメ男をうまく自分の泥棒計画の相棒にしてしまうという小悪魔的な女を演じており、すごく魅力的だし、元々小悪魔的なイメージの強い人なのだが、そのイメージはおそらくこの映画からできたものなのではと思える部分もある。対する真田広之の三枚目のダメ男も思ったほど悪くなく、この二人のやりとりを見ているだけでもじゅうぶんに楽しめ、主演のふたりが「たとえばフォーエバー」を歌うシーン、窓から二人で星を見ているエンドロールが素敵だ。そのエンドロールでカーテンコールのように出演者がクレジットされる演出もいい。天本英世や名古屋章(二人とも「麻雀放浪記」にも脇で出ていたな。)といったチョイ出のわき役たちも光っている。映画としては特に傑作というわけではないが、サクッと見られる娯楽映画の王道的作品だろう。面白かった。
[DVD(邦画)] 7点(2012-01-21 13:52:41)(良:3票)
13.  無法松の一生(1943)
検閲でカットされたシーンを新たに撮影し直した58年のリメイク版と続けて鑑賞。どちらも素晴らしかったが、やはりこのバンツマ版のほうが完成度が高く、宮川一夫の撮影も素晴らしいの一言。吉岡夫人役の園井恵子がビックリするほど美しく、印象的であり、この2年後に広島原爆で亡くなられてしまったことを考えると非常に惜しい。子役の澤村アキオ(長門裕之)も印象的だった。いつまでも心に残る名作である。
[CS・衛星(邦画)] 10点(2005-03-08 14:03:43)(良:3票)
14.  アウトレイジ(2010)
「全員悪人」と謳われているとおり本当に全員がワルで、またそれぞれが個性的に描かれていて面白かった。出演者がたけし以外は全員、北野武監督の映画に出演するのは初めてというのも異色。登場人物が次々殺されていく映画をというところから企画が始まったらしく、とくに後半は殺人のオンパレードで、普通なら目を背けたくなるようなシーンの連続なのになぜか安心して見ていられるから不思議。ヤクザを演じる俳優陣は國村準、石橋蓮司といった強面はもちろん、あまりこういう役をやる印象のない加瀬亮や三浦友和といった面々まで好演している。とくに三浦友和がなかなかいい。逆に山王会会長を演じた北村総一朗は確かにうまいけれども「踊る大捜査線」でのとぼけた署長役の印象が強すぎて(ほとんどあの役しか見たことがないのもあるが。)どんなに凄んでも笑えてしまう。たけしの最近の監督作を見るのは「座頭市」以来だったが、全体的に「座頭市」と同じく娯楽に徹している感じで見やすくなっているが、つい最近「その男、凶暴につき」や「3-4X10月」を見たばかりなので、それらと比べるとセリフの量が増えて見せ場が派手になり、初期の映画にあったどこか冷徹な雰囲気もあまり感じられなくなっているのは少々残念。「座頭市」や本作のような娯楽に徹した作風も面白いし、嫌いではないが、個人的には初期の監督作品のような独特の静けさの中に狂気を感じさせる映画のほうが映画監督としてのたけしらしさを感じられて好きだな。
[DVD(邦画)] 7点(2011-06-23 13:33:20)(良:3票)
15.  男はつらいよ 幸福の青い鳥
長渕剛が寅さんの恋敵を演じる。そしてマドンナはこの後、実際に長渕と結婚し、女優を引退したJACの志穂美悦子。彼女がチンピラに絡まれているところを長淵が助けるシーンがあるのだが、見ていてつい逆のパターンを想像してしまった。
[地上波(邦画)] 5点(2005-03-08 01:25:55)(笑:3票)
16.  必死剣 鳥刺し 《ネタバレ》 
藤沢周平の「隠し剣」シリーズの一篇を映画化した平山秀幸監督の時代劇。山田洋次監督以外の藤沢周平原作映画を見るのは初めてだったが、かなり本格的な時代劇でなかなか面白かった。打ち首覚悟で藩主(村上淳)の側室(関めぐみ)を斬殺したトヨエツ演じる主人公・兼見の処分がなぜ軽かったのかという点は最後まで興味を引くし、この主人公の生き様とでも言おうか、それを描いたドラマとしてもよく出来ていると思う。この兼見と吉川晃司演じる別家との対決、およびその後の大人数を相手にした決闘シーンがすごい迫力で、最近はCG処理されることの多い流血シーンを血糊で撮影したりしていてかなり気合が入っていてこれぞ本物の時代劇という感じがした。