1. あの夏、いちばん静かな海。
《ネタバレ》 キャメラワークは至ってシンプル。正面からのフィックスショットを定期的に入れながら、引きのロングからパン、引きのロングからパン。何度も何度も同じ場所にキャメラを戻しながらひたすらこれを繰り返します。キャメラは本当にこれだけです。尋常でないほどにスリムな映像。極端に単調なキャメラワークによって、余分なものが映る余地が全くなくなり、人間の感情だけが鮮明に浮かび上がってきます。また、主人公が完全に言葉を奪い取られているため、観ているうちに彼等の気持ちを理解しようという気持ちがだんだん芽生えてくるところもこの映画のポイント。なにが言いたいのだろう。どんな気持ちなんだろう。ついつい彼等の感情にこちらからアプローチしていってしまい、いつのまにか優しい眼差しで彼等を見つめることになっていきます。いつしか始まる主人公との「心の対話」。そして彼等によって感化されていく自分に気付きます。彼等によって呼び起こされるのは、正義でもなく、善意でもありません。誰もが生まれながらにして持っている人間の優しさです。主人公といっしょにゴミを収集するおじさん、店長やサーファー仲間、それに後からサーフィンを始めた二人組の男。即興的な演出によって生み出される独特の「違和感」よって、独自のリアリティが生み出され、作為的な善意は一切排除されています。この映画で描いているのは何気ない日常の風景の中にある人の優しさであって、全ての人が必ず持ち合わせている身近なものなのです。主人公の唐突な死によって対話は終結します。しかし、彼等の残していったものは、ラストで静かな海に浮かぶサーフボードのようにいつまでも心の中に残っていきます。まるで夢でも見ていたかのような余韻が素晴らしい。映画作家であれば誰でも作れるようで、誰も作らなかった映画。いや、もともと映画作家を本業としなかったからこそ作り得た作品なのかも知れません。今のところ、北野監督の最高傑作だと思います。 9点(2004-03-16 21:05:54)(良:2票) |
2. 赤ひげ
完成度と言う点においては黒澤作品でも屈指だと思います。エピソードがてんこ盛りでテーマが散乱してしまいそうな感じがしますが、構成のバランスがいいので気になりません。むしろ、それぞれのエピソードが一貫したヒューマニズムによってつなぎ止められ、お互いに共鳴し合っているところがとてもいいです。映画の中で語られる人と人とのふれあいそのままに、それぞれのエピソードが意識の中で絡み合っていく雰囲気が素晴らしい。原作も秀作ですが、本作はその原作に映画的な「躍動感」をうまく加えています。保本が狂女に襲われるシーンはもちろん、六助の臨終シーンという、人の死からさえも「躍動感」を受け取ることが出来るのは不思議。特筆すべきは、おとよが保本を看病するシーン。台詞もなく、テーマ曲と映像だけで詩的にあくまでも静かに表現しながらも、おとよの激しく揺れる心情が見事に盛り込まれています。まさに静の中に動を描いた黒澤映画の中でも選りすぐりの名シーンと言えるのではないでしょうか。三船の存在感も相変わらずで、ここまでくると凄まじいくらいです。結果的に本作は三船が出演した最後の黒澤作品となってしまいますが、黒澤監督が『赤ひげ』以前と以後に分けて評価されることが多いのは周知の事実。黒澤・三船の集大成とも言えるのが本作で、これ以後、黒澤監督は英雄を描き切れなかったという気がします。 9点(2004-02-05 22:12:27)(良:1票) |
3. 明日に向って撃て!
