1. クワイエット・プレイス
モンスターを描くことにもモンスター出現による世界の変化を描くことにも興味がなく、音を立ててはいけないというシチュエーションを思いついただけで映画化したようで特に伝えたいテーマもなさそうな作品ですね。このシチュエーションなら登場人物が少なく辺鄙で寂しいロケーションでも自然に見えるという金勘定の問題もありそうです。この設定ならばふだん我々がいかに音に依存した生活を送っているか気づかせるような批評性を感じさせるプロットを構築すべきでしょうが、せいぜい観客が共感しやすいように家族を主人公にする程度の目論見しか見えてきません。妊娠・出産ですらサスペンスのための小道具として利用しているようで不快感があります。 [インターネット(字幕)] 3点(2023-09-22 23:59:39) |
2. グランツーリスモ
なんというか物語にしろ演出にしろめちゃくちゃベタでわかりやすい内容ですね。舐められてる人間が世間を見返す、親子や師弟の確執、冒頭のゲームに理解のない親の言葉からしてなんて陳腐でつまらない表現なんだと思いました(笑)。東京のシークエンスではとりあえずスカイツリーと東京タワーを映しときゃいいだろうという姿勢にも笑っちゃいました。今までのニール・ブロムカンプ監督作品と異なり社会派要素は全く見られず、シミュレーターが現実を凌駕する点などテーマとして掘り下げていけば現代的で深い内容になれた可能性のある要素にも全く着目する気がないようです。でもそのおかげか車やゲームに興味がなくともとっつきやすく登場人物に共感しやすい物語になっていますし、エンターテインメントとしてはこれぐらいベタで泣けるドラマになっているのでいいんじゃないかと思います。ただレースシーンはドライバーの顔アップと走行中の車の外観、エンジンの駆動を編集でツギハギして見せるだけでこれ以外の見せ方ってないんですかね。レースの最中では直接人物のドラマが動くわけでもないので陳腐でワンパターンな表現をされると退屈なだけなんですよね。CGも多用されてリアリティも欠けていますし、日本映画のアライブフーンがCGなしのレースシーンを売りにしていたのを見るとなんだかハリウッドと役割が逆転しているようです。大して車やゲームに思い入れがあるようにも見えませんしニール・ブロムカンプ監督がこの映画を撮った動機はよくわかりませんが、第9地区からして設定が特殊なだけで物語自体は割とベタな泣けるドラマでしたし、意外とこれがこの監督の本質なのかもしれませんね。 [映画館(字幕)] 5点(2023-09-16 23:44:00)(良:1票) |
3. 空白
シチュエーションは面白いんですが、アイデアが見つかったから映画化しただけのようでそれ以上の試行錯誤の過程が見えてこないです。なんだろう、頭の中で考えられた人物の機能や役割が描かれていてもその人間性までは十分に描かれていないという印象が残ります。伊東蒼なんかまさにそうで不幸な少女だという説明描写が終わったら劇的なシーンを作るためにさっさと退場させられてしまいます。テーマを描くためのリアルな描写が不快感を催させているのではなく、観客に不快感を持たせる人物を登場させること自体が目的と化してはいないでしょうか。漁師やスーパーの店長やパートの中年女性、責任逃れしようとする学校や悪質な報道をするマスコミ、作り手が安心して見下せる立場の人間を安全圏から面白がって眺めてるだけで自分の問題として捉えているようには思えません。マスコミの描き方なんかこの映画自体が偏向報道そのものではないですか。まあそれでも古田新太と藤原季節の絡む場面は好きな方ですね、俺も昔万引きしましたなんてサラッと告白しちゃうところが良いです。終盤の人物に変化の兆しが見える展開も悪くはないのですが、安直でまるで別の映画が始まったようにも感じてしまいます。 [インターネット(邦画)] 5点(2023-09-11 23:44:06) |
4. クルージング
ウィリアム・フリードキン監督追悼として、ああそういえばこの映画を見てなかったと思い出したので見てみました。しかしよりによってこんなので追悼かよとちょっと後悔してしまうような出来の作品でした。ゲイコミュニティを舞台にしている意味がわからないです。ちょっと調べてみたところゲイの側が警察の恰好を自ら好んでしていることで両者の境界線の曖昧さみたいなものを描こうとはしているみたいです。ゲイへの差別じゃないかという台詞もありますし別に見世物的興味だけで選んだわけではないんでしょうけど、これで作品全体として具体的にどんなメッセージを伝えたかったのかは描写が曖昧すぎてよくわかんないですね。あの突然出てくるテンガロンハットを被った裸の黒人は本当に何なんでしょうか、あれをギャグシーンとして見ないのはちょっと無理ですね(笑)。80年代初頭のアメリカの風俗の性的退廃の中で殺人鬼が次々と人を殺していく、見終わった後に残った印象はシリアスな刑事ものというよりも13日の金曜日のようなスラッシャー映画に近いです。 [インターネット(字幕)] 3点(2023-08-09 23:13:58) |
5. クラバート
赤青点滅のポケモンショック演出があるので子どもに見せる場合には注意が必要です。内容はそう珍しくもないボーイミーツガールものです。親方の悪ばかり強調されて背景に戦争があるのにそれがほとんど物語に絡んでこないのがよくわからないです、まあ戦争に行くぐらいなら馬になって草を食んでいた方がマシってところは好きです。技術的にも素朴で水や炎の描写は実写との合成なのもあってユーリ・ノルシュテインの作品に感じるようなこの映像はどうやって撮ったのだろうという驚きに欠けているのがつまらないんですよね。安易に素朴な手作りの絵vs生気のこもってないCGという対立構造が作られがちですが、案外カレル・ゼマンって紀里谷和明あたりに近いことをやってたりしないでしょうか。映像作品としては画面の統一感の欠如という同じような危うさを持っているのは否定できないかと思います。 [DVD(字幕)] 5点(2023-06-17 23:57:37) |
6. グラン・トリノ
黒澤明監督の生きるを見てこの映画を思い出したのでこちらも再見したのですが、今見直すと欠点が目立つ映画ですね。主人公ウォルト・コワルスキーは偏屈ジジイとしてある程度客観的な目線を持ち込んで描かれてはいますが、彼のアメリカ人としてのプライドは最後まで尊重されておりそのために物語が都合良く展開しているように見えてしまいます。物語上警察の介入が排除されているのは西部劇的シチュエーションをやりたいんでしょうけどやっぱり不自然です。モン族との交流もアメリカ人の自尊心を満たすために都合よく使われてるだけのような感じがします、ウォルトが彼らの文化から何かを学ぶのではなくあくまでアメリカの精神が受け継がれるわけですから。ウォルトの家族はいかにも嫌な連中で彼らの立場に理解を示すわけでもなく平等な描き方とは言えません。この映画で直接悪さをするのは同じモン族や黒人だけで白人側の差別発言は軽いジョーク扱い、イタリア系やポーランド系というマイノリティを選んではいますがここでも危うい線引きをしているように見えます。しかしながらこうやって現代の目線から重箱の隅をつつくような真似をしても不公平ではありますね、こういう映画の積み重ねがあってこそ現代の多様性尊重の風潮もあるのです。一番この映画の価値を下げてるのはこの映画が結局クリント・イーストウッドの遺作にはならなかったという歴史的事実かもしれません。 [インターネット(字幕)] 5点(2023-04-09 22:12:00) |