そして最後に兼見が繰り出す必死剣 鳥刺し。先ほども書いたように最初、側室を殺めた時点から死を覚悟しているような兼見だが、この技はまさにそんな兼見の執念がにじみ出ていて本当にすごかったし、兼見を利用するだけしておいて側室同様に道理に反することをし、結局は鳥刺しによって命を落とした家老・津田(岸部一徳)や最初に兼見に殺された側室の最期は兼見とは対照的でなんとも皮肉めいている見事な結末だった。最後のシーンが来るはずのない兼見を待ち続ける里尾(池脇千鶴)というのも余韻を残すうまいラストシーンだった。ただ中盤あたりに兼見と里尾の濡れ場があったのは余計だったかな。それに岸部一徳を時代劇で見るとたいがい悪役なので意外性に乏しく、側室役の関めぐみもわかりやすすぎる悪女でちょっと残念。とはいえ、トヨエツを時代劇の主役で見るのは初めてかもしれないが、静かな抑えた演技で味のある演技をしていてとても良かった。それにかなり久しぶりに見た平山監督の映画だったが、また平山監督の映画に興味がわくにじゅうぶんな出来だったと思う。
[DVD(邦画)] 7点(2012-07-06 23:28:32)(良:3票)
17.  あん 《ネタバレ》 
先ごろ亡くなった樹木希林の主演映画。どら焼き屋の雇われ店長をしている千太郎(永瀬正敏)とそこに現れたあん作り歴50年という徳江(樹木希林)。この二人を中心にした物語で、とくに前半はこの二人やどら焼き屋にやってくる女子高生を中心としたお客さんたちとの交流を交えて、どら焼き屋が繁盛していくまでを描いている。小豆一粒一粒に愛情を持って接し、小豆に話しかけながら丁寧にあんを作っていく徳江の優しいまなざしはとても印象的だし、そのあん作りのシーンもまるでドキュメンタリーでも見ているかのように丁寧にじっくりと描かれているのが好感が持てるし、そんな苦労して作ったどら焼きをおいしそうにほおばるお客さんたちをみてこっちまでどら焼きが食べたくなってしまう。しかし、徳江がハンセン病患者であったことが露呈するあたりから空気は一変する。後半は重い内容だが、ハンセン病患者たちの思いや辛さというものがひしひしと伝わってくる。そして、亡くなった徳江が千太郎とワカナ(内田伽羅)に残したメッセージは今になって見ると実際の樹木希林ともオーバーラップするところがあって、吉井徳江という役柄と樹木希林という役者が本当に分からなくなって涙なくして見ることができなかった。千太郎が桜が満開の中、笑顔でどら焼きを売るラストシーン、それまでどこかやる気のなさげだった彼は徳江との出会いで変われた。また徳江もずっと隔離されていて、最後のほうになって社会とかかわることができた、これを思った時、否応なしに感動してしまった。ほぼ予備知識なしで見た映画だったのだが、本当に見て良かった映画だったと思う。そして、樹木希林さん、この人のような役者はもう二度と出てこないと本気で思う名女優のひとりで、亡くなられてしまったのは本当に残念でさびしい。心よりご冥福をお祈りします。
[DVD(邦画)] 8点(2018-10-10 00:48:11)(良:3票)
18.  いいかげん馬鹿 《ネタバレ》 
山田洋次監督、ハナ肇主演による「馬鹿シリーズ」第2作。「馬鹿まるだし」や「馬鹿が戦車でやって来る」に比べるとハナ肇演じる主人公 安吉の暴れっぷりはなんか物足りないが、後の山田作品に通じるような人情喜劇になっていて、「馬鹿シリーズ」3作中いちばん山田監督らしさを感じられる作品だと思う。劇中出てくる女性歌手の名前や島を出て行ってしばらくすると帰ってくる安吉などは「男はつらいよ」シリーズを思わせていて、とくにラストシーンの啖呵売をする安吉の姿はまるで寅さんそのものに見えてまさしく「男はつらいよ」シリーズのパイロット版という感じがする。この後、「馬鹿が戦車でやって来る」でもヒロインを演じる岩下志麻であるが、この頃の岩下志麻は後年の怖いイメージはなく、清楚な美人という感じがある。(でもラスト近くで子供を叱るシーンは思わず「鬼畜」を思い出してしまいちょっと怖かった。)この映画を見て「男はつらいよ」シリーズでマドンナを演じる岩下志麻もぜひ見てみたかったなあとつい思った。
[DVD(邦画)] 8点(2008-05-05 12:55:02)(良:3票)