《ネタバレ》 ブッチとキッド、ニューシネマを代表する二人のキャラクターにはやっぱりひかれてしまいます。反体制的な若者の映画ですが、実はキッドは泳げないし、ブッチは人を撃ったことがない。ギャングという犯罪者であり、破天荒な二人ながら、弱さ、滑稽さを同時に持った彼等にはついつい共鳴していってしまいます。「おれは実は人を撃ったことがねーんだ」「そりゃ、ありがたいお言葉だ」なんてカッコ良い台詞の数々はゴールドマンの功績でしょうか。二人の素性は最後の最後まで完全には明かされず、こうした気の利いた台詞のベールでうまくかわしていきます。ラストはいろいろな選択肢があったと思いますが、二人を正面から捉えた静止画で止めたことで、エッタの「あなたたち二人の死ぬところは見ませんからね」を実現し、彼等を永遠の存在へと変えていきます。冒頭のブッチが銀行の下見をする場面は、セピア調で情緒があるにもかかわらず、引きの画をさけて大胆にカットを割り、ファーストシークエンスとしては最高の出来。一気に作品に引き込む見事な導入部です。ニューシネマの作品群では特にお気に入りの一品です。 8点(2004-01-18 18:00:25)(良:3票) |
4. アマデウス ディレクターズカット
《ネタバレ》 ディレクターズカット版は、つい最近になってDVDで鑑賞しました。追加されたのはモーツアルトが弟子を取れなかったことを暗示する場面と、コンスタンツエがサリエリに嫌がらせを受ける場面です。モーツアルトが弟子を取れなかった理由を暗示させる場面はともかく、コンスタンツエがサリエリに嫌がらせを受ける場面は、ラストにつながる非常に重要なシーケンスではないでしょうか。なぜ、ここをカットしなければならなかったのか。ヌードになるという表現の俗っぽさは気になりますが、それを踏まえてもこのシーケンスのもつ意味は大きいような気がします。商業主義を否定するつもりは全くありませんし、3時間を超える映画ともなると及び腰になるのも確かでしょう。さらに、それではどこをカットすればよいのかという質問には言葉を窮してしまうので、これぐらいにしておきますが、ちょっと驚いたというのが正直な感想です。出来れば最初からこちらを見せてほしかった。ディレクターズカット版はオリジナル版を上回る傑作だと思います。 9点(2004-01-13 00:10:53) |
5. あなただけ今晩は
《ネタバレ》 緑のストッキング、警官の制服、鏡、子犬にいたるまでの効果的な小道具の扱いはさすがの一言。さらにジャックレモンがこっそり市場で働く場面は、台詞を一切使わず、映像だけで面白おかしく表現していて秀逸です。いわばチャップリン喜劇のような無声映画時代のドタバタコメディの臭いを感じさせる演出ですが、ストーリーのドタバタぶりも半端じゃないです。レモンがX卿を演じるあたりから、わくわくするような展開が続きますが、正体を最後までシャーリーマクレインに明かさなかったところがポイントです。これを避けたことでドタバタぶりはどんどんエスカレートして行き、無理な設定を笑いで押し通して行くことになって行きます。最後にはワイルダー自身も収集がつけられなくなってしまったようで、X卿を教会で出現させるラストは、まさにそんなワイルダーの照れ笑いが聞こえてきそうなシーンになっています。『アパートの鍵貸します』と同様に、お互いが全てを知った上でのハッピーエンドも考えられたはずで、そちらの方が収まりはよかったとも思いますが、これはこれで面白いから良しとしましょう。どうしても『アパートの鍵貸します』と比べたくなりますが、こちらはかなり喜劇に偏った、似て非なる作品です。 8点(2004-01-11 16:17:24) |
6. アパートの鍵貸します