19.  新幹線大爆破(1975)
のちにスピードが80キロ以下になると爆発する爆弾が仕掛けられる設定だけキアヌ・リーブス主演の「スピード」にパクられた(?)東映の鉄道パニック映画。「スピード」もけっこう突っ込みどころのある映画だったけど、こちらはそれ以上に突っ込みどころがあり、とくに既に触れられている方もいるかもしれないが、川くだりのシーンで待機していた刑事が偶然通りかかったジョギング中の柔道部員に大声で「捕まえてくれ」と叫ぶシーンとか絶対に有り得んと思うし、ほかにも警察の無能さをさらけ出しているシーンとかけっこう多かった気がする。それに主犯である高倉健が爆弾の図面を残していった喫茶店が唐突に火事になるのは脚本のご都合主義を感じずにはいられない。それに肝心の新幹線が模型でときどきえらくしょぼいのにも唖然。でも、そういうところを突っ込みながらも映画としての勢いはすごく、高倉健の渋さもあって最後まで飽きることはなく楽しめたし、最初に見た映画が「北京原人」だった影響で個人的にブラックリスト監督となっている佐藤純弥監督の作品の今まで見た中ではいちばん退屈しなかった。でもやっぱり「スピード」の方が好き。宇津井健は映画作品ではあまり馴染みなかったが、もう一人の主人公といえる重要な役柄である運転指令長役をとてもうまく演じていてカッコイイし、新幹線に乗り合わせた女医を演じる藤田弓子も若い。そして高倉健の別れた妻・靖子(宇都宮雅代)の苗字が「富田」。藤田弓子に加えて新幹線の運転士役で小林稔待も出ているのでなんか大林宣彦監督の「さびしんぼう」を思い出してしまった。
[DVD(邦画)] 7点(2008-08-11 14:05:59)(良:3票)
20.  大鹿村騒動記
原田芳雄があたためていた企画を阪本順治監督に持ち込み、映画化を実現した作品。友人の妻と駆け落ちした男が記憶障害になった妻を友人のもとに返しにくるという話はよく考えたらドロドロしているが、そういうふうには描いておらず、登場人物もすべて善人なので物足りない人には物足りないかもしれないが、ほのぼのとした人情劇で、傑作とまではいかないものの面白く見れたし、舞台となる信州の風景が美しく、この大自然いっぱいの中で繰り広げられる物語にいつの間にか惹きこまれている自分がいた。これが遺作となった原田芳雄はこの数年前から闘病生活を続けていたみたいだが、劇中ではそんなことをまったく感じさせずに演技をしていて、この映画の試写会の舞台挨拶でのやせ細った姿がウソのようで、本作だけを見ていると公開直後に亡くなってしまったことが信じられない。いや、ひょっとしたらこの時既に自分の死期を悟っていて、この映画だけはなんとしても自分で実現させたかったのかもしれないと思うとこの「大鹿村騒動記」という映画にかける原田芳雄の思いというものがひしひしと伝わってくるのだ。もうこれだけでこの映画は原田芳雄という俳優の代表作の1本になっていると思うし、先週見たデビュー作である「復讐の歌が聞える」から既にハードボイルドなイメージが強かった原田芳雄の遺作がこのような優しい映画であることは少し意外かもしれないが、自分の思いを最後の最後に実現させて安心して旅立って行ったのだろう。映画はそんな原田芳雄扮する善、大楠道代扮する貴子、岸部一徳扮する収の三人を中心に展開していくが、ほかの出演者で印象に残るのはやっぱり三國連太郎。出番は多くないのだが、悪役や癖の強い役柄が多かった若い頃とは違い、仏様のような穏やかで優しい顔立ちになっているのが印象的で、それでいて登場すると画面がビシッと引き締まる。彼が戦時中のシベリア抑留の話をするシーンは戦争経験者だからこその説得力と重みがあるシーンだと思う。そんな三國連太郎もこの四月に亡くなってしまい本当に惜しい。あらためてこの映画に出演している二人の名優、原田芳雄と三國連太郎のご冥福を心よりお祈りするとともに素晴らしい出演作の数々を残してくれたことに感謝を申し上げたい気持ちでいっぱい。本当にお疲れ様でした。
[DVD(邦画)] 7点(2013-07-31 00:56:17)(良:3票)

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