アパートの鍵が示す自己と役員用トイレの鍵が示す世俗的な欲望、物語を省略する壊れたコンパクトなど、巧みな小道具の扱いはまさにワイルダーのお家芸で、本作でもやはり大きな見どころの一つでしょう。おそらくは多くの監督や脚本家がワイルダーの豊富なボキャブラリィを羨ましく思っているに違いありません。ジャックレモンとシャーリーマクレインも素敵です。特にジャックレモンは、気弱さと庶民性を巧みに強調することで、少々急展開とも言える結末にも関わらず、作品になんとかリアリティを保たせて、現実感を与えることに貢献しています。ハッピーエンドなコメディにも関わらずなぜか時折漂う物悲しさ、哀愁はまさにこの現実感によるもの。「仕掛け」の多いシナリオに飲み込まれなかったジャックレモンに拍手です。 9点(2004-01-06 23:06:35)(良:1票) |
7. 或る夜の出来事
ラブコメディーの原点とかロードムービーの元祖、ソティスケイティットコメディの傑作など、実にいろいろな形容詞が付く本作ですが、物語自体は単純明快でわかりやすく、いわばお約束通りです。とは言っても、本作を元祖だとするならば、お約束を創った当人なのだからそれも当たり前ですね。恋愛映画のハッピーエンドとなると、大抵、奇跡的なまでに物分かりのよい登場人物が必要になるのですが、この映画の場合、それは娘の父親ということになるでしょう。キャプラは楽天的すぎるとの評で敬遠されることもありますが、こうした奇跡的なまでに物分かりのよい登場人物の存在自体を楽しめるかどうか、ここが評の分かれ目のような気がします。クローデットコルベールがベットで涙を流すシーンの美しさ。とんでもないハイキーで大写しされる真っ白な顔に光る涙。これはモノクロームならではの魅力。ところでこの映画は自分が持っているDVDの中では一番古い映画なのですが、デジタルニューマスターの技術ってすごいですね。以前、ビデオで鑑賞した時は画質が悪くてとても気になったのですが、素晴らしく改善されてます。感謝です。 8点(2003-12-31 13:11:09) |
8. アマデウス
《ネタバレ》 劇場シーンでのキャメラポジションが全く同じで、多少単調な気がしたのですが、やはり、オペラはこの映画の見せ場の一つで、小細工なしが正解ということでしょう。圧倒的でした。また、この劇場シーンでの音楽は劇場の外、次のシークエンスまでまたがって続き、例えばドアを閉める音やペンを走らせる動作など、劇場外のアクションとシンクロさせることで場面と場面をスムーズにつなぐ役割も担っています。もちろん、こうした音楽の使い方は実に映画的で、珍しくはありませんが、わざとらしさがないところはさすがです。長尺なのですが、こうした編集を多用することで物語がスピーディに運んでいます。結果的に、映画全編にわたってモーツアルトの音楽が流れているような錯覚に陥りますが、この作品において、それは本望でしょう。また、サリエリを演じたマーリー・エイブラハムの表現力も素晴らしい。話自体も分かりやすく、途中、何度か回想が切れ、年老いたサリエリが当時の心情を神父に語りますが、これがむしろ説明的に感じるほどです。ただ、このサリエリの告白をほとんど言葉を発せず、時には頭を抱えながら聞いていた神父の唖然として、驚きに満ちた表情は実に心に残りました。この神父はほとんど台詞もなく、ただサリエリの告白を聞くためだけに登場する人物で、その意味ではまさに映画の観客と同じ立場にいます。モーツアルトは天才、サリエリはそれを見抜く天才だとすれば、観客のほとんどがそのどちらでもない、神父と同じ凡庸な人間に当てはまるでしょう。そして自分自身もモーツアルトやサリエリの心情などはおそらくは理解できない、唖然とした、驚きの表情で、ほとんど言葉を発することができない凡庸な人間なのです。自分にとって、この神父が印象に残るのは、まさに押し黙るしかないこの神父に自分を投影したからにほかなりません。そしてこの困惑した神父の存在こそが、作り手の天才2人に対する敬意なのではないかと思います。 9点(2003-12-15 02:48:54)(良:2票) |
9. 穴(1960)
《ネタバレ》 映画音楽というものが徹底的に排除されているにも関わらず、ここまで緊張感を出せるとは驚きました。穴を掘る音、看守の足音といったものが、妙に強調されて耳に残ります。そして穴を掘り終えてマンホールから囚人の一人が顔を出すところでの都会の雑音。刑務所の内と外での音の対比に思わずはっとしました。 8点(2003-10-17 22:59:37)(良:2票